ウシガエルとデート ― 松井正文『外来生物クライシス』

千鳥ヶ淵のお堀

 

外来生物クライシス 皇居の池もウシガエルだらけ

 

著者:松井正文

発行:小学館 平成二十一年

[小学館101新書]

 

 

 

ある晴れた春の午後。

皇居の西北、桜さきほこる千鳥ヶ淵公園のベンチで、

ボクは当時の恋人と愛をかたりあつていた。

突然、カノジョが悲鳴をあげて飛びあがる。

ボクが不埒なふるまいをしたからではない。

カノジョの体のおかしなところを触れたりしなくもないが、

それは想定の範囲内だから、相手も平然たるものだ。

おびえる視線の先には、二十センチもあろう巨大なウシガエルがいた。

平成八年から五年にわたり、天皇陛下の意向をうけ、

国立科学博物館を中心に、皇居内の生物の調査がおこなわれた。

都区内で絶滅したとされていたベニイトトンボなどの生息が確認されたが、

それ以上に研究者を驚かせたのは、

アメリカ合衆国東部原産のウシガエルの蔓延ぶりだ。

大正七年に、食用のためこの種を日本に導入したのは、

東京帝国大学の渡瀬庄三郎教授。

しかし、不如意な栄養摂取量にたえていた日本の庶民も、

さすがにカエルを食卓にならべたいとは思わなかつた。

ヘビでも魚でも、動くものはなんでも食べるウシガエルは、

養殖場から逸出してから爆発的に繁殖し、各地の固有種をおびやかす。

日本在来のカエルとことなり、メスは水面に数万の卵を放出するので、

水深のあるお堀はうつてつけの住まいになる。

ハカセのおかげで、デートの気分は台無しだ。

 

 

 

平成十七年に施行された「外来生物法」で、

特定外来生物に選定されたオオクチバス(ブラックバス)は、

あわれにも国から敵視され、駆除の対象になつた。

悪いのは、おのれの楽しみしか考えない釣り人なのに!

釣りたい魚がないなら、金魚すくいで我慢すればよい。

琵琶湖では、昭和五十九年からオオクチバスの駆除をおこなつており、

多いころは年間100~150トンも捕獲された。

しかし、この問題はややこしい。

たとえば、金沢市の自然園にあるトンボ保護区の池でも、

繁殖したオオクチバスが、ヤゴなどの水生生物の領分をみだした。

これを駆除したところ、なんとオオクチバスに捕食されていた、

アメリカザリガニがかわりに大発生する。

ひとたび変化した生態系は、一種を駆除したくらいで復元できない。

ちなみに、繁殖力旺盛なアメリカザリガニを輸入したのは、

養殖用のウシガエルの餌にするため。

すべては連鎖している。

また日本の淡水環境は、本国よりザリガニにとつて快適なのだとか。

 

 

 

前述の渡瀬博士は明治四十年、米国帰りに立ちよつたセイロンで、

マングースとコブラの決闘を見物した。

おそろしいコブラの頭にくらいつき、息の根をとめるマングース。

感動した博士の脳裏に、妙案がひらめく。

こいつらに、沖縄のハブを退治させたらどうだろう?

入念に調査をすませた二年後、渡瀬博士はガンジス川の三角州で、

みごと三十二頭のジャワマングースを捕獲した。

三頭は道中に死んだが、のこりの二十九頭が那覇市と渡名喜島にはなたれる。

その後の活躍は御存じのとおり。

雑食性のジャワマングースが、このんで猛毒のハブを捕食するはずがない。

そもそも、昼行性のジャワマングースと夜行性のハブは、活動時間がことなる。

結局、大型の肉食獣や猛禽類がいない沖縄で、

この珍客は食物連鎖の頂点に君臨した。

沖縄島や奄美大島に固有の希少動物を食いちらし、

天然記念物のヤンバルクイナまで危機にさらされる。

いま奄美大島では、「奄美マングースバスターズ」を組織し、

探索犬や罠をつかつて駆除をすすめている。

捕獲したジャワマングースは、炭酸ガスで処分される。

率直にいつてバカな話だが、笑うに笑えず、なんだかせつない。

科学者が、「世界をよくする」という滑稽な使命感にかられると、

「いくらマングースでもハブは怖いだろう」といつた、まともな常識は働かない。

そして世界は混乱し、安心してデートもできなくなる。





外来生物クライシス (小学館101新書)外来生物クライシス (小学館101新書)
(2009/12/01)
松井 正文

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03