ジェイムズ・ラヴロック『ガイアの復讐』

 

ガイアの復讐

The Revenge of Gaia

 

著者:ジェイムズ・ラヴロック (James Lovelock)

訳者:竹村健一

発行:中央公論新社 二〇〇六年

原書発行:イギリス 二〇〇六年

 

 

 

著者が八十七歳のときに出た本だが、このジイサマ、

老いてなお血気にはやり、人をたじろがせる迫力がある。

殺気だつている。

 

政治家たちが、対処しているというアピールをしきりにしながら、

その実時間稼ぎをしているところなど、

京都議定書は不思議なほどミュンヘン協定に似ている。

(中略)

戦闘はまもなく開始されるだろうが、われわれが今直面している状況は、

いかなる電撃戦よりもはるかに破壊的だ。

環境を変えることで、人間は知らず識らずのうちに

ガイアに宣戦布告していたのだ。

 

「ガイア」とは、大地の女神にちなんで名づけられた理論で、

そこでは、生物と物質的環境をひとつの存在とみなし、

地球というニッチ自体が進化する様相を、記述し分析する。

しかし、地球は母なる女神だが、アドルフ・ヒトラーでもある。

この振れ幅が壮絶だ。

四十年ちかい論戦の日々をくぐり抜けたラヴロックは、

キマジメな環境保護主義者と袂をわかつ。

汚染のないエネルギー源として原子力を支持したり、

都市の照明のため、農村に風車をたてる利己主義を批判したり。

口先だけでなく、発電所から出る放射性廃棄物の一年分を、

自宅の庭で保管すると申し出たそうだ。

放射性元素が崩壊する際の熱を、暖房につかうのだとか。

 

 

 

ラヴロックの予測は過激で、二酸化炭素の濃度が500ppmをこえ、

気温が6度から8度上昇し、あらたな安定状態になる将来を想定する。

ガイアは暑がりなので、惑星の生命の分布は一変し、

陸も海も、高緯度以外は不毛な沙漠と化す。

その時期は百年後かもしれないし、数年後かもしれない。

カナダの軍事アナリストのグウィン・ダイヤーは、

ラヴロックの書いたシナリオがあまりに大袈裟なので、

気象学者に話を聞くたび、「あれはやりすぎですか」と水をむけたが、

専門家たちは存外なほど、ラヴロックの予想を真剣にうけとめていた。

ジェイ・ガリッジはこう語る。

 

ラヴロックのシナリオに、論理的におかしな点は少しもない……

彼が描くようなシナリオは、しばしば門前払いを受けるけれど、

それは人心を惑わすようなところがあるからだ……

さはさりながら、今後何が起きるかは分からないし、

彼が言っていることだって起こり得ないわけではない。

 

グウィン・ダイヤー『地球温暖化戦争』(新潮社)

 

ガイアの自己調整のしくみは、精妙で複雑怪奇だ。

ラヴロックの解釈によると、動物が尿素を排泄するため、

貴重な水分とエネルギーを消費するのは、

もし窒素を呼吸で吐きだしたら、植物が減少し飢餓をまねくから。

ボクたちは「利他的」に進化する。

ウーン、毎日トイレにゆくのに、想像だにしなかつた言い草だ。

近代物理学の基礎をきづいたマックスウェルは、

ワットの回転球の調速機をみた数日後に、

「すばらしい発明だが、わたしには解析できない」といつた。

部分だけみても全体を理解できないという意味で、

ガイアのしくみは、蒸気機関や量子物理学や自転車の乗りかたに似る。

それでも、破局は訪れないかもしれない。

ガイアに関し、確実な予測など存在しないから。

でもボクたちが、夏も冬も、昼も夜も、彼女の怒りを肌で感じるのも事実だ。

 

 

 

最終章で、著者はまた戦争を比喩にもちいる。

いわく、人間界はナポレオンの一八一二年ロシア戦役をなぞつている。

遠征はすでに限界をこえ、補給品は日ごとに消耗する。

 

彼は冬将軍率いる圧倒的な軍勢がロシアに味方していることを知らず、

反撃され、失地回復されるがままになっていった。

敗北せずにすむ唯一の方法は、

再度の交戦に備えてダメージを最小限に抑えるために、

職業軍人らしく即時退却を実行することだった。

軍人の世界における指揮能力の質は、任務を最後まで遂行できるか、

そして退却を成功させることができるかで決まる。

 

ラヴロックが説くのは、「持続可能な成長」ではなく、「持続可能な撤退」。

文明を損なわずに生きのびるために、ガイアと早急に平和条約をむすぼう。

それには、交渉を有利に運ぶだけの力を残さないといけない。

絶滅しかけ、衰弱した群れでは何もできない。

しかし、ナポレオンすらできなかつた困難な撤退戦を、

指揮官不在の人類がどう遂行すればよいのか?

勿論、参謀であるラヴロックは作戦計画をたてている。

イギリスの国土を三分割し、ひとつを都市、産業、港、空港、道路にあてる。

もうひとつは集約農業に。

のこりはすべてガイアにささげ、干渉も管理もせず、展開するままに任せる。

無理だろう。

それが正しいとわかつていても。

だが、さすがはダーウィンやフロイトに比肩すると評される大学者、

さらに十手先までかんがえる。

「大変動」を生きのびた小数の人間が、崩壊した文明を再建するために、

火の起こしかたから、天体の動きまでおしえる、

わかりやすいマニュアルを書くべきと、ジイサマは真顔で力説する。

なるほど、たしかに役立ちそうな本だな。

運が悪ければ、ボクたちの社会は来年にも消滅するかもしれない。

でも、それを憂えている場合ではないのだ。





ガイアの復讐ガイアの復讐
(2006/10)
ジェームズ ラブロック秋元 勇巳

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