『殲滅のシンデレラ』 第5章「舞踏術」


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 沈黙が、道玄坂に君臨している。

 ライフル数挺の乱射があった路地に、好きこのんで踏みこむバカはいない。

 ビル一階のラーメン屋の客は、武装した外国人の集団が横切るのを、割り箸をもったままガラス越しにながめる。

 ジムの男たち七名を殺し、女一名を拉致したコーポレーションは、整然と行動する。五人づつ二台のハンヴィーに分乗し、離脱するつもりだ。見ず知らずの他人の様にさりげなく、なおかつ慎重に連携して周囲を警戒する。野良猫など、ちょっとした異変を感知しては銃口をむける。

 だからそれは当然だった。ゆらゆらとちかづく女学生を、隊員たちが発見したのは。

 グレーのベストを着た少女、すなわち佐倉アヤが、ガラスの靴を履いてるのを彼らは知らない。女学生のファッションに興味がない。すくなくともいまは。知りたいのは武装と、攻撃の意図の有無だけ。

 華奢な女だからと言って、コーポレーションは気をゆるめない。つい先週彼らは、イエメンの首都サナアのマーケットで、五歳の少女を射殺した。薄焼きパンを渡すふりをして、自爆攻撃を仕掛けてきたからだ。

 彼らの世界では、コンマ一秒の油断が死を意味する。決して油断しないから、精鋭のなかの精鋭でありつづけられる。

 ぴちゃぴちゃと不吉な音が響く。ビルの外階段で七人分の血が、滝みたく流れ落ちている。眉間を撃ち抜かれたジム会長の下野が、引き攣った表情のまま路面に横たわる。

 その脇を通りすぎたアヤは目をつむる。

 総合格闘技界にとって大きな損失だ。プロ格闘家として人気があり、指導者としても優秀だった。

 そして、親身になって私を鍛えてくれた。

 ゆるさない。

 泣いて命乞いしようが、絶対ゆるさない。

 お前らが支払うべき負債は死、ただそれだけ。

 この私が、きっちり回収してやる。




 いま路上にいる隊員八名は、全員がアヤの敵意を察した。だれもが野生の虎よりするどい直感をもつ。天性の才能であり、訓練と実戦でやしなった技倆でもある。

 隊員たちはアサルトライフルを構える。アヤに「止まれ」と叫ぶ。

 いや、叫ぶはずだった。

 一九五〇年のアニメでシンデレラは、王子さまからダンスに誘われるのを待っていた。だが二十一世紀の少女は、時代錯誤のしきたりを拒絶する。「天国への鍵」は、自力でこじ開ける。

 舞踏術【ピケ・トゥール】。

 時空をねじまげるステップで、アヤは隊列の中心へ飛びこむ。左脚を軸にスピンする。両手と右足で四人を打つ。頭蓋骨を、頚椎を、大腿骨を、腓骨を、一撃で粉砕する。

 足りない。まだまだ足りない。

 悶絶して倒れたコーポレーション隊員に、アヤは襲いかかる。

 そのときアヤは気づく。ラーメン屋の窓ガラスにシンデレラが映っていた。動顛している。両手でジェスチャーする。なにかを押さえつける様な。

 アヤは身をかがめる。

 ガラスが破砕される。黒人の指揮官が消音アサルトライフルを連射した。店内は酸鼻な地獄絵と化す。ブタの骨でダシをとったスープに、ヒトの骨と血と肉がまじる。きっと美味だろう。

 アヤは両手をアスファルトにつく。脚をまっすぐのばして側転をきめる。小学生のころ体操教室でならった技を体がおぼえていた。

 毎日習い事があって大変だねと、当時は友達によく言われた。同情される理由がわからなかった。その道の達人が、わざわざ知識や技術をシェアしてくれるのだ。習い事ほどありがたいものはない。

 アヤは指揮官のもとへ殺到する。遠心力をいかし、V字にひらいた指で両目を突く。中指が左目に食いこむ。十字架をあしらった黒い爪が、ぷちっと角膜をやぶる。指がゼリー状の硝子体にまみれる。

 まだだ。まだ足りない。

 叫び悶える指揮官を、ハンヴィーのドアへ打ちつける。さらに指を押しこむ。前頭骨の薄い部分が、指先で割れる。破片ごと前頭葉をえぐる。

 絶叫と抵抗が止む。

 アヤは眼窩から指を引き抜く。指揮官が崩れる。アヤは血まみれの手をふるう。

 ハンヴィーの窓ガラスに映るシンデレラと目があう。いつも陽気なシンデレラの表情がこわばる。アヤとの契約を後悔するかの様に。

 アヤが言う。「さっきはありがとう」

「え」シンデレラが答える。「なんのコト」

「警告してくれたでしょ。デレちゃんも意外と役に立つね」

「『意外と』は余計だヨ。伝説の戦士プリキュアみたいなコンビになろうネ」

「聞いたことない」

「もんでゅー! プリキュアを知らない日本人がいるなんて!」

「ひょっとしてデレちゃんってフランス人?」

「うぃ、びあんしゅーる」

「よかったらフランス語おしえて」

「いいけど、ホラ。アヤの友達がさらわれてくヨ」

 アヤは、シンデレラが指差す方をみる。ユウキをのせた、もう一台のハンヴィーが急発進する。

「はやく言ってよ、バカ!」




 コーポレーション隊員五名がのるハンヴィーが、首都高速を駆け抜ける。時速百三十キロで飛ばす。CIAのフロント企業である玩具量販店の、川崎市にある店舗が彼らの拠点だ。

 彼らは指揮官をふくむ仲間の五名を、道玄坂に置き去りにした。ユウキの身柄の確保を優先したわけだが、怖気づいて逃げたのが本音だった。

 鮮血で手を染めた制服の少女の、あの沈鬱な表情。幼いころ絵本でみた邪悪な魔女そのものだった。

 時刻は十二時をまわる。通行量はすくない。先行するドライバーがレーンをゆづる。バックミラーに映る、猛然と突き進む装甲車を恐れた。川崎まで彼らを妨げるものはない。

 しかしハンヴィーのルーフには、バーにつかまるアヤがいた。風圧をふせぐため、右手で顔を覆う。はげしく髪とスカートがたなびく。

 虚空にむかいアヤが叫ぶ。

「デレちゃん!」

 パキパキと音をたて、アヤの右の握りこぶしが透明になってゆく。結晶化して固まる。

 舞踏術【ブリゼ】。

 ガラスの鎚を、円形のハッチへ振り下ろす。執拗な打撃に装甲が歪む。

 結晶の硬度は、トワからおそわらなかった。砕け散るかもしれない。

 知ったことか。

 腕の一本や二本、くれてやる。

 留め金のはづれたハッチを開ける。後部座席にいた、そばかす顔の白人男と視線がぶつかる。呆然としている。そばかす顔は「ファック!」と叫び、拳銃のグロック19を連射する。

 アヤはハッチを閉じる。直後にハンヴィーが軌道から逸れる。跳弾が運転手に当たったのだろう。ユウキに被害がないのを願うばかりだ。

 ハンヴィーから飛び降りたアヤは、前転して衝撃を緩和する。路側帯へ退避する。ハンヴィーが横転する。三回転した。ぼんやりと電灯に照らされる防音壁に激突して止まる。

 アヤは、上下逆さまとなったハンヴィーへちかづく。ガソリンの臭いが漂う。爆発の恐れがある。はやく救出しないといけない。バックドアをあけ、気を失ったユウキを引きずり出す。

 ふりむくと、赤いメルセデスベンツGLSが十メートル後ろに停車している。セーラー服のトワが降車し、こちらへ駆け寄る。アヤは、両手を拘束されたユウキをあづける。

 私はまだ、やるべきことがある。

 横転事故は、乗員へのダメージが大きい。百戦錬磨のコーポレーション隊員でも、三半規管までは鍛えられない。しばらく目眩がつづき、立つこともままならないはず。

 それでも隊員たちは、天井が床になったハンヴィーから、アサルトライフルをかかえて這いずり出る。骨折などの重症を負ったにもかかわらず、死力をふりしぼる。兵士の鑑だ。

 アヤはガラスの靴で、それぞれの頭部を踏み砕く。四人殺す。すでに運転手は絶命していた。シートベルトを外して引っぱり出す。そして破壊する。原形をとどめないほどに。

 羽多野が、背後からアヤの肩をつかむ。

「無益な殺生はよせ」羽多野が言う。「こいつらも命令でやっただけだ。警察がくる前に離脱するぞ」

 死体損壊がとまる。アヤは手の甲で、小柄な羽多野の顔面を打つ。羽多野は仰向けに倒れる。

 アヤは振り返り、羽多野を見下ろす。瞳が黒く変色している。瞳孔がひらいたという次元ではない。白目がなく、眼球全体がどす黒い。

 イクリプス。

 心の平衡を失い、シャドウに自己を侵蝕された状態を意味する。

 まさに月蝕の様に。

 トワが、アヤと羽多野のあいだに立つ。右の人差指を突き立て、メトロノームの要領で規則的にうごかす。「チクタクチクタク」とささやく。

 感応術【チクタク・クロコダイル】。

 アヤの膝が曲がる。路側帯に横たわる。つめたいアスファルトを枕にして眠る。




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