ジョン・グレイ『わらの犬』

 

わらの犬 地球に君臨する人間

Straw Dogs; Thoughts on Human and Other Animals

 

著者:ジョン・グレイ (John Gray)

訳者:池央耿

発行:みすず書房 二〇〇九年

原書発行:イギリス 二〇〇二年

 

 

 

哲学者は、イイカゲンなデマカセばかり言う。

イイカゲンなデマカセに、目くじらを立ててはいけない。

ゆえに哲学者の言うことに、目くじらを立ててはいけない。

これが、彼らが真実をかたるための戦術だ。

 

今この時点で主流を占める世界観は、

最新の科学を権威と仰ぐ正統派的信念と、

楽天を装った非現実的な希望の抱き合わせである。

 

ダーウィンは人間が動物であると證したのに、

世のヒューマニストは、人間はほかの生き物とことなり、

自由意思にもとづき、種の未来をきりひらけると信じる。

しかし、ヒトだけが自由意思をもつと根拠づける、正統的科学研究はない。

つまり、ヒューマニズムは宗教だ。

一方で科学は、人類の進歩に貢献しない。

科学者の職務はそんな空念仏を目的にふくめないし、

歴史的に科学は、逆の方向に作用してきた。

要するに、この世の誰もがまちがつていて、

ほんの数名の哲学者と、その同調者だけが正しい。

そんな本です。

 

 

 

現在、権威をほこる唯一の存在である科学は、異端を封じる力をもつ。

医学界がフロイトを、進化論者がラヴロックをはげしく敵視した様に。

科学は、あらゆる事象において明快な記述をさけ、

当代の正統から逸脱した思想家を排斥しながら、

うすつぺらな世界像を、俗受けする幻影のまま温存する。

だからこそ、科学は人気がある。

たとえばガリレオは、自身を教会の敵としてではなく、

神学擁護の立場をもつて任じていた。

話術のたくみな彼は、その学問をラテン語ではなく、

イタリア語でしるすことで論敵を圧倒しただけだ。

ニュートンはみづからの理論が、神のさだめた秩序にしたがうと考えた。

科学に、「科学的方法」など存在しない。

科学哲学者カール・ポパーは、理論は反論されることで科学的になるという、

「反證主義」を説いたが、もしそれが科学研究の現場に適用されたら、

ダーウィンの進化論も、アインシュタインの相対性理論も、闇に葬られていた。

どちらも、證拠がそろい絶対の支持を得たのは、かなり後だから。

それでも科学技術は、人類の苦しみをいやすかもしれない。

しかし、ユダヤ人虐殺というヨーロッパの古い伝統は、

鉄道と電信と毒ガスなどの新技術により、ホロコーストとよばれる形式に進化した。

 

 

 

「人間は自由意志をもつ」というヒューマニズムの大前提は、

科学ではなく、キリスト教の因習に由来する。

ダーウィンの進化論、ヒンズー教のインド、道教の支那、

または精霊崇拝のアフリカで、そんな与太話は問題にならない。

未来は過去とさして変わらない。

歴史は果てしない循環であつて、そこに一貫した意味はない。

これを異教の考えとして、キリスト教社会は忌み嫌つた。

 

現代人の多くは、自身、運命を支配することのできる

種の一員であると考えている。

これは信仰である。科学ではない。

クジラやゴリラが自分たちの運命を支配する時代を

想定するなどは論外だろう。

それを言うなら、人間にしたところで同じではないか。

 

ヒューマニズム批判の先覚であるショーペンハウアーの哲学は、

体験とは、自由な選択の結果によるのではなく、

恐怖や飢えなど、肉体的な衝動がもたらすものとした。

そしてその筆頭に、性欲をあげる。

欲情は、人間のほぼあらゆる努力がむかう終着点であるが、

個人の福祉や自律にはなんら関わりをもたない。

そんな自身の姿をみれば、人間が自由行為者でないことは歴然だ。

 

 

 

人間社会、政治、科学、道徳は進歩しない。

かつて地球に生きていた人間のほとんどは、

自分たちで世界を改造しようなどと、夢にもおもわないが、

それでいて大多数がしあわせな生活をおくつた。

人生の目的は、世界を変えることでなく、正しく見ることだから。

ラヴロックのガイア説によると、人間は粘菌と同等の存在であり、

地球の平穏をみだせば、絶滅という罰をあたえられる。

世界は人類を必要としない。

古代の支那で、祭祀の捧げものにされたわらの犬の様に、

用がすめば人間も踏みつけにされ、惜しみなく捨てられる。

それを認める勇気をもてば、ボクたちの視界はもつと明瞭になるだろう。





わらの犬――地球に君臨する人間わらの犬――地球に君臨する人間
(2009/10/23)
ジョン・グレイ

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03