『殲滅のシンデレラ』 第12章「嵯峨野」


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 アヤは父と輸送防護車に乗り、京都市南西部にある桂駐屯地へきた。後方支援を主な役割とする、陸上自衛隊の施設だ。敷地内では迷彩戦闘服をきた隊員があわただしく行き交うが、さほど殺気立ってない。戦闘に参加する可能性が低いからか。

 司令部庁舎の三階へのぼり、駐屯地司令職務室にはいる。壁に日の丸と地図が貼られている。窓には赤いカーテンがかかる。駐屯地司令をつとめる一等陸佐が起立し、惣吾に敬礼する。

 ほかに紺色の戦闘服をきた二名がいた。海上保安庁に属する特殊警備隊、通称SSTだ。ふだん大阪の基地に配備された部隊で、京都での騒ぎにもっともはやく反応した。自衛隊法にもとづき、いまは防衛大臣の指揮下に組み入れられている。

 SST隊員は、アルミ製のブリーフケースをデスクに置く。アヤは仰天する。ノビチョクの噴霧器がはいっていたのと同型だ。

 青褪めるアヤに惣吾が尋ねる。

「このケースに見覚えがあるか」

「わ、私は」

「答えはイエスかノーだけでいい」

「あります」

「わかった。これは実物だが、除染ずみだ。安心しろ。いまから羽多野に尋問をおこなう。お前も同席してほしい」

「お父さん。私、どうしたら」

「いるだけでいい。自分からは一切発言するな。俺にまかせておけ」

 紫のスーツの羽多野が、自衛官につれられ職務室に入ってくる。体のうしろで両手首をバンドで拘束されている。アヤがいるのに気づき、くすりと笑う。駐屯地司令が空気を読み、自分のオフィスから出る。

 職務室にいるのはアヤ、惣吾、SST隊員二名、そして羽多野の五名。SST隊員はサブマシンガンMP5の銃口を、羽多野にむけている。

 惣吾がデスクをまわり、駐屯地司令の椅子に座る。羽多野にむかって言う。

「あらかじめ言っておく。裁判をうける権利は期待するな。SSTのふたりも承知している」

 ヘルメットをかぶる隊員二名は、まったく表情を変えない。集中している。異変を察知したら、まよわずトリガーにかけた人差指をひける。

 羽多野は何食わぬ顔で部屋を横切る。許可もえずに、来客用の革張りのソファに腰をおろす。後ろ手に縛られてるので窮屈そうだ。

 小馬鹿にした口調で、羽多野が言う。

「後援者に対し大層な仕打ちだな」

「お前みたいな」惣吾が答える。「チンピラを使ったのが、人生最大の過ちだ」

「まだ俺には利用価値がある。なにしろ情報をもっている」

「小娘たちに語った与太話のことか? 京都が核ミサイルで狙われてるとか」

「信じないのは勝手だが」

 惣吾が合図すると、SST隊員がソファの前のテーブルに一枚の紙をおく。カラー写真が印刷されている。さまざまな人種の男女十数名が、庭を背景に笑顔をみせる。

「ロン・メイシン。中国人。お前の妻だった女だ。イスラエルのソフトウェア開発会社、ゼペット・テクノロジーにいた」

「こんな写真があったんだな。ありがたくいただくよ」

「ゼペット社は四年前、フレンドリー社に買収された。先進的なAIを開発したらしい。つまりお前はワイズとつながっている」

「その程度の証拠で疑うのか」

「政治家のコネクションをなめるな。俺は中東に顔が利く。お前の金の出どころを完璧につかんだ」

 羽多野のまばたきが増える。神経質な仕草で、パーマをかけた髪をいじる。

 アヤは胃が重くなるのを感じる。

 自分は不用意に羽多野を信じたのではないか。口座に三十億円が振り込まれたのは確認した。アヤにとっては大金だ。

 しかし、羽多野の背後に巨大な組織がいるとしたら。フレンドリー社の時価総額は六千億ドル。ワイズの個人資産は七千億ドル。三十億円など吹けば飛ぶ数字だ。

 トワが、京都が灰燼に帰すのを未来予知したというのも、本当かどうか。トワは羽多野に忠実だった。嘘をつく動機がある。嘘でなくとも、そう自身に信じこませたかもしれない。

「いまから言うのは」惣吾が続ける。「サウジアラビア総合情報庁から聞いた話で、確証はない。ワイズ氏は、AIで大規模な相場操縦をおこなった。そのせいで政府機関の捜査対象となった。彼が大統領になったのは、資産を守るためらしい」

「出来のわるい陰謀論だな」

「株がらみでFBIなどの捜査をうけた事実は、すでに報道されている」

「あんたは信じるのか」

「最初は信じなかった。だがお前の動きもあわせて考えると、妙に説得力がある」

 羽多野が背もたれに後頭部をのせる。苦虫を噛み潰している。

「ネタはほかにもある。たとえば、あんたの女についてとか。ここでしゃべってもいいぞ」

 卑劣な脅迫だ。それでも惣吾は動揺をみせない。アヤはそっと惣吾の手をにぎる。

 羽多野は鼻を鳴らす。

 米軍を恐懼させるブラッディネイルが、いじらしい箱入り娘に変貌した。思春期の女は、たやすく洗脳できるが、移り気なのが玉に瑕だ。

 羽多野はテーブルの下にあった物体を蹴る。円形で直径は二十六センチ。92式対戦車地雷だ。

 SST隊員二名がそれをみて叫ぶ。

「あっ!」

 その隙に羽多野は立ち上がり、革張りのソファを地雷にむかい蹴倒す。起爆はしない。羽多野は倒れたソファに右足をのせ、職務室を睥睨する。

 羽多野は周到だった。この部屋で尋問されるのを見越し、反撃の手段を仕込んだ。地雷が、安全ピンが抜かれた待機状態かどうかはわからない。ハッタリかもしれない。

 アヤは父の手をにぎったまま硬直する。

 舞踏術をつかえば、父と自分が逃げるくらいは容易だ。逆に羽多野を守るため、SST隊員を無力化することもできる。

 決断しなければ。

 私が帰るべき場所は我が家か、それともシンデレラ城か。

 できれば父の味方をしたい。でも、羽多野がワイズの手先だったなんて真実なのか。あのまっすぐな瞳のアイドルたちさえ、騙されてたなんて。

 それとも全員、嘘をついてるのか。

「アヤ……こっち、こっちよ」

 職務室のなかでアヤひとりが、金髪の少女の存在に気づいた。アリスが赤いカーテンから顔をだし、アヤを手招きしている。




 嵯峨野の竹林の小径を、十名の女が二列をなして歩く。先導するのは京娘セブンだ。各人は待ち伏せ攻撃にそなえて距離をたもち、できるだけ目立たない様に移動する。

 ワイズをのせたブラックホークは、アヤの投げた手榴弾のせいで飛行不能となり、五キロと離れてない小倉山のふもとに不時着した。ソリストがとどめを刺すか、海兵隊が先に救出するかの競争だ。

 天を摩してそびえる竹のあいだを、涼風が駆け抜ける。おもわず瞑想にさそわれるが、最後尾にいるアヤの心は乱れている。

 駐屯地に置き去りにした父が気がかりだ。アリスに誘われて不思議なトンネルへはいるとき、背後から銃声が響いた。無事を祈ることしかできない。

 肩を落とすアヤを見上げ、アリスが言う。

「アヤ、元気ないみたい」

 得意の作り笑顔でアヤが答える。

「そんなことないよ。二度も助けてもらったのに、お礼を言ってなかったね。ありがとう」

「どういたしまして」

 アリスはスカートを持ち上げ、女の子の挨拶をする。続けて言う。

「つらいときは、お歌をうたうといいわ。私はいつもそうするの。それに日本の歌も知りたいし」

 アリスの目が好奇心で輝く。はやく歌えと無言でせがんでいる。奇想天外な世界に迷いこんでも平然としている、例のおしゃまなヒロインそのもの。

「あなたは本当に」アヤが言う。「あのアリスなのね」

「ええ、そうよ。コスプレじゃないわ」

「そんな言葉、よく知ってるね」

「二十一世紀の日本について、いっぱい学んだもの。コスプレってすてきな文化だわ。いろんなキャラクターになりきるなんて。アキハバラという町にも行ってみたいわね」

「私が案内するよ」

「うれしい!」

「でも、なぜアリスだけ具現化してるんだろう。ほかのシャドウはソリストに憑依するのに」

 かわいらしく首をかしげ、アリスが言う。

「さあ。ドジスン先生に聞かないと」

「あなただけモデルがいるからじゃない? 本名はアリス・リデルというんでしょ」

「私はアリス・リデルであって、アリス・リデルじゃない。つまりアリスよ」

「むつかしいな。ドジスン先生って、ルイス・キャロルのことだよね。彼と交流した記憶はある?」

「もちろん。とっても楽しい人」

「キャロルは少女愛者だと言われるけど」

 アリスが眉をひそめるのをみて、アヤは後悔する。下世話な関心から、つい七歳の少女に余計なことを聞いてしまった。

「よくそういう質問をされるわ」

「ごめんなさい。気にしないで」

「きっとみんな想像がたくましすぎるのね。二十一世紀の人は自由だから」

「そうかな」

「自転車にのる女の子をみたとき、私は腰が抜けるほどおどろいたわ」

「そりゃあ、ヴィクトリア朝時代とくらべたら」

「でもドジスン先生のご本は、ちっとも堅苦しくないの。そうおもわない?」

「たしかに。説教くさくない。なさすぎるくらい」

「ドジスン先生は、女の子を勇気づけたくて物語を書いたんじゃないかしら。おそらくアリス、つまりこの私は、先生が書いたプログラムなの。永遠に女の子を応援する使命を担った」

「プログラムって、コンピュータを動かすあれ?」

「ええ。論理学者であるドジスン先生が現代に生まれたら、優秀なプログラマになったでしょうね」

 アリスは誇らしげにウィンクする。そのつぶらな瞳は、とてもプログラムにみえない。




 ドーンッ!

 二列縦隊の先頭あたりで爆発がおきた。小径の両脇に設置したクレイモア指向性地雷を、海兵隊が同時に起爆した。京娘セブンのミナとヤエが直撃をうけて吹き飛ぶ。即死した。

 浅葱色の衣装のハルが、頭部を撃たれる。竹林のどこかに敵の狙撃兵が潜んでいる。小径の奥から、海兵隊一個小銃小隊がむかってくる。M16アサルトライフルを発砲する。

 アヤはアリスを抱きかかえ、垣根をこえる。落葉の積もった地面に伏せる。銃弾があたった竹が震える。まわりの竹が共鳴し、自然のオーケストラが鳴り響く。山吹色の衣装のエイコが腹這いになり、レミントンMSRで敵の狙撃兵と対峙する。

 アリスがアヤの腕からすり抜ける。立ち上がって叫ぶ。

「失礼しちゃう! 私はアヤとお散歩を楽しんでたのに。邪魔するのは、とってもいけないことだわ」

 子供らしい身軽さで、アリスはまた垣根をとびこえる。小径にあらわれた少女を、銃弾の嵐が襲う。アリスは両手を突き出し、小声でつぶやく。

 冷熱術【赤の女王】。

 海兵隊員が苦悶の叫びをあげる。M16を取り落とす。加熱された銃の金属部分が、焼けて赤く光る。

 アリスのサックスブルーのエプロンドレスに、ライフル弾が命中する。一瞬だけ、モザイク処理みたいにイメージが乱れる。アリスは胸を押さえてよろける。しかし鼻息を荒くして前進する。

 伏せていたアヤも立ち上がる。

 アリスは生身の体をもたないらしい。だからってダメージがないと断定できない。

 掩護しなくては。

 アヤは竹林のなかを突き進む。迂回されるのを恐れた海兵隊がM16を連射する。

 舞踏術【パ・ド・シャ】。

 猫の様にかろやかに、しづかに、アヤは疾走してゆく。海兵隊はその機動力に追いつけない。




 黒のセーラー服をきたイオリは、林を走りつづける。懸命にアヤを追ったが、はぐれてしまった。

 イオリはおのれの無力さを噛みしめる。たとえば相手の弾倉を暴発させるとか、念動術を戦闘に活かすこともできた。でもイオリは銃の構造をよく知らず、結局なにもできなかった。

 なんて情けないんだ、ボクは。女の子に守ってもらってばかりで。

 林をぬけ、イオリは河原にでる。京都市西部をながれる桂川だ。斜面で足がすべり、川のほとりまで転げ落ちる。

 息切れしたイオリは、立ち上がれない。足音がする。味方であるのを期待して見上げる。

 四名の海兵隊員だった。

 ズダダダダッ!

 兵士たちは後方から撃たれ、あっけなく斃れる。

 稜線ごしに、椿をあしらった紅の衣装があらわれる。リーダーの花澤カオリだ。中学一年生のサキの肩を抱いている。サキは腹部に被弾していた。

 力尽きたサキが崩れる。呼吸も止まっている。これ以上逃げるのは無理だ。

 膝をついたカオリは、素手で石だらけの地面を叩く。言葉にならない絶叫をあげる。

 涙をながし、イオリがつぶやく。

「カオリさん。ボク、なんて言ったら……」

 鬼気迫る形相で、カオリはイオリを睨む。しかし、すぐにイオリの同情の念をくみとり、苦労して微笑をうかべる。

 川面を指差し、カオリが答える。

「嘆き悲しんでる暇はないね。ちょうど岩場がある。あそこから向こう岸へわたろう」

 瀕死のサキを放置し、イオリとカオリは足場の悪さに苦しみつつ、桂川をわたりきる。

 カオリはHK416の弾倉を交換する。最後のひとつだ。目を細くして対岸を観察しながら言う。

「私はここにとどまって、敵を足止めする。迎撃するのに絶好の地形だから。イオリちゃんは、アヤちゃんと合流して」

「そんな。カオリさんも逃げましょう」

「ソリストを死なせるわけにいかない。絶対に。あなたたちは特別なの」

「いやです。ボクは……ボクは、カオリさんのファンだったんです」

「まさか、あなた『いおりん』? ツイッターで毎日リプを送ってくれてる?」

「名前を覚えてたんですね!」

「あたりまえだよ。いつもありがとう。こんなに可愛い女の子とは思いもよらなかった。ひょっとしてアイドル活動とかしてる?」

 数秒間の沈黙のあと、目を伏せてイオリが言う。

「実はボクは男なんです。いろいろあって、いまは女装してますけど」

 カオリはイオリをきつく抱擁する。ぶあつい衣装ごしに、ゆたかな胸のふくらみの感触がつたわる。これまで女に性的関心がなかったイオリだが、未経験の昂奮につつまれる。

「そんなの関係ない」カオリが言う。「男とか女とか。大事なのはハート。ファンのみんなが愛をくれるから、私たちは頑張れる。四十度の熱があっても、骨折しててもステージにたてる。そうせずにいられない。熱い気持ちがそこにあるから」

 対岸に十二名の海兵隊員があらわれる。二手に分かれ、片方は岩場をわたり、もう片方は胸まで水に漬かって渡河する。カオリは岩場をすすむ六名に対し、セミオートで発砲する。河水が兵士の血で濁る。

 振り返ってカオリが叫ぶ。

「はやく行きなさい!」

 カオリは全弾撃ち尽くしたHKを、河原に捨てる。ホルスターから拳銃のP226を抜き、セフティを外す。

 躊躇するイオリにむかい、さらに叫ぶ。

「いそいで! アヤちゃんには、あなたの助けが必要なの!」




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