エレクトロ・ベイビー

「風俗求人・高収入アルバイト情報 バニラ」

 

 

 

人混みが苦手なので新宿にゆくときは私鉄にのるが、

駅をでると、悪趣味な宣伝カーがボクをむかえた。

上にのせた高円寺駅の看板と、ほぼおなじデザインだつたはず。

甲高い女声で「バ~ニラ、バニラ、高収入!」と、

テクノのリズムにのせて、ひたすらくりかえす。

右の女はいかにも水商売の格好だが、左はグレーのセーターに眼鏡で、

どうも女子大生かOLを釣ろうとしているらしい。

そして彼女たちの目には、「¥」マークがかがやく。

むかしの少女漫画なら星を描くところだが、

無論この二十一世紀に、古くさい子供だましは通じない。

不快には思わなかつた。

むしろ薄汚れた街にあまりに似合いで、感動したくらいだ。

 

 

 

紀伊国屋の八階、児童書売り場にむかう。

普段は無縁の地だが、甥の三度目の誕生日をいわうため、

「絵本を買つてこい」と母がボクに命じたのだ。

父とはいまだ冷戦がつづいているが、自分の人生のなかで、

なぜか母の命令にそむいた記憶がない。

今度は、つかれた顔のエレベーターガールにむかえられる。

失礼を承知でかくが、それは風俗嬢よりいくらかマシ、

というグレードの職業ではないだろうか。

せまい箱に閉じこめられての、はてしない上下運動。

でもエスカレーターのないこのビルでは、エレガの助けが必要だ。

 

 

 

ボクは絵本がきらいだ。

児童書売り場にくると、心底ウンザリする。

母はボクにたくさん絵本を読み聞かせたろうが、

それに十分満足したとは思えない。

子供だましを許せない子供だつたから。

どうせ読むなら、一番よい本を読みたい。

絵本の名作、たとえば『はらぺこあおむし』の全篇より、

『渋江抽斎』や『アンナ・カレーニナ』の一節を読んでほしかつた!

そんなボクがえらんだのは、「音の出る写真絵本シリーズ」の一巻、

『うんてんしよう! やまのてせん E231けい』(交通新聞社)だ。

 

「グッズステーション traindo」

 

右下の七つのボタンをおすと、発車ベルやらアナウンスやら、

電車に関する音がなり、運転手の気分をあじわえる。

予想どおり三歳児は、くるつた様に熱中した。

「いまから電車(小田急線)に乗りにゆこう!」とさわぎ、

夕食の準備をはじめた家族をこまらせる。

子供が本当に好むのは、心やさしいアオムシではなく、

首都を驀進する鉄のカタマリなのだ!

しかしポツリと、「アナタは乗り物に全然興味なかつたわね」と母がいつた。

たしかに、いまだに鉄道も車もエレベーターも好きではない。

なんでもケン少年は、電車にのつても本ばかり読んでいたらしい。

だれの教育の成果なのかは、わからない。

 

 

 

ひさしぶりに弟夫婦の家をたづねたのは、

先週の日曜日にうまれた姪をみるためだ。

これが初顔合わせなのに、彼女の瞼は閉じたまま。

まあ目をあけても、なにも認識はできなかつたろうけど。

それにしても赤ん坊の目には、一体なにが映るのか?

視力検査をするには早すぎるのが、残念だ。

ただその瞳に、「¥」マークが浮かんでないのは確かだ。

彼女が成人するころ、世界はどうなつているだろう。

ボクに予測は不可能だが、かしゆか風に妄想するなら、

街ゆく猫が空を飛んだりするのではないかな。

 

見えるものの全てが 触れるものも全てが

リアリティーがないけど 僕はたしかにいるよ

 

Perfume『エレクトロ・ワールド』

作詞:中田ヤスタカ

 

この曲を、生後一週間の彼女にささげたい。

いつかキミに、聞かせてあげたいな。

 


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苑田 謙

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