『殲滅のシンデレラ』 最終章「ガラスの靴」


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 アヤはイオリを引き連れ、無人のゲームセンターを歩む。ビデオゲームやクレーンゲームなどの筐体が、にぎやかな光と音を放つ。

 地上では米兵が襲撃してきたらしい。ユウキがひとりで応戦するあいだ、イオリが支援要請しにシェルターまで降りてきた。

 ブツン!

 明かりが消え、ゲーム筐体の電源が落ちた。

 停電だ。

 ドタンバタンという騒音と、イオリらしき悲鳴が闇に響きわたる。

 じきに給電は復旧し、明かりが灯る。

 左のクレーンゲームの脇で、異変がおきていた。迷彩戦闘服を着た兵士がイオリを抱きかかえる。別の兵士が、FN・SCARアサルトライフルをこめかみへ向ける。目を見開いてイオリは震える。

 正面の出入口付近に、兵士六名が展開している。ヘルメットに装着された暗視ゴーグルを外す。アヤに照準を定めなおす。

 アメリカ海軍特殊部隊SEALSの、チーム5だ。長崎の佐世保基地から派遣された。

 指揮官らしき四十歳くらいの白人が言う。

「勝負ありだ、ブラッディネイル」

 抑揚のない口調だ。ひたすら事務的に任務遂行しようとしている。

 つまり、知りすぎたアヤを問答無用で殺す。

 指揮官が続ける。「その靴を脱げ」

 シャドウがガラスの靴に宿るのを知っている。

 アヤは鼻を鳴らす。

 さすがは米軍というべきか。感心する。混沌とした状況で、よく部隊間で情報共有できるものだ。

 応じるしかない。

 正面の六名は、舞踏術をつかえば斃せる。しかし確実にイオリは撃たれる。逆にイオリの救援を優先すれば、ふたりともやられる。敵の戦術は、これしかないと言えるほど合理的だ。

 アヤは左右のガラスの靴を脱ぐ。

 降伏するつもりはない。それを受諾する気配はあちらにない。交渉の余地はない。

 アヤはガラスの靴をもちあげ、石目調の床へ叩きつける。ばらばらに砕け散る。

 敵の虚をついて左へ走る。イオリの隣に立つ兵士のSCARを、強引に両手でもちあげる。銃床で下顎骨を割る。イオリを羽交い絞めする兵士の脛骨を、黒ソックスを履いた足の裏で折る。

 アヤは優雅な動作でひるがえる。出入口にひろがる六名を、SCARの射界におさめる。

 呆然とする指揮官が、なぜかこちら側へむかって吹き飛ぶ。背後にユウキがいた。指揮官を後ろから蹴った。ユウキは別の兵士を突き倒し、左右のふくらはぎを自分の両脇ではさむ。

 演武術【ジャイアント・スイング】。

 風を切って人体をふりまわし、ハンマーがわりにする。米軍が誇る精鋭を薙ぎ倒してゆく。最後に窓ガラスにむけて放り投げる。哀れな兵士はガラスを突き破り、大通りの歩道へ転がる。

 ウィンクしながらユウキが言う。

「これでおあいこだな。道玄坂で助けてもらった借りは返したぜ」

「自分でどうにかできたけど」

「はいはい」

「ワイズはどうなったの」

「兵隊に連れてかれたわ。まあ、もういいだろ。あんなクズがどうなろうが」

「ありえない」

 アヤは靴下のまま、店の外へ飛びだす。




 久世橋通は戦場になっていた。

 阪神高速道路が炎上している。SEALSが乗ってきたブラックホークを、空自のF-2戦闘機が撃墜した。ほかにもコブラなどの軍用ヘリが飛び交い、火器管制レーダーで敵を追跡する。

 日本の政府高官は一部が死傷し、のこりは雲隠れした。それでも国防・情報・治安維持関連の組織は連携し、おのおのの義務を果たしている。

 アヤは、回転翼による突風でなびく髪をおさえる。周囲をみまわすが、ワイズは見当たらない。夜間の探索は困難をきわめる。

 脳裏の閃きにしたがい、アヤは西へむかう。ちょうど念天堂の社屋がある方向だ。

 三叉路の真ん中に、迷彩戦闘服を着た約十名の集団を発見する。ふたりがアヤへSCARをむける。暗視装置をそなえる分、主導権は敵にある。

 アヤはかんがえる。

 SEALSの目的はなんだろう。どんな命令が出ているのか。

 彼らは人間だ。心をもたない機械ではない。無意味な任務は拒否することもある。

 自衛隊の防空警戒網をすり抜けて浸透するのは、米軍にとっても危険な作戦だ。実際ブラックホーク二機が撃墜された。

 彼らの目的は大統領救出じゃない。

 端から死ぬ気の人間を、助ける意味はない。

 アヤの胸が疼く。あの兵士たちが命を懸けた理由がわかった気がする。

 口封じだ。

 世界にアメリカを断罪させないために。

 SEALS隊員が、SCARをワイズへむけて構える。最高指揮官を永遠に沈黙させようとする。

 舞踏術【リエゾン・ド・ピルエット】。

 チャイコフスキー風の躍動的なリズムにのり、アヤは爪先立ちで連続回転する。

 ガラスの靴を割ったので、もう超人的な身体能力を発揮できない。しかし心は自由になった。敵を殲滅するまで止まらないロボットではない。

 これでいい。

 だって闘いは即興だから。

 SEALS隊員が発砲する。あたらない。いくら百戦錬磨の彼らでも、流麗なステップをふむダンサーと対峙した経験はない。

 アヤはハンマーフィストと踵で、敵八名の防護されてない部位を打つ。

 南区の三叉路は、兵士たちの眠るベッドとなった。

 虚ろな目のワイズが、アスファルトに膝をつく。

 爪を黒く塗った指を突きつけ、アヤが言う。

「おしまいよ。あなたの卑劣な計画は」




 二時間あまりが経過した。

 アメリカ海軍の原子力潜水艦アラバマから、トライデントミサイルが一分おきに発射され、零時ちょうどに京都市の四か所で爆発した。

 衝撃波で、ほぼすべての建造物が崩壊した。京都タワーも清水寺も金閣も京都御所も、なにもかもが。熱線は自動車さえ飴の様に溶かし、うつくしい山並みを焦土に変えた。鴨川の水が沸騰し、泳いでいたアユは煮魚となって浮かんだ。

 官民協働の避難活動により、人的被害は最小限にとどまった。だが全員は救えなかった。ペットなどの喪失も、ひとびとの心に傷をのこすだろう。




 アヤはエレベーターに乗る。

 死の灰などの放射能は恐ろしいが、シェルターに閉じ籠もっていられない。

 地上は一面、底なしの闇だった。

 ただ燃えのこる木造建築が、無残に破壊された古都のシルエットを浮かび上がらせる。

 まさに焼け野原だ。

 冷気がアヤの背筋を駆け上る。暴力のすさまじさに震える。

 瓦礫と化したゲームセンターの跡から、ユウキがあらわれる。ワイズの髪をつかんで引っぱる。

 ワイズの耳許でユウキが叫ぶ。

「どう責任とるつもりだ、あぁ!?」

 ワイズは返答しない。月明かりに照らされた表情は、少女たちより血色が悪い。死相というやつだ。ワイズは現実を受け容れられない。ひとりで背負うには重すぎる罪だから。

 もしトルーマンが、原爆投下直後の広島と長崎をおとづれたら、おなじ反応をしたろう。

 ユウキはワイズを突き倒す。横たわるワイズの腹部を蹴る。サンドバックより手応えがない。怒りはおさまらず、馬乗りになって顔面を打つ。ユウキは半狂乱となり、なにごとか叫びつづける。

 ユウキの肩に手をおき、アヤがやさしく言う。

「それくらいにして」

「うるせえ」

「ワイズを殺しちゃいけない」

「はぁ!?」

「東京へ連行して、裁判をうけさせる。この人の狂気と愚行を、公的記録にのこす必要があるの」

「知るかよ」

 アヤは両膝をつき、ユウキと目をあわせる。

「私はここに残って、避難と復興を手伝う。ユウキはワイズを護送して」

「なんであたしが」

「アメリカ政府はきっとまた妨碍してくる。あなた以外に頼める人はいない」

 ユウキは首を振りつつ立ち上がる。

 深呼吸する。

 ユウキは内心、アヤの冷静さに舌を巻いていた。この絶望的な光景を目の当たりにして、裁判の心配をするとは。癪なので口に出して言わないが、天性のリーダシップを感じた。

 一方アヤは、唾を飲みこむ。

 ユウキに対し、ひとつ言わねばならないことがある。でもアヤは、だれかに謝罪した経験がない。他人に負い目を感じたくないから、つねに完璧であろうとつとめてきた。

 上目遣いでアヤが言う。

「あの、私」

「なんだよ」

「四条駅でのこと、ユウキに謝らなきゃ」

「いまさらだな」

「本当にごめんなさい。友達に裏切られたと知って、あなたは深く傷ついたはず」

 この世の終わりみたいに思いつめた表情で、アヤは言葉をしぼりだした。

 ユウキは苦笑いする。

 このお嬢さまは、人に頭を下げるのが嫌でしょうがないらしい。どんだけプライドが高いのか。

 まったく、おかしなやつだ。

 ユウキはアヤを完全には許してない。化学兵器の攻撃に友人を巻きこむなど、まったく理解できない。とはいえユウキは物事にこだわらない性格なので、この件をしつこく追及する気もなかった。

 一度ケンカしたら、あとは水に流すだけ。

「考えあってしたことだろ」

「でも」

「お前のまっすぐなところ、嫌いじゃないぜ」

「ユウキ」

 アヤは目を潤ませ、笑顔をみせる。こんな可愛げのある表情ができたのかと、ユウキは驚く。




 背後で、だれかのすすり泣く声がした。

 アヤがふりむくと、黒のセーラー服を着たイオリが、両手で目をこすっている。イオリは感受性がするどく、甚大な被害に動揺している。息切れをおこし、ふらつく。いまにも失神しそうだ。

 アヤはイオリの細い肩を抱く。頬が触れるほど密着し、ささやく。

「イオリ、気を強くもって」

「ボクたちの努力はムダだった」

「そんなことない」

「ひどすぎるよ。カオリさんの最期の姿が思い浮かんでつらくて……」

 カオリとは、嵯峨野での戦闘で散った京娘セブンのリーダーのこと。イオリは彼女に思い入れがあるらしい。アヤの胸は嫉妬でちくりと痛む。

「やるべきことは、まだたくさんある。私に力を貸して。一緒にこの街を復興させましょう」

「なに言ってるの。見渡すかぎり焼け野原なのに」

「私にはあなたが必要なの」

「ボクにはできない」

 ますますイオリは声高く泣く。アヤのきわどい発言には無関心のまま。

 この美少年のセンサーは、男女のことがらについてはまるで機能しない。

 アヤは覚悟をきめる。ユウキがそばで聞き耳を立ててるが、恥づかしがってる場合じゃない。

 大きく息を吸い、アヤが言う。

「ちゃんと話を聞いて」

「なに」

「私の目をみて」

「みてるよ」

 イオリのつぶらな瞳が、満天の星の光をうけてきらめく。呼吸がとまるほどうつくしい。

「私はイオリのことが好き」

「ボクも好きだよ」

「愛してるの」

「えっ」

「私の恋人になって」

「どうしたの。ボクはこんなだし、とてもアヤちゃんに釣り合う人間じゃ」

 そう言ってイオリは、スカートの裾をつまんではにかむ。その仕草が可憐で、アヤは飛びつくのをこらえるのに苦労する。

「イオリ。これは私のはじめての告白なの。フッてもいいけど、真剣にうけとめて」

「そんな。アヤちゃんをフルなんて」

「じゃあ恋人になってくれる?」

「困るよ。ボクたちはまだ高二なのに」

 イオリは指先をもてあそび、身をよじる。

 埒があかない。

 アヤは、イオリのなめらかな頬を両手ではさむ。わづかに背伸びし、口づけする。

 苦しくなって息継ぎのため、ようやく唇を離す。

 イオリがもたれ掛かる。アヤはきつく抱きしめる。

 アヤはひとりごつ。

 おもわず衝動的に告白してしまった。いきなりキスまでした。私らしくない。

 いや、そうでもないかも。

 私はうつくしいものが好きだ。だから文学作品を愛好し、美術館へかよっている。

 顔がいいから男子を好きになって、なにが悪い。

 たしかに自分の過去の発言と矛盾している。恋愛はおたがいを高め合う関係であるべきと、数時間前に旅館でユウキに豪語したばかりだ。

 何年も昔におもえるけれど。

 まあ、イオリの善良さとか尊敬してるし、きっとつき合ってるうち、いい感じになるとおもう。

 闇のなかで薔薇色に頬を輝かせ、イオリが言う。

「あの、ボク」

「なあに」

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 アヤは星空を見上げる。

 思い描いてた恋愛の形とちがうけど、こんなハッピーエンドがあってもいいんじゃないかな。

 ねえ、デレちゃん。




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