『殲滅のシンデレラ』 第6章「検問」


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 赤いGLSが、首都高3号線の上り方面を駆け抜ける。反対車線で渋滞が生じている。ハンドルをにぎる羽多野は、左手で自分の頬をたたく。疲労で集中力がよわまっている。

 ウウー!

 猛追してきたパトカーが、背後からサイレンを鳴らした。停止するよう要求する。

 羽多野は舌打ちする。

 アヤに追随したのは判断ミスだった。高架道路は出入口がすくない。車も目立ちすぎる。捕まえてくださいと言う様なものだ。アヤの勢いに引きずられ、こちらも功名心にはやってしまった。

 スカイラインのパトカーが、徐々に減速するGLSを追い抜く。両方とも路側帯にとまる。パトカーからひとり、スカイブルーの制服を着た警官が降り立つ。白いヘルメットをかぶっている。懐中電灯でGLSを照らし、ナンバープレートを確認する。

 羽多野は後部座席をみる。制服を着た三人の女子高生が座っている。左からアヤ、トワ、ユウキの順だ。両端のアヤとユウキはまどろんでいる。ユウキは額から出血している。

 アヤがうわ言をつぶやき、トワに倚りかかる。肩に頭をのせる。知り合ったばかりの他人に甘えるタイプではない。相当具合がわるい。

 トワがアヤの額をさわる。おもわず叫ぶ。

「あつッ!」

 羽多野が尋ねる。「どうした」

「ものすごく発熱してます。触ってられない」

「そうか」

「はやくヒーラーにみせないと」

「手持ちの駒はすべて京都へ派遣した。まだ東京にいるソリストはお前らだけだ」

「たぶん五十度以上あります。こんな高熱に人体は耐えられません」

「スマホで重いアプリを動かすと熱くなるだろう。あれと同じ仕組みだ」

「私たちは機械じゃない」

「勿論だ。でも俺はなにもしてやれない。耐えてもらうしかない」

 ゴンゴン!

 GLSのサイドウィンドウが叩かれた。

 羽多野は窓をあけ、何食わぬ顔で青服に尋ねる。

「どうかしましたか」

「車内をみせてもらうぞ」

 青服は高圧的に言い放つ。懐中電灯をくまなく車内に照射する。

 紅梅学院の制服。グレーのベスト。黒髪。身長約百六十センチ。華奢で色白の女。

 道玄坂での目撃情報とぴったり一致する。

 青服は電灯をアヤの顔へむける。千二百ルーメンの光束をあび、アヤは薄目をひらく。両手で口許をおさえる。吐き気をもよおした。

 あわててアヤはドアをあけ、道路に嘔吐する。撒き散らしたのは血だった。

 青服が無線で応援をよぶ。あらたなパトカーが三十秒で到着する。警官二名が降車する。行動が迅速だ。アメリカ大統領来日にあわせ、都内でも警戒を強めてるのだろう。

 青服に聞こえない小声で、羽多野がささやく。

「トワ、やれるか」

「…………」

 返事がないので振り向くと、トワは眠っていた。アヤに感応術をすでに三回つかった。車内でもユウキに記憶消去の術をほどこした。トワはソリストになって五か月経つが、これほどの濫用は未経験だ。

 羽多野は、座席とドアの隙間に隠しておいた拳銃をつかむ。五・七ミリ弾を使用するFNファイブセブンだ。たいていの防弾ベストを貫通できる。

 心神耗弱した少女を三人つれて、警察や特殊部隊と鬼ごっこはできない。あしたは京都で暗殺作戦を指揮しないといけない。羽多野は、うしろの三人を置き去りにする覚悟をきめる。

 コーポレーションを殲滅したのは、満足できる戦果だ。あっさり返り討ちにあう恐れも十分あった。アヤはよくやった。しかし高熱を発し、青息吐息である彼女が、今後も役にたつ保証はない。

 羽多野は唾をごくりと飲みこむ。

 警官殺しもやむをえない。応援の二名がちかづく前に、直近の青服を撃ち、すぐさま逃げようと決心する。高速から下り、GLSを乗り捨てる。眠れる乙女らは放置する。警察が尋問しても、たいした情報を引き出せないだろう。

 ソリストはおそるべき戦士だが、つまりはトラウマを負った、ただの女学生でしかない。

 キキーッ!

 黒塗りのセダンが路側帯に急停車した。昭和の高級車風で、警察車輌にみえない。パトカー三台の警光灯に赤く照らされる。

 ドアが観音開きにあき、金髪の少女がおりる。サックスブルーのエプロンドレスに、ボーダー柄のストッキング。猫のぬいぐるみを抱えている。深夜まで起きているせいで、少女はあくびをする。

 ワイズ大統領のメッセンジャーとして日本をおとづれた、アリスだ。八十歳代とおもわれる和服の女に手を引かれている。

 青服はぶしつけに、白髪の老女へ懐中電灯をむける。その顔を認識し、青服の全身が硬直する。

 口籠って青服が言う。

「こ、こ、こうご……」

 老女が答える。「遅い時間まで、おつとめ御苦労さまです」

「とんでもございません、皇后陛下!」

「ワイズ大統領が来日されるので、警察のみなさんもお取り込みなのでしょうね」

「市民の保護は、われわれの崇高な使命であります」

「御立派な心がけです。そこをみこんで、ひとつお願いがあるのですが」

「はっ、なんなりと」

 皇后式子は、アリスの金髪を撫でながら言う。

「こちらのアリスさんはわたくしの友人なのですが、なにぶんまだお若いので、帰り道が心配で」

「なるほど。本官が護衛すればよろしいのですね」

「お仕事に差し支えない範囲でかまいません」

「本官が責任もって、最優先で送り届けます。まことに光栄であります、陛下!」

「ありがとうございます。頼もしくおもいます」

 アリスと式子が別れの挨拶をかわす。式子は振り返って手をふりつつ、黒塗りのセダンへもどる。青服は、直立不動の姿勢で敬礼して見送る。

 姿はみえないが、セダンの車内に運転手以外の気配がある。式子の夫、つまり天皇慈仁だろう。

 首を横にふり、羽多野がつぶやく。

 食えないやつらだ。

 あの夫婦が、こちらのワイズ暗殺作戦を把握してるかどうかはわからない。おそらく知っている。表立って関与しないが、自分たちにできるかぎりの支援はするというわけだ。

 アリスがGLSの助手席にすわり、シートベルトを自分で着用する。

 羽多野はサイドウィンドウを閉じる。ギアをいれ、パーキングブレーキを解除する。

 青服があわてて、閉じかかった窓に両手をさしこむ。ガラスごしに叫ぶ。

「おい、勝手に発進するな!」

 羽多野は中指をつきたてる。思い切りアクセルを踏みこむ。




 GLSは首都高から下り、六本木通りを疾走する。ライトアップされた東京タワーが右前方にみえる。偽名で予約した八重洲口のホテルへむかう。

 アリスが大口をあけてあくびする。あとから恥づかしそうに口許を覆う。

「ごめんなさい」アリスが言う。「あんまり眠くて。いま午前一時くらいかしら」

 羽多野が答える。「一時半だ」

「シキコとのお話がたのしくて、つい夜更かししちゃった」

「皇后を呼び捨てか」

「彼女がエンプリスなのは知ってるわ。でも昔からそう呼べと言うんだもの」

「ながい付き合いみたいだな」

「会うのは三回めね。日本で会うのは初めて。ドジスン先生のことをとても熱心に聞いてくれるの」

「ああ、そういうつながりか」

 ドジスンとは、アリスを主人公とする二篇の小説をかいた、ルイス・キャロルの本名だ。オックスフォードで数学講師をつとめていた。皇后式子は聖心女子大学英文学科を出ており、卒論テーマは「ルイス・キャロルにおけるチェスのモチーフについて」だった。アリスに興味をもつのは当然だ。

 それにしても、日本の皇后まで【おかしなお茶会】のメンバーだとは。アリスの人脈の幅広さにはおどろかされる。その気になれば、世界を牛耳れるのではないか。

 後部座席でアヤが身をよじる。呼吸がみだれている。かぼそい声で尋ねる。

「だれ? 助手席にだれかいるの?」

 羽多野が答える。「お前が会いたがってたメッセンジャーだ。あすの朝にでも話すといい」

「おうちに帰るのね」

「うち?」

「お父さん、私を迎えにきてくれたんでしょ」

 羽多野はハンドルを握ったまま振り向く。アヤは苦しげにドアにもたれている。どうみても冗談を言う余裕はない。

 譫妄状態だ。ときおり痙攣している。

 もう長くはもたない。

「ありがとう」アヤが続ける。「夕食のとき私、お父さんにひどいこと言ったのに」

「…………」

「怒ってる? あたりまえだよね。娘に裏切られたんだもん。本当にごめんなさい」

「怒ってないさ」

「二度と家出なんて考えません。私、もっといい子になります。だから……」

 チェスの駒のごとく少女らを使役し、非情な作戦を遂行する羽多野でも、胸が疼くのを感じる。

 アヤが言うとおり、羽多野はチンピラだった。無学であり、なんの後ろ盾もない。そんな男が、二十四歳という若さで多少のカネをうごかせるのは、狡猾に悪事をかさねたからだ。墓場にはいるまで口外できないことをしてきた。

 そんな羽多野は、人間のクズをたくさん見てきた。なかでもアヤの父は、十指にはいる人でなしだった。息をする様に上に媚びへつらい、公私にわたって下を食い物にする。羽多野は殺害の計画を思いめぐらせたことすらある。

 アヤだって知らないはずがない。だが、このペルシャ猫みたく優美で誇り高い少女は、父の愛を一心にもとめている。かつ罪悪感に苛まれている。

 人の親である資格などない相手なのに。

 厄介なものだ。家族ってのは。

 アリスが眠い目をこすり、羽多野に尋ねる。

「あのコがアヤね」

「そうだ」

「イクリプスになってる。かわいそうに」

「どうすればいい。いま東京にヒーラーはいない」

「鏡のなかに入るといいわ。右は左に、東は西に、病気は健康に逆転する」

「どうやって」

「二十一世紀にも鏡はあるでしょう。みんなで一緒に入りましょう」

「あんたの理屈だと、健康な人間が病気になりはしないか」

 アリスはため息をつく。

「鏡の国は、すべてが逆転するわけじゃないの。右は左になるけど、上は下にならない。わかる?」

 羽多野は頭を掻きむしる。

 わかるわけがない。

 チェシャ猫と会話するみたいだ。話せば話すほど、こっちまでおかしくなる。

 羽多野は唖然とする。フロントウィンドウごしの風景が変だ。六本木のビル街が消滅している。

 かわりに道の両脇に、トランプのカードがずらりとならぶ。絵柄はすべてハート。兜をかぶり、槍をもったトランプ兵だ。GLSは赤いカーペットの上を走行する。奥には証言台がある。ハートの女王と国王、さらに陪審員までいる。

 車内をふりかえる。人の姿はなく、巨大なウミガメが居座る。海から上がったばかりらしく、びしょぬれだ。座席の上につぎつぎと産卵する。

 羽多野はハンドルを叩く。

 ついに俺まで発狂したか。不幸な家庭にそだち、精神を病んだ乙女たちみたいに。

 赤いカーペットが途切れる。GLSは断崖から真っ逆さまに落ちてゆく。

 その下は、怒涛逆巻く海だった。




 新大阪行きの「のぞみ」の到着を告げるアナウンスで、アヤは目を覚ます。

 駅のホームのベンチに座っている。時刻は午前十時すぎ。キャリーケースを引くひとびとが、あわただしく行き交う。駅名板は「京都」と記される。

 アヤは深呼吸する。

 昨晩の出来事を、頭のなかで再構成する。自宅を出て、東急本店に立ち寄り、ジムの前と首都高で戦闘をくりひろげた。鮮明におぼえている。車の助手席に、見知らぬ金髪の少女がいたことも。

 だったらなぜ、私はいま京都にいるのだろう。

 身だしなみにうるさいアヤは、あることに気づいて狼狽する。昨晩は入浴しておらず、着替えてもない。外を出歩ける状態じゃない。全身をまさぐる。特に不快感はない。ブラウスの胸元をのぞくと、きのうと違う薄紫のキャミソールを着ている。

 どうなってるんだ。何時間かの記憶が飛んだのか。

 それともあの死闘は夢だったのか。

 胸ポケットのアイフォンをスリープ解除する。数えきれないほど通知がたまっていた。バッテリーの残量が三十パーセントを切っている。

 おかしい。

 私が充電を忘れるなんてありえない。

 あれは夢じゃない。何者かによって私はここへ強制的に転送されたんだ。

 十六両編成の「のぞみ」が、十三番ホームに勢いよく入ってくる。大荷物をたづさえた修学旅行の団体がおりる。女生徒はアヤとおなじ制服を着ている。すなわち、紅梅学院の同級生と鉢合わせした。

 短髪で背のたかい少女が、荷物を置いてこちらへ駆け寄る。ユウキだ。昨晩は額にひどい裂傷を負っていたが、痕跡がない。

「アヤ!」ユウキが叫ぶ。「なんで一人でこんなとこにいるんだ」

「あの……ちょっと遅刻しちゃって」

「らしくねーな。荷物はどうした。手ぶらかよ」

「ホテルへ送ってもらったの」

「まじか。さすがお嬢さまは旅慣れてるな」

「それよりユウキは大丈夫? 体とかいろいろ」

「元気だけど。新幹線でぐっすり寝たし」

 ユウキはきょとんとする。準軍事要員に暴行され、ジムの仲間を虐殺されたばかりの表情ではない。トワの記憶消去が効いてるらしい。

 アヤの記憶が正しいと仮定してだが。

 おかっぱ頭で、黒のスーツを着た女が、大股でちかづく。担任の東山奈美だ。年は二十七歳で、担当科目は英語。

「佐倉さん」東山が尋ねる。「いったいなにがあったの」

「すみません。遅刻しました」

「学級委員のあなたが行方不明で、みんな大騒ぎよ。旅行も中止になりかけたくらい」

「反省してます」

「まあ無事でよかったけどね。お母さんには電話した? とても心配してらしたわよ」

 東山は女教師らしい鋭さで、アヤの爪に目をやる。アヤは両手を握って隠す。まだゴシック風ネイルをオフしてなかった。

 片眉をあげ、東山はアヤの表情を観察する。言動を疑っている。

 もともとアヤと東山は、馬が合わなかった。アヤにとって極めて珍しいケースだ。アヤは教師という生き物から、例外なく寵愛されるタチだった。老若男女、ありとあらゆる教師が、熱烈にアヤに惚れこんだ。賢く礼儀正しい、理想の生徒だから。

 アヤも、教師という存在そのものが好きだった。蛇口をひねれば水がでる様に、気前よく知識をあたえてくれる人たち。感謝しないとバチがあたる。相思相愛の関係だった。

 東山は、ほかの教師とちがう。能天気なユウキみたいに騙せない。説明における事実の含有量をふやして対応すべきだ。

 アヤが言う。「ちょっと話しづらいんですが」

「話せる範囲でいいわ」

「きのうの夜ジムにいったら、そこでトラブルに巻きこまれたんです」

「トラブル?」

「ケンカです。警察が呼ばれる騒ぎになって」

「あなたがケンカしたの?」

「勿論私じゃありません。あの、男性が私をめぐって、その……」

「ふふ。なんだか複雑そうね。あなたが格闘技を習ってるなんて意外だわ。よかったら旅行中、プライベートの話も聞かせてちょうだい」

「はい! こちらこそ」

 東山はアヤに背をむける。二年C組が全員そろっているかの点呼をとりにゆく。

 アヤは髪の毛先をいじる。

 かんがえている。

 なぜ東山先生は、私が格闘技を習ってると知ってるんだ? お母さんにさえ秘密なのに。おなじジムへかようユウキは、昨晩の記憶がない。

 ふつう「ジム」と聞いて思い浮かぶのは、フィットネスの方だ。まして私は、格闘技をするのが意外に思えるらしいから。

 確実に言えることがある。

 東山は、暗殺作戦に一枚噛んでいる。

 敵か味方かはともかく。

 私は、羽多野やトワと合流しないといけない。でも、いましばらくは二年C組と行動をともにする。

 東山は、私を泳がせて監視してるつもりらしい。だが不用意にも先に尻尾を出した。逆にこっちが決定的な情報をつかんで巻き返したい。

 それに、ここは私の大好きな京都だ。どれほどこの修学旅行を楽しみにしていたか。ほんの数分でも満喫してやるんだ。




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