『スクールガール・タクティクス』 第4章「デブリーフィング」


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 転校生になりきったヒカルは、特に怪しまれることもなく下校時間を迎えた。電車を乗り継いで自宅へ向かった。着替えは持っているが制服のままだ。

 山手線の車輌から新宿駅のホームに降りた。

 すれちがう人々の視線が快感だった。JKの格好をしてるだけで注目度は段違いだ。名門校の制服だと見抜き、羨望の思いをひそひそと語り合う他校生。短いスカートから伸びる脚に嫉妬する、二十代のOL。

 ソフトボール漬けだった現役JK時代、ヒカルは女子として全然評価されなかった。実際、男みたいだった。特権を十分に享受しなかったのが悔やまれた。

 JKであることは勲章だ。

 これはクセになる。やめられない。

 紺のスーツを着た男がこちらを熱心に見つめていた。ヒカルは反射的に目を伏せ、通り過ぎようとした。ナンパはあまりよろしくない。

 なにしろ私は保育士だし、こう見え結婚を控えた身なのだ。

 ヒカルは背後から男に腕をつかまれた。驚いたが、いくばくかのときめきも感じた。

 無礼なふるまいをした男に、ヒカルが言った。

「すみません、急いでるので……あっ!」

 黒いヨドバシカメラの買い物袋を持つその男を、ヒカルは見知っていた。新宿区役所に勤める二十四歳。ヒカルの婚約者である森山リュウジだ。

 しどろもどろになりつつ、ヒカルが言った。

「リュ、リュウジ! こんなところで会うなんてすごい偶然」

「お前、その格好は」

 険しい顔つきでリュウジは言った。会うのは弟の葬儀以来だった。悲しみで気が触れたのではないかと、リュウジは心配していた。連絡を密に取ってはいるが、平日の夕方にJKコスプレで街を練り歩いてたら、正気を疑われても仕方ない。

「これは……保育園の劇の衣装なの」

 リュウジはすこし警戒を緩めた。まだ怪しんでいるが、悲劇への対処法は人それぞれだと、自分を納得させる様だった。

「あのね」ヒカルが言った。「私、謝らなきゃいけないことが」

「なんだよ」

「サンプラザで火事に巻き込まれたとき、婚約指輪を失くしちゃったの。ごめんなさい」

「そんなことか」

「でも大事な指輪なのに」

「ヒカルが無事だったのは、せめてもの救いだよ。俺はそれ以上なにも望まない」

 普段は無愛想なリュウジが、ほほ笑んだ。知り合ったのは高二のときだった。誘われて映画に行くなどデートはするが、恋人とは言えない関係が一年ほど続いた。卒業間際に、業を煮やしたヒカルは自分から告白した。

 リュウジは、ヒカル以上に真面目な性格だった。世界一のイケメンではないが、誰よりも誠実で、自分にはもったいないほどのパートナーだと、ヒカルは思っていた。

 ヨドバシカメラの袋を指差し、ヒカルが言った。

「なにを買ったの。大きな品物だね」

「これは炊飯器」

「料理まったくしないんじゃなかったっけ」

「まあね。ただ、家に炊飯器すらないのはどうかと思ってさ」

「いいことじゃない」

 リュウジはうつむき、首筋を掻いた。何事かを言おうかどうか迷っていた。

 意を決したリュウジが、ヒカルと目を合わせて言った。

「なあ、ヒカル。ひとつ提案があるんだが」

「どうしたの」

「俺と一緒に暮らさないか」

「結婚前に? 同棲ってこと?」

「うん」

「嬉しいけど、なんでまた急に」

「お前が苦しんでるからだよ。ケンジくんが亡くなってから」

「私、別に」

 ヒカルは悩乱した。

 どこまで婚約者に打ち明けるべきか?

 弟は火災でなく、JKに殺されて死んだこと。そのJKがブサメンの絶滅を企てていること。警察やマスコミが何もしてくれないこと。女子高に潜入してスパイ行為を働いたこと。そこで大規模なテロ計画を突き止めたこと。

 どこまで言うべきか?

「大丈夫」ヒカルが言った。「心配しないで」

「言えないなら、それで構わない。夫婦の間でも知られたくないことはあるだろう。でも明らかにお前が苦しんでるのに、何もしてやれないのは辛い。近くで支えたいんだ」

 映画やドラマを見るたびハンカチをびしょ濡れにするヒカルは、公衆の面前での落涙を堪えられなかった。

「ありがとう。嬉しいよ。今抱えてる問題が片づいたら、全部リュウジに話す。約束する」

「最近なにか無理をしてないか」

「うん、してる」

「経済的なトラブルなら力になる」

「ちがうの。言えないけど、私がやらなきゃいけないことなの。でもこれ以上無理はしない。リュウジに心配かけたくない」

「信じるよ」

「ありがとう。心の底から愛してる。私のことを大事に思ってくれて本当にありがとう」

 リュウジは炊飯器を地面に置き、コスプレ姿の婚約者を抱きすくめた。ヒカルは熱烈にそれに応えた。




 ヒカルは最寄り駅である東中野駅を出た。トイレで淡いピンクのカーディガンと、濃い青の花柄のスカートに着替えていた。JKの魔法はあっさり解け、駅前の風景に溶け込んでいた。

 紙袋に入れた芳友舎の制服を、ヒカルは名残り惜しそうに眺めた。もうこれを着る機会はないだろう。

 バス停のベンチに巨漢の背中が見えた。潜入工作をヒカルに依頼した、陸上自衛官の島袋ヒロシだ。任務終了後、向こうから接触してくる取り決めだった。

 島袋は、スマートフォンを耳に当ててしゃべり始めた。ヒカルの出現に気づいたという合図だ。ヒカルは隣に腰を下ろし、ベンチの下の大きな封筒を拾った。中には生命保険の書類と、札束が三つ入っていた。三百万円だ。

 別の人間と通話する素振りで、ヒカルが言った。

「こんな大金いりません」

「あんたは良くやってくれた。これは口止め料も兼ねてる。遠慮せず受け取ってくれ」

「ハッキングはどうなりましたか」

「大成功だ。敵の行動を常にモニターできる様になった。これからは戦いの主導権を握れるはずだ」

「急いでください。あの子たちはテロの計画を前倒ししようとしています」

「まあ後は任せてくれ。何かあったら連絡する。ひとまずはおさらばだ」

 島袋が立ち上がった。肥満体だが、鍛えてるせいか機敏な動きだ。

 ヒカルは偽装を放棄し、アイフォンを島袋へ向けた。パソコン部部長のソラの助けを借り、芳友舎高校で撮った動画だ。PCの画面を録画したものだ。

「まだ報告は終わってません。これを見てください」

「ダムの映像だな」

「トライハートはどこかのダムに毒物を流して、水源を汚染しようとしています」

「それは奥多摩の小河内ダムだ。クソガキどもが炭疽菌を入手したのも認識している。あえて泳がせてるんだ」

「卒業を控えた三年生が、焦って暴走してるんです。私は軍事のシロウトですが、非常に危険だと思います」

「ダムの警備員に仲間を二人潜り込ませてある。炭疽菌の撒布装置も無効化した。そもそも、ダムに菌をばら撒いたところで実害はない。浄水場の塩素で余裕で殺菌できる」

「もし一般市民が知ったらパニックになります。少なくとも私は恐ろしい」

「どうでもいい。こっちは限られたアセットでやりくりしてるんだ。市民の感情など知ったことか」

「自衛官なのに無責任ですね」

 島袋がふたたび腰を下ろした。百キロの荷重でベンチがミシミシと悲鳴を上げた。

 巨大な顔を近づけ、島袋が言った。

「妙な使命感に駆られてないだろうな。所詮あんたは非力な保母さんにすぎない。弟の復讐など考えるな」

「そんなの解ってます」

「あんたが芳友舎にいる間、スナイパーに掩護されてたのを知ってるか?」

「いいえ」

「新宿駅で男とイチャついてたのも俺は聞いている」

「侮辱しないでください」

「身の程をわきまえろと忠告してるんだ。現在時刻をもって、あんたへの支援は打ち切る。今後、当作戦に関与するなら敵と見なす」




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