『殲滅のシンデレラ』 第4章「地下駐車場」


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 アヤは羽多野とトワに連れられ、薄暗い地下駐車場をあるく。ことなる制服の少女二名と、派手なスーツの男一名。見慣れない組み合わせだ。

 コンクリートで囲まれた空間は、無機質で陰鬱。別のレーンから、タイヤの摩擦音がひびく。食事を終えたどこかのだれかが、帰路についた。

 新幹線も飛行機も、すでに京都行きの最終便が出た。アヤたちは都内のホテルで一泊したあと、早朝の新幹線に乗る予定だ。そして明日の夜十二時までにテロリストを斃す。タイトな日程になる。

 羽多野の車は、赤いメルセデス・ベンツGLS。七名が乗車可能なSUVだ。自慢の愛車の前に、中年の男女が立っている。ひとりはアヤの母。となりのピンストライプのスーツの男も見覚えがある。一度か二度、夫人同伴でアヤの家に来ていた。たしか東急本店の店長だったはず。

 濃紺のワンピースを着た母に、アヤが言う。

「よくここがわかったね」

「一応母親ですから。あと無理を言って、こちらの関さんに御協力いただいたの」

 母は関に頭をさげる。丁重に礼をのべる。関は満足げに、エレベーターの方へ去ってゆく。

 このデパートにとって、アヤの母は最大のお得意さまのひとり。大口顧客をつなぎとめるのは、店長の重要な職務だ。よその親子ゲンカに介入するくらいの骨折りは、苦にしない。




 アヤと母のふたりがGLSに乗る。体を包みこむ革張りのシートに座る。地下駐車場も静かだが、車内はまったくの無音だ。

 息苦しい。

 窓にシンデレラが映っている。アヤにウィンクし、サムズアップする。母との対決を応援してくれるのはうれしいが、正直言って気が散ってしまう。

 シンデレラは、スカートをひるがえしスピンする。電飾をほどこされた馬車などの乗り物が、GLSの両脇を行進する。お姫さまや妖精がその上で踊る。おなじみの賑やかな曲がながれる。

 エレクトリカルパレードだ。

 眉をひそめて母が尋ねる。

「アヤちゃん、疲れてるみたい」

 目をこすってアヤは集中をとりもどす。

「べつに」

「お父さんと話したの。これを見せたわ」

 イタリア製の革のトートバッグから、母は一枚の書類をとりだす。あちこち記入されている。

「離婚届?」

「これが私の切り札。お父さんのうろたえぶりったらなかったわ。アヤちゃんにも見せたかった!」

「そうなんだ」

「仕事の大変さは理解してるし、大抵のことは我慢するけど、子供たちを傷つけるのだけは許さないって言ってやった」

「へえ」

「ネイルをしてもいいと認めさせたわ」

「そうなんだ。ありがとう」

 アヤの態度は冷淡だった。いまさら遅いと言わんばかりだ。

 母は察知する。娘はなんらかの覚悟を決めたのだと。離婚届より強力な、とっておきのカードを切る必要がある。

 さりげない口調で母が言う。

「そういえば私、例の話をアヤちゃんにしたかしら。私が高校時代にお付き合いしてた人の話」

 明敏なアヤは、母の戦略を看破している。だがそこは、思春期の女の悲しさ。おもわず餌に食いつく。

「なにそれ、知らない」

「家庭教師だったの。当時は大学院生」

「ありがちだね。友達にもいるよ。カテキョとつきあってるコ」

「アヤちゃんも経験あるでしょう。先生を好きになったことが」

「さあ。どうかな」

 アヤは無表情をよそおう。

 図星なのはミエミエだった。どれだけ大人ぶっても、母には見透かされる。手にとる様に。

 母はほくそ笑む。

 娘がいじらしくてしかたない。母親業ほどたのしい仕事はない。あるわけがない。

「私たちは将来を誓い合ってた。あの人と結婚すると信じこんでた。でもダメだったわ。おじいちゃんに反対されて」

「へえ」

「あの頃のおじいちゃんは、それはそれは怖かったの。お父さんなんて比べものにならない」

「想像できないね」

「ちょっとでも口答えしたらぶたれるの。私も気が強かったから、しょっちゅう鼻血を出してたわ」

「それはひどいなあ」

「いまじゃアヤちゃんにベタ甘なんだから、なんだか不公平よね」

「私が可愛いからじゃない?」

「なによ。私だって昔は可愛かったのよ」

 ほがらかに母娘ふたりは笑う。

 アヤの読書好きは、上智大学仏文科卒の母の影響だった。月に一度は、ふたりで映画や演劇を見に出かける。基本的に仲のよい親子だった。

「結局」アヤが尋ねる。「その人とはどうなったの」

「駆け落ちするつもりだった」

「ぷっ」

「アヤちゃんは笑うけど、すくなくとも私は本気だった。逃げられちゃったけどね。おじいちゃんからお金をもらって身を引いたみたい」

「本人がそう言ったの」

「そんなこと聞くわけない。もし事実だったら、私が惨めすぎるでしょう」

「いまでもその人を思い出す?」

「それがね……」

 母は脇腹をかかえ、笑うのをこらえる。鉄板のエピソードがあるらしい。

 アヤは、自分が母のペースに乗せられてるのを自覚している。でも話の続きがどうにも気になる。

「こないだ」母が続ける。「新聞でひさしぶりに彼の名前をみたの。いまは大学教授なんだって」

「へえ」

「でも、そこでセクハラ事件を起こしたって言うから、びっくりするじゃない。教え子にちょっかい出して。大学はクビになったそうよ」

「うわあ」

「男の人の性癖って、死ぬまで変わらないのかって思ったわ」

 なるほど、そういうオチか。

 アヤは内心で批評した。

 若い娘が激情に駆られ、後先かんがえない行動に出るのはしかたない。若い娘なのだから。

 でも、落ち着きを取り戻したその先に、人生において本当に大切なものがある。

 就職、社交、子育て、選挙運動、地域振興、慈善事業、趣味の集まり、なんだっていい。やりがいのある仕事が山ほどある。寝るのも惜しいくらい充実した人生、だれもが羨む人生が待っている。

 佐倉家の跡取り娘でいれば。

 その生きた見本が、目の前にいる。

 アヤはGLSのシートに背中を預ける。首を回す。ボキボキと音が鳴る。

 家出の決心が揺らぐ。

 誘惑が大きい。

 母の様な人生は、どうかんがえても三十億円より価値があるのでは?

 捨てたら、一生後悔するのでは?

 アヤは、母娘だけがシェアできるテレパシー的な感情の虜だった。まるでロールケーキみたいな、やわらかくて甘いなにかに丸めこまれた。

 とどめを刺すべく、母は白い紙袋をトートバッグからとりだす。Diorと印字されている。

「ささやかだけど」母が言う。「これは私からのプレゼント」

「なに? 開けていい?」

「どうぞ。ディオールのネイルよ」

 アヤは昂奮して箱を開ける。三千円するピンクのエナメルだ。自分ではとても買えない。こんなにうれしいプレゼントはない。

 アヤの目が潤む。

 母の愛は疑いようがない。ちょっとあざといけれど。この人を裏切るなんて、決して許されない。自分もやさしい母のことが好きだ。心から感謝している。そして、だれよりも愛している。

 一方で、アヤはおのれの観察力を呪う。

 母のトートバッグに、もうひとつディオールの箱があるのに気づいた。たしか八千円くらいのアイシャドウだ。

 アヤは窓の外を見やる。殺風景な駐車場で待ちぼうけを食らう羽多野が、煙草を吸っている。トワはアイフォンをいじる。

 アヤは内心でつぶやく。

 衝動的に家を飛び出した私を慰めるため、お母さんはディオールのお店に立ち寄った。私の好みを知り尽くしてるから。

 でもお母さんは、そこでつい自分用のアイシャドウを買ってしまった。我慢できなかった。

 買い物中毒だから。

 この家にいたら、だれもが病んでしまうから。

 お母さんには恩がある。ありえないけど、もし老後に困窮することがあれば、絶対助ける。

 ただ、ひとつ言えることがある。

 あなたは私のロールモデルじゃない。

 私は私の道をゆく。

 アヤは、胸ポケットで震えるアイフォンを手にとる。カラオケにいったユウキからの、LINEの通知があった。




 羽多野はGLSを運転し、松濤の自宅前でアヤの母を降ろす。アヤはユウキに呼ばれたと言い、車内にのこる。用事がすんだら娘をすぐに帰すと母に約束して、羽多野は車を発進させる。

 ユウキからのLINEは「なんかデュナミスがやばいらしい。見てくる」というもの。109の裏の、道玄坂の入り組んだ細い路地に、GLSがとまる。ビルの一階はラーメン屋で、地下がライブハウス。格闘技ジムのデュナミスがある二階へは、建物左の外階段からあがれる。

 三十メートルむこうに、砂色に塗装された大きな車が二台駐まっている。どちらもナンバープレートはない。アメリカ軍などで使用される兵員輸送車のハンヴィーだ。

 もともと治安のよい区域ではないが、装甲をほどこされた軍用車輌は、いかにも物騒に目に映る。

 助手席のトワが、こわばった表情で羽多野に言う。

「羽多野さん、あれって」

「ああ。おそらくコーポレーションだ。先手を打ってくるとはたまげた。たいした情報収集力だ」

「はやく逃げないと」

「そうだな」

 アヤは胃が痙攣するのを感じる。後部座席から羽多野に話しかける。

「『コーポレーション』ってなに」

「CIAが保有する準軍事組織だ。SADとか、さまざまな名称があるが、いまはコーポレーションが通りがいい」

「え……敵はCIAなの」

「敵の一部だ」

「話ではテロリストを斃すって」

「嘘はついてない。もし日本の警察が準軍事要員を逮捕しても、アメリカ政府はかならず関与を否定する。そういう汚い作戦だ」

 二〇〇一年にはじまるアフガニスタン紛争で、現地に一番乗りしたのはCIAの準軍事組織だった。二〇一一年にパキスタンでビン・ラーディンを暗殺した作戦は、実行したのは海軍の特殊部隊だが、指揮したのはCIA長官だ。もし失敗しても、あとで頬かむりできる様にするため。アメリカは積極的に、軍事作戦の定義を更新しつづけている。

 善し悪しはともかく。

 アヤの脳裏で警報が鳴り響く。頭蓋骨が砕け散りそうだ。

 テロリストと聞いて思い浮かぶのは、浅黒い肌のアラブ人だ。アッラーフ・アクバルなどと叫んで犬死にする狂信者たち。あとはせいぜい、日本の年老いた左翼の過激派とか。

 たしかに私は迂闊だったかもしれない。

 でも私みたいな普通の女子高生が、アメリカ政府と殺し合いをさせられるなんて、いったいだれが想像するだろう。

 おだやかな口調で、羽多野が言う。

「まだアヤは契約してない。降りたければ降りろ」

「降りるとは言ってない」アヤが答える。「暗殺のターゲットはだれなの」

「ウォーレン・ワイズ。アメリカ合衆国大統領。京都中心部への核ミサイル攻撃を計画している」

「そんな!」

「京都での首脳会談のため、あす来日する」

「なんなの。自分がミサイルを落とす都市にノコノコやってくるとか。そもそもなぜ攻撃を」

「敵の計画のすべては把握してない。ただ会談のなかで、一種の宣戦布告をおこなうらしい」

「信じられない」

「情報そのものは確実だ。あるメッセンジャーから直接聞いた。世界的な有名人だ」

 誇らしげにトワが口を挟む。

「ちなみに、私の未来予知でも裏付けされてる」

 アヤはそれを無視し、羽多野に言う。

「だまされてないという保証がほしい」

「頭金の十五億では不足か」

「あなたは核兵器が怖くないの」

「怖い。だが対抗手段がある」

「なに」

「あとで教える」

「さっき言ってたメッセンジャーに会わせて」

「無理だ。連絡先を知らない。多分どこかでひょっこり現れるさ」

 羽多野は左腕のスピードマスターをみる。しかめ面をして続ける。

「アヤ。議論してる暇はない。嫌なら、ガラスの靴を置いて車から降りろ。俺は手持ちの駒で戦う」

 助手席のトワが、隣の羽多野の腿に手をおく。上目遣いで熱っぽい視線をおくる。そして見下す様に、後ろのアヤを横目でみる。




 ビルの外階段で騒ぎがおこる。

 ぞろぞろと約十人の集団がジムから出る。ほとんどが白人で、屈強な体格をしている。服装は統一されておらず、カジュアルなシャツの上にプレートキャリアを重ねる。全員アサルトライフルを手にするが、こちらもHK416やFN・SCARなど、まちまちの武装だ。

 コーポレーション。

 CIAに飼われた、血に飢えた猟犬ども。

 列の中ほどで、学院の制服を着たユウキが暴れている。コーポレーション隊員が、HKのストックで殴る。頭から出血したユウキがうなだれる。

 車内から見守るアヤの手のひらに、黒く塗られた爪が食いこむ。

 助けないと。

 あいつらが探してるのは私だ。ユウキは人違いで拉致されようとしている。もしくは、尋問して私の居場所をしらべる気か。

 つまり拷問。

 会長の下野寛を先頭に、ジムからインストラクターと練習生があらわれる。総勢七名。みな激昂し、口々になにごとか叫ぶ。招かれざる客が、彼らが可愛がっている少女を攫ったのだから当然だ。

 アヤは両手で窓ガラスを叩く。このあとに起こる惨事を想像できた。

 下野が右ストレートの一撃で、コーポレーション隊員を倒す。ほかの六人も下野につづく。狭い階段で、格闘家と準軍事要員の乱闘がはじまる。

 四十代なかばの黒人が、あわてず銃を構える。年恰好と雰囲気からいって指揮官らしい。装備は、銃身全体がサプレッサーで覆われたASヴァル。ロシアの消音アサルトライフルだ。

 黒人の指揮官が、路上から発砲する。

 無音だ。

 下野が階段を転落する。

 堰を切った様に、コーポレーションの八名が連射した。

 今度は耳をつんざく銃声が、道玄坂の路地裏で反響する。

 格闘家たちはみな即死か、致命傷を負う。コーポレーション隊員が弾倉を交換する。

 発砲しなかった二名は、ユウキをハンヴィーのそばに引きずってゆく。プラスチックの結束バンドで両手首を縛り、荷台へ放りこむ。

 アヤはドアハンドルに手をかける。

 トワが助手席から身を乗り出し、アヤの手をつかむ。目を丸くして尋ねる。

「助けに行く気じゃないでしょうね」

「あのコは私の友達だ」

「いまのを見たでしょう。連中は、世界でもっとも経験豊富な殺し屋なの」

「巻きこまれたのは私のせい。だから助ける」

「まだ舞踏術を口頭でレクチャーしただけよ。一度も練習してない。危険すぎる」

 顎に手を添えた羽多野が、険しい顔で隣のトワに尋ねる。

「舞踏術はなにを教えた」

「【ピケ・トゥール】と【ブリゼ】です」

「いいチョイスだ。いけるな」

「羽多野さん!」

「敵はこちらの奇襲を予期してない。いま攻撃すれば戦力をかなり削げる。尋問も避けたい」

 斜め後ろを向き、羽多野が続ける。

「アヤ。交戦を許可する」




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