『ダンジョンシスター』 第2章「ジャバウォック」


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 ヒロはナノを、無理やり屋内へ押しこめる。ドアを閉め、身を翻す。向かいの二階建ての住居にジャバウォックがとまっている。スレート瓦の屋根が崩れ落ちる。

 ジャバウォックは道路ごしに、牙のはえた頭部をちかづける。唾液が庭にしたたると、芝生が溶けて地表が露出する。

 あたりを嗅ぎ回り、ジャバウォックが言う。

「美少女の匂いがするぞぉ」

 ヒロはドアに寄りかかる。足がすくんでいる。

 ジャバウォックが続ける。

「甘い香りだぁ。十三か十四ってとこか。ちょっとばかり熟れすぎか。小四くらいがベストだがなぁ」

 ドアの裏側からつぶやきが漏れる。

「きもい……きもすぎる」

 板金鎧の骸骨将軍が、無言で剣の切先をジャバウォックへむける。散開した八名の骸骨兵が、長弓で矢を一斉に射かける。

 放たれた矢は、一本も鱗を貫通できない。ジャバウォックは苛立たしげに咆哮する。首の倍の長さの尾をふるう。骸骨兵三名が吹き飛び、四散してばらばらの骨となる。

 ヒロはドアをあけ、玄関で立ち尽くすナノの手をとる。脇目もふらず庭を駆け抜ける。

 ジャバウォックはナノに目を留める。飛翔してから叫ぶ。

「ロリ巨乳か! あれは上玉だぁ!」

 悪鬼の様な形相でナノが言う。

「あいつきもすぎ。にぃに、やっつけて」

 ヒロが答える。「だまってろ」

 骸骨兵が第二射をはなつ。白っぽい腹が比較的弱いらしく、矢が突き刺さる。ジャバウォックは猛り狂い、炎を吐いて反撃する。

 紅蓮の炎が、住宅街にほとばしる。骸骨兵たちは爆散する。祖父宅をふくむ数棟が灰燼に帰す。

 ヒロは足を止め、振り返る。祖父宅は全焼した。骸骨兵は全員斃れたが、板金鎧の将軍だけ剣を杖がわりにし、立ち上がろうとしている。黒龍の巨体は見当たらない。

 バサッバサッ!

 ジャバウォックは前方上空へ回りこんでいた。

「ロリ巨乳ちゃん。逃げるんなら容赦しないよぉ。丸焼きにして、おいしくいただくからね」

 ナノが叫ぶ。「ペドフィリアは死ねッ!」

「怒ってる顔もかわいいなぁ」

 ヒロはナノの手を引き、横道へ入る。血相かえて走る兄妹をみて、道端の猫が仰天する。

 ヒロは逃走経路をかんがえる。

 飛行する敵を撒くのは至難だ。たとえばマンホールの蓋をあけて下水道へ降りてはどうか? いや、降りるあいだに攻撃を食らう。

 車を止めようと、ヒロは交叉点に出る。ジャバウォックが首をもたげ、ふたたび炎を吐こうとする。

 時速百キロでほかの車輌を撥ね飛ばし、ストライカー装甲車が殺到する。兄妹とジャバウォックのあいだに停車する。

 火炎が直撃し、車体が揺れる。セラミック製のメクサス装甲は、かろうじて熱波に耐えた。

 後部ハッチがひらき、レザージャケットを着た黒人の女が手招きする。

「ほら、乗りな!」

 ヒロとナノは言われるままストライカーへ乗りこむ。狭い車内には、女以外にアメリカ陸軍兵が三名いる。二名は操縦席と助手席に座る。

 ストライカーが走りだす。席についたナノは、となりに座るヒロの手の甲をつねる。

 ヒロが言う。「痛いな」

「どうゆうわけ。巫女さんの胸触ってぼーっとして」

「ぼーっとなんかしてない」

「どすけべ。変態。痴漢」

「それどころじゃないだろ」

 向かいに座る黒人の女が、ヒロの顔をまじまじと見る。鼻にピアスをし、髪をこまかく編んでブレイズにしている。

「ヒロ? 2‐Hのヒロか?」

 ヒロはあらためて女を観察する。褐色の胸元に、蝶のタトゥーをいれている。

「もしかしてテリー先生?」

「そうだよ! こんなところで何してる」

 テリーザ・ビショップは、ヒロの高校で外国語指導助手をつとめる教師だ。陽気な性格で生徒に人気がある。

「テリー先生こそ」

「実はあたいはフリーの探索者なのさ。最近東京が熱いらしいから、一攫千金を狙いにきた」

「高校での仕事は?」

「生活費を稼がないとね。フリーランスはつらいよ」

 ナノがヒロの顔を見上げる。会話に混ざりたくてうずうずしている。

 テリーザが尋ねる。「となりの可愛いコはだれだい? ガールフレンド?」

「はい!」ナノが答える。「彼女のナノです」

 ヒロが言う。「嘘つくな。こいつは妹です。亡くなった祖父の家に来たら、ジャバウォックに襲われて」

「そりゃ災難だったなあ。とりあえずライトゾーンにむかおう」

 テリーザはポケットから、折りたたみ式の小さな端末をとりだす。ゲームボーイアドバンスSPに似ている。表示された地図をしらべ、運転手に目的地を英語でつたえる。

 ほくそ笑むテリーザが、ヒロに言う。

「ヒロの顔みたらアレ食べたくなってきた。いつも食べてるアレ」

「カロリーメイトですか」

「もってる?」

「どうぞ」

 チーズ味を箱ごとわたす。学校の昼休みにテリーザは各教室に出没し、生徒の弁当をおすそ分けしてもらっていた。食費を節約してるのだろう。

 ナノが笑う。「完全に『カロリーメイトの人』って思われてるね」

 ストライカーが加速する。蛇行して車体が揺さぶられる。ジャバウォックの鳴き声が中まで届く。

 米兵がモニターを見つつ、車内からM2重機関銃を発砲する。通常兵器はモンスターに一切通じないと言われる。まして相手は最強のドラゴンだ。目くらまし程度の効果しか期待できない。

 ヒロたちの上下の感覚が狂う。強烈な衝撃が全身を幾度も襲う。ジャバウォックのブレス攻撃をくらい、ストライカーが横転した。

 ヒロの意識は鈍痛で朦朧とする。目の前にナノの顔がある。涙をうかべている。背景は曇り空だ。ヒロは道路に横たわり、ナノは膝をついてそれを見下ろしている。ヒロは痛みの発生源である側頭部をさわる。右手がべっとりと血にまみれる。

 アサルトライフルのHK416を撃ちながら、米兵が叫ぶ。

「ラン(逃げろ)!」

 総督府支配下の東京において、米軍は日本人を保護する義務を負わない。あっぱれな兵士だ。しかしジャバウォックの鋭い爪が、アーマープレートごと米兵を貫きとおす。

 惨劇を間近で目撃し、ナノが尻餅をつく。両手で口許を覆う。ナノは気が強いが、一方でイラストを描くのが趣味であるなど、神経が細やかなところがある。特に視覚的なショックに弱い。祖父の焼死体をみたときも激しく動揺した。

 ジャバウォックは、先が三叉にわかれる舌をのばす。刺激臭が鼻をつく。ナノのハイウエストスカートを唾液で汚す。

「コレクションにしようかなぁ。それともここで食べちゃおうかなぁ」

 ヒロは米兵が落としたHK416を拾う。ストックを肩にあて、見様見真似でトリガーを引く。眼球にでも命中すれば、多少効くのではないか。しかしハンマーで殴られる様な反動が上半身につたわり、全弾外れる。

 でたらめな撃ち方が、かえって威嚇になったらしい。ジャバウォックが羽ばたき、十メートル上方で滞空する。牙を剥き出して叫ぶ。ナノをコレクションにくわえる気をうしなった様だ。

 ヒロは強引にナノを立てせ、鬱蒼と木の茂る公園へ逃げこむ。車内にのこしたテリーザの安否は気がかりだが、確認する余裕はない。探索者なら、自力で切り抜けるスキルをもってるだろう。

 左手にジブリ美術館がみえる。宮﨑駿がデザインした、トトロの森をイメージした建物だ。ナノは熱心にジブリアニメを愛好するが、その聖地の前にいるのに気づいてない。

 ナノが足を引きずっている。右足首を捻挫した様だ。ヒロはリュックサックを腹側で負い、ナノをおぶって走る。ナノの体重は四十キロ台に満たないが、速度は急低下する。

 ヒロは吉祥寺駅を目指している。地下街へ潜れば、絶好のシェルターとなるはず。

 井の頭池のそばの段差でよろける。ベンチに脚をぶつけ転倒する。ナノが石畳でころころ回転する。

 立ち上がったヒロの左手に激痛が走る。目眩がする。手のつけねの部分が不自然に曲がっている。橈骨と尺骨が折れた。

 ヒロは背後を見上げる。敵との距離を百メートル稼いだ。逃げ切れる可能性はある。

 ナノがはかなげな微笑をうかべる。ヒロの負傷を目ざとく見抜いた。

「にぃにだけ逃げて。その手じゃナノをおぶれない」

「なに言ってる。駅までもうすこしだ」

「どっちかが生き残らなきゃ。子供がふたりとも死んだら、パパとママがかわいそう」

「あきらめるな」

「安心して。ジャバウォックが変なことしたら、舌を噛んで死ぬ。家族に恥はかかせない」

 ナノはほほ笑んだまま後ずさる。ジャバウォックとの距離は五十メートルに縮まる。

「ごめんね」ナノが続ける。「いつも生意気でうるさくて。ウチの学校厳しいから、めったに外出許可もらえないの。にぃにとお出かけするの久しぶりだから、舞い上がっちゃった」

「ナノ!」

「絶対忘れないでね。にぃにのことを大好きな、ちっちゃな女の子がいたことを」

 疲労とダメージが蓄積し、行動不能となる寸前のヒロが、おのれの心を鞭打つ。

 考えろ。

 攻略法はある。

 かならず、どこかに。

 走りながら考えるんだ。

 ヒロは右脇にナノを抱える。つんのめって階段を駆け下りる。ジャバウォックの絶叫が鼓膜を裂く。

 十メートル。

 弁天池にかかる木造の橋を渡る。連休のたのしみを台無しにされたひとびとが、恐惶をきたしている。ほとんどが凍りついている。ヒロは傷ついた左腕でそれを掻き分ける。

 ふりかえって曇天を仰ぎ見ると、真上でジャバウォックが長い首を左右に振り、空気を肺へ溜めこんでいる。

 ヒロは右脇に抱えた荷物、つまり妹を、欄干ごしに池へ放りこむ。

 ジャバウォックが猛烈な炎を吐く。

 そのブレスは軍用車輌の装甲すら破壊する。木の橋などひとたまりもない。精力をつかい果たしたヒロは、呼吸困難に陥っていた。欄干につかまり、弁天橋が粉々に爆ぜ散ってゆく様子をながめる。火柱は直線的にちかづく。

 医学に精通してなくても、あの劫火にまきこまれて生存する可能性はゼロだと理解できる。それでもヒロは火炎に背をむけ、両腕で頭部をまもる。

 妹にはゲーム脳と笑われるが、悪あがきする性分なのだ。




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