ゲーデルの迷宮

論理空間におけるゲーデルの定理

 

クルト・ゲーデルは、1931年に発表した「不完全性定理」で、

数学の体系には、證明も反證もできない言明が存在し、

体系そのものの無矛盾性も證明できないことを、證明した。

公理系を『ウィザードリィ』にたとえよう。

白いところは、移動可能な通路。

黒は「いしのなかにいる」だ。

そしてすべてのダンジョンに、どちらとも判断できない空間がある。

永遠に。

Wizや『世界樹の迷宮』のプレイヤーなら、不買運動をおこす。

科学、つまり神がつくつたゲームは、クソゲーだ。

 

 

 

八歳のときリウマチ熱をわづらう。

向学心あふれるゲーデルは医学書を読みあさり、

完治したのに、心臓病などの副次的症状に生涯おびえづけた。

医師の診断より書物を重んじる、嫌なガキだつた。

毒殺の意図をうたがい、他人がつくる料理に決して口をつけない。

しぶとく七十一歳まで長生きするも、ついに絶食し、餓死した。

1948年、アメリカ市民権の取得を決意する。

審査にそなえ、合衆国憲法の研究をはじめた。

この国が独裁制に陥りかねない抜け穴が、すぐみつかる。

友人のアインシュタインとモルゲンシュテルンは、懸命になだめた。

連邦裁判所で審査がはじまる。

 

判事「あなたは今までドイツの市民権をもつていましたね?」

ゲーデル「いえ、わたしはオーストリア人です」

判事「いづれにせよ邪悪な独裁国家でした。アメリカではありえません」

ゲーデル「そんなことはない。わたしなら證明できる!」

 

人は毒殺されるかもしれないし、されないかもしれない。

独裁者は台頭するかもしれないし、しないかもしれない。

いづれにせよ論理学者は、灰色の世界に生きられない。

 

 

 

 

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パップスの定理と、その相対

 

数学を専門にえらんだのは、ヴィーン大学にかよう二十歳のころ。

秀才の誉れたかく、高名な哲学者・数学者・科学者がつどう、

木曜晩の会合へ定期的にまねかれた。

議論の主題は、ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』。

かれらが『論考』を読むのはなんと二度目!

まだ三十代のヴィトゲンシュタインだが、途方もなく崇拝されていた。

カルト的な空気はゲーデルの肌にあわなそうだが、

あまり意見ものべず、辛抱づよく先学の理論をまなんだ。

 

描写したいと願う世界がある。

言語が、世界の実際のあり様と一致しているかどうかは、

「写像理論」でもつてしか示すことはできない。

語りえぬものについては、沈黙しなくてはならない。

 

『論考』は読者に、おそるべき厳密さを要求する。

当の著者に、哲学を放棄させるほど。

ヴィーン学団の大物カルナップの形式構文論も、ゲーデルにしたらヤワにみえた。

 

写像の基本的特徴は、

ある“対象”領域に含まれている関係の抽象的な構造が、

他の“対象”(最初のものとは別な種類のものであるのがふつうです)

領域のあいだにも成立することを示す点にあります。

ゲーデルがその証明をつくりあげるさいの刺激となったのは、

まさに写像のこの特徴だったのです。

 

E・ナーゲル J・R・ニューマン『ゲーデルは何を証明したか』(白揚社)

訳者:林一

 

ゲーデルは、もつとも原理主義的な、論理実証主義者だつた。

真理は実在すると、熱烈に信じていた。

 

 

 

 

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コンピュータ科学者のグレゴリー・チャイティンは、

情報理論において「不完全性定理」をみちびいた。

 

あまりに複雑すぎるため、

コンピュータ・プログラムで算出できない様な数が存在する。

 

ここにも灰色の罠が。

真理を、曖昧さの密林から救いだすのは不可能。

たとえば十六世紀。

コペルニクスの予測は、プトレマイオスより精度が低かつた。

なのに地動説が天動説に取つて代れたのは、理論の「単純さ」ゆえ。

科学というクソゲーは、プログラムの長さをめぐる競争にすぎない。

ゲーデルは迷宮を俯瞰し、身も蓋もない現実をみいだした。

 

ただ数学を比喩として、安易に他分野に応用するのは慎みたい。

『ゲーデルの定理 利用と誤用の不完全ガイド』(みすず書房)の著者、

トルケル・フランセーンは、ありとあらゆる不完全性定理の「濫用」を斬りすてる。

そんな抵抗は、数学至上主義者の苛立ちにおもえるけど。

 

 

 

奇人変人の類とみなされがちなゲーデルだが、

実は良心的な教員で、とりわけ研究所の人事に興味津津だつた。

教授会が長びき、まわりが迷惑するほど。

かれは所内にいる人間とも、電話で話すことを好んだ。

直接の対話は、表情や身ぶりや体臭など、多様な情報を交換できるが、

ゲーデルは言葉しか信じておらず、それで十分だつた。

 

ゲーデルは、本質的には、宇宙には基本的に意味があるのだから

来世は存在するにちがいないと考えていた。

彼の論は、人の可能性は一度きりの人生で

十分発揮されたりはしない、というものだった。

したがって、この可能性が発揮されうる来世があるにちがいないのだ。

そうでなければ、人の生涯は意味のないものになってしまうだろう。

 

ジョン・カスティ ヴェルナー・デパウリ『ゲーデルの世界 その生涯と論理』(青土社)

訳者:増田珠子

 

それはある意味、神ゲー。

ボクの頭脳では、論理の是非を確かめられないが、

すくなくとも彼自身の孤独で惨めな死は、虚しいものでなかつたはず。





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ジョン・L. カスティ、ヴェルナー デパウリ 他

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