『戦場でワルツを』

 

戦場でワルツを

ואלס עם באשיר

 

監督:アリ・フォルマン

制作:イスラエル 二〇〇八年

[シネスイッチ銀座で鑑賞]

 

 

 

獰猛な二十六匹の犬が、明け方の街を駆け抜ける。

狂犬に群れをなす習性はないから、どうやら悪夢のなからしい。

空とおなじ橙色の目は、不吉なまでに美しい。

美術監督のデイヴィッド・ポロンスキーは、ひとりで全体の八割におよぶ、

千七百二十枚のイラストをかいたそうだが、

冒頭の配色だけで、このアニメーションが本物の藝術だとわかる。

これは、フォルマン監督の友人である会計士を苦しめた夢。

イスラエル陸軍兵として出征したレバノン戦争で、

撃ち殺した犬の数がちやうど二十六。

会計士だけに、寝ているときでも数字にうるさい。

友人の夢の話に触発され、同時期に兵士としてレバノンにいた、

映画作家の忌まわしい過去への旅がはじまる。

フラッシュアニメと古典的アニメと3Dグラフィックの混淆。

一単語もききとれないヘブライ語。

それでも十数分で違和感は消え、気づけば異国の泥沼に足をいれていた。

 

 

 

 

 

フォルマン監督は関係者との会見をかさねながら、

アニメーションの形式で従軍経験を再現する。

そして、レバノンのパレスチナ難民キャンプでおきた、

「サブラ・シャティーラの虐殺」の現場に自分自身がいたことが、

記憶の底からうかびあがる。

三千人に対するデタラメな殺戮に、消極的にとはいえ自分も加担した。

すくなくとも、止めはしなかつた。

ナチの虐殺を生きのびたイスラエル人が、おなじことをパレスチナ人にするのか?

そんな国が存在する意義はあるのか?

予備知識をもたずに劇場にでかけたので、巧みな脚本だとおもつたが、

本作は作り話ではなく、実写のインタビュー映像に忠実に、

アニメーションを構成したと後から知つて驚愕した。

国家の大義名分を泥まみれにする内容だから、

イスラエルの右翼は怒り狂つて当然なのだが、

海外での評判をきいて、「イスラエルにオスカーを!」と応援したらしい。

現金なものだが、例の金メッキの像は『おくりびと』に奪われてしまう。

むしろ、地上のどの国でも一番頭が固いのは左翼で、

「アラブ人をまともに描けていない」と、的外れな批判をした。

 

 

 

 

 

一九八二年、西ベイルート。

フォルマン監督の属する部隊が、迫撃砲で照明弾をうちあげる。

キリスト教のファランヘ党民兵組織が、

イスラム教の難民を虐殺するのを、ユダヤ教の軍隊が支援する。

三宗教の信徒が輪になつて、無様におどるワルツ。

橙色に照らされる町並み。

上で「狂犬に群れをなす習性はない」と書いたが、例外はある。

軍隊のことだ。

この時代が一夜の悪夢で、朝にはすべての不具合が初期化されるなら、

世界はそれほど不幸でないと言えるのだが。


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