エドガー・ドガ、無限の負債

 

『バレエの授業』(1973-76年)

 

オペラ座の稽古場。

隅角へのびる視線上に、ダンス教師ジュール・ペローが、

杖によりながらも堂々とたつ。

えも言われぬ調和を感じさせる作品だ。

ドガは、踊り子の絵を大量にのこしたことで知られる。

性的関心も勿論あつたろうが、むしろ藝術家としての自分を、

可憐な舞姫たちに重ねていたとおもえる。

下層階級にうまれても、もちまえの才能を日々の修練でみがけば、

ワタシだつてスタアになれるかもしれない!

 

『エトワール』(1976-77年)

 

フットライトにうかぶ踊り子。

爪先立ちのパステルが、紙面で華麗なピルエットをきめる。

でも絵画の鑑賞者は、つい舞台袖をみてしまう。

エトワールを注視する、黒の装いの男がいる。

おそらく庇護者、有体にいうなら愛人だろう。

華やかなバレエの世界も裏側では、

娼婦のそれと変らないことを示唆する、皮肉屋ドガの真骨頂だ。

とはいえ、かれらを倫理的に断罪する、冷酷さは感じない。

画家の目はやさしい。

熱心に踊り子をささえる、この男は何者なのか?

 

 

 

 

『美術館訪問』(1879-90年頃)

 

ドガは気難しく、生涯独身で、友人との軋轢も絶えなかつたそうで、

女友達はなおのこと少ないが、アメリカ人メアリー・カサットは例外に属する。

友人というより、同志だつたのかな。

自分に心酔する十歳年下の、異邦の画家。

踊り子よりたやすく支配できたろうが、ドガはカサットを親身に応援し、

女流画家など稀な時代ながら、印象派展に推挙した。

ルーヴル美術館で、自信にみちた姿勢をとるカサットは、

まるでオペラ座のエトワールの様にみえる。

 

『東洋風の花瓶の前の女性』(1872年)

 

この肖像画のモデルは、弟の妻エステル・ミュソン、

またはエステルの姉であるデジレという可能性がたかい。

ドガはデジレに恋愛感情をいだいていたと言われるが、

作品から浮わついた気分はすこしも伝わらない。

よそよそしい。

むしろ画家の意識は、花と花瓶の造形に集中する。

ドガにとつて、女とイチャイチャすることは退屈で、

背景の一部くらいにしか思つていなかつた。

 

 

 

 

『長衣を着た女性の後ろ姿(『セミラミス』のための習作)』(1860-62年)

 

二十代でいどむも、結局完成できなかつた大作、

『バビロンを建設するセミラミス』のためのデッサン。

縮小した画像ではわかりづらいけれど、

根気づよく描きこまれた衣紋に、横浜美術館で圧倒された!

ダ・ヴィンチの技量に引けを取らないといえるし、

「若者よ、線を描きなさい」というアングルの助言を、

忠実にまもつているのも殊勝な心がけだ。

アカデミズムに反旗をひるがえす、「印象派」の中心人物であるドガの画風は、

その実、ひたすら完璧をめざす「古典派」だつた。

「外光」や「色彩」なんかより、「線」や「形」が重要だつた。

カンヴァスに絵具をぶちまける様な、モネの絵はそれはそれで面白いが、

子供のラクガキとどう違うのか、説明するのに困ることもある。

 

『浴後(身体を拭く裸婦)』(1896年頃)

 

空花さんのブログ『海と空と花』に、この作品についての興味深い記事があります。

ボクは鈍感なので、スタスタ通りすぎたのを反省させられた。

晩年、ほとんど目のみえなくなつたドガは、

暗くて孤独な密室にこもり、裸の女ばかり描いていた。

似通つた絵ばかりでつまらないけれど、

目をこらして観察すれば、みえてくる物があるのだろう。

 

『身体を拭く裸婦』(1896年)

 

デッサンがわりの写真。

ドガが撮影したという證拠はないらしいが、

モデルにこんな異様な姿勢をとらせる写真家は、他にいない。

可動式のフィギュアで遊んでいるみたいだ。

 

『踊り子、左足で立つ第四ポジション』(1883-1911年[1921-31年鋳造])

 

これはブロンズで鋳造したものだが、ドガの死後、

アトリエで百五十点もの蝋彫刻がみつかつた。

展示する意図は毛頭ない「作品」群。

絵画のための習作でもあるが、ほとんど趣味の領域にある。

とにかく「形」が好きでたまらず、視力が衰えてからは、

手で「形」に触れられることが、画家を喜ばせたはず。

 

『水を飲む馬』(1867-1868年[1921-31年鋳造])

 

馬の彫刻もたくさん。

ドガにとつて、女と馬はおなじ価値をもつ。

その「形」のうつくしさが、彼をひきつける。

また、競馬場をえがく絵画が多いのは、

競走馬のひたむきさに共感したからでもある。

彼自身が、藝術というダートを一心不乱に駆けめぐる、

誇り高き名馬だつたから。

 

 

 

 

『ロレンソ・パガンとオーギュスト・ド・ガス』(1871-72年)

 

右で音楽に聞きいるのが、銀行家のオーギュスト・ド・ガス、つまりドガの父。

レコードなどない時代、家で音楽をききたいときは、歌手をまねいた。

こんなに和やかな「父の肖像画」は、はじめてみた。

ドガは、オーギュスト単独の肖像画を描いていないから、

これは画家にとつて真に大切な作品だということ。

そう、例の舞台袖の男は、父オーギュストその人だつた。

法律の道をすて、絵筆をとつた息子など、勘当されてもおかしくないが、

オーギュストは無条件の支援をおしまず、教養ゆたかな助言まであたえた。

ドガは二十年ちかく、金の心配をせず藝術にうちこんだ。

先輩に媚びたり、流行におもねる必要はなかつた。

サロン(官展)に初出品したのは1865年、すでに三十歳をこえていた!

言葉に到底つくせぬほどの感謝をしただろう。

だからドガが藝術家として、完璧であろうとしたのは当然だ。

それ以外に、恩返しの手段はないから。

歌手がもつギターには、おそろしく精密な筆致がみてとれる。

音楽の様に理想的で、屹立した美をめざす、画家の魂がそこにある。


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