『殲滅のシンデレラ』 第7章「おとうふカフェ」


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 アヤはおなじ班の三人を先導し、下りのエスカレーターに乗っている。三階の新幹線のりばから、地下鉄の改札口へむかう。

 班のメンバーはみな女子で、アヤとユウキと麻倉と夏川の四人からなる。クラスでよくおしゃべりするグループだ。アヤ以外の三人は大はしゃぎし、おたがいや自分をスマホで撮影する。インスタグラムに投稿でもするのだろう。

 普段からアヤは、アイフォンのカメラをほとんどつかわない。父によってLINE以外のSNSを禁止されているし、LINEのやりとりも毎週、秘書が点検する。ハメを外す気にならない。

 アヤは、グーグルカレンダーに入力しておいた旅程を確認する。内容はほかのメンバーと共有しているが、だれも見ようとしない。スケジュール管理を任せっぱなしだ。

 一階で、アヤは地下へつづく階段を下りようとするが、手前で立ち止まる。ほかの三人がついてこない。麻倉と夏川がもじもじと体をうごかす。男子のグループへ何度も視線をおくる。

 アヤが言う。「ほら、いくよ。予約の時間におくれちゃう」

「あー」ユウキが答える。「あたしら男子と一緒に行動することにしたんだ。ゆずラーメンってのを食べにいくんだって」

「え。なにそれ」

「悪いね。豆腐屋はキャンセルした」

「ちょっと。それはないでしょ。せっかく人気のお店を予約したのに」

「だから謝ってるだろ。そもそもアヤが遅刻したのがいけないんじゃないか」

 両手を腰にあて、アヤは麻倉と夏川をにらむ。ふたりは目をそらす。

 ドッグフードでもうまいうまいと言って食べそうなユウキはともかく、あのふたりなら、予約したおとうふカフェを喜んでもらえるはずだった。

 でもふたりは男を優先した。意中の相手と思い出をつくりたいのだろう。

 ユウキが賛同したのは、大人数の方が楽しいとか、そんなくだらない理由だ。サバサバした性格のユウキは男友達が多く、何人かと恋愛経験がある。いつも長続きしないが。

 アヤはこめかみを押さえる。昨晩のはげしい頭痛がぶり返す。金髪の少女はこの症状をイクリプスと呼んでいた。

「もういい」アヤがつぶやく。「私ひとりでいく」

 大袈裟にユウキが天を仰ぐ。アヤとはしょっちゅうケンカするが、さっそく初日に勃発するとは。

 ユウキが言う。「あのさ、すこしは空気読めよ」

「読んでるわよ。だからひとりでいくの」

「追い出したみたいで後味悪いじゃないか。だいたい、なんでわざわざ京都まで来て、豆腐なんて食べなきゃいけないんだ」

「はぁ?」

「スーパーにいけば売ってるだろ」

「ユウキと味覚を語る気はないわ」

「その言い方むかつくな。まあいいや。とにかくゆずラーメン食べにいこうぜ」

「いやだ。私はおとうふが好きなの!」

 ユウキの頬が引き攣る。必殺の右ストレートをくりだすのをこらえている。

「お前のそういうとこ嫌いだわ。頑固で融通がきかないところ」

 アヤの全身がわななく。シャドウが暴走しそうだ。

 私が頑固で融通がきかない?

 言われないでもわかってる。

 ユウキみたいにちゃらんぽらんに生きられたら、どんなにいいか。まわりに自然と人があつまって、いつもたのしげで、恋愛も謳歌して。

 だれが好きこのんで、優等生として生きたがるものか。

 でも、これだけは言いたい。

 頑固で融通がきかず、空気を読めないこの私が、昨晩あなたを助けたの。殺し屋と戦って。

 そうしないと、あなたは多分死んでいた。すくなくとも拷問されていた。

 記憶がないとは言え、その傲慢な態度はゆるせないんだけど。

 男子のグループから、ひとりがスタスタとちかづく。抜ける様に肌が白い。アヤも色白だが、この少年は健康状態が不安になるほど青白い。ながい睫毛が、雨戸みたいに視界をさまたげる。端正な細面は、女の子が隣に立つのを敬遠するほど整っている。

 水瀬イオリという名の少年が言う。

「ボクが佐倉さんと一緒にいくよ」

 アヤが言う。「えっ」

「あ、ボクとふたりだと気まづいかもね。佐倉さんが嫌だったら遠慮するけど」

「ええと、その」

「おとうふの専門店って興味あるなあ。ボクでよければ、ぜひ」

 麻倉と夏川が顔を見合わせる。ふたりの標的はイオリだった。それどころか、二年生の女子の大半がイオリに傾倒していた。みなを出し抜くチャンスが雲散霧消しかけている。だからって、いまさら手のひら返してプラン変更はできない。

 アヤは、おとなしいイオリとほとんど話したことがない。キレイな男の子だなとはおもっていたが、自分のことで精一杯の日常をおくっており、これまで異性として意識しなかった。

 正直、アヤは困惑している。でもイオリの申し出が紳士的なので、拒否しようがない。

 ケンカ寸前だったユウキは、耳まで真っ赤になったアヤをみてニヤニヤと笑う。

 おいおい、あのアヤが照れてるぞ。色恋沙汰に縁のない、難攻不落のお嬢さまが。

 こいつはおもしろくなってきた。




 イオリと同行することになったアヤは、メイクの状態が気になって女子トイレへむかう。だが旅先で舞い上がった女子高生の群れに、洗面台は占領されていた。

 トイレから出たアヤは、ちかくにある証明写真機にはいる。ディスプレイが鏡の代わりになる。褒められたことではないが。椅子に腰をおろすと、消灯した画面にシンデレラが映っている。

 シンデレラはディスプレイから身をのりだし、アヤの両肩をつかんでゆすぶる。

「もんでゅー! 立った! フラグが立った!」

「なに言ってるの」

「恋愛イベントのフラグだヨ!」

「そんなんじゃないから」

「契約期間中にカップル成立させる! チューまでいく! 全身全霊でサポートするネ!」

「鏡使いたいから、どいてくれる」

 シンデレラはウィンクし、優雅にスピンする。画面が暗転する。アヤは自分とにらめっこする。暗くてはっきりわからないが、髪もメイクもいつもどおりの様だ。こんな風に、手を煩わぜずに身だしなみを整えられる魔法があるなら、ぜひ習得したい。

 カーテンをあけ、白のセーラー服を着た女が闖入した。アヤを押しやり、せまい椅子に強引に座る。

 詰問口調でトワが言う。

「説明してもらおうじゃないの」

「なにを」

「あの男子に決まってるでしょ。美少年といい仲だなんて聞いてないわ。ソリストの私生活はみんな不幸なはずなのに」

「ただの同級生だけど」

「ああ、もう! これだから共学は!」

 トワは狂った様に頭をふる。

 アヤは苦笑する。なぜ女は、こうまで人の色恋沙汰に首をつっこみたがるのかと、不思議におもう。自分が母親の話に興味津々だったのは棚に上げて。

 カーテンの下の隙間に、紫のズボンの裾と、先の尖った革靴がみえる。こんな派手な服装は羽多野しかいない。腕だけ差し入れ、十インチのタブレットをアヤにわたす。

 羽多野がカーテンごしに言う。

「いまからブリーフィングをおこなう。時刻や場所をしっかり暗記してくれ。まあ、ふたりともお勉強は得意だろうが」

 アヤとトワはにこりともしない。ふたりは日本のトップ校の、トップの成績優秀者だった。この国の高校生年代の最高の頭脳だ。勉強ができるのは、あたりまえの事実でしかない。

 タブレットにグーグルマップが表示されている。京都市とその周辺の地図に、星のマークがばらばらに三つ記されている。

 羽多野が続ける。「これは陽動作戦だ。治安当局を一撃で麻痺させ、ターゲットを孤立させる。同時に三か所を攻撃する。新幹線の東山トンネル、地下鉄烏丸線、国道一七一号線がとおる久世橋が目標だ。時刻は一二〇〇時」

 トワが尋ねる。「私たちの受け持ちは?」

「アヤが新幹線。トワが地下鉄だ。久世橋は別働隊が落とす」

「わかりました」

「爆破などの作業は、先遣隊のソリストがおこなう。お前たちはそれを掩護する。なにか質問は」

 アヤが言う。「具体的な攻撃手段をおしえて」

 かすかに口籠りつつ、羽多野が言う。

「新幹線は線路を爆破する。地下鉄は車輌内部にノビチョク剤を散布する」

 トワが言う。「それって」

「ロシアで開発された、高性能の神経ガスだ」

「ええっ」

「時限装置がある。お前らに直接被害はおよばない」

「そんなものばら撒いたら、何百人って人が……」

「ああ。多数の民間人が死ぬ。だがお前は未来予知をした。十二時間後の京都を見たはずだ」

「わかってます。核爆弾が落ちれば、百五十万人の市民が犠牲になる」

「日本の警察と、アメリカのシークレットサービスの、両方とは戦えない。昨晩みたく特殊部隊もウロチョロしている。これは絶対必要な戦術だ」

「でも、だからって」

「命令は命令だ。議論はしない。配置換えをおこなう。トワの目標は久世橋に変更だ」

「…………」

「残念だ。お前とは信頼関係があると思ってたが」

 アヤはじっとタブレットの画面をみつめる。右手がそろばんの動きをしている。緻密と言いがたい作戦に不満がある。

 無表情でアヤが尋ねる。

「なんで駅構内でなく、車内でガスを散布するの」

 羽多野が答える。「というと?」

「一九九五年の地下鉄サリン事件で一番被害が大きかったのは、サリンのパックが蹴り出された小伝馬町駅なの。パックが車内にとどまった他のケースとは、桁がちがう」

「随分くわしいな」

「祖父がよく話してくれるから」

「そうか。当時の首相か」

 アヤはタッチパネルをピンチアウトし、京都市の中心部を拡大する。烏丸線の四条駅に目がとまる。阪急京都線の烏丸駅に隣接している。ふたつの路線が十字に交叉する、交通の要衝だ。

 アヤがつぶやく。

「四条駅のホームで散布するのが効果的かな。ほかの攻撃目標と三角形をつくってバランスもいい。警察と消防はそれこそ麻痺するでしょうね」

「アヤ、やれるか」

「やれと言うなら」

 トワは、黒縁メガネからはみ出そうなくらい目を見開く。狭い椅子の上で、アヤににじり寄る。

 アヤの手をつかみ、トワが言う。

「あなた本気で言ってるの」

「単純な計算でしょ。百万人を救うためなら、千人程度の犠牲は耐えるべき」

「これは無差別テロよ。女性や子供も巻きこまれる」

「核ミサイルもおなじ」

「なんなの。あなたいったい何者なの」

「痛いんだけど。離して」

 アヤは自分の右手首を見下ろす。トワに握られている部分が黒く変色している。

 イクリプスだ。

 トワのシャドウがティンカーベルだったのを、アヤはおもいだす。ピーター・パンを盗られそうになり、ウェンディに嫉妬している。

 羽多野がカーテンをあけ、力づくでトワを引き剥がす。錯乱したトワは大声で喚き散らす。機密保持もなにもあったものじゃない。

 アヤは立ち上がり、証明写真機の外へでる。紺のスカートをさすり、皺をのばす。

 そして、数分間待たせっぱなしのイオリのところへ戻る。




 アヤとイオリは、四条烏丸にある「おとうふカフェ」にいる。ふたり用のテーブルに向かい合って座り、食事している。若い女性むきの店だが、ミシュランで三つ星を獲得した料亭の系列店でもあり、窓ごしに日本庭園の風景をたのしめる。

 ふたりで湯豆腐の鍋をシェアしたあと、イオリは豆乳プリンを夢中になって頬張る。アヤのデザートはシナモン豆腐。シナモンやミントの香りと、黒蜜の甘さがからみあって絶品……と言いたいが、デザートを玩味する余裕はアヤにない。

 ブリーフィングではあくまで強がったが、化学兵器を三十分後に使用すると考えると、どうしても食欲は減退する。実行役のソリストとは、この店で合流する予定なので、それも気がかりだ。

 そしてなにより、男の子とふたりで食事するのは、アヤにとってはじめての経験だった。ある意味、これが初デートなのだ。

 スプーンをおき、アヤが尋ねる。

「どう、水瀬くん。おいしい?」

「うん! お店もおしゃれだし、来てよかった」

「喜んでもらえてなにより」

 美形だが、やや幼い印象をあたえるイオリは、無邪気に食事を堪能している。アヤに同行するとイオリが京都駅で言ったとき、この男子は自分に気があるのかとアヤは半分警戒し、半分期待した。でも余計な心配だったらしい。

 コーヒーカップを指先でつつき、アヤが尋ねる。

「なんであのとき、水瀬くんは私につきあうと言ってくれたの」

「これが一番丸くおさまると思ったから」

「私がかわいそうだった?」

「まあ、そうだね」

「遅刻した私が悪いのに」

 アヤの黒いネイルをちらりと見て、イオリはほくそ笑む。

「いろいろあったんでしょ?」

 アヤは反射的に両手を握る。また耳まで赤くなる。

 どうも勝手がちがう。

 イオリを恋愛対象として見れないかと言うと、そうではない。奇麗な顔立ちで、態度もやさしい。決して嫌いじゃない。こういう男の子と付き合ったら、きっとたのしいだろう。

 でもアヤは、生活が落ち着くまで恋人がほしいとおもわない。仮にいま白馬の王子にプロポーズされても、即座に断るはず。ただイオリに対しては、なぜかはにかんで恐縮してしまう。

 不思議な男の子だ。

 わざとらしくアニエスベーの腕時計をみて、アヤが言う。

「実は私、ここで人と待ち合わせしてて」

「偶然だね。ボクもなんだ」

「えっ」

 口をぽかんと開けて、アヤはイオリと顔を見合わせる。

 アヤが続ける。「まさか水瀬くんもソリストなの」

「てことは佐倉さんが護衛役?」

「聞いてない。ソリストは女の子だけのはずじゃ」

「ひどいなあ。それは差別だよ」

 イオリは、床に置いてあったブリーフケースをテーブルにのせる。透明な液体の詰まった容器を、上機嫌で中からとりだす。

「ちょっと!」アヤが叫ぶ。「なに出してるの!」

「ノビチョクの前駆物質」

「バカ! しまいなさい!」

「これはバイナリー兵器だから、単体ではまったく毒性がないんだ」

「はやく!」

「そんなに怖がらなくても」

 秘密兵器について解説できないのを残念がりつつ、イオリは容器をしまう。ブリーフケースをもって立ち上がる。

「じゃあ行こうか」イオリが言う。「悪い人たちが襲ってきたら、佐倉さんが撃退してね」

「え、ええ」

「凄腕だって聞いてるよ」

「私はまだ新米だから」

「ボクがプリンセスで、佐倉さんがナイトの役だなんて、なんだかおかしいね」

 切れ長の目を細め、イオリはあっけらかんと笑う。




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