『殲滅のシンデレラ』 第13章「シャワー室」


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 嵐山にあるカフェで、イオリが木質の床にうずくまる。顔に痣ができ、鼻から血をながす。九名の海兵隊員に虐待された。さきほどの戦闘で彼らの多くが斃れ、指揮官である中尉をも喪った。米軍の槍の穂先にあたる男たちは憤激していた。

 桂川の西岸にあるこのカフェは、健康食品などを提供する小洒落た店だ。ジョギングやサイクリングのコースに面しており、ロッカーやシャワー室などもそなえる。店員や客は追い出された。

 赤ら顔に頬髯をたくわえた白人が、イオリへ近寄る。百九十センチをこえる巨体だ。両手に包帯が巻かれる。アリスの冷熱術で熱傷を負った。

 赤ら顔はブーツでイオリの腹を蹴る。イオリは嘔吐し、黒のセーラー服を汚す。昼に食べた豆腐は、まだ消化しきれてない。屈強な男たちから物理的に心理的に脅され、失禁もしていた。

 ずれたイオリのウィッグを、赤ら顔がもとに戻す。下品な冗談を言って、仲間と笑う。イオリが男なのは身体検査でわかった。さんざん侮辱されたイオリはうつむき、ちょっとした物音や動きにびくつく。ぜいぜいと過呼吸になりかけている。

 実はイオリの体内に爆薬がある。イエメンで活動するテロリスト、イブラヒム・アシリが開発したもので、羽多野から支給された。もとはサウジアラビア皇太子を暗殺するため考案された。金属をもちいない化学的な起爆装置をそなえており、海兵隊員にも発見されなかった。

 念動術をつかえば、ここにいる全員を木っ端微塵にできる。おそろしい暴力からも逃れられる。

 だがイオリは歯を食いしばる。

 ボクは自爆攻撃なんかしない。

 下っ端の兵隊をやっつけても意味がない。

 カオリさんが稼いでくれた時間を、アヤちゃんに直接つなげなきゃ。

 争いごとが苦手なイオリだが、あるひとつの真理を理解しようとしていた。

 戦いの本質は、時間だと。

 団子鼻をした小柄なヒスパニック系の兵士が、赤ら顔とイオリのあいだに割って入る。

「やめろ」団子鼻が言う。「殺さずアメリカへ送れと、ペンタゴンのお偉いさんが要求してる」

 赤ら顔が叫ぶ。「ファック! デスクワークのクソどもなんか知るか。こいつらに何人やられたと思ってんだ」

 赤ら顔の両手を一瞥し、団子鼻が言う。

「気持ちはわかる。でも拷問はよせ。マリーンのすることじゃない」

「てめえ、このガキに惚れやがったな。クソったれのホモ野郎が」

「なんだと」

 団子鼻が胸ぐらをつかむ。赤ら顔は包帯をした手で押し返す。ほかの兵士も巻きこんで乱闘になる。カフェの椅子やテーブルが倒れる。




 イオリはシャワー室で温水を浴びる。失禁や嘔吐で汚れた体を洗いたいと申し出たところ、団子鼻に許可された。磨りガラスのむこうで、団子鼻がM16アサルトライフルをもって監視する。

 水を弾くなめらかな自分の肌をみる。華奢で色白だが、女らしいふくらみは皆無で、股間に男性の象徴がぶら下がる。

 イオリは三年くらい前から、男であることに耐えられなくなっていた。同世代の女が、長い髪やスカートやフリルつきの服など、自由にファッションをたのしむのが羨ましかった。自分もああしたい。いや、自分ならもっと可愛くなれるのにと、歯噛みした。かわりにアイドルの追っかけに熱中したが、心は満たされなかった。

 つまらないことに悩んでいたと、いまでは思う。大事なのはハートで、性別は関係ないとカオリは言ってくれた。まったくそのとおりだ。

 そして自分のものの見方は、かなり表面的だったと反省する。女の服や髪型や化粧は、あくまで外側の特徴だ。たやすく模倣できるし、模倣したところで本物の女になれない。

 服なんて、ただの布切れでしかない。

 真にイオリが憧れていたのは、女の子の心のあり様だった。繊細でピュアな心。信じるものにすべてを捧げられる情熱。自分ではなく、他人のためになにかをしたいという姿勢。

 京都を守るため、自己犠牲をいとわなかった京娘セブン。信じられないほど勇敢で、つねに先頭にたって危険地帯へ飛びこんでゆくアヤ。

 彼女たちの戦う姿はうつくしい。

 ボクもできれば、ああなりたい。

 イオリは温水を出したまま、磨りガラスのドアの方をふりむく。シャワーを浴びたのは、体を洗う以外の目的があった。

 ドアごしに、イオリは団子鼻に言う。

「あの、すみません」

 ドアをわづかに開け、団子鼻が答える。

「どうした」

「シャワーの調子が悪いみたいです。ちゃんとお湯になってなくて」

 団子鼻はイオリの体を直視せずに、シャワー室を観察する。濛々と湯気がたっており、異常はなさそうに見える。

「それくらい我慢しろ」

 そう言って団子鼻はドアを閉めようとする。

「閉めないでください。ボクはあなたとお話がしたいんです」

「ドアごしでも会話できる」

「ヘンなの。なに意識してるんですか。男同士なのに」

 渋面をつくって団子鼻は黙りこくる。

 会話の主導権をにぎったイオリが続ける。

「お名前をおしえてください」

「マイケル・リベラ。海兵隊伍長」

「さっきはありがとうございました、マイケルさん。すごく頼もしかったです」

 十字架のネックレスをいじり、団子鼻がつぶやく。

「礼は不要だ。まっとうなクリスチャンは拷問などしない」

「マイケルさんはおいくつですか」

「二十三」

「故郷に恋人はいますか」

「お前はなにを聞いてるんだ」

「ただ知りたくて」

「おい。勘違いするなよ。俺はホモじゃない」

「あははっ。ボクだってちがいますよ」

 上擦った声でイオリは笑い、背をむける。

 団子鼻の欲望に火がついたはずだ。顔を見ないでもわかる。最初からそういう目でこちらを凝視していた。同性愛指向のない男でも、イオリの美貌には狂わされる。そのことを経験で知っていた。

 M16を廊下に投げ捨て、団子鼻がシャワー室へ乱入する。本来は律儀な性格だが、戦闘のストレスでおかしくなっていた。湯気で視界の悪いなか、ぎこちなくファスナーをおろす。イオリを前屈みにし、小ぶりな尻をつかんで性器を挿入しようとする。

 挿入できない。

 イオリの直腸には爆薬が仕込まれていた。

 団子鼻が叫ぶ。「ワッタッファック!?」

 タイル張りの壁に押しつけられた体勢で、イオリはドアを蹴る。完全に開放する。懸命に首をのばして振り返る。シャワー室に連れられてきたとき、厨房にガス給湯器があるのを確認した。

 目視すれば、念動術をつかえる。

 厨房にガスが漏れ出す。暴走した給湯器によって引火する。

 店の酒を飲んで騒いでいた八名の兵士を、爆風圧が吹き飛ばした。




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苑田 謙

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