プロメーテウスの解放 ―― なでしこリーグカップ 準決勝 ベレーザ-マリーゼ
なでしこリーグカップ 準決勝
日テレ・ベレーザ-東京電力女子サッカー部マリーゼ
結果:1-0 (1-0)
得点:36分 伊藤香菜子
会場:西が丘サッカー場
[現地観戦]
リーグの首位をゆくベレーザは先月、監督の星川敬の任を解いた。
わかい指導者は面目をうしなつたが、どうせ事件はすぐ忘れられる。
それより彼の名は、「岩渕真奈から一年半ドリブルをうばつた男」として、
サッカー史に記録されるだろう。
FCバルセロナやスペイン代表を範とする、「ポゼッションサッカー」の導入。
その是非はひとまず措くが、耐えがたいほどの長きにわたり、
岩渕が被害者の立場にあまんじたことは否定できない。
理想をかたるカントクは信用しない方がよい。
近代サッカーの原点は、一九七〇年のアヤックスにあるが、
監督のリヌス・ミケルスに、チームづくりの具体的な計画はなかつた。
プレッシング、オフサイドトラップ、ポジションチェンジ。
戦術の革新は、選手たちの無意識がなしとげたものだ。
ドリブルに関して、ヨニー・レップはこう語つている。
私たちの場合、ミケルスからいろいろと指示は出されていたが、
ドリブルを禁止されてはいなかった。
彼は決して融通がきくタイプの指揮官ではなかったが、
ドリブルは私のプレースタイルだとして受け入れてくれていたんだ。
調子がよければDFを2~3人かわすことができたが、
調子が悪いときはセーフティーなプレーを心掛けたよ。
デイヴィッド・ウィナー『オレンジの呪縛』(講談社)
なに、イマのサッカーには空間がない?
ドリブルで敵をかわせば、空間を作れることを知らない人間の意見だね。
とにかく、鎖は打ち砕かれた。
岩渕は、大野忍と前線にならぶ。
めづらしい風景ではないが、何かがちがう。
ボールが自然とぶっちーに吸いよせられる。
三人に囲まれたくらいでは、意地でも味方にわたさない。
ウチのボールは、ウチのもの!
ときに気まぐれで簡単にはたき、裏にぬけだす。
味方の上がりをうながし、するどいパスでさらに走らせる。
ダイダロスの迷宮のごとき渋谷駅が、新宿駅に進化した。
東海道線などの長距離列車、京王線・小田急線の私鉄、
さらに地下鉄まで、ひとつの駅から整然とひろがる。
これまで動画共有サイトでしか見れなかつた、
ニュージーランドでの天衣無縫の活躍が、
西が丘の至近距離の舞台で再演された。
夏の夜の夢に、昂揚した。
プロメーテウスはゼウスをだましたので、怒りをかう。
ゼウスは、彼のうしろであざ笑っているプロメーテウスを罰するために
人間には火をあたえないことにした。
「人間どもは、肉を生のまま食うがいい!」と、彼はどなった。
(中略)
これまでにもまして腹をたてたゼウスは、
プロメーテウスを裸のままカウカソス山脈の柱に鎖でつないだ。
そこでは、貪欲な禿鷹が一日じゅう、
そして年がら年じゅう彼の肝臓をつつきちらしている。
ロバート・グレイヴズ『ギリシア神話』(紀伊國屋書店)
プロメーテウスの受難は、ヘーラクレースに救われるまで終らなかつた。
神話のつづきは、二十二日の決勝戦で見せてもらおう。
どんな幕引きが、西が丘で待つているのか知らないが、
生焼けの肉を食わされるのだけは御免だ。
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