袴田めら『この願いが叶うなら』

 

この願いが叶うなら

 

作者:袴田めら

発行:一迅社 平成二十一年

[百合姫コミックス]

 

 

 

真ん中の短髪の「海」がもつのは、第三世代のiPod nanoで、

右どなりの「陽」から借りたCDの曲を一緒にきいている。

片思いをうたう歌詞をたしかめながら。

nanoはすでに第五世代が市場にでまわつているが、

第三世代の正方形にちかい体状はユーモラスで、それでいて絵になる。

そして「月子」はひとり、街並みのむこうの夕日をみつめる。

 

 

「三人セット」の仲良しグループ。

もう一度紹介すると、左から月子、陽、海。

黒髪ロングで細身の月子は、口数すくなで他人に対し無頓着。

ウェーブがかかつた髪の陽は、おしやべりで世話焼きの元気者。

海はとぼけて頼りないけれど、おひとよし。

ということはつまり、かしゆか、あ~ちゃん、のっちだ。

Perfumeの三人が雛形だと断定したい。

自分もかつて、このグループをめぐる幻想にまきこまれたから分るのだ。

「彼女たちのあいだで三角関係が成立したらどうなる?」

その実験の成果報告が、この同人誌の様な一冊だ。

 

 

 

 

 

放課後の公園。

三ページめに山場があらわれる。

陽にだまつて、海と月子はつきあつていた。

海に貸すつもりのCDケースが落下する。

でも、ひとつの直線に垂線をひいただけでは、三角形は完成しない。

 

 

 

月子は無表情のしたに、陽への恋心をかくしている。

それは痛み、傷口、病であつて、触れてはいけないものだ、

と自己診断をくだした月子は、願望を決して表沙汰にしない。

 

 

そんな月子に告白した海。

千人分の勇気をふりしぼり、切々とうちあけた言葉を、

「あ 告白した」と他人事みたいに観察する。

すげなく拒絶するより、残酷な胸のうち。

 

 

海の告白は、月子の痩身のなかの核融合炉をゆすぶり、

あまりにむごい口頭試問がおこなわれる。

 

「好きってなに? 具体的に」

「一緒にいたいの」

「それだけ? だったら友だち同士でもできるし」

「は…裸がみたいの」

「ふうん…」

 

なかば憐れむように、なかば興味本位で、月子は求愛をうけいれる。

そして、海が月子の本心に気づいていることが、

この恋をさらに罪深いものにする。

 

 

 

さてこのあたりで、この世でもつとも単純で、いりくんだ迷宮、

つまり三角関係を整理しておこう。

 

(ヒマな管理人が作成)

 

出口がみえない。

『突然炎のごとく』のジャンヌ・モローが、おぼこ娘に思えるほどに。

 

 

空気をよみすぎて、かえつてその場をグチャグチャにするのは、

あ~ちゃんの言動の複写の様だ。

三人が言葉をかわすたび、みながひとしい深さの傷をおう。

 

 

教師の急病で体育の授業が自習となり、

生徒たちは体育館でかくれんぼに興じる。

演壇のカーテンにくるまる陽と月子。

記憶の底がかきみだされ、既視感がボクの脳裏をよこぎる。

カーテンにかくれたのは、いくつのときだつけ?

 

 

校舎の裏の、願いごとが叶うという森の神社でたおれた海を、

保健室のベッドで、月子が力をこめて抱きしめる。

うれしいのに、気持ちはわかつているのに、明白な一言をもとめる海。

あとで、

ちやんと。

言葉で。

 

 

保健室の扉のまえで、養護教諭と不自然なおしやべりをはじめる。

立話は、このあと十分はつづくのだろう。

ここでみじかい物語の幕がおりる。

少女たちは、話せば話すほど孤独になり、

重すぎる沈黙は、胸の裂傷をより深くえぐる。





この願いが叶うなら (IDコミックス 百合姫コミックス)この願いが叶うなら (IDコミックス 百合姫コミックス)
(2009/07/18)
袴田 めら

商品詳細を見る
関連記事

テーマ : 百合漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合  百合姫コミックス 
最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
05 | 2023/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイヴ
04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03