裏方として生きる ― 『スティル・アライヴ』

スティル・アライヴ

Still Alive - film o Krzysztofie Kieślowskim

 

監督:マリア・ズマシュ=コチャノヴィチ

制作:ポーランド 二〇〇五年

[ユーロスペースで鑑賞]

 

 

 

十年以上まえに没したポーランドの映画監督、

クシシュトフ・キェシロフスキをあつかう記録映画。

 

 

わかき作家の美青年ぶりに目をみはる。

かれの職業訓練は、舞台美術の学校ではじまつた。

時代物のドレスを縫つたり。

そこが廃校になつたので、しかたなく映画大学に転ずる。

おもわせぶりな作風が、「哲学的」などと評されるキェシロフスキだが、

その本質は誤解されていたのかもしれない。

自作で「思想」をカイチンする趣味は毛頭なく、

脚光をあびることが苦手な、職人肌の男だつた。

そんな粋な立ち振る舞いが、かえつて深遠そうに見えるのか。

機械がすきで、バイクの部品をすべて分解できた。

車が故障した友人は、みなキェシロフスキに修理をたのんだとか。

 

 

 

『地下道』(一九七三年)

 

二十九分の記録映画。

地下鉄のホームで群衆をうまく撮ることができず、

手もちカメラをまわして、人のながれに飛びこんだ。

切迫感のある映像を追いもとめ、はじめは詩的な記録映画、

のちに実際的な劇映画を、共産党支配下のポーランドでつくる。

『地下道』で撮影監督をつとめたスワヴォミール・イジャックは、

渡米してからは、あの撮影技術の精髄のような、

『ブラック・ホーク・ダウン』(二〇〇一年)などに参加。

今世紀に流行中の「ドキュメンタリータッチ」の源は、

案外、キェシロフスキやイジャックにあるのではないか。

 

 

 

『終わりなし』(一九八五年)

 

民主化運動にゆれる社会を背景にした作品。

悲観的な語り口が神経を逆撫でしたのか、

党と反体制派の両面から、はげしく攻撃される。

決して政治に無関心ではないキェシロフスキだが、

党の金で映画をつくつている以上、

あからさまな権力批判は野暮だとおもつていた。

 

 

 

孤立無援となつた職人は、仕事に没頭する。

共産主義より時代錯誤な、「モーゼの十戒」を主題にした、

無謀といえる十連作にとりかかる。

 

『デカローグ』(一九八八年)

 

そして、齢五十をまえにして、ようやく「西側」に迎えられた。

それまでも、カンヌ映画祭などに推薦されていたが、

主催者はなぜか出品を拒絶した。

資本主義国の批評家は、ポーランド共産党より官僚的らしい。

 

 

 

さておまちかね、フランス資本による三部作。

お題目は、三色旗の「自由・平等・博愛」。

陳腐といえば、これほど陳腐な主題もなかろうが、

それは目くらましで、要諦は別のところにある。

女優を、どうやつて美しくみせるか。

つまり、舞台美術をまなんでいた頃の気構えにかえつた。

 

『トリコロール/青の愛』(一九九三年)

 

女優の自己陶酔につきあうことが、どれほど悦楽をもたらすか、

観客におしえたジュリエット・ビノシュ。

 

『トリコロール/白の愛』(一九九四年)

 

銀幕を切り裂きたくなるほど小憎らしい、ジュリー・デルピー。

 

『トリコロール/赤の愛』(一九九四年)

 

あと千年待つても、これより女優をうつくしく撮る作品には出会えない、

とまで感じさせるイレーヌ・ジャコブ。

 

 

 

祖国の政治のなやましい泥沼からぬけだし、

西方に自由な居場所をみつけたキェシロフスキだが、

そこでは最悪の事態がまちうけていた。

裏方であるはずの自分が、「スター」になる。

映画監督がマスメディアに顔をだし、

自作を宣伝するという、資本主義世界ならではの義務も、

彼にとつては理解しがたい悪夢だつた。

結局、三部作完成をもつて映画制作を廃業。

周囲を唖然とさせたまま、二年後に逝去した。

どんな映画よりも、見事に完結した人生なので、

仕事仲間は、彼の死をまだ実感できない。

スティル・アライヴ。

ビノシュは、ちつとも面白くない思い出話をかたつては、

ひとりで笑いころげる。

ジャコブは、いまでもキェシロフスキを恩師とあおいでいて、

すんだ瞳で、切々と感謝の念をのべる。

デルピーがインタビューに応じなかつたことさえ、らしいというか。

まるでキェシロフスキの新作のようで、たのしい。


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