だれがモーツァルトを殺したか? ―― 『アマデウス』

 

アマデウス

 

出演:F・マーリー・エイブラハム トム・ハルス エリザベス・ベリッジ

監督:ミロシュ・フォアマン

制作:アメリカ 一九八四年

[DVDで鑑賞]

 

 

 

さてさて、はやくも「ブログ DE ロードショー」の時期がまいりました。

第十三回の作品をえらばれたのは、「ロッカリア」さん。

「この映画はミステリーだ」と、選定理由の説明に書いてあつたので、

クラシック音楽にうといボクも、犯人さがしに協力してみませう。

だれがモーツァルトを殺したのか?

ちなみにネタ本は、ピーター・ゲイ『モーツァルト』(岩波書店)です。

 

 

 

アントニオ・サリエリが毒殺したというのは、だれも信じていない与太話。

無論、田舎町ザルツブルクからきた天才に嫉妬はしただろうし、

自分の特権的地位や、藝術家としての名誉がおびやかされたのだから、

それを守るための努力だつてしただろう。

だが、モーツァルトのオペラが舞台にかからない様に、

みづから手をよごして陰謀をめぐらしたなんて、無理がある。

そんなに宮廷楽長はヒマではないと、あの世でくやしがつているはず。

かれらは友人とはゆかなくても、それなりに親しかつた。

サリエリは、モーツァルトのオペラのいくつかを指揮までした。

また、ライバルだつた二人の年齢は六歳ちがいにすぎないが、

役をふられたエイブラハムは四十五歳、ハルスは三十一歳。

歳の差を強調しすぎではないか?

たかが映画、歴史上の事実など勝手放題にねじまげればよい。

でも『アマデウス』は、その手法に疑問を呈さざるをえない。

なにかを、ごまかしている。

 

 

 

 

 

右の男、レオポルト・モーツァルトが鍵をにぎる。

かつてこの父子は一心同体だつた。

レオポルトは自身の作曲活動を見切り、ヴォルフガングの才能に賭け、

パリやロンドンなど、聴衆のいるところならどこでもヨーロッパを旅した。

病をおして夜の二時まで息子の荷づくりをして、四時間後におきたり。

ゴキブリの這うベッドをわけあつた朝、息子が「眠れなかつた」と不平をいうと、

「イビキをかいていたくせに」と笑いながらやりかえした。

しかし、いくら夢はひとつでも、体はふたつ。

決裂のときがやつてくる。

ザルツブルクをはなれたヴォルフガングに、母を目付役として帯同させたが、

孤独な異郷で体をこわした彼女はパリで客死した。

父は息子を責める。

お前のおこないが悪いせいで、母さんは死んだ。

つぎは私の番だろう。

これほど理不尽な叱責もないが、ヴォルフガングが反論した形跡はない。

父に逆らうなんて、思いもよらなかつたから。

二十六歳のとき、猛反対をおしきりコンスタンツェ・ウェーバーと結婚するが、

レオポルトは嫁を正式な家族の一員としてみとめなかつた。

わかい夫婦がつぎつぎと四人の子をうしなう不運にも、一切同情をしめさない。

このきびしさ。

『アマデウス』でえがかれたサリエリの「陰謀」など、たわいないものといえる。

借金を返さないと信用をうしなう、信用をうしなえば名誉をうしなうと、父はおしえた。

息子は借金を返すため、ちがう相手に無心する手紙をひたすら書いた。

 

 

 

 

 

夫の三十五歳での死後、舅のかわりに未亡人が貪欲なプロモーターになる。

「毒を飲まされた」といつたとか、レクイエムは彼の死を予言したとか。

コンスタンツェが、夫の生涯を劇的なものに演出するために、

どこまで私的な情報を明らかにしたのかは、検證しようがない。

ただ彼女には、遺産である楽譜を高く売りたいという動機があり、

実際に多大な利益をえたことは知つておくべきだろう。

モーツァルトが無名者用の共同墓地に埋葬されたという説にも、根拠はないらしい。

 

彼の葬式は最も安価なものであったが、その埋葬は貧民よりは一段階

――ほんの一段階ではあるにしても――格が上だったのである。

さらに、我々が知るモーツァルトの考え方からすれば、

聖職者の権利に反対するカトリック啓蒙主義に身をひたしていたこと、

フリーメイソンの主義の洗礼をうけていたことからして、

彼があれ以外のものは求めなかったであろうと考えることができる。

残念ながら、彼の最期には、多くの人々が考えたがるほどの悲哀はなかったのである。

 

ピーター・ゲイ『モーツァルト』(岩波書店)

 

それは慣例どおりの葬儀だつたと聞くと、ガッカリする。

われわれ凡人は、「不遇に死んだ天才」という悲劇を好むから。

そしてハンカチを濡らしながら、心のなかでザマミロと舌をだす。

 

 

 

 

 

天才作曲家は、私生活では父をおそれる息子にすぎなかつた。

みじかい一生に七百曲以上かいた男に、波瀾万丈の物語などあるはずもない。

その人生は平凡で、だからこそ不気味だ。

モーツァルトですら、父の影におびえつづけていたなんて!

『アマデウス』というドラマのなかで、サリエリはレオポルトの代役をつとめた。

年齢差が強調された理由はそこにある。

筋書きはより単純で、甘つたるい味わいになつた。

レオポルト本人はいかにも脇役で、中盤であつさり退場する。

父と息子の軋轢、男の内面の一番奥深いところでの葛藤など、

苦すぎてやすやすとメニューに載せられない。

では、だれがモーツァルトを殺したのか?

本作の監督、ミロシュ・フォアマンその人だ。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを、珍獣めいた奇人としてえがき、

作品と人生にひそむ亀裂を、歴史のヴェールの陰にかくした。

そこから漏れる閃光こそが、なにより眩しいものなのに。





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