『スクールガール・タクティクス』 第5章「反攻」


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 ヒカルは終点でバスを降りた。緑豊かな山岳に囲まれる奥多摩湖が見えた。東京都に属すとは思えない秘境だ。多摩川をダムで堰き止めて出来た人造湖であり、村をまるごと水没させたという悲しい歴史もあった。

 黒縁メガネの少女が続いて降車した。芳友舎高校のパソコン部部長である、蒼井ソラだ。脇にマックブックを抱えている。

 ぽかんと口を開けて、ソラが言った。

「うわー、絶景じゃないスか! こんなのどかな大自然でテロが起きるなんて、信じられないッス!」

「ソラちゃん」ヒカルが言った。「そういう物騒なことは、あまり大きな声で口にしないでね」

「申し訳ないッス。つい浮かれちまったッス」

「化学工場の火災はどうなったかな」

「調べてみるッス」

 ソラは湖畔のベンチに座り、モバイルルータに繋いだマックブックで調査を始めた。ふたりとも芳友舎高校のグレーの制服を着ていた。

 昨晩、国内トップシェアの九鬼ケミカルなどが所有する、千葉県市原市にある化学工場で爆発事故が起きた。トライハートによる爆破テロだと、ヒカルは直感で判断した。陸自の島袋ヒロシの発言がヒントになった。

 炭疽菌くらい塩素で簡単に殺菌できると、島袋は言った。

 それは正しいだろう。

 だがもし、塩素の供給が止まったら?

 あのJKたちは、大人の裏をかく。そして闘争の中で自己の意志を貫き通し、欲しい物すべてを手に入れる。

 島袋の連絡先をヒカルは知らなかった。防衛省に電話して取り次いでもらおうとしたが、けんもほろろの対応をされた。なので今朝も制服を着て芳友舎に登校し、パソコン部のPCを使って情報を集めた。

 ヒカルは、駐在所に詰めている警官に話しかけた。自分と同じ制服の女の子がほかに来なかったか尋ねた。警官はきらめく湖面の方を指差した。トライハートに所属する三年生、ツリ目のカナコとタレ目のヨウコがいた。

 水辺に台車が置かれ、大きな透明の容器が載っていた。中にインスタントコーヒーみたいな褐色の顆粒が入っていた。ツリ目とタレ目は、風邪のときに使う簡易マスクをしていた。

 ヒカルは愕然とした。無防備すぎる。化学防護服を着て作業するんじゃないのか。透明な容器も、百円ショップかどこかで売ってそうな粗製品に見えた。

 トライハートのふたりは動画の撮影をしていた。ツリ目が、タレ目が構えるアイフォンにしゃべりかけた。自分の写り具合を幾度も確かめては、同じセリフを繰り返した。この期に及んでも、JKにとってはインスタ映えが最優先だった。

 ベンチでマックブックを操作しつつ、ソラが言った。

「化学工場はまだ鎮火してないッス。現在のところ死者は二十六名ッス」

「かわいそうに」

「これがトライハートのみなさんの仕業だなんて、まだ確信が持てないッス」

「気持ちはわかるよ。虐殺を目の当たりにした私ですら、そうなんだから」

「弟さんのことはお気の毒でしたッス。でもクルミさんみたいにいろいろ噂のある人はともかく、エリコ様が人を殺すとかありえないッス」

「むしろ彼女がリーダーなんだけどね」

「エリコ様はすごいんスよ。定期テストはいつも全科目満点なんス。全科目ッスよ! ハーバード大入学が内定してるほどの才媛なんス。しかも学校以外では全然勉強してないらしいから、あたしらは絶望するッス」

 ヒカルはグレーのブレザーを脱いだ。上半身は白のブラウスと臙脂のネクタイだけだ。

 ブレザーをソラに手渡し、ヒカルが言った。

「これを預かっててくれる?」

「いいッスよ」

「今から私は彼女たちを説得する。もし事がうまく運ばなかったら、駐在所のお巡りさんを呼んでほしいの」

「あたしも行くッス」

「ダメだよ。あの子たちは銃を持ってるかもしれない。そこまでソラちゃんを巻き込めない」

「例の交通信号のゲームで本当に人が死んだのなら、あたしにも責任があるッス」

「ソラちゃんのせいじゃないよ」

「人数が多い方が説得しやすいッス。あたしはおしゃべりだから、きっとお役に立てるッス」

 ヒカルはうなずいた。不意を打てたとしても、数的劣勢では心許ない。味方がいれば優位に立てるだろう。

 背中に挿していた電動ガンのグロック17を抜いた。ミリタリーオタクだった弟の遺品だ。足音を立てずに階段を下りた。ツリ目とタレ目は動画撮影に夢中で気づかない。

 グロックをツリ目に向け、ヒカルが言った。

「そこまでよ。あなたたちが何をしようとしてるか、私は知ってる。一緒にあそこの駐在所へ行きましょう」

 意表を突かれたツリ目は、言葉にならない叫びを上げた。それでも一呼吸のあと、鼻で笑って余裕を見せた。

「転校生」ツリ目が言った。「やはりお前はスパイだったのか。クルミが言った通りだ。あいつの直感は外れたことがない」

「ここでは会話しない。あなたたちが先に階段を上って」

「つれないこと言うなよ。そうだ、タバコ吸うか?」

「動かないで! 両手を頭の後ろで組みなさい。ちょっとでもおかしな動作をしたら撃つ」

 ブレザーの内側に手を差し入れようとしたツリ目に、ヒカルは警告した。

 何にでも首を突っ込みたがるソラが、目を輝かせて言った。

「身体検査した方がいいッスね。あたしがやるから、ヒカルさんには掩護をお願いするッス」

「ソラちゃんはじっとしてて」

「こういうのやってみたかったんスよ」

 制止の声を無視し、ソラはツリ目に近寄った。ヒカルは狼狽した。ツリ目とタレ目はスカートの下から拳銃を取り出した。サプレッサーを装着したHK45だ。ツリ目は後ろからソラを抱きかかえ、こめかみにサプレッサーを押し当てた。

「なめてんのか」ツリ目が言った。「二年坊がウチらに歯向かうとか百年早えよ」

 ヒカルが言った。「その子は巻き込まないで」

「うるせえ。さっさとグロックを遠くへ投げ捨てろ」

 ヒカルは脅迫に従った。こっちはおもちゃで、あっちは実銃だ。人質を取られたら手も足も出ない。

 背後から男の声が響いた。

「君たち、そこで何をしてる」

 ヒカルが振り向くと、階段の上に駐在所の警官二名がいた。拳銃のホルスターのボタンを外している。ただのJK同士のケンカという認識ではない。ダムはテロの標的になりうる施設であり、彼らは町の交番のお巡りさんより用心深かった。

 無邪気な笑顔を浮かべ、タレ目が言った。

「お騒がせしてすみません。自主映画の撮影をしてました」

「銃を地面に置くんだ」

「これのことですか?」

「おいッ!」

「よく出来てますよね。まるで本物みたい」

 バスッ、バスッ!

 タレ目とツリ目はほぼ同時に、減音されたHKを発砲した。警官二名は殉職した。彼らの弱腰を誰も責められないだろう。短いスカートの少女に先制攻撃するのは至難だった。

 湖畔に倒れ込んだソラを、ヒカルは強引に立たせた。手を引いて鉄骨の階段を駆け上った。コンクリートの塊であるダム堤の天端を目指した。




 階段を上り切ったヒカルは、両膝に手を突いて喘いだ。高校時代は、ソフトボール部で俊足巧打の一番バッターとして鳴らし、年代別の日本代表にも選ばれた、ちょっとしたアスリートだった。しかし運動不足と加齢には勝てなかった。

 パソコン部のソラが言った。

「ヒカルさん、大丈夫ッスか」

「すぐ敵が追いつくわ……私はいいから逃げて」

「スカートの下に銃を隠してるとは予想外だったッス。チェ・ゲバラの『ゲリラ戦争』に書いてある内容を思い出したッス。女性は革命戦争における運搬役として優秀だと」

「またウィキペディア?」

「ウィキペは最高の読み物ッス。あたしのことは歩くウィキペディアと呼んで欲しいッス」

「知識自慢はもういいから!」

 弟より一学年下の少女の手を引き、ヒカルはふたたび駆け出した。

 バキーンッ!

 堤頂の手摺に45口径弾が当たった。減音された銃で狙われるのは悪夢だった。むしろ辺りに銃声が轟いた方が、身に迫る危険が解りやすいからマシだ。

 通路には死体が多数転がっていた。外国人観光客もいれば、東京都水道局に雇われた警備員もいた。ツリ目とタレ目にやられたに違いない。

 ビシッ!

 足許のコンクリートで銃弾が跳ねた。背後から笑い声が聞こえた。敵はこちらを弄び、なぶり殺しにするつもりだ。

 ヒカルは死体のそばに膝をついた。ダムの警備員に仲間を潜り込ませたと、島袋は言った。案の定、警備員はジャケットの下にサブマシンガンを隠していた。ドイツ製のMP7だ。これも弟のコレクションにあった。

 ヒカルは、MP7のストックとフォアグリップを伸ばした。セレクターをフルオートに合わせた。コッキングハンドルを引いて弾薬を装填した。

 ストックを肩に当てつつ、ヒカルは言った。

「ここであの子たちを迎え撃つから、ソラちゃんは逃げて。森に逃げ込んで警察を呼べば助かるはず」

「そんな。ヒカルさんを置いてけないッス」

「私は二十四歳なの。お姉さんの言うことは聞くものよ」

 師弟関係は信頼関係だ。ヒカルは保育士稼業でそう学んだ。子供は、信じている相手の言うことなら、なんでも聞く。だからこっちは、信頼できる大人に見える様にふるまえばいい。

 脇目も振らずにソラは疾走した。

 ヒカルは満足した。素直ないい子だ。博識ぶりを鼻にかけるところは良くないけど、やっぱりすごくいい子だ。

 悠然と歩み寄るツリ目を、ヒカルは照準器に捉えた。ツリ目が口にした冗談に、タレ目が笑った。距離は三十メートル。何を言ってるかまでは解らない。

 よく弟は、ヒカルの電動ガンの構えをバカにした。そんな持ち方じゃ反動を受けきれないとか。実銃を撃ったら、自動車にぶつかるくらいの衝撃が伝わるとか。他にもいろいろ。自分だって実銃を触った経験はないくせに。

 ヒカルは上半身で抑え込む様に、MP7を安定させた。ツリ目の胴体のど真ん中に照準を合わせた。トリガーを引いた。四・六ミリ弾を、片っ端から撃ち込めるだけ撃ち込んだ。

 ブラウスを切り裂かれたツリ目は、仰向けに倒れた。

 照準をタレ目に変え、ヒカルは言った。

「降伏しなさい」

 唇を震わせ、タレ目が言った。

「殺したのか……私の大切な人を」

「撃たれたいの!?」

「ぜってえ許さねえッ!」

 せめて苦しみが少ない様に、ヒカルはタレ目の額に銃弾を放った。反動は、弟が言うほど強くなかった。




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苑田 謙

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