『スクールガール・タクティクス』 第7章「浸透」


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 ヒカルは木製のデスクが並ぶ、芳友舎のパソコン部部室にいた。保育園で有給休暇をもらったのをいいことに、けっきょく毎日高校へ通っていた。

 乗りかかった船は下りられない。すでにヒカルは二人殺したのだ。あと制服に対する未練もなくはなかった。

 部長であるソラが、ホワイトボードにマーカーを走らせた。昼食のカロリーメイトを頬張りながら、トライハートにまつわる謎を箇条書きしている。

 資金源。

 武器弾薬の入手ルート。

 他校のJKへの浸透具合。

 政界とのコネ。

 背後で彼女らを操る黒幕。

 ブサメン絶滅以外の隠された目的。

 書きくたびれたソラは、ぶらぶらと右手を振った。ため息をついて言った。

「謎が多すぎるッス」

 ヒカルが言った。「ソラちゃんがハッキングして調べたら」

「やったけど、肝心なことは何も解らないッス。あの人たち、連絡やお金の管理にパソコン使ってないッス」

「用心深いなあ。じゃあ幹部の三人を監視するとか」

「エリコ様は無理ッスよ。プロの女性のボディガードが常に二名張りついてるッス」

「まるでVIPだね」

「小学生のときストーカー被害を受けて以来、そうしてるらしいッス。お父様が偉い警察官僚なんス」

「へえ」

「そんでお母様がオペラ歌手ッス」

「くわしいね」

「全芳友生の憧れッスから」

 ソラはうっとりした表情で、敵組織のリーダーについて語った。

 奥多摩でヒカルたちは、トライハートを痛撃した。確認戦果だけで三名死亡、ほかにも相当な被害が生じたろう。しかしあの戦闘は偶発的だった。功を焦った三年生が自滅しただけとも言える。組織の中核を叩いたわけではない。

 短いスカートから伸びる脚を組み、ヒカルが言った。

「カラオケに誘おう。クルミさんは正直怖いから、ティナさんがいいかな」

「へ?」

「私は保育士だから知ってるの。お歌が嫌いな子供はいない」

「いやいや」

「情報を引き出すには仲良くならなきゃ」

「でもカラオケって。世界的に悪名高いテロリストなんスよ!」

「子供は子供よ。例外なんてない」




 ヒカルとソラは放課後、田園都市線の用賀駅前にあるカラオケ店に来た。浅黒い肌の少女がアニメソングを熱唱していた。御岳山でヒカルの仲間を苦しめたティナだ。いま持ってるのはAK47でなくマイクだが。

 曲が終わり、ヒカルとソラは引き攣った笑顔で拍手した。

 上機嫌のティナが、ヒカルに尋ねた。

「ティナはもう何曲歌ったか?」

「十曲くらいですね」

「嘘だろ!」

「数えてないけど、それくらいです。とてもお上手なのでビックリしました」

「調子に乗ってしまった。今度はキミらが歌ってくれ。ティナは日本の歌をもっと知りたい」

 ティナはつぶらな瞳を潤ませ、何度も頭を下げた。ひたすら恐縮する姿に、残忍なテロリストの面影はない。マイクを渡されたヒカルは、得意の安室奈美恵を歌い始めた。

 店員が、ソラが注文したカツサンドを運んできた。皿をティナの方へ押し出し、ソラが言った。

「ティナさんもどうぞ」

「ありがとう。でもお腹は空いてない」

「そうッスか。じゃあ遠慮なくいただくッス」

 ソラは幸せそうにパンと豚肉にかぶりついた。もしゃもしゃと咀嚼しながら言った。

「アニソンに詳しいッスね」

「ティナは故郷のアレッポを離れ、ヨーロッパで一人暮らしをした。とても孤独だったが、日本のアニメに救われた」

「あたしもアニオタなんで、そう言ってもらえると嬉しいッス」

「日本のJKに憧れた。みんな可愛く、生き生きしていた。内戦で荒れ果てたアレッポとは、天国と地獄の違いだ」

「お気の毒ッス」

「そんなときフェイスブックでエリコと知り合った。誘われたので、勇気を出して芳友舎に入学した。みんなティナに良くしてくれた。日本は第二の故郷だ」

 ヒカルは安室奈美恵を歌いつつ、年下のふたりの会話に聞き耳を立てていた。おしゃべりなソラは、ティナの警戒を解くのに成功したが、口を滑らせて失言しないか心配だ。

「アレッポって」ソラが言った。「どんな町ッスか。シリア最大の都市ってことくらいしか知らないッス」

「古代以来の歴史が残る、美しい都市だ。イスラム文化の中心地だ。いや、だった。もはや瓦礫の山でしかない」

「シリア内戦は大変な出来事なんスね」

「かつて『アッラーに祝福された土地』と称された国だが、今となってはお笑い草だ」

「んなことないッスよ。アサド大統領を中心に、内戦は収束に向かってるとも聞きますし」

「すまない。ティナの前でその名を口にしないでくれ」

「アサドさんのことッスか?」

 ティナはフォークを握り、カツサンドへ突き刺した。皿は数片に割れた。

「バシャール!」ティナが叫んだ。「売春婦の子! 豚よりも汚らわしいケダモノ!」

「いったいどうしたんスか」

 ティナはソラの臙脂のネクタイをつかみ、首を締め上げて言った。

「あの男はアレッポにサリンガスを撒いた。母はもがき苦しみながら死んだ。名前を聞いただけで気が狂いそうだ」

「く、苦しいッス」

 ヒカルはマイクを置いた。ソラを窒息させているティナの手を握り、自分の方を向かせた。

 保育園でもケンカはよくある。大事なのは、兆候を見逃さないことだ。衝突に至るきっかけが解れば対処できる。今回ならカツサンドだ。イスラム教徒に豚肉料理を勧めるなんて無神経だった。客として招かれた立場のティナは、不愉快なのを表に出さず我慢していたのだろう。

「ティナさん」ヒカルが言った。「私からも謝ります。余計なことを言ってごめんなさい」

 ティナが言った。「別に謝る必要はない」

「さっきのソラちゃんの態度は、信仰や文化を軽視していました。彼女は物知りなのに、配慮に欠けるところがあって」

「こちらこそ見苦しい振る舞いだった。許してくれ」

 ティナは鄭重に頭を下げた。名家の生まれなのを匂わせる洗練された物腰だ。

 やや青みがかったティナの瞳に見惚れながら、ヒカルが言った。

「戦火で家族を喪うなんて、恐ろしいことですね」

「ああ。人生のすべてが変わった」

「さぞかし辛かったでしょう」

「インシャラー。アッラーの思し召しだ。それは理解しがたい。でもティナはアッラーのために戦う。ティナにはきょうだいが五人いる。弟が二人、妹が三人」

「大所帯ですね」

「いつかきょうだいを連れて祖国へ帰る。それまでに正しいイスラムの国を作る。長い道のりだが、アッラーを信じれば必ず成し遂げられる」

 ヒカルは頬に熱を感じた。涙が流れていた。

 各地で無差別テロを起こしたティナの行動は許容できない。それどころか弟の仇でもある。しかしその動機は純粋なのだと、直接話して解った。神のため、祖国のため、家族のため、命を賭して戦う情熱そのものは、否定しようがない。




 地下にある用賀駅は、入口が擂鉢状の階段になっている。カラオケ店を出たヒカルたち三名が、階段の上の歩道にいた。夜九時を回ったので帰宅したいヒカルとソラは、ティナに引き止められていた。

「約束してくれ!」ティナが言った。「またカラオケに付き合ってくれると」

 ヒカルが言った。「勿論です。沢山お話できて、私も楽しかったです」

「できれば毎週行きたい」

「ええ、ぜひ」

 ヒカルはセイコーの腕時計を一瞥した。母親から地元のスーパーで買い物を頼まれていたが、そろそろ閉店時刻だ。

 時間を気にするヒカルの様子に気づき、まるでこの世の終わりみたくティナはうなだれた。

「すまない。何か用事があるんだな」

「いえいえ、特に急ぎでは」

「ティナは一人でいると寂しくてたまらない。十六歳なのにみっともないが」

「女の子なら普通です。まして異国にいるなら、なおさら」

「なあ。ヒカルのこと、お姉さんと呼んで構わないか」

「嬉しいですけど、私たち知り合ったばかりなのに」

「インシャラー」

 ティナはアイフォンを操作した。すぐにヒカルとソラのアイフォンに通知があった。カラオケ店でティナに勧められてインストールした、見たことのないアプリだ。「入金がありました」と表示されていた。

「入金?」ヒカルが言った。「ティナさんが送ったんですか」

「ちょっとした感謝の気持ちだ。快く受け取ってくれ」

「でも一億円って書いてありますよ」

「正確には仮想通貨だ。試験的に運用されてるアプリだが、日本でも使える。税金もかからない。安心するといい」

「うそ」

 ヒカルとソラは顔を見合わせた。喜びを隠せなかった。実感の湧かない法外な金額にでなく、トライハートの資金源を突き止められそうな手掛かりに。




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