「戦後」という寝物語 ― 田母神俊雄と村上春樹

 

三島由紀夫が市ヶ谷で腹をきつたのが、昭和四十五年。

ということは、ボクは三島をしらない世代となる。

その作品や生涯に、特別な関心を向けることはなかつた。

これからもそうだろう。

ただ、杉山隆男の『自衛隊が危ない』(小学館101新書)という本をよみ、

かれの死の意味を、すこしばかり理解できた気がする。

自決の五か月あまり前、三島は毎日新聞に、

石原慎太郎にあてた公開状を投稿した。

 

昔の武士は、藩に不平があれば諌死しました。

さもなければ黙って耐えました。

何ものかに属する、とはそういうことです。

もともとは自由な人間が、何ものかに属して、

美しくなるか醜くなるかの境目は、

この危うい一点にしかありません。

 

ちなみに、これは孫引きです。

三島なら、もとは正字正かなで書いただろう。

当時の裕次郎の兄貴は、自民党所属の参議院議員でありながら、

マスメディアを通じ、党執行部を声高に批判していた。

それが見苦しいと、たしなめた。

権力をもつものは、かるがるしく不平不満をもらすな。

たとえ、それが正しくても。

「内容」より、「形式」を優先すべきという美意識を、

作家は切腹という様式で実演した。

 

 

 

さて、杉山隆男の著書にもどろう。

週刊誌の企画で、前航空幕僚長の田母神俊雄と対談。

田母神は、政府見解に反する論文を発表したことが原因で、

空幕長の職をとかれたことで、名をしられた人。

三島的な美意識を試験紙として、杉山は、

目下の右翼のヒーローの性根を値踏みする。

 

〈軍人、とりわけ指揮官は言論や表現の

自由が制約されていると思う。

なぜかといえば、言論や表現の自由とは

丸腰の人間がいう言葉だからです。

四万五千人もの部下と武器を持つこと自体が

大きな力であり、一定の表現をしている。〉


などと私が軍のトップに立つ人間と

一般の人間との違いを強調すると、前空幕長は反論した。


〈制服を着ていたら全く言論の自由がない?

そりゃあなた、差別じゃないか。おかしいですよ〉


私はあっけにとられたような顔をしていたかもしれない。

 

間のぬけた返答に、ボクも愕然とした。

数万の兵士と最新の兵器を管理する立場にあつた、

事実上の空軍大将が、みづからを「弱者」とみなす喜劇。

さらに杉山は、軍人としての料簡をとう。

 

対論の席でなおも私が、

「上官の意志に背いたことに変わりはないですよね」

と畳みかけると、

田母神氏はこうつづけている。


〈僕はやろうと思えば解任されたことに対して

裁判で争うこともできた。

国家公務員法と自衛隊法に基づくなら、勝てるかもしれない。

が、僕は争っていない。

秩序を乱したといわれるのは心外ですよ。〉

 

いま本屋にゆくと、かれの写真をかざつた本がならんでいる。

タモチャン(田母神の愛称)が、これほど共感をよぶ理由はひとつ。

肩に桜を四つのせた最高位の軍人でありながら、

虐げられた人間のごとく、アッケラカンと弱みをさらけだしたから。

三島由紀夫が、はやめに人生をおわらせたのは正解だ。

長生きしていたら、腹がいくつあつても足りない。

 

 

 

与太話はつづきます。

いま一番うれている本といえば、御存知のとおり村上春樹の『1Q84』。

実は村上と田母神は、同学年にあたる。

つまり、ちやうど還暦の「団塊の世代」。

このブログでは三月に、村上がエルサレムでぶつた演説をとりあげた。

(リンク:「村上春樹のエルサレム賞受賞演説について」

「高くそびえる堅固な壁と、それにぶつかって割れる卵が

あったとしたら、わたしは常に卵の側に立つ」という発言に注目し、

「人間の問題」を「システムの問題」にすりかえる村上を、

それなりに筋道をたてて批判した。

でも、すべての疑問はとけていない。

かれはなぜ、実体のない「システム」とやらにこだわるのか?

これ以上のぞめないほど成功をおさめた小説家が、

なぜ妙に舌たらずで、おびえた顔つきなのか?

こたえは、世代にある。

戦争終結直後にうまれた団塊の世代だけがもつ、

「弱者の精神」とよぶべきものが、たしかに存在する。

かれらは寝物語のなかで、母親から戦争の醜悪さをおそわる。

すこやかに成長した幼子は、見当はづれの革命ごつこに加わつたり、

空軍大将になつたり、人気作家になつたりした。

つねに、みえない敵におびえながら。

それが日本の戦後だ。

「弱者の精神」がいま、黒い雲のように列島をおほつている。




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(2009/04/01)
杉山 隆男

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