佃煮にもできないやから ― W・G・ザイフェルト「もの言う株主」

イナゴ

もの言う株主 ヘッジファンドが会社にやってきた!
Invasion der Heuschrecken
(ヴェルナー・G・ザイフェルト ハンス・ヨアヒム・フォート 著/北村園子 訳/2008年/講談社)

著者は1949年うまれのスイス人で、1993年から12年間ドイツ取引所のCEOをつとめた人物
はずかしながら名前すら知らない企業だったが、ザイフェルトは低迷していた同社をヨーロッパを代表する証券取引所となるまで成長させたと自賛している
経済人が書いた本は自慢話と身内ぼめに終始するゴミであるのがふつうだが、本書はすこしおもむきがちがう
ザイフェルトは、敵対的なイギリスのヘッジファンドによってその座を追いおとされた男
本書はいわば負け犬の遠吠えで、だからこそ内容に真実味がある
まあビジネスマンというのは迷信ぶかい人種で、成功したビジネスマンが書いたご利益のありそうな本しかよみたがらないものだけど…

発展をつづけたドイツ取引所は、ヨーロッパ株式市場の主導権をにぎり、それをさらに合理化しようという企図をもって、ロンドン証券取引所(LSE)を買収する計画をたてた
この野望が、グローバル市場の貪欲なイナゴ、アングロ・サクソン世界の門番たちをおこらせた
かれらヘッジファンドの仕事ぶりというものは、それはもうすさまじいものだ

物語の敵役として登場するのが、TCIというヘッジファンドをひきいるクリス・ホーン
最近も日本市場をあらしまわっているイナゴだ
40歳手前の億万長者だが洋服や自動車の趣味はそれほど贅沢ではなく、競争に勝つことしかかんがえていない人物だと描写されている
TCIはドイツ取引所の株式をわずか1.8%しか所有しておらず、最大株主ですらなかったが、腹をすかせたイナゴたちはそんな些細なことを気にはしない
あやしげな根拠でLSE買収は企業価値をそこなうと主張し、株主の当然の権利として計画の撤回、ひいては取締役の辞任を要求する
かれらはもともとパリの証券取引所の株も所有していて、買収が成功して自分たちの資金がうしなわれることをおそれたらしい
もちろんドイツ取引所の他の株主にとってはそのような事情はいっさい関係ない
取締役はみずからの株価をたかめることだけに専念してくれればよいのだから
これは株主主権論が、ときに資本主義の原則と矛盾することをしめす典型例といえる

これまでは企業と長期的な関係をむすびたい株主だけが、企業政策に影響をあたえてきた
しかしいまはそんな書生論が通用する時代ではない
ものいう株主たちは、影にかくれたロビー活動、脅迫、マスコミをつかったネガティブ・キャンペーンによって経営陣を交代させ、大規模な配当を自分たちのふところにいれる
そして目的をたっしたあとは、あわただしく株を売却してさっていく
著者はTCIがほかのファンドと違法な共同歩調をとっていたともうったえる
これもまったくありそうなことだ
最後まで妥協案をさぐっていたザイフェルトだったが、民主的な投票をおそれるTCIの脅迫に監査役会が屈服したため、定期株主総会の二週間前に辞任を発表することになった

本書のなかばで、アングロ・サクソンの衛兵たちの顔役である超大物があらわれる
ロスチャイルド一族の直系の子孫であるジェイコブだ
ただしかれは紋切り型の陰謀説の書物でえがかれるようなモンスターではなく、教養があり良識的なビジネスマンとしてふるまう
かえってそれが不気味におもえるのだが
かれのファンドはTCIと密接なつながりがある
ザイフェルトとの会合ではいかにも中立的にふるまっていたそうだが、じつになんともきな臭い
ロスチャイルド家は、ドイツ資本がロンドン金融の中枢に手をのばしたことにはげしく反発し、手兵のホーンをけしかけたのだろうと推測できる
おおこわいこわい
米英の巨大資本というのは冷酷非情なもので、グローバル資本主義の時代にあってその猛威はますます荒れくるってゆくのだろう
とはいえ今回の事件は、国境をこえた金の奔流が自分たちの足もとを掘りくずそうとしたわけで、砂上の楼閣をまもるのも多難な道のりなのかもしれない

わが国のサラリーマン経営者たちは、ドイツ取引所とにた状況におちいった場合に、安易に監督官庁の保護をもとめる傾向があるのではないだろうか
しかし敗軍の将であるザイフェルトはそんな誘惑をしりぞける
政府は日常のビジネスの具体的な案件に口をだすべきではないし、そもそもかれらはそれを適切に解決する能力をもたない
そして政治家は立法に腐心するべきだと
黒船におびえて護送船団をくんでしまえば、市場は効率性をうしなって結局は国際的な競争から脱落してしまうということだ
じつに節度ある発言だとおもう
こんな独立不羈の精神さえあれば、大陸ヨーロッパがイナゴにくいつくされて荒れ野になることはないはずだ
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