『殲滅のシンデレラ』 第17章「シェルター」


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 アヤは仲間と一緒に、夜の国道24号を歩く。ゼンフォンを片手にイオリが先導する。めざすのは、京都駅で羽多野が言っていたシェルターだ。三時間後にSLBMが着弾する。もはや一般市民を救うのは、現実的なプランではない。罪悪感を抑圧し、自分たちだけでも避難するしかない。

 ほかに選択肢があるだろうか。

 ユウキがワイズを後ろから見張る。ワイズは挫いた左足を引きずっている。ユウキは尻を蹴飛ばす。殺してもよかったが、交渉材料に使えるかもしれないので生かしている。

 アヤは勧進橋から鴨川を見下ろす。街の灯りが水面でゆらめく。源氏物語の登場人物である浮舟をおもいだす。ふたりの男のあいだで板挟みとなった浮舟は、おなじ流域の宇治川へ入水した。

 京都の風景は、人を感傷的にさせる。東国出身の浮舟が感じた孤独を、アヤは共有している。

 橋の上でアヤは立ち止まる。真上から電灯に照らされ、幽霊さながらに見える。

 ユウキがふりかえり、アヤに尋ねる。

「なにしてんだ」

「べつに」

「おかしなこと考えてないだろうな」

「すこしシャドウと話したいの。先に行ってて」

 ユウキは眉根を寄せるが、また歩を進める。一刻を争う状況であり、心配ばかりしてられない。

 アヤは欄干に手をかけ、闇の底の川面をみつめる。シンデレラの姿はない。視界のほとんどは、どす黒く塗りつぶされている。

 アヤは唇を噛む。涙がながれる。

 神経ガスを散布したのは間違いだった。命令でやったからというのは、言い訳にならない。トワみたいに拒否もできた。けっきょく私は、京都市民を救えなかった。責任をとるべきだ。四条駅で苦しんだ人々に対し、せめてもの償いを。

 それに私が死ねば、イオリの罪は軽くなる。

 アヤの足が震える。欄干にすがりつく。

 死ぬのが恐ろしい。水の冷たさや、窒息の苦しみも。自業自得と理解しているが。

 嗚咽まじりにアヤがつぶやく。

「デレちゃん……最後に会いたいよ」

 反応はない。

 アヤは大声をあげて泣く。

 つまらない十六年の生涯だった。

 したのは勉強と習い事だけ。一度も恋を知らないまま死ぬなんて。私はだれより努力した。でもだれより不幸だった。報われないにもほどがある。

 アヤは地団駄をふむ。

 どうかんがえても不公平だ。

 だいたいなんだ、あのシンデレラとかいう女は。私を訳のわからない世界に引きずりこんでおいて、顔も見せないなんて。無責任じゃないか。

 あの世で会ったら、ぶん殴ってやる。

 トントン。

 ひとりごとを言うアヤの肩を、何者かが後ろから叩いた。

「なによ」アヤが言う。「邪魔しないで」

 ふりかえると、水色のドレスを着たシンデレラが歩道に立っていた。おだやかな微笑をうかべる。

 のけぞってアヤが言う。

「デレちゃん。なんでこんなところに。鏡にしか現れないんじゃないの」

「お別れを言いにきたヨ」

「あなたもアリスみたいに消えちゃうのね」

「そうだネ。そろそろフィナーレだネ」

「いかないで」

 シンデレラはアヤの頬にそっと口づけする。

「自信をもって。これからはキミだけのストーリーがはじまるんだヨ」

「だめ。私は弱いの。勇敢に闘えたのはデレちゃんのおかげなの」

「ぱどぅすーし。心配いらないヨ。アヤはもう、シンデレラになったんだから」




 とぼとぼとアヤは久世橋通を進む。ユウキたちが、ほかの集団と言い争うのが目にはいる。京都に店舗を展開するゲームセンター「ファンタジア」の前だ。この店の地下にシェルターがあるらしい。

 口論する相手は、揃いの地味なジャンパーを着ている。ゲームセンターの制服ではない。胸に「Nentendo」のロゴがはいっている。京都に本社をおく、世界的なゲーム会社である念天堂の社員だ。

 アヤはユウキの横に立ち、尋ねる。

「どうしたの」

「こいつらが妨碍するんだ。それどころじゃないのに、取りつく島もねえ」

 ある意味当然の反応ではある。もうじき核弾頭を積んだ弾道ミサイルが落ちると聞かされ、はいはいと信じる方がめづらしい。

 問題はワイズだった。いまは街路樹に寄りかかっておとなしくしているが、正体がばれたら騒ぎになる。京都は外国人観光客が多いし、この混乱では負傷も驚くにあたいしないので、目立ってないが。

 ところがアヤは感づく。念天堂社員のなかに、ワイズをじっと観察する人間がいる。ひとりだけ黒のジャケットを着ている。年回りは六十歳前後で、細い目が吊り上がった独特の風貌だ。

「あの人」アヤが言う。「どこかで見たことある」

「うわっ、宮口繁じゃねえか」

「だれ」

「知らねえのかよ。『マリアシスターズ』や『スプラッシュート』をつくった人だよ」

「へえ。私全然ゲームしないから」

「お前、知識偏りすぎだろ」

 宮口がアヤのそばへ近寄る。飄々とした口調で尋ねる。

「木のところにいる人、ワイズ大統領ですよね」

「…………」

「実は以前、仕事で会ったことあるんで。あ、僕は念天堂の宮口と言います」

「もし仮に彼が大統領だとして、あなたに関係あるんですか」

「そないに警戒せんでも」

 宮口は顔をくしゃくしゃにして笑う。

 アヤは腕を組み、身じろぎする。

 警戒するに決まってる。

 これまでCIAに襲撃されたり、学校のクラス担任が公安のスパイだったりした。うかつに他人を信用すれば身の破滅だ。

「ええと」宮口が続ける。「お嬢さん、よかったらお名前を」

「佐倉アヤです。東京から修学旅行できました」

「アヤさんはソリストなんですよね」

 アヤは平静を装うが、視線がさまよう。

 いくら有名人とはいえ、なぜゲーム会社の人間がソリストのことを知ってるんだ。

 まだ私の闘争はおわらないのか。




 アヤは宮口に導かれ、ゲームセンターの店内へ踏みこむ。ユウキたちは、ワイズを監視するため路上にのこった。

 ふるい筐体がならぶ地下倉庫を通り抜ける。宮口は指紋認証で奥のドアをあける。鉄骨の階段を降りてゆくと、そこは打ちっぱなしのコンクリートにかこまれた、広大なシェルターだった。五千人くらい収容できそうだ。

「すごい」アヤがつぶやく。「想像よりずっと規模が大きい。これならたくさん避難できる」

「これが市内に二百ほどあるんですわ」

「国や自治体は、シェルターの存在を知ってるんですか」

「知らんでしょうね」

「どうして。失礼ですけど、あなたがた民間企業が手を出すべきことじゃない」

 宮口はくすくす笑う。非現実的な状況をたのしんでるらしい。

「僕もそうおもいますよ。この施設、元社長の山科が私財を投げ売ってつくったんですわ。最初に聞いたとき、正直ボケたんちゃうかなって」

「いや、さすがに個人の資産では無理でしょう」

「各国の大富豪が支援してくれはったらしいですよ。僕も一度だけ会いました。グループを仕切ってる金髪の女の子に」

「まさか、アリス」

「そうそう。アリスって子。不思議の国のアリスにそっくりやったなあ」

「ふふ。あの子は本物です」

 シェルターを見渡しながら、アヤは胸が熱くなるのを感じる。

 【おかしなお茶会】は、理不尽な暴力と戦うための秘密結社だった。アリスは世界中を飛び回り、良識のある要人を説得して、懸命に人々を守ろうと活動した。そして決してそれを誇らなかった。いつもあどけない少女としてふるまっていた。

 入水をかんがえた自分の弱さが恥づかしい。

 アリスの一途な思いを受け継がないと。

 だが明敏なアヤは、問題点に気づく。

 どうやって百五十万人を、たった三時間でシェルターへ案内するのか。

 途轍もない難事業だろう。

 ガオーッ!

 宮口のアイフォンが、猛獣の叫びの様な音をたてた。宮口はジャケットからアイフォンをとりだす。画面を見てちいさくガッツポーズする。

 首をかしげ、アヤが尋ねる。

「どうしたんですか」

「アヤさんは、スマホに『モンスターGO』をインストールしてはります?」

「いえ」

「はあ、そうですか」

 宮口はあからさまに肩を落とす。

 『モンスターGO』は、GPSの位置情報をつかった念天堂のゲームアプリで、遊んでない人間の方がすくないと言える大ヒット作だ。

 事情を察したアヤが、目を丸くして言う。

「ひょっとして、そのアプリに」

「ええ。市民を誘導するためのコードを仕込んだんですわ。不具合なさそうでよかった」




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苑田 謙

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