遺産相続 ― 『影武者』

 

影武者

 

出演:仲代達矢 山崎努 萩原健一

監督:黒澤明

制作:昭和五十五年 日本

[DVDで鑑賞]

 

 

 

大甕のなかにおさまる武田信玄の亡骸。

顔に青いゼラチンをぬられた仲代達矢は、

皮膚呼吸ができないでくるしんだとか。

もともと、血色のよい役者ではないのにね。

「影武者」とは、殿様の身がわりとして、

ふりかかる危険を丸ごとゆだねられる手下のこと。

これほど非情で、非人間的な役目もない。

陰気な仲代が演じるので、一層やりきれない。

たとえば、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』が評判をとつたのは、

白血病にたおれるヒロインに扮したのが、

ピチピチと健康的な長澤まさみだつたからだ。

死の淵にあつても、パッツンパッツンの頬が嘘くさく、

むしろなまめかしいほどだつた。

 

 

 

本作は構想の段階から、主役に勝新太郎をあてて準備をすすめたので、

脚本はおろか絵コンテまで、勝そつくりの人物がかかれていた。

光のささない世界につれられても、たちまちそこに順応し、

図太く生きのびようとする、狡猾で滑稽な初老の盗賊。

勝新にはハマリ役だつたろう。

本作の美術をうけもつた村木与四郎が、当時の現場をふりかえる。

 

勝もノッてたんですがねぇ。

砧のスタジオの自分の部屋に緋毛氈敷かせてさ、信玄公になり切ってた。

乗りすぎてビデオに撮って研究しようとした。

そうすると段々いろんなこと言い出す。

彼も監督してるからね、何本も。

そういう面がわずらわしくなっちゃったんですよ。

 

『村木与四郎の映画美術』

著者:村木与四郎・丹野達弥

発行:フィルムアート社

 

黒澤明を、狭量な独裁者と批難する向きもあるようだが、

それでも、前年にアヘンの不法所持が表沙汰となり、

ホサれていたのを救われた恩があるのだから、

我慢すべきは勝新のほうだつたろう。

この逸話は、なんだかかなしい。

映画の神話時代がとうにおわつた昭和末期。

かつての英雄たちのエゴはますます肥大するのに、

その居場所は縮小しつづけていた。

摩擦が生ずるのも、あたりまえか。

 

 

 

 

信玄の後継、武田四郎勝頼役の萩原健一が、長篠で采配をふるう。

死してなお、おのれにまとわりつく父の幻影を気に病み、

その重圧からのがれようと、国を危機にさらす暴挙にでる。

満身の力がこもる芝居だつた。

しかし失礼ながら、それはショーケンの手柄というより、

巨匠の手のひらでころがされた結果の様だ。

 

ショーケンは凄い気負ってたね。

いつもカッチカチでさ、震えてんだもん。

高天神城でも長篠でも。将几からひっくり返ったり。

一度なんかぶっつぶしちゃうんだもん。力まかせにガンと座るから(笑)。

完全なアガリですよ。見ててわかる。

だから僕はイヤで、彼の芝居は見ないようにしてました。

でも、あのアガッてるのが武田勝頼っぽくていいんだ。

そういう使い方ってのが黒澤さんは凄いんだなァ。

 

同書から引用

 

入念を期した配役でも、つかえない役者がまぎれこむことがある。

そういうとき黒澤は、早々に「見切る」。

撮影現場は戦場であつて、学校ではないから。

クランクアップまで若造をひたすらイジめぬき、

みぐるしく動顛するさまを、そのままフィルムに焼きつける。

かわいそう?

まあそうなんだけど、いざ映画が完成してみると、

一番イジめられた人が、一番評価が高かつたりするのだと。

 

 

 

実は『影武者』は、五年後の『乱』にむけての予行演習だつた。

晩年の代表作となる『乱』に流用する目的で、全国をロケハンしてまわり、

気にいつた城、つまり姫路城や熊本城などを『影武者』でためした。

そして山崎努、根津甚八、隆大介、油井昌由樹ら、

みどころのある若い衆が、次作にも起用される。

つまり、この三時間の映画そのものがオーディションだつた!

勿論ショーケンは不合格とされたし、辛気くさい仲代達矢には、

そのニンにあう、リア王になぞらえた役をあたえた。

やはり、ショーケンに同情したくなる。

オレの芝居はなんだつたんだ!

あれ全部が、ただのテストかよ!

後輩に財産をのこす気など、さらさらなし。

おのれの作品がすべて。

藝術家のエゴほど厄介なものはなく、

それにくらべれば、戦国武将など可憐な乙女の様なものだ。

 






前回の『2001年宇宙の旅』にひきつづき、

『映画鑑賞の記録』のサイ(miri)さんと、

『シネマ・イラストレイテッド』のMardigrasさん、

お二方の企画に参加させていただきました。

DVDを借りられず、記事の投稿がおそくなりましたが。

miriさん、お誘いいただきありがとうございました。

またの機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします。


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苑田 謙

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