杉浦次郎『僕の妻には感情がない』
僕の妻には感情がない
作者:杉浦次郎
掲載誌:『コミックフラッパー』(KADOKAWA)2019年-
単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ
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サラリーマンの青年と、家事ロボットの生活を描く物語である。
割烹着の「ミーナ」は、ちょっとした会話を交わせる知能をもつが、
中古で購入した安物だと作中で設定されている。
作品世界のテクノロジー水準でみても、かなり無表情なロボットらしい。
相手はかわいいけど、実質はローテクな機械なのが、本作の焦点だ。
ドキドキせずにいられない日常を送る一方で、
まるで炊飯器に恋する様なやましさを、主人公「タクマ」は感じている。
基本的に話は、タクマの住むオンボロアパートで繰り広げられる。
妹が下宿先に突撃してきたり、騒動がおきることも。
嫉妬したと思ったら、兄とミーナの関係性に萌えたり、
だれより変態性を露わにするこの妹のキャラもいい。
2話では、近所の自然公園へピクニックに出かける。
野外で調理するエネルギーを得るため、
ミーナは髪をおろして太陽光発電をおこなう。
作者のキャリアをながめると、特にSFに注力してない様だが、
女の子の描写とギミックをうまく絡めてるのが印象的だ。
あえてポリコレ的な観点から付け加えるなら、
本作は「女をモノ扱いしている」という解釈もできるだろう。
その認識を前提に言うと、作者は1LDK的なミニマリズムの中で、
単純ではないエロティシズムを最大限炸裂させるのに成功している。
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笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる』
薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記
作者:笹生那実
発行:イースト・プレス 2020年
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「黄金時代」とも言われる、70年代の少女漫画の創作現場を、
美内すずえなどのアシスタントを務めた経験にもとづいて語る作品。
毎月ファンレターを送るほど熱心な美内ファンだった作者は、
はじめて会ったときは緊張しすぎて、執筆を妨碍してしまう。
作者は高3でデビューするが、並行してアシスタント業も続ける。
大阪出身の美内すずえは話がうまく、特に怪談が得意。
こんこんと湧き出るイマジネーションで、アシスタントたちを震え上がらせる。
ちなみに徹夜作業中の眠気覚ましには、おしゃべりが一番有効らしい。
人気作家たちの容貌を、リアルな特徴をとらえた似顔絵でなく、
それぞれの絵柄を模写して表現するのがおもしろい。
「作者=登場人物」という観点にもとづいて語られるエピソードは、
それ自体が作家論かつ作品論となっている。
崇高な雰囲気で描写される山岸凉子の話は、本作の山場のひとつ。
三原順は『はみだしっ子』の4人みたく、コロコロ表情を変える。
冷静だったり、無邪気だったり、意地悪だったり。
42歳で早逝したのは、同期デビューの作者にとって痛恨事と思われるが、
あえてそれは描かず、青春の一コマとしてのみ提示する姿勢が胸を打つ。
作者は漫画家としてはあまり成功しなかったらしい。
本作を読んだ限りで言うと、アシ作業でのミスをくよくよ気に病んだり、
先生の言動にいちいち感心したり、作家向きの性格ではなかった様だ。
「たしかに先生はすごいけど、私ならもっといいものが描ける!」
というエゴが、生存競争で勝ち抜くには必要と思われる。
でも作者が60代になった今では、そんなことは小さな問題で、
喜びも悔しさもすべてが、美しく愛おしい思い出となっているのだろう。
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雨水汐『欠けた月とドーナッツ』
欠けた月とドーナッツ
作者:雨水汐
掲載誌:『コミック百合姫』(一迅社)2019年-
単行本:百合姫コミックス
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24歳のOL「宇野ひな子」はデートをしていた。
友達の紹介で会っているその男は、非の打ち所がない相手だった。
でも、ふと肩を触られたとき、ひな子は気持ち悪いと思った。
ひな子は若くて美人でおしゃれで、公私ともに充実している。
人も羨む様な毎日を送っている。
でも、中身は空っぽだった。
甘くてふわふわなドーナツが、真ん中に穴が開いてるみたいに。
心を開きたいのに、そこには何もない。
幸せになりたいのに、何が幸せなのか解らない。
孤独と不安のあまり、夜道で泣き崩れたひな子に、
たまたま通りかかった5つ上の会社の先輩「佐藤さん」が声をかける。
仕事はできるがブアイソで、ひな子とは真逆のキャラだ。
本作は24歳と29歳の関係を描く、いわゆる社会人百合である。
社会人百合はファッションが肝心だろう。
たとえばJKなどと比べて金銭的余裕があり、服にカネを使うから。
本作では、ふわっとして柔らかい印象のひな子と、
いつもパンツスタイルの佐藤さんを対照的に描き分けている。
一方で、佐藤さんの内面にはあまり踏み込まない。
両親を失い、唯一の家族である妹を溺愛してるらしいのは描写されるが。
この妹のおちゃめな言動もみどころだ。
1巻時点でイチャイチャは描かれない。
代わりに、主人公の世界観を読者と共有させるのに紙幅を費やす。
据えられるテーマは女子特有の「同調圧力」だ。
会社の飲み会で、ひな子を他の男とくっつけようと流れを作ったり。
空気を読んでる様で、実はまるで読めておらず、
悪意がないのにストレスの原因となる、同僚の「綾乃」がかわいい。
本作は、ガールミーツガールの百合漫画なのは確かだが、
ピリピリした心理戦や、感情のぶつかり合いがほとんどない。
でもこのジャンルに「やさしさ」を求めるなら、これもアリかな。
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小夏ゆーた『僕とドールと放浪少女』
僕とドールと放浪少女
作者:小夏ゆーた
掲載誌:『ヤングキング』(少年画報社)2019年-
単行本:ヤングキングコミックス
球体関節人形、いわゆるドールを収集する青年と、
人形の様にうつくしい少女の、奇妙な共同生活をえがく物語。
主人公「新井久太」はサラリーマンだが、常にマスクを着用する。
なぜなら人間の臭いが大嫌いだから。
生身をもたないドールに執着するのもこれが理由。
会社帰りに久太は、道端で倒れている少女を見つけた。
人間に興味はないが、思わず自宅へ連れ帰る。
あまりに完璧な美貌で、人形にしか見えなかった。
呼吸や心拍はないのかよとツッコみたくなる展開だが、
作者は流麗な絵柄で強引に押し切ってしまう。
「羽子(わこ)」と名乗る少女は、そのまま久太の自宅に住み着く。
相手は肉欲をもたないので脅威とならない。
むしろその風変わりな趣味を利用し、自分の世話をさせる。
ちかごろ様子がおかしい久太を心配し、会社の上司がやってきた。
羽子は姪だと言ってごまかすが、いかにも不自然な説明だ。
厄介な状況でふたりが右往左往するサスペンス要素も、本作の魅力。
同作者によるギャグ系の『アラサーはBarにいる』を、昨年紹介した。
他にもほのぼの4コマを連載してたり、作風は幅広い。
本作では「どちらが支配してるか解らない男女の関係」というテーマを、
可憐だがすっきりした描線を武器に推し進めている。
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宮尾行巳『アンダープリズン』
アンダープリズン
作者:宮尾行巳
掲載誌:『週刊漫画ゴラク』(日本文芸社)2019年-
単行本:ニチブンコミックス
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近未来の地下刑務所を舞台とした物語である。
正確にいうと、死刑囚専門の「拘置所」。
収容者は凶悪犯ばかりなので治安は最悪だ。
主人公である金髪の「桃瀬純矢」は、殺人罪で死刑判決を受け、ここに送られた。
端正な顔立ちの純矢は、男色趣味の看守の餌食になりかける。
しかしこの監獄の情報は調査してあり、どうにか切り抜ける。
実は純矢は警察に出頭し、みずから進んでこの監獄へやってきた。
目的は復讐。
家族3人を殺した男を、国家権力ではなく、自分の手で葬るために。
復讐の相手である「櫛目仁吾」とは同房になった。
殺ろうと思えばいつでも殺れる。
しかし櫛目は、想像してたのと違う人間だった。
絵が趣味で、被害者である純矢の姉の肖像画を描いたりする。
僕は復讐譚だと思って単行本を購入したが、予想は裏切られた。
殺害現場にいたのに、なぜか当時の記憶が残ってない櫛目は、
純矢との接触がきっかけとなり、すこしづつ記憶が戻ってゆく。
どうやら犯人は別にいて、もっと大きな陰謀が絡んでるらしい。
あとがきで作者は刑務所や拘置所について語っている。
作中の風景は誇張でなく、むしろマイルドな描写だと。
「国家権力は一個人の暴力よりずっと恐ろしい」という世界観の中で、
ポリティカルサスペンス的な要素が、物語に深みを与えている。
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