『殲滅のシンデレラ』 第8章「四条烏丸」


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 カフェのチェーン店であるプロントに、アヤとイオリがいる。アヤは窓ぎわのカウンターに座り、宇治抹茶ラテをストローでかき混ぜる。足はガラスの靴に履き替えてある。

 四条通と烏丸通の交差点界隈をさす「四条烏丸」は、都市銀行の支店があつまる金融街だ。高層ビルや派手な看板がなく、町並みは落ち着いている。景観の規制のせいだろう。渋谷の途轍もないカオスのそばで生まれ育ったアヤには、まるで異国にみえる。ディズニーランドより、京都の方がすきだ。

 ふたりはノビチョク剤を噴霧するブリーフケースを、四条駅のホームに設置した。自動販売機とゴミ箱の隙間だ。イオリが作業するあいだ、アヤは周囲を見張った。それから五分や十分で、だれかに偶然発見されはしない。

 アヤは腕時計をみる。

 あと四分。

 イオリは左隣で、アイスココアを飲みながらゼンフォンをいじる。すでに時限装置は始動しているが、噴霧器に接続された携帯電話に通信すれば停止できる。ふたりは反応をみてから離脱するつもりだ。つまり神経ガスに苦しみ、おびえて地下から逃げる人々を確認してから。

 鼻歌まじりでイオリはゲームをしている。良心の呵責を感じてる様にみえない。噴霧器の設置も手慣れていた。機械いじりが純粋に好きで、この状況をたのしんでるらしい。

 どちらかと言えばアヤも図太い性格だが、ここまで楽観的になれない。昨晩にガラスの靴を履いてからずっと、胃がむかつき、喉の渇きをおぼえる。

 ゲームの手をとめ、イオリが窓の外を指さす。

「あ、東山先生だ。ガラケーだったんだね」

 四条通の人混みにまぎれ、黒いスーツの東山が携帯電話で話している。用心ぶかい眼差しでこちらを観察する。

 アヤはふだん東山が、手帳型ケースにいれたスマートフォンをつかうのを知っていた。あれは特殊な回線を利用する、警察専用の端末だ。

 アヤは戦慄する。

 京都駅から東山に尾行された。警戒していたが気づかなかった。アヤの対監視技術などたかが知れている。おそらく東山は、公安の潜入捜査官かなにかだ。噴霧器を設置するのもみられたはず。

 アヤのアイフォンが震える。ユウキからの着信だ。悪い予感がするので電話にでる。

「もしもし」

「あ、ユウキだけど」

「ごめん。いま忙しくて。かけ直して」

「ふたりきりのところ邪魔してごめんな」

「冗談言ってる場合じゃないの」

「そっちに東山先生いるんだろ? せっかくなら合流したらって、さっき電話があってさ」

 電話から、ガタゴトと電車の走る音が聞こえる。

「ひょっとして、いま地下鉄に乗ってるの」

「うん。いま京都駅を出たとこ」

 アヤはめまいに襲われる。東山の企みが読めた。

「つぎの五条で降りて」

「なんで」

「理由は言えない。とにかく危険なの」

「お前にしてはヘタクソな言い訳だな。わかってるって。水瀬とうまくいくよう、はからうから」

「ユウキ。私を信じて」

「麻倉と夏川がさっきからずーっと、お前の悪口言ってんだわ。抜け駆けしたって。正直、あたしの手に負えない」

「お願いだから五条で降りて」

「大丈夫。旅行中にくっつけてやるよ。恋愛と格闘技に関しちゃ、あたしの方が上なんだ」

 通話が切れる。

 アヤは茫然自失する。

 カウンターのグラスが倒れ、抹茶ラテが床にこぼれている。イオリが紙ナプキンでせっせと拭く。

 四条通では、東山が姿を消した。

 東山がユウキたちをおびき寄せた目的は、間接的にノビチョクの散布を止めさせるためだ。ソリストであるアヤと交戦しても、東山に勝ち目はない。専門技術がないと噴霧器を無効化できない。的確な戦術だ。

 教育者の行為としては最悪だが。

 アヤは電話をかけ直す。応答がない。アイフォンをカウンターへ叩きつける。

 イオリは濡れたナプキンをゴミ箱に捨てたあと、席へもどる。

「ねえ」イオリが尋ねる。「電話なんだったの。あわててたけど」

「ユウキたちが烏丸線に乗ってる。もうすぐ四条駅で降りるらしい」

「うそでしょ」

「…………」

「散布を中止しなきゃ。中止でいいよね?」

 イオリはゼンフォンに、噴霧器に接続した携帯の番号を表示させる。

 散布開始まであと一分。

 イオリは遠慮がちに、アヤの表情をうかがう。ソリストのあいだで指揮系統は確立してない。アヤはカウンターに両肘をつき、じっとうつむく。肩にかかる長さの黒髪が、横顔を隠している。

 発信のボタンに触れる準備をし、イオリが尋ねる。

「いい? 中止するよ」

「やめて。作戦は続行する」

「なに言ってるの。同級生が巻きこまれるかもしれないんだよ」

「友達が被害にあうからって、やめるわけにいかない。命の重さにかわりはない」

「そんなの知らない。僕は……」

 イオリは口籠る。首筋に、氷の刃が当てられていた。血がほそい筋となって浮かぶ。

 舞踏術【ブリゼ】。

 アヤは左手を結晶化して鋭利な剣とし、イオリに突きつけて脅す。カフェのほかの客は、女子高生の腕が透明になったのを知らない。

「佐倉さん」イオリが言う。「気でも狂ったの」

「責任は私がとる。なにもしないで」

「沢城さんと仲いいのに。いつも一緒に」

 イオリは言葉をのむ。

 アヤのなめらかな頬が、漆黒の涙で汚れている。落涙とイクリプスのせいで、目がラテアートみたいな斑模様に変色している。唇からは血をながす。

 こんな凄絶な顔はみたことがない。

 イオリは内心でつぶやく。

 沢城さんが佐倉さんのことを、頑固で融通がきかないと言ってたけど、本当だ。

 とことん自分を追い詰めてしまうんだ。

 心が病んでしまうまで。

 イオリはゼンフォンで時刻をたしかめる。

 十二時三分すぎ。

 おそかった。いまごろ四条駅は阿鼻叫喚の巷と化しているはず。

 ボクはまちがっていたのか?

 ソリストになって念動術を習得し、思う存分機械いじりできるのが楽しかった。でも夢中になりすぎ、人として正しい道を踏み外したのではないか?

 サイレンを鳴らし救急車が到着する。

 二十三年前のサリン事件を教訓とし、鉄道事業者と消防は、特殊災害への高度な対応力を身につけた。まづ関係機関と連携し、情報収集をおこなう。現場ではゾーニングによって二次的被害をふせぎつつ、防護服を装備した活動隊を投入し、救助や危険排除や除染などをすすめてゆく。

 だがこれは無差別攻撃だ。膨大な通報が殺到する。そして情報のほとんどは不正確だ。適切な初動を実行するのはむつかしい。さっき階段を駆け下りていった救急隊員は、通常の服装だった。

 ガガガッ!

 カウンターに置いてあるアイフォンが、音を立てて震動した。

 間髪いれずアイフォンをつかみ、アヤが言う。

「ユウキ。ユウキなの」

「そうだけど」

「いまどこ!?」

「なんだよ。怒ってんのかよ。お前は時間にきびしすぎるんだよ」

「いまどこにいるか聞いてるの!」

 ユウキは長いため息をつく。

「はあ。かならず三十分前に待ち合わせ場所にいる、お前が異常なんだって」

「ユウキ!」

「いま五条。なんか地下鉄止まっちゃって」

「五条なのね。まだ四条には着いてないのね」

「だからそうだって」

「よかった……」

「なんなんだ、さっきから。いつ運行再開するかわかんないけど、待っててくれるか?」

「本当によかった……」

「わけわかんねえ。とにかく待ってろよ」

 アヤはカウンターに、生身にもどった左手をつく。カウンターが、シーソーみたく右へ傾く。アヤが無意識に、中央をガラスの刃で切断していた。

 カウンターごと、アヤは床に転がる。抹茶ラテのせいで湿っている。そのまま意識をうしなう。




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