ラーメンを音を立てて啜るのは文化じゃない
珈琲『のぼる小寺さん』(アフタヌーンKC)
ラーメンは真の国民食だと言える。
きわめてシンプルなので安価かつ短時間で提供されるが、
スープには手が掛けられ、料理の醍醐味みたいなものを堪能できる。
トッピングや調味料で自由に変化を楽しめるのも、人気の理由だろう。
僕も週に一度はラーメン屋にいくが、悩まされるのはマナーの問題だ。
なぜ人は、あんなに堂々と音を立てて啜るのだろう。
「そういう文化なのだ」と擁護する向きに対し、以下で反論したい。
まずは、音を立てるのに文化的正統性があるかどうかだ。
勿論ない。
落語家が扇子をもってズーズーやるからって、伝統を名乗る資格は与えられない。
話芸におけるただの強調表現だ。
ルイス・フロイスが、日本人は音を立てて食べると書いてるから、
これは伝統なのだ日本の文化なのだ、と笠に着る者もいる。
だがフロイスは、貞操観念のなさや嬰児殺しの残虐さなどを批判するが、
あなたはこれらも日本の伝統として肯定するのか?
プラグマティックな擁護の仕方もある。
空気を取り込んで香りを引き立たせてる、というやつだ。
音立て野郎どもにそんな繊細な味覚があるとは信じられないが、
ワインのテイスティングと同じと言われると騙されそうになる。
じゃあ聞くが、あんたらはラーメンをテイスティングしてるのか?
口に含んだあと吐き出すのか?
食事とテイスティングは別種の行為だ。
そもそもソムリエは、お前らみたいに下品な音は立てない。
ラーメンを音を立てて啜るのは文化じゃない、が僕の結論だ。
なぜか?
観察上、音を立てるのは100%男だったからだ。
つまりズーズーやるのは男性性の誇示だ。
一方で女は、静かにラーメンを食べる。
そして後者こそが文化だ。
長年続く伝統、化学や生理学の裏付け、そんなのは無意味だ。
自分の行為が人に迷惑をかけてるかもしれないと思うと、
せっかくの食事がマズくなってしまう。
多くの女は、そう考える。
そう訓練されている。
このふるまいの方が、ずっと日本人らしいと思うのだがどうか。
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