『スクールガール・タクティクス』 第1章「ブサメン絶滅計画」


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 星野ヒカルは十七歳の弟を連れ、中央線の高架下を横切った。列車が頭上でゴンゴンと音を立てた。平日にヒカルは保育園で働いてるが、日曜のきょうはコンサートを見る予定だ。

 弟の左腕を引き寄せ、ヒカルが叫んだ。

「危ない!」

 話に夢中な弟のケンジは、赤信号に気づかないまま横断歩道を渡ろうとしていた。

 ヒカルが言った。「ちゃんと前を見て歩かないと」

「見てるし」

「いつもお姉ちゃんが一緒とは限らないんだから、気をつけなさい」

 高校三年生のケンジは、これから見る声優ユニット「オーロラプロジェクト」の魅力について、演説をぶっていた。ヒカルはアニメや声優に疎いが、もともと音楽は好きだし、チケットが余ったというので付き添うことにした。

 弟の熱っぽい話しぶりが、ヒカルには微笑ましい。内気な弟は学校に適応できず、休みがちだった。外に出掛ける理由になるなら、たとえオタク趣味でもありがたい。ヒカルは七歳年が離れている弟を、保護者みたいな感情で可愛がっていた。

 側面が直角三角形の白いビルが目に入った。今回のライブ会場である中野サンプラザだ。時計台のある広場では、オーロラプロジェクトのTシャツを着た男たちが、奇声を発しながら踊り狂っていた。

「すごいね」ヒカルが言った。「もう盛り上がってる」

 ケンジが言った。「あれは厄介ヲタだから」

「なにそれ」

「周りに迷惑をかける客のこと。オラプロも人気が出たから、ああいうのが増えて困ってる。全員死ねばいいのに」

「そんなこと言わないの」

 オタクの世界も問題を抱えてるらしい。

 ヒカルが入場口で若い女のスタッフにチケットを見せると、身分証の提示を求められた。運転免許証を渡したら、登録されてる氏名と異なるので入場できないと言われた。

 ヒカルは笑顔を保ちながら抗議した。どんな場面でもにこやかでいられるのは、保育士という職業のおかげだ。絶対見たいライブというわけではないが、このまますごすごと引き返すのはバカらしい。

 スタッフに援軍が現れた。こちらも若い女だが茶髪で、ぱっと人目を引く華やかな美形だ。高校生くらいに見える。

「申し訳ございませんが」茶髪女が言った。「ご購入時の同意事項に明記してある規則ですので。転売などを防ぐための施策です」

「転売じゃありません。私はこの子の姉で、お友達が風邪を引いたので代わりに来たんです」

「規則ですので」

「このままチケットを捨てたら、もったいないでしょう。声優さんだって、たくさんの人に見てほしいだろうし」

「ルールを曲げたら、ほかのお客様に不公平になります。どうかお引き取りを」

「埒があかないなあ。まあ、わかりました」

 ヒカルはため息をついた。あらためて茶髪女の顔を観察した。弟と同年代に見えるが、口が達者なのに感心した。見回すと、揃いのジャンパーを着たスタッフはみな十代の女だ。

 早足で赤い床のロビーへ向かう茶髪女に、ヒカルは背後から声をかけた。

「あの、すみません」

「なんでしょう」

「失礼ですけど、あなたは高校生ですか」

「ええ。それがなにか」

「とてもしっかりしてますね」

 茶髪女は大きな目を丸くした。クレーマーから褒められたのが予想外だった様だ。

「ありがとうございます」

「ここのスタッフさんは全員女子高生なんですか」

「そうですね。すみません、用事があるので失礼します」

 茶髪女は真顔に戻り、階段を駆け上っていった。

 ヒカルは清潔感漂うショートカットの髪を掻き上げた。薬指にダイヤモンドの指輪がはまっていた。高校時代から交際する恋人からもらったばかりの婚約指輪だ。派手なので職場では使えないが、今日は夕方から指輪をくれた本人と会うのでつけている。

 交際期間は長いし、すでに互いの両親に挨拶を済ませた関係でもあり、プロポーズにヒカルは驚かなかった。それでも感動した。思いきり泣いた。これから挙式や旅行や新居などの話をするのだろう。しばらく忙しくなりそうだ。

 姉がスタッフとやり取りするあいだスマホをいじっていたケンジに、ヒカルは言った。

「ひとりで大丈夫?」

「あのさ、俺は保育園の子供じゃないんだから」

 ヒカルは眉をひそめた。たしかに自分は過保護なところがある。ケンジの精神的成長のためにもあまり良くない。

「じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけて」

「姉ちゃんはどうすんの」

「家に帰るのも億劫だし、その辺で時間を潰してるね。ライブが終わったらLINEして」

「なんで」

「合流してお茶でも飲みましょう。感想を聞かせてね」




 中野サンプラザのホールに収容された二千人がざわついていた。開演時間を三十分すぎても動きがない。事情を説明するアナウンスもない。しびれを切らした厄介ヲタが暴れ出したが、スタッフは止めに来ない。そもそもスタッフがどこにもいない。

 何度もスマホで時間を確かめている星野ケンジは、ボソボソとつぶやいた。

 さっき姉ちゃんは、スタッフがJKばかりと言っていた。考えてみればたしかに変だ。入場口を抜けてから椅子に座るまで、目にしたスタッフは全員十代の女だった。対照的に客席には男しかいない。オラプロは女性ファンも結構いるのに。いくらなんでも不自然じゃないか。

 前触れなく、グレーの制服を着たふたりの女子高生がステージに登場した。片方は長い金髪で、やけに背が高い。ブラウスのボタンを外しすぎて紫の下着が丸見えだ。前座のアーティストだろうか。ワンマンライブのはずだが。

 おかっぱ頭の小柄なJKが、よたよたと金髪女の後に続いた。全長一メートルを優に超える銃を肩に担ぎ、台車に弾薬箱を乗せて運んでいた。

 ミリタリーに詳しいケンジは銃の種類を識別できた。汎用機関銃のFNMAGだ。茶髪女は片手でそれを受け取った。実銃なら十キロ以上あるから、プラスチックなどの模造品だろう。おかっぱ女が左隣で弾帯の供給を支援する。なかなかリアルな演出だ。意図は不明だけれども。

 ステージはカーテンが中央だけ引き上げられていた。マイクスタンドしか置かれてないので殺風景だ。

 金髪女がマイクをつかんだ。不敵な面構えで聴衆へ語りかけた。

「あー、ウチの名前は森下クルミ。芳友舎高校の三年生。ブサメンのみなさん、こんちわ~」

 反応は沈黙だった。クルミと名乗る女は、FNMAGを天井へ向けてトリガーを引いた。

 ガガガガガッ!

 轟音とともに火炎が吹き出し、空薬莢がステージにばら撒かれた。客席からの失笑がホールに虚しく響いた。ブーイングする者もいた。なにかの余興と思われていた。

 異常事態が進行してるのに気づいた人間はごく少数で、ケンジはそのひとりだった。

 スタンドのマイクでクルミが叫んだ。

「てめえらノリが悪いんだよ! これから最高のライブが始まんのによ!」

 三列めの良席に座るケンジが立ち上がった。ありったけの勇気を総動員し、クルミに尋ねた。

「オラプロはどこにいったんだ」

「アホか」クルミが言った。「声優のライブなんてキメエもんは最初っからねえんだよ」

「あんたたちは何者だ」

「『トライハート』。ウチはその副リーダーだ。これから有名になるから覚えとけ。ま、てめえらはすぐ死ぬけどな」

「わけがわからない」

「おい、そこのブサメン。てめえはハーバード大学のビリー・ヘリントン教授を知ってるか」

「名前くらいは」

 ビリー・ヘリントンは政治哲学の教授で、『臨界点』という著作が日本を含めて世界的ベストセラーとなった。革命的な社会変動の到来を予言した書物だ。

 クルミが尋ねた。「教授の本を読んだことは」

「ない」

「顔にくわえて頭も悪いな。救えねえ」

「本とあんたが今やってることになんの関係がある」

「質問ばっかでうぜえ。教授は来年に『臨界点』が訪れると予言した。ウチらはそれに備えて予行演習をおこなう」

「まさか」

「気づくのが遅えんだよ」

 クルミは二階席を見上げ、左手でサインを送った。二階には同じグレーの制服を着た女が四人いた。擲弾発射器を同時に発砲した。ホールの四方で白煙が上がった。観客たちは霞んだ視界のなかで咳き込みはじめた。

 催涙弾だ。

 クルミはMAGのバイポッドを展開し、腹這いになった。小刻みに効率よく、ホール全体を掃射した。七・六二ミリ弾が、混乱する声優ファンの肉体を破壊した。何人かは即死した。生き延びたい彼らは、避難用の誘導灯を頼りにドアへ殺到した。

 ドアはびくともしない。

 ステージと二階席からライフル弾が、人だかりに集中した。イエッタイガーなどと意味不明な叫びを上げる習性をもつ厄介ヲタが、もっと意味不明なことを喚きながら、おたがいの血の海で溺れて息絶えていった。

 MAGはおよそ四百発を放ち、銃身が過熱した。おかっぱ頭がキャリングハンドルをつかんで銃身を交換した。好機と見た勇敢な観客がステージへ登った。クルミは立ち上がって連射し、返り討ちにした。

 訓練された無駄のない動きだ。

 弾薬箱が空になった。空薬莢が散らばるステージは足の踏み場もない。

 クルミがおかっぱ女に向かい叫んだ。

「おい、モコ! もっと弾を!」

 モコと呼ばれた女が言った。「全弾撃ち尽くしました」

「くそがッ!」

 クルミは小柄なモコを蹴り倒した。

 空薬莢の上でクルミは地団駄を踏んだ。口腔が渇き、呼吸が速まっていた。人間への実弾射撃はきょうが初めてだった。毎日いろんな男と、まれに女と寝ているが、これほど昂奮した経験はない。

 豊満な自分の乳房を揉みしだきつつ、クルミが叫んだ。

「ああっ! セックスしてえ!」

 うずくまって腹部をさするモコを見下ろし、クルミが言った。

「まだ生きてるなかで、顔がマシなのを三人探して連れてこい。ウチはトイレにいる」

「はい?」

「ウチに質問してきた男がいたら優先しろ。オタクにしては見れるツラだった」

「またエッチなことをするんですか。エリコ様に怒られ……」

 バチンッ!

 クルミの右手がモコの左頬に飛んだ。長い爪とアクセサリーが引っ掻き傷をつくった。

「エリコがなんだって?」

「すみません」

「ウチはウチの好きな様にやる。わかったらさっさと行け」




 白のワンピースを着た星野ヒカルは、サンプラザに侵入していた。ホールの脇の通路を怯えながら歩いていた。火災が発生し黒煙が立ち込めている。喉の調子が悪くてマスクをしていたのが役立った。

 大量出血している男の死体を、恐る恐るまたいだ。サンダルを履いた足許がおぼつかない。

 保育園で使う楽譜を買ってブックファーストを出たヒカルは、サンプラザから出る煙に気づいた。銃声まで聞こえた。携帯電話は電波が通じず、緊急通報すらできないので途方に暮れた。それでも弟のために覚悟し、地下駐車場からエレベーターで入り込んだ。

 無我夢中だった。

 通路の先の男子トイレから、狂おしい絶叫と銃声が轟いた。ドアの前でグレーの制服の少女ふたりが、両手で顔を覆い青褪めている。

 弟を見つけたい一心で、ヒカルは男子トイレの中を覗いた。下半身を露出させた男が三人横たわっていた。長身のJKが、拳銃を二挺もって仁王立ちしていた。

 こちらに背を向けたまま、長身のJKが叫んだ。

「フニャチン野郎! てめえらみたいなブサメンが、ウチみたいないい女とヤれるチャンスは今しかねえのによ! くそがッ!」

 左右のFNファイブセブンが吠えた。弾薬が軽いため反動が小さく、片手撃ちでも命中精度を比較的保てる銃だ。

 ヒカルは狭いトイレの反響で耳鳴りしながら、唖然とした。

 ぼさぼさの髪。紺のTシャツ。ずり下ろされたジーンズ。数十発の超高速弾を撃ち込まれた三人のうちの一人は、弟のケンジだった。

 白のワンピースが血に染まるのを意に介さず、ヒカルはケンジのそばに膝をついた。名前を叫びながら揺り起こそうとした。ケンジは頭や胴体の中心部を、十発以上撃たれていた。即死だった。股間まで撃たれていた。

 長身のJK、つまり森下クルミは、左手のファイブセブンでヒカルのこめかみを小突いた。

「なんだてめえ」クルミが言った。「こいつのオンナか」

 ヒカルはクルミを見上げた。奥歯がカチカチ鳴っていた。現在の事態への対処法をヒカルは知らない。

 喘ぎながらヒカルはつぶやいた。

「なにが起きてるの」

「マスクしてっから全然聞こえねえよ」

「弟は……まだ十七歳なのに」

「うぜえ。お前死ねよ」

 トイレの出入口から声が届いた。

「やめなさい」

 引き金に指を掛けたまま、クルミは振り向いた。入場口でヒカルを門前払いにした、例の茶髪女がいた。

「ブサメン絶滅計画は」茶髪女が言った。「まだ実験段階よ。ターゲットは慎重に選ばなきゃいけない。女性は殺さないで」

「ウチに指図すんのか。二年のてめえが」

「私がリーダーで、あなたは副リーダー。命令系統には従いなさい」

「知るか」

「できないなら追放ね。場合によっては粛清する」

「ケッ」

 クルミは顔をしかめ、死体に唾を吐いた。

 ヒカルの左手に目を留め、クルミが言った。

「それ、ティファニーのエンゲージリングだろ。よこせよ」

 クルミはダイヤの婚約指輪をなんなく抜き取った。全身が硬直したヒカルは無抵抗だった。右の中指に指輪をはめた。長身だが痩せてるのでサイズはぴったりだ。クルミは中指を突き立て、べろりと舌を出し、ヒカルを嘲弄した。

 それは区役所に務める婚約者が、給料三か月分をはたいて形にしたメッセージだった。六年におよぶ長い交際期間を通じて育んできた、恋人たちの関係の象徴だった。

 このJKは、それを踏みにじった。

「ひどい」ヒカルがつぶやいた。「ひどすぎる」

「メソメソ泣いてんじゃねえよ、ブス」

「いったいなんなの」

「男に飼われてる豚にゃもったいねえ。ウチらは戦って、それに勝って、自分の欲しいものを手に入れる」

「なんなの」

「てめえみたいなクソババアは、家で煎餅でも食いながらテレビドラマでも見てろ」

 ヒカルはすべてを否定された気がした。

 保育士になることや、幸せな結婚をすることは、子供の頃からの夢だった。たしかに自分は美人ではないし、特別な才能もない。でも自分なりに努力してきた。

 家畜だと侮辱されるいわれはない。

 戦利品を得たクルミは上機嫌だった。そして長い脚で大股に男子トイレから出ていった。




 トイレにはヒカルと茶髪女が残された。茶髪女は掃除用具置き場のドアを開き、中を物色していた。ヒカルが背後から襲うことも可能だった。

 ヒカルは抱きかかえていたケンジの遺体を、ふたたび血の海に浸した。消耗した気力を奮い立たせ、茶髪女に尋ねた。

「ブサメン絶滅計画ってなんですか」

 茶髪女は手を止め、ヒカルを一瞥した。すぐ視線を戻し、用具を漁りながら言った。

「そのままの意味よ。この世からブサイクな男を消す」

「なんのために」

「あなただってブサメンは嫌いでしょう」

「この子は私の弟です! 大切な家族なんです! それをあなたたちは!」

「同情してほしいのかしら」

 茶髪女はヒカルに向き直った。両手を腰に当て、首を傾げている。

 ヒカルは立ち上がった。凶暴なクルミには恐怖を感じたが、知的で洗練された茶髪女には怒りを覚えた。

「なんで、あなたみたいにマジメそうな女の子が」

「入場口でもそうだったけど、あなたは私を褒めてくれるわね。素直に嬉しいわ」

「からかわないで!」

「別にからかってないのに。そうね。昔話を聞きたいなら、教えてあげるけど」

 黙ったまま肩を震わせるクルミの表情から、茶髪女は肯定の意思を読み取った。

「私は」茶髪女が言った。「中川エリコって言うの。何年か前まで子役として活動してたんだけど、知らないかしら」

「いいえ」

「あら残念。結構人気あったのに。小六のとき、私はストーカー被害に遭ったのよ。相手は半魚人みたいなブサメン。今でも夢に出る」

「…………」

「レイプとかじゃないわよ。汚い物を見せられて、なすりつけられたり、そういうの。でも小学生にはトラウマよね」

「それが理由ですか」

「ええ」

「弟に関係ない。おとなしい、いい子なのに」

 エリコはきれいに磨かれたローファーで血溜まりに踏み込み、ヒカルに詰め寄った。歯を剥き出しにして言った。

「関係大アリよ。普段おとなしければストーカーになってもいいと、あなたは言うわけ?」

「弟は犯罪者じゃありません」

「男はみんな犯罪者予備軍よ。だからその可能性の一番高い連中から殺してく。理に適ってるわ」

 首筋に噛みつかれそうで、ヒカルは怯えた。

 短絡的に暴力に訴えるクルミより、突拍子もない事柄を理路整然と述べるエリコの方が、より狂気を感じた。

 議論は無意味だった。

 エリコは用具置き場に戻り、青いゴムホースを持ってきてヒカルに渡した。長さは五メートルくらいある。

「これをロープ代わりにして、ベランダから逃げるといいわ」

「は?」

「わざわざ建物の外までエスコートしないわよ。ほかのメンバーから必要以上に恨まれたくないし」

 恩着せがましいエリコの態度に、ヒカルは困惑した。大量虐殺を目撃された犯罪集団の首謀者が、なぜこれほど堂々としているのか。氏素姓を被害者の家族に明かしたのに。

「私は」ヒカルが言った。「ここで見たことや聞いたことを全部警察に言います」

「ふふ」

「なにがおかしいんですか」

「もうちょっと頭を使うといいわ。あなた入場口で身分照会したの覚えてる?」

「あっ」

「目立った動きがあれば、部下が報復するでしょうね。私が気づいたら止めるけど、監督の目が行き届くかどうか」




 ヒカルはベランダの手摺にホースを結びつけ、それを伝って屋外駐車場へ下りた。アスファルトにうずくまったまま、立ち上がれない。

 地獄から逃げのびて安堵するより、ケンジの遺体を置き去りにしたことに胸が痛んだ。指輪を失ったのも婚約者に申し訳が立たなかった。

 なにより、弟の死をどう両親に説明したらいいのか。

 猛スピードで赤いプリウスが駐車場に飛び込んできた。耳障りな音を立てて停車した。運転していた肥満体の男が、助手席のドアを開け、身を乗り出して叫んだ。

「はやく乗って!」

 肥満体の男は、左手で身分証らしき物を提示していた。無反応のヒカルに向かい、続けて言った。

「俺は島袋ヒロシ。陸上自衛隊の1尉だ。諜報関係の部隊に所属している。警察が来るまでしばらくかかるから、俺があんたを保護する」

 しかし憔悴したヒカルは、虚脱状態に陥っていた。

 島袋はプリウスから降り、血まみれのワンピースを着たヒカルを助手席へ押し込んだ。慌ただしく運転席にもどって発進する。アサルトライフルの射撃音が、背後のサンプラザから響いた。

 後部座席に人の気配を感じ、ヒカルは振り返った。オーロラプロジェクトの紺のTシャツを着た男は、額に銃創があった。歯並びの悪い口をだらしなく開けていた。死んでいた。

 ヒカルが叫んだ。「きゃっ」

「そいつは」島袋が言った。「俺の仲間だ。トライハートに抵抗するブサメン組織の一員で、今回のライブに潜入させたんだが……やられちまった」

「いったいなにが起きてるんですか」

「むしろこっちが知りたい。あんたには聞きたいことが山ほどある。そして頼みたいことも」




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苑田 謙

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