『スクールガール・タクティクス』 第9章「リーパー」


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 プレステージ号には、スロットマシンなどを備えたカジノがあった。パナマ船籍なので公海上ならギャンブルは合法だし、客筋が信用できる場合は東京湾内でこっそり営業することもあった。たとえば今みたいに。

 賭け金は人間の生命だが。

 男性アイドルグループ・ボディーゾーンのメンバー四名が、ルーレット台を囲んで浮かれ騒いでいた。ボールは赤の7へ落ちた。喜びを爆発させつつ、四名は船舶用バッテリーのスイッチをオンにした。

 パンツ一丁の島袋がジタバタと暴れた。両手両足を肘掛け椅子に縛りつけられ、手の甲に刺さった釘にブースターケーブルが繋がっていた。失禁し、吐血していた。

 リーダーである小田切ジュンが、島袋の二重顎をつかんで生死を確かめた。歌唱力はともかくトークが巧みで、現在六つのテレビ番組で司会を務める人気者だ。

「このデブ」小田切が言った。「まだ死んでねえわ。脂肪が絶縁体になるのかな」

 唇を噛んで意識を保ちつつ、島袋が言った。

「てめえらみたいなヘナチョコに俺が殺せるか」

「さっさとブサメン組織の情報を吐け。俺らはクルミちゃんとエッチしに行きたいんだ」

「俺の方がてめえらよりイケメンだ」

 島袋は情報部別班における訓練で、拷問への対処法を学んでいた。その中に鉄則がひとつあった。

 決して敵を挑発するな。

 次の電撃でとどめを刺すべく、小田切は足早にブラックジャックのテーブルへ戻った。バッテリーが置かれた扇形のテーブルの前に、黒いドレスの女が裸足で立っていた。

 ディーラーではなく、ヒカルだった。

 ヒカルはミニゴルフ場で拝借したパターをフルスイングした。小田切は転がってスロットマシンにぶつかった。衝撃でマシンは気前よくコインを吐き出した。ジャックポットだ。

 島袋の哀れな姿を見て眉をひそめ、ヒカルが言った。

「大丈夫ですか」

 島袋が言った。「たまにはカジノも悪くないぜ」

「こうなっては無人機を使うしかないと思いますが」

「最後の手段だが、やむを得ないな」

 ヒカルは風切り音を立ててパターを振り、ボディーゾーンの残る三名を威嚇した。人数と体力では不利だが、確実に当てる自信があった。誰だって鈍器で殴られるのは嫌だろう。

「抵抗しないで」ヒカルが言った。「キレイな顔を傷つけて、ファンの子たちに恨まれたくない」

 イケメン三名は同時に突進してきた。ステージでダンスする様に息はぴったりだ。

 ヒカルは仰天した。降伏勧告は一瞬も考慮されなかった。女は獲得すべきトロフィーであり、交渉すべきカウンターパートではないと、ジェイ事務所は所属タレントに教育していた。

 ヒカルはパターを構えた。彼女が潜入任務を志願したのは、クルーズ船に芸能人がいると聞いたからだった。途轍もなくミーハーなのだ。なのに目撃したのはセレブの醜悪さだけ。婚約者のリュウジ以外に恋愛経験のない彼女は、乱交なんて行為も大嫌いだった。

 レフト前、ライト前、センター前。

 ヒカルは華麗なバット捌きを披露した。高三のときソフトボールの都大会で記録した打率七割三部一厘は、いまだに破られてないはず。セクシーなドレスを着てるからって、あまりナメないでほしいと思った。




 ヒカルは東京湾の波に揉まれていた。大量の海水を飲み、そして吐いた。スカートが纏わりついて泳ぎづらいが、ライフジャケットの浮力で溺れずにすんでいた。トライハートによる銃撃に遭い、救命筏に乗る余裕はなかった。

 停止しているモーターボートへ近づいた。ブサメンが二人掛かりで、ヒカルと島袋を後部デッキに引き上げた。

 振り返ると、ジャンボジェット機が発着する羽田空港を背景に、黒煙をあげて燃え盛るプレステージ号が見えた。島袋がCIAに要請し、三沢基地から飛んだ無人航空機リーパーにヘルファイアで攻撃させた。五万トン級とはいえ、対戦車ミサイルを撃ち込まれてはひとたまりもない。左舷に生じた亀裂から浸水しており、数分後に沈没すると思われた。

 北朝鮮対策を専門とする諜報員の島袋は、CIAにいくつか貸しがあった。下院議員のスタッフに紛れ込んだスパイを教えた件では、特に感謝されていた。無人機を借りるのは妥当な報酬だった。

 ヒカルは、逆さ吊りで放置した沢木カズヤのことを考えた。逃げ遅れて死んだら自分の責任だ。たしかに乗客はみな虐殺の共犯者だが、死に値するかは解らない。若く純粋なファンが悲しむと思うと気が重くなった。

 銀髪で黒のショートパンツを穿いた神月ヤヤが、キャビンの上の操舵席から下りてきた。ヒカルにペットボトルを渡した。

「ありがとう」ヒカルが言った。「でも喉渇いてなくて」

 ヤヤが言った。「体内の塩分濃度が高まってるから、水分補給した方がいいよ」

 ヤヤはブサメンたちに、助けを求めて泳いでくるJKを拾うよう命令した。ブサメンは拒否し、口論となった。

 鬼瓦みたいな顔のブサメンが、歯を剥き出して叫んだ。

「あいつらは人でなしだ! 俺たちを虐殺してるんだぞ!」

「気持ちは解るよ」ヤヤが言った。「でもまだ二、三人はこのボートに乗れる。できるだけ助けたい」

「あんたも女だ。内心ではあいつらの味方なんだ」

「性別は関係ない。未成年を戦闘以外で死なせたくないだけ」

 唇をぎゅっと結び、ヤヤは鬼瓦を見上げた。中学生としても小柄な娘だが、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。ブサメンたちは不承不承、JKを三人救助した。帰港するためモーターボートは走り出した。

 ヤヤは、ツインテールのJKのそばに膝をついた。呼吸停止しかけていた。ヤヤはツインテの豊かな乳房を潰し、胸骨を圧迫した。常に迷いがなく、テキパキしている。横たわるツインテの胸は自力で上下し始めた。

 ガシャンッ!

 キャビンからガラスが割れる音が響いた。切り裂く様な女の悲鳴が海に迸った。鬼瓦がJKの制服を剥ぎ取り、のしかかっていた。ズボンを下ろしてレイプしようとしていた。

 ヤヤは左手の親指で刀の鯉口を切った。キャビンへ飛び込み、鬼瓦の短髪をつかんでデッキへ引き摺り出した。萎縮した性器をぶら下げた状態で立たせた。

 深呼吸して怒りを抑えつつ、ヤヤは言った。

「なんてことをするんだ。謝れ」

「あいつらは犯罪者だ。何をされても自業自得だ」

「本気で言ってるの」

「俺たちにも少しはいい目を見させろ」

 ヤヤは左足を軸にすばやく回転した。後ろ回し蹴りを鬼瓦の腹部へ叩き込んだ。鬼瓦は頭から東京湾へ転落し、モーターボートに置き去りにされた。




 ヒカルは襲われたJKの衣服を直した。動揺は残ってるが、正常に会話できていた。対処は島袋らに任せ、後部デッキへ出た。

 太陽がレインボーブリッジの後ろに沈もうとしていた。空と海の青に、夕焼けのオレンジが混ざり合い、吊り橋の幾何学的なシルエットを際立たせていた。

 ヒカルは半分残ったペットボトルを返し、ヤヤに言った。

「優しいね。あの女の子たちは敵なのに」

「戦闘が終われば敵も味方もないよ」

「そう割り切れるものかな。ヤヤちゃんは奥多摩で頭をケガしたし、被弾もしたでしょ」

「なんとも思わない。むしろ尊敬する」

 いつも無表情なヤヤが、あどけなく笑った。ヒカルは逆に不安になった。ここは実弾が飛び交う戦場なのに、ヤヤの態度はテレビゲームに興じる少年の様だ。

「ヤヤちゃんはなんでこの戦いに加わったの」

「フレンドが殺されたから」

「フレンド? お友達って意味?」

「ゲーム仲間のこと。いろいろ調べたらTMAの存在を知った。そんでぶーちゃんに誘われた」

「いくらなんでも若すぎるよ。今でも私は反対」

「ボクはeスポーツに飽きたのかもね。大会で優勝してもあんま感動しなくなったし」

「でも何億円も稼いでるんでしょ」

 ヤヤはきょとんとした。自分が金銭に無関心なだけでなく、他人の金銭への関心さえ不可解である様だった。

「ヒカルちゃんはゲームする?」

「ほとんどしないかな」

「ネットで対戦すると、相手のハンドルネームが表示されるんだ。たとえば『あっくんママ』とか。きっと専業主婦なんだろうなって思ったり」

「へえ、楽しそう」

「でもボクはボコボコにしちゃうんだ。手加減するのも難しいし。で、後で虚しくなる。あっくんのママが忙しい家事の合間に気晴らししてるのに、嫌な思いさせたかもって」

「ゲームに勝ち負けがあるのは当然じゃない」

「うん。だから虚しい。遊びでもつい本気出しちゃう自分が。なんでこんなに必死なんだろって思う」




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苑田 謙

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