立石泰則『さよなら!僕らのソニー』
トリニトロンの画面
さよなら!僕らのソニー
著者:立石泰則
発行:文藝春秋 2011年
[文春新書]
ソニーは日本の誇りだつた。
たとえば1998年ごろ、ボストンに留学していた友人から著者がきいた話。
「日本人は猿真似ばかりだ!」
経営学の教室で、いつもの様に白人学生が合唱する。
だがその日、議論の相手が失言。
「ソニーみたいに独創的な商品をつくる企業は、日本にないからな」
「そんな、あれは日本企業なのに」
「……嘘つけ、ソニーはアメリカ企業だ!」
盛田昭夫は、家族五人でアメリカにうつりすんだ。
自分をふくめ、みな英語が不得手だつたが、
現地に溶けこまねば、米国市場での成功はないと信じた。
アメリカ人は無智で傲慢だが、「よいものはよい」と認める。
松下電器などの販売網や、大量生産する製造ラインに太刀打ちできず、
日本市場だけでは生き残れない事情もあつた。
それでも元海軍士官は、「日本代表」の意識をもち、太平洋をわたる。
CDウォークマン、カセットウォークマン、メモリースティックウォークマン、MDウォークマン
「マーケット・クリエイションは、マーケット・エデュケイションだ」と盛田はいう。
ソニーは消費者を啓蒙した。
何様かとおもうが、それがソニーだつた。
「ウォークマン」が売れれば、他社はあわてて追随。
だがソニーは他社を追随しない。
ヨソが録音機能をつけても、マネしない。
それは「ウォークマン」でないから。
1995年、出井伸之が社長就任。
「技術系」と「事務系」が、交互に社長をつとめる慣例がとだえた。
出井は無類の政治好き。
世界経済フォーラム共同議長、IT戦略会議議長、経団連副会長など。
工場より社交場の方が、居心地よいのだろう。
弁舌さわやかに、ネットワーク時代の家電のありかたを説いた。
いわく。
テレビ画面の解像度など、もはや問題にならない。
大事なのはコンテンツと、それを配信するネットワークだ。
……わるくない意見だが、ソニー社長の発言としてどうか?
現実には、デジタル家電の王、薄型テレビへの対応すら出遅れる。
CLIE PEG-NR70V
出井は社長として、ブラウン管の「ベガ」やPCの「バイオ」で成果をあげた。
ソニー凋落の責任を、ひとりで負わされるのは酷だ。
しかし、どうしてもそうなる。
井深はトリニトロン、盛田はウォークマン、大賀はCDプレイヤー。
かれらの名は、画期的な商品とむすびつき記憶される。
家電屋の経営者は、テレビに出てもしかたない。
その箱をつくるのが本業だ。
社長になる前、出井は三つのレポートをかいた。
当時泣かず飛ばずのアップルを買収せよ、と主張した。
ちなみに著者はかつて、PDAの「クリエ」を愛用。
タッチパネルやカメラやマイクを搭載、出先でインターネットに接続できた。
ただし通話機能はない。
ケータイを携帯しないわけにゆかず、
のちにスマートフォンがあらわれ、2005年にクリエは生産終了。
2005年。
米国で活躍した英国人、ハワード・ストリンガーがCEOに。
CBS時代はテレビ番組、ソニー米国法人時代は映画で、好業績をのこす。
筋金いりの「コンテンツ」人間。
本人いわく、いまやアメリカ人がSONYブランドで連想するのは、
映画『スパイダーマン』なのだとか。
ソニーにさそわれた際、ストリンガーが提示された報酬額は、
「見たことがないほど低かつた」そうだ。
それでも出井の戦略と、人柄を信頼し、入社をきめた。
なので強欲なアメリカ人と一緒にするな、と言いたげだが、
人前でカネの話をする時点で、日本人の目に異様にうつる。
ストリンガーとその子分は勿論、わが国に居をもたない。
一か月に一回ほど来日するときは、
会社が契約する最高級ホテルのスィートにとまり、品川へかよう。
本社二十階のオフィスから、めつたに顔をださない。
盛田昭夫の特攻精神とは、大いに隔たりあり。
ソニーは、アメリカの家電屋をほろぼした。
しかし、「ミイラとりがミイラになる」のことわざどおり、
ある意味ソニーはアメリカ企業となつた。
著者は御丁寧に、アマゾンで批判的なレヴューに反論している。
つまり本気の一冊であり、凄みがある。
ボクが不満なのは、ゲーム事業についての記述がまづしいこと。
本社とSCEの対立、特に久夛良木健の浮沈は、
ソニー社史における「技術と管理」の関係をかたるのに、避けてとおれないはず。
おそらく著者はゲームに興味がない(この点についてはコメント欄を参照)。
プレイステーション SCPH-1000のマザーボード
今年にはいり、副社長とSCEI会長をつとめる平井一夫が、
次期社長に内定したと報道された。
初のゲーム部門出身の社長となる。
現代世界においてゲームとはなにか、そろそろ誰かに説明してもらいたいし、
力不足ながらボクもすこしは考えてゆきたい。
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ご購読ありがとうございます
ゲームについては、久多良木さんからかつて「自分が目指しているのはゲームの世界ではなく、コンピュータエンタテイメントの世界だ」と言われました。そのコンピュータエンタテインメントの世界とは何かを考え、描きたいと思っていたら、久多良木さんは本社へ行かれ、ゲーム事業から多方面にへ関心を移されてしまいました。
いつになるか分かりませんが、SCEについては書きたいと思いますので、今回含まれていなかったことは私に関心がないのではなく、諸般事情とご理解いただければ幸いです。
立石泰則さん、こんばんは。
著者御本人から言葉をいただき、大変に光栄です。
本文を一部修正しておきます。
立石さんは、ゲームの記述を増やしたいという意向があったんですね。
新書サイズゆえの事情は理解できますが、読者として残念です。
>ゲームについては、久多良木さんからかつて
>「自分が目指しているのはゲームの世界ではなく、
>コンピュータエンタテイメントの世界だ」と言われました。
>そのコンピュータエンタテインメントの世界とは何かを考え、
>描きたいと思っていたら、久多良木さんは本社へ行かれ、
>ゲーム事業から多方面にへ関心を移されてしまいました。
なるほど。
ゲームを含めたコンピュータエンタテインメントは、
近年ますます重要性を増してますし、個人的にも気になります。
SCEについての調査や分析、心から期待しております。