嘆きのムーサたち

エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン『フランス王妃、マリー=アントワネット』

 

ヴェルサイユに来たばかり、まだ十四歳のマリー=アントワネットは、

「画家たちのせいでヘトヘトです」と母に書きおくつた。

フランス画壇が性にあわず、どの肖像画も別人におもえる。

八年後、ヴィジェ・ルブランという才能をみいだすまでは。

 

 

 

 

 

マリー=ガブリエル・カペ『自画像』(1783年ごろ)

 

十八世紀フランスの女性美術家を紹介する展覧会をみようと、

三菱一号館美術館にでかけた。

いつもより、タブローで反射する光があかるい。

館内の空気がやわらかい。

そこは、画家と鑑賞者の殺伐たる戦いがない。

特に自画像がよかつた。

偏見かもしれないが、自身をうつくしく見せるという分野で、

女性は比較優位をほこつているのだし。

 

マリー=アンヌ・コロー『ピエール=エチエンヌ・ファルコネ』

 

女の彫刻家とは、めづらしい。

石膏の重量感をぬぐいさつた優美さ。

池田理代子の漫画を立体化したかのごとく。

ちなみにこの男、彫刻家の未来の夫で、師匠の息子でもある。

若い弟子との親密な関係が中傷をまねいたので、

師は彼女を説得し、自分の息子と結婚させた。

浮気、暴力、破綻、訴訟。

おさだまりの展開。

女の細腕でも、鑿と鎚をあやつるくらいは可能だが、

藝術の世界で生きるのはラクぢやない。

 

 

 

 

エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン『エチエンヌ・ヴィジェ、画家の弟』

 

十三歳のヴィジェ・ルブランが、三つ下の弟を描いたもの(とされる)。

女流画家の技藝は、家族に題材をえると光彩をはなつ。

弟エチエンヌは、のちに劇作家として成功した。

その美貌と才気は、姉との共有財産だつたらしい。

 

同『ポリニャック公爵夫人、ガブリエル・ヨランド・クロード・マルティヌ・ポラストロン』(1782年)

 

マリー=アントワネットの寵愛をうけ、

公爵夫人の称号をさづかり、子どもの養育係をつとめた人物。

十八世紀の最先端のファッションは、2011年でも通用しそう。

白いドレスは大胆に胸元をさらけだすが、

空色のリボンでギャザーをよせ、身分相応の気品をたもつ。

背中でむすぶベルトが、ウエストを強調。

花束と羽をさした麦わら帽子は、ことし流行してもおかしくない。

王妃と画家は同い年だつた。

反対をしりぞけ、ヴィジェ・ルブランが王立美術アカデミーに入会できたのは、

強力な後ろ盾のおかげ。

それは美を愛する一党による、ある種の革命といえる。

 

同『自画像』(1791年)

 

美人すぎる画家。

昨年十一月にみた1790年の自画像の翻案だ。

筆先の肖像は娘ジュリーで、母性愛を演出している。

でも画布上の画布になにがあろうと、視線は絵師の白皙に釘づけ。

六百六十もの肖像画をのこしたヴィジェ・ルブランだが、

だれよりも自分自身をうつくしく描いた。

おのれの醜さとむきあうことが、藝術家の使命だとすると、

彼女は肖像画家として、さほど誠実ではない。

……そうね、そうかもね。

でもうつくしければ、なんでもよいでせう?

そう言いたげな微笑みをみると、しあわせな気分に。

ラファエロが描いた女だつて、こんなに可憐だつたろうか。

 

フランソワーズ・ウジェニー・トリピエ・ル・フラン(旧姓ルブラン)に帰属

『マリー=アントワネット(ヴィジェ・ルブラン原作)』

 

王妃は断頭台の露となり、同志はヨーロッパ中に離散した。

ヴィジェ・ルブランの画業はつとに名声を博していたので、

亡命先では王党派から歓待され、

憎き革命政府の転覆後は、母国にもどり活躍した。

王妃の肖像を依頼されることも多かつた。

どんな思いで筆をとつたのか、容易に忖度しがたい。

画家は本作を、決して手放さなかつた。

六千フランで譲つてくれという、申し出をことわつてまで。

 

 

 

 

マリー=ルネ・ジュヌヴィエーヴ・ブロサール・ド・ボーリュー

『ヴォルテールの死を嘆く詩のミューズ』

 

哲学者・文筆家の死の七年後、ささげられたオマージュ。

パリという街は、通りに文学者の名を冠する風習がさかんで、

「バルザック通り」や「ヴィクトル・ユゴー通り」などが現存する。

詩の女神ムーサまで嘆くのに、祀らねばバチがあたる。

かたや東京に「漱石通り」や「鷗外通り」はない。

ことほど左様に、フランスは藝術を重んじるお国柄だが、

女神は嫉妬ぶかく、同性にはつれない態度をしめす。

この絵をかいたブロサール・ド・ボーリューも、

革命さわぎに翻弄され、貧窮にあえぎつつ死んだ。

藝術。

それは非力で、きまぐれな営み。


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