無粋なり紫式部 ― 大野晋・丸谷才一『光る源氏の物語』

 

光る源氏の物語

 

著者:大野晋 丸谷才一

初版発行:中央公論社 平成元年

[中公文庫版で読了]

 

 

 

第一等の日本語研究者である大野晋と、

これまた第一等の小説家兼批評家である丸谷才一が、

二年間二十一回にわたり、『源氏物語』をかたりつくした対談。

学問的な正確性をおもんじて原文をよみとき、

藝術的な感性で、この長編の複雑な味をたのしむ。

『源氏』が、大古典として神棚にまつられるのではなく、

いまここにある小説として浮かびあがるさまに、魅了される。

 

 

 

大野の読みかたは琴の音の様に小気味よく、対話のリズムをさだめる。

『紫式部日記』にしるされた伝記的事実を手がかりに、

全五十四帖を一刀両断せんとする気魄に、丸谷は当惑する。

小説家としては、もつとも受け入れがたい態度だから。

紫式部と似た体験をすれば、だれでも『源氏』を書けるのではないし、

それをみとめたら、丸谷自身の作品まで、

実人生の引き写しにすぎないという解釈をゆるすことになる。

 

丸谷 やはり小説は下等な形式なんですね。(笑)

大野 なるほど、そうかもしれないな。

観念だけではつくられていないところがあるんじゃないですか。

丸谷 それから、読者にとって、

何か本質的に告白的に見える形式なんでしょうね。

大野 ああ、それはわかるなあ。

丸谷 だから『ハムレット』を見て、

シェイクスピアはこういうことをしたことがあるのか、

といったようなことは誰も考えないわけです。

 

諧謔でどうにか煙にまく、丸谷センセイ。

「薄雲」の巻。

秋が好きというほか特徴のない秋好中宮は、

大嫌いな「春は曙」の清少納言を攻撃するために、

作者が登場させた人物だという説を、大野は披露する。

十年先輩の人気エッセイストをやつかんだのは無理もないが、

日記だけでなく、千年後まで読みつがれる傑作でも、

生ぐさい嫉妬の炎をもやしたなんて、実に不面目なことだ。

しかし紫式部や藤原定家を、T・S・エリオットやジョイスの同志、

つまりモダニズム文学者ととらえる丸谷は、もつと高尚な弁明をする。

「蛍」では、長雨に退屈した女たちと光源氏が、「物語論」をたたかわせる。

「日本紀なんか、たいしたことはない」とか。

そして、物語のなかで物語を論じるという知的な構成は、

まさに作者がモダニストである證拠なのだと。

丸谷が駆使する批評の技巧は、流麗な笛の音にも似て、

ふたりのアンサンブルは緊張感をはらみつつ、それでいて心地よい。

 

 

 

折口信夫は講演で、「若菜」を読まねば『源氏』を読んだことにならない、

と言つたそうだが、この巻にくると対話も佳境にはいる。

六条院での出来事をわすれられない柏木が、物思いにふける場面。

「いかならむ折に、又さばかりにても、ほのかなる御ありさまをだに見む」

この「ほのか」の語釈に、大野はこだわる。

「かすか」は、「薄くて消えていつてしまいそうなもの」という意味だが、

それに対し「ほのか」という形容動詞は、

「後ろにまだいろんなものがある、その端が見えている」ということ。

それでもまだ、解釈はピタリとはまらない。

 

こんど、どうやらわかったと思うのでここで申しますと、

英語で「want」と言います。「want」は「欠乏」ですね。

「欠乏」であると同時に「欲望」です。

無いから、欠乏しているから欲望するわけです。

(中略)

これと類似しているのが「ほのか」なんです。

「ほのか」も十分じゃない。不足なんです。

不足だからもっと見たいんです。不足で不満なんです。

心ゆくまでいかないということです。

この場合も「どんな折に、またあれぐらいでもいいから、

十分見られなかった御有様をせめて見たいものだ」ということですね。

 

御簾の隙間を通じてたちのぼる、ひとの妻への思い。

ただ一語から、隠された欲望をあばく国語学者の才腕に、

原文をこれほど自在に読みこなせたら楽しかろうと、うらやんだ。

丸谷は、和歌の分析で冴えたところをみせる。

懐妊した正妻の女三の宮が、目の前の源氏につぶやく歌。

 

夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きて行くらむ

 

夕露に袖を濡らして泣け

ということかしら

ひぐらしが鳴くのを

聞きながら

起きてゆくなんて

 

妻の胎内にいるのが柏木の子だと、源氏はしらないので、

この夜に彼女を抱いたかどうかは、物語の色合いをさだめる重大な要素だ。

しかし千年後の読者にとつて困つたことに、この作家の美意識は、

実事のあるなしをあからさまに書くことを、おのれに死んでもゆるさない。

わかる人だけ、わかればよい。

 

丸谷 歌のやりとりがあって、この「蜩のはなやかに鳴く」なんて、

言い方は変だけれども、女の人のそういう場合の声の比喩的なもの、

と取れないこともない気がするんです。

このへん、なんだか色っぽいんですよ。

 

女三の宮は閨での自分の嬌声を、ヌケヌケとひぐらしにたとえた。

不義密通の子をやどしているのに。

女とはおそろしきもの、と思わずにいられようか!

和歌がヘタクソで有名な、生まれつきの散文家である紫式部だが、

つづく「柏木」では、薄倖のヒロインがのりうつつた様に、

病床の恋人におくる絶唱を、三十一音に凝縮した。

 

立ちそひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙くらべに

 

あなたのなきがらの燃える

煙に立ち添ふやうにして

消えてしまいたい

悲しい思ひの火が乱れる

二人の煙をくらべて





光る源氏の物語〈上〉 (中公文庫)光る源氏の物語〈上〉 (中公文庫)
(1994/08)
大野 晋丸谷 才一

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