『竜圏からのグレートエスケープ』 第4章「背任」


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 イクスピアリを出たジュンは、舞浜駅前のデッキにいた。アイフォンに繋いだヘッドセットで因幡と通話していた。基地のあるディズニーランドの方を眺めている。薄曇りの空を二十頭ほどのワイバーンが飛び交っていた。竜族の中では翼が大きく、戦闘機の様に宙を切り裂いてゆく。

 マイクを通して、ジュンが因幡に言った。

「石ころなんか放っておけ。極力交戦は避けろ。頼むぞ」

 ジュンは通話を切断した。

 せっかくのBBQデートは、非常ベルを鳴らされたせいで中止となった。迅速かつ内密に事態を収拾するため、因幡を司令部へ送らざるを得なかった。

 そこにワイバーンの来襲があった。報告によると、敵は禁衛府から竜鉱石を奪回しようとしている。新宿など西部地区を解放したとき大量に獲得した、黒竜族が生成する鉱石だ。

 竜鉱石のほとんどは地下倉庫に保管してあり、ワイバーンは手が出せない。地上に残した分を取られるのは痛いが、敵の台所事情の苦しさが透けて見えもする。竜族も霊力を使用するには、鉱石が必要なのだ。

 地下では装備局が竜鉱石を鍛造し、損壊した霊剣の十握剣と布都御魂の修復を急いでいた。クサナギを含む三振りが、後輩の霊剣遣いに委譲される予定だ。そして三人がそれぞれ連隊を率いて竜族を囲い込み、全滅するまで圧力を掛け続ける。これがジュンの長期戦略だ。

 ジュンはパンジーの花壇の縁に、セーラー服のスカートを穿いた腰を下ろした。赤青白黄紫、色とりどりの花弁を指でいじった。

 脳内のチェス盤で駒を動かしていた。

 なるべく戦力は温存する。挑発には乗らない。次の作戦ではナミたち後輩に実戦経験を積ませる。敵主力を痛撃したあと、あたしは潔く退役し、高校三年生らしく受験勉強を始める。

 これまでと同じくギリギリの綱渡りだ。ジュンは霊剣遣いになったとき、自分は百パーセント死ぬと予測した。悪運に恵まれ、いまのところ先延ばしに成功しているが。

 思い通り事は運ぶだろうか。仮にうまく行ったとして、あたしは日常生活に適応できるだろうか。

 勉強とか、おしゃれとか、恋愛とか。

 BBQデートにしても、因幡と恋人同士になるのを本気で望んでた訳じゃない。指揮系統に悪影響を及ぼすから、そもそも士官と下士官・兵の間の情事は御法度だ。ただ同年代の女子みたいに、惚れた腫れたの真似ごとをしたかっただけだ。

 辺り一帯に影が落ちた。ジュンはカシオの腕時計を見た。まだ四時台だ。日没には早い。

 空を見上げた。翼を広げた赤い物体が天穹を覆っていた。あの黒竜王よりは小さいが、全長百メートル以上ある。ジャンボジェット機が墜落したかと見紛うほどだ。

 赤竜神。

 竜圏を力で支配する赤竜族の長だ。

 普段は旧皇居に潜み、めったに姿を見せない。最後に目撃されたのは、ジュンも参加した一年前のスカイツリーの戦いだ。あの会戦で禁衛府は二人の霊剣遣いを失った。ジュンも赤竜神と刺し違えて死のうとしたが、若いジュンに希望を託そうとする先輩二人に説得され、泣く泣く離脱した。

 その恐るべき最強の魔物が、竜圏の外に出現した。前代未聞の出来事だ。

 消耗しきっていたジュンの全身を電流が駆け巡った。知らぬうちに立ち上がっていた。同時にクサナギを抜いた。

 上空を旋回する赤竜神に、ジュンは念を送った。

 降りてこいよ、赤トカゲ。

 一対一で決着つけようぜ。余計な犠牲を出さない方が、おたがい好都合だろ。

 防空警戒システムが作動し、避難を促すサイレンと機械音声が駅周辺に流れていた。けたたましい赤竜神の啼声が鳴り響き、警報を掻き消した。ランドの方から約二十頭のワイバーンが、竜神の召喚に応じて飛来した。

 ジュンは唾を飲んだ。さすがにやばいかもしれない。

 ワイバーンは次々と、後肢に掴んでいたオリーブ色のトラックを放した。逃げ惑う市民の頭上に落ちた。

 攻撃ではなかった。ワイバーンは赤竜神に命じられ、奪回した竜鉱石を放棄した。赤竜神を中心にダイヤモンド型の編隊を組み、江戸川を遡る様に飛び去っていった。

 ジュンは納刀した。無敵の竜神があっけなく退散したのに仰天していた。

 だが簡単に逃がしはしない。北へ向かい走り出した。




 ジュンは左側に堤防を見ながら、無人の車道を小走りで進んだ。竜の編隊は見失っていた。

 なぜ赤竜神は、巣窟である西方の旧皇居へ直行せず、遠回りに北へ逃げたのだろうと考えていた。まるでジュンをどこかに誘導するみたいに。

 背後からブレーキ音が聞こえた。

 振り向くと、兵員輸送用の高機動車が停まっていた。ロールバーにミニミ軽機関銃を取り付けてある。陸上自衛隊第1師団を母体とする禁衛府は、戦車やヘリコプターなどの装備も保有している。ただし人竜戦争における主要兵器は霊剣であり、10式戦車ですら補助的な役割しか与えられてない。

 サクヤが助手席で立ち上がった。華奢な体型だが首に赤いスカーフを巻き、凛々しく迷彩戦闘服を着こなしている。ジュンにナイフで切られた左頬に絆創膏を貼っていた。

 ジュンを手招きし、サクヤが言った。

「さっさと乗りなさいよ」

 ジュンは頷き、荷台へ飛び乗った。他に衛士が四人いるので満杯だ。クサナギを鞘ごと剣帯から外し、抱きかかえて座った。

 サクヤに礼を言おうとしたが、口篭った。罪悪感に苛まれた。まず顔を切ったことを詫びないといけない。でもどう言葉にしたら良いか解らなかった。

 高機動車は百キロ近い速度で走行した。サクヤはペンダントにして首に下げた竜鉱石を触りつつ、行き先を指示していた。彼女にも霊力適性があり、竜の居場所を探知するなどの異能を発揮できた。

 崩壊した橋の前で停車した。中洲である妙見島に掛かっていた橋だ。ジュンは高機動車から降り、単眼鏡を取り出した。コンクリートの護岸に囲まれた中洲を観察した。放置された工場や倉庫が見えた。いくつかの建物は屋根や壁が崩れ落ちていた。サクヤによると竜族の反応があるらしいが、百数十メートルある赤竜神が隠れられる場所はない。

 ジュンは拳銃のファイブセブンをリュックから出した。ホルスターを剣帯に留め、銃を右手に持った。愛用するサブマシンガンのP90は三キロと重く、通学時は携行しない。弾薬は共通だし、ファイブセブンでも十分役に立つ。

 五人の衛士に向かい、ジュンが言った。

「あたしが先頭に立つ。掩護しろ」

「バカね」サクヤが言った。「偵察が先でしょ。ヒューイがこっちに向かってるわ」

「ヘリは帰らせろ。バタバタ音を立てたくない」

「そもそも橋が落ちてるじゃない。どうやって渡るつもり」

「足場は悪いけど飛び移れる」

「皆があなたみたく猿の様に動ける訳じゃないの」

「じゃあここでお留守番してろよ」

 ジュンはスカートを穿いたまま瓦礫を滑り降りた。飛んだりよじ登ったりを繰り返し、昨日から流量が増えている江戸川を渡っていった。たしかに猿にそっくりだ。

 サクヤの部下四名は困惑げに、上官の顔色を窺った。理性においてはサクヤに与したいが、禁衛府長官を単独行動させるのは気が咎めた。

 首を横に振りつつ、サクヤが言った。

「やってらんないわ。こうやって六年間も振り回されてるの。私が川に落ちそうになったら、ちゃんと捕まえてね」




 ジュンは妙見島の工場内部へ潜入した。マーガリンなどを製造する食品工場だった。鉄製の点検用通路から、フロア全体を見下ろしていた。

 十一頭の黒竜が、船舶に使われる太い鎖で繋がれていた。工場の隅にはタンクがあり、赤い液体が溜まっていた。ここは竜の飼育場だった。育てた竜から採血し、不老不死の薬としてブラックマーケットで売り捌くための。

 丸眼鏡を掛けた禿頭の男が、通路に跪いていた。作業服を着ている。殴られて落ちた眼鏡にヒビが入っていた。この施設の管理者である四十代の男は、禁衛府に所属していた。しかも装備局局長という高官だった。

 ジュンはクサナギを抜き、丸眼鏡の首に刃を当てた。汚物を見るかの様な冷たい視線で言った。

「あたしが軍紀にうるさいのは知ってるだろうな」

 丸眼鏡の首筋の汗が、刃を湿らせた。暴行や略奪を働いた部下に対するジュンの怒りの凄まじさを、知らない衛士はいない。竜族の奴隷だった女に乱暴した一個小隊を、その場で全員斬り殺したという噂がある。

 ジュンが続けて言った。

「このくそったれな施設の目的は何だ。カネのためとは思えない。てめえの地位なら、もっと手っ取り早く稼ぐ方法がある」

「長官に報告が遅れましたことは誠に……」

「高校生だからってなめんなよ。そうやってごまかすなら、ぶった斬って竜に食わせてやる」

「私は軍紀に反する様なことは何も」

「クソが」

 ジュンは丸眼鏡の首根っこを掴み、手摺の外へ押し出した。通路の真下に人間の屍体が積み重なっていた。みな裸で、老若男女の日本人に見える。負傷などは目立たず、それほど腐敗も進んでいない。

 これらの屍体は竜の餌だった。

 ジュンが言った。「人肉を食わせて竜を飼う。これが悪くないとてめえは言うのか」

 丸眼鏡は答えなかった。落とされないよう抵抗するので精一杯だった。

 ジュンは背後からぽんぽんと肩を叩かれた。真っ赤な唇にぎこちない微笑を浮かべ、サクヤが立っていた。

「よしなさいよ」サクヤが言った。「尋問なら、司令部に帰って効率的にやりましょう」

 ふんと鼻を鳴らしたジュンは、丸眼鏡を突き落とした。屍体の山がクッションとなって受け止めた。

 サクヤに指を突きつけ、ジュンが言った。

「組織を監督するのはお前の責任だ」

「私のせいだと言うの!?」

「あたしはいつも現場にいるんだ」

「あなたの尻拭いで、こっちはどれほど苦労しているか!」

「うるせえ。お前、竜に咬まれたことあんのかよ」

「きょう私は、洪水の被害に抗議する団体と話したの」

「ラクな仕事じゃねえか」

「そうね。子供を亡くした悲しみで泣き叫び、怒り狂う母親たちの相手をするのはね。あなたがバスケで遊んでる間に」

「…………」

「あまり調子に乗らない方がいいと忠告しておくわ。『親友』としてね」

 サクヤの言葉の皮肉な響きが、胸に突き刺さった。

 ジュンは手摺を両手で掴んだ。混乱した頭は爆発しそうなほど痛んだ。視線を泳がせながら言った。

「あたし、サクヤに謝らないと」

「なによ」

「だから、その、黒竜王を斃すときに」

「ナイフで私の顔を切ったこと?」

「……うん」

「いまさら謝ろうってわけ」

「遅いけど、ごめんなさい」

 ジュンが深々と頭を下げるのを見ても、サクヤは眉一つ動かさなかった。自身の迷彩戦闘服を指して言った。

「今でこそこんなナリをしてるけど、私は見た目にも気を遣う、フツウの女の子なわけ。あなたと違って」

「サクヤはかわいい。昔から」

「顔を傷つけられてどう思うか、考えられないの?」

「謝ってすむ問題じゃない。許してもらえるとも思わない。でも本当にごめんなさい。反省してる。こういうダメな自分を変えたい」

 顔をしかめ、肩を落としたジュンの姿は、雨に濡れそぼつ野良猫の様だった。とても救国の英雄に見えない。

「まあいいわ」サクヤが言った。「こんなところでケンカしてる場合じゃない。難題が山積みなんだから」

「ありがとう」

「別に許してないわよ」

「ううん。サクヤと出会えたことに感謝してる。サクヤがいなかったらあたしは頑張れなかった」

「意外と人懐っこいからズルいのよね、あなたは。ところでどうするの」

「どうするって?」

「この施設よ。放置はできないでしょう」

 サクヤは飼育場を見下ろし、指をぐるぐる回した。

 人肉を食らい満腹になったのか、ほとんどの黒竜は眠っていた。誇り高い種族なのに、家畜としての立場を受け入れてる様に見える。薬物でコントロールされてるのかもしれない。

「壊すしかない。黒竜は殺す。証拠は一切残さない」

「写真は撮った方がよくない?」

「なんでだよ。禁衛府の恥じゃんか」

「これほど大掛かりな背任行為を、装備局長ひとりで取り仕切れるはずない。指図した人間を追及しないと」

「でも上官はあたしら二人だけだぜ」

「ええ。そして禁衛府は首相直属の機関なの」

「まさか」

 ジュンは蒼白になり、口許を手で覆った。

 現在の日本国総理大臣は白鳥健吉。禁衛府の初代長官だ。陸自第1師団長を務めていたが、霊剣遣いの少女たちを指揮官に抜擢するなど異例の指導を行い、ついには防衛省や統幕から独立した軍事組織を立ち上げるに至った。

 予算を奪われた自衛隊は反撥し、政治家は利権を求めて策動し、国民は動揺した。白鳥はクーデターを起こし、首相に就任した。憲法の停止を宣言して、人竜戦争を遂行する体制を整えた。その強引な手法には毀誉褒貶あるが、暁ジュンの様なじゃじゃ馬を乗りこなすには仕方なかったのも事実だ。

 首相就任後も白鳥は現役の軍籍を残しており、禁衛府の最高顧問を兼任している。

「嘘だ」ジュンがつぶやいた。「オヤジは悪党じゃない」

「あなたは最高顧問と親しいものね。気持ちは解るわ」

「撤回しろ」

「バカね。ちゃんと自分の頭で考えなさいよ」

 三年前、両親を黒竜王に殺されたジュンは、創設されたばかりの禁衛府に志願した。自分を虐める様に訓練に打ち込んだ。絶望し荒んでいたジュンを、白鳥は手塩にかけて育てた。いわば親代わりの存在だった。

 ジュンは白鳥健吉を尊敬していた。軍人としても、人間としても。戦争で国民に犠牲を強いながら、陰で竜族を家畜にして私腹を肥やすなど、似つかわしくない。盗賊ですらこんな非道はしない。

 ジュンは納刀したクサナギに手を添え、つぶやいた。

「ありえない。これじゃ仲間の死が茶番になってしまう」

「そうね。慎重に調査しないとね」

「あたしは甲府に行く」

「いまから?」

「ああ。首相と直談判して確かめる。もし本当なら斬る」




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