『群狼のプリンセス』 第9章「特別捜査本部」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 アカツキセキュリティの実行部隊が、本部の駐車場に整列している。総勢六十名。みな制服の黒のレザージャケットを着ており、壮観だ。四番隊と五番隊は、それぞれ五名増強された。教授の息のかかった構成員が、これで半数を占めた。

 ジュンは垣根を背に、駐車場の隅に立つ。隣の父・大五郎と腕を組む。大五郎はこれまで本部で二週間療養していたが、あす帰宅する予定だ。長時間立つのは負担なので、ジュンがささえている。結束の強さを社員にアピールする意味もある。

 教授が演説をぶつ。大袈裟なジェスチャーで鼓舞する。元数学者で、社内で一番弱いくせに。

 警視庁はきょう、とどめを刺すべく般若党を強襲する。ジュンが習志野駐屯地に駆り出されてから、二日しか経ってない。警察による例の「クーデター」は、敵の妄動を誘うエサだった。

 ジュンは足許の小石を蹴飛ばす。列の最後尾に立つミカの踵に当たり、くりっとした瞳で睨まれる。

 状況をコントロールできてないのが、ジュンの苛立ちの理由だ。すでにアカツキは、国内でもっとも対テロ作戦の経験が豊富な組織とみなされている。今回も警察はアカツキを外せなかった。勿論、それ自体は名誉だ。

 でも、進展が急激すぎるのが気にいらない。本来鈍重なはずの警察が、必要以上にテキパキしている。

 いったい、どこのどいつが絵を描いてやがる?

 右隣の大五郎が小声で言う。

「行儀が悪いぞ」

「むかつく。教授のやつ、いい気になって」

「あいつはよくやってる」

「パパをいたわる言葉もない」

「経営はあいつに任せてある。問題ない」

「まあね。あたしにも教授とゆう人間がわかってきた。でかい顔できて満足って、それだけ」

「どうゆう意味だ」

「単純ってこと。教授は陰謀の黒幕じゃない。パパの相手はつとまらない」

「俺は単純じゃないのか」

「つねに二手三手先を読んでるでしょ。パパをハメたのは、もっとこう、とんでもないやつだ。絶対見つけ出して、復讐してやる」

 大五郎は、自分をささえるジュンの横顔をみる。鼻が高く、顎が尖っている。猛禽類に似ている。娘の資質は見抜いていたつもりだが、予想をこえる勢いで成長している。

 大五郎は背広のポケットから小物を取り出し、後ろ手にジュンにわたす。ジュンが何食わぬ顔で右手をのぞくと、それはUSBメモリだった。

 ジュンが尋ねる。「これは?」

「般若党の居場所だ。品川埠頭にいる」

「なぜあたしに。それこそ教授にわたせば」

「警察の小賢しさを俺はよく知っている。容易に動かせる連中ではない」

「あたしはまだ十八歳だよ。しかも女だし。まあ、明日誕生日だけど」

「俺の戦略と、お前の勇気があれば、不可能はない」

 今度はジュンが大五郎の横顔をみる。だいぶ血色がよくなった。いつもの頬髯は、弱ってるときはみすぼらしく見えたが、いまは精悍さを際立たせている。スティーヴ・ジョブズにたとえられるのが嫌いなくせに、髯はジョブズを意識する様にみえる。肉親だが、複雑な人間だとおもう。

 父の企図のすべては判然としない。しかし今回は、一九七二年のあさま山荘事件をはるかに超える、戦後最大規模の対テロ作戦だ。そこにアカツキセキュリティが参加する意味は、ジュンにもわかる。父の夢が娘に託されたのだ。

 ジュンは心のなかで叫ぶ。

 あたしは、この日のために生まれてきた!




 午前十一時。

 ジュンは、江東区にある東京湾岸警察署にいる。特別捜査本部が設置された会議室は、長机にノートPCやプリンタやファックスつきの電話がならぶ。男女の職員があわただしく行き来する。

 比較的年嵩の警察官が、喧々諤々の議論を戦わせている。ジュンは末席でおとなしく座る。左隣の教授は、話にあわせて卑屈に何度もうなづく。民間人がここにいられるだけで幸せと言わんばかり。

 警視庁幹部は、特殊強襲部隊SATをどこに派遣すべきかについて協議している。午後に作戦開始予定だったが、潜伏先に関する情報がデタラメだと数十分前に判明した。

 女性職員がファックス用紙をもってゆく。幹部たちが頭をかかえる。那覇市に般若党のアジトを発見したと、沖縄県警が報告してきた。SATの指揮官である、くせ毛で三十歳前後の警部があくびをする。どうやらきょうの出番はなさそうだ。

 ジュンは会議室の混乱に関心をしめさない。窓の外の東京湾をながめ、心を落ち着かせる。

 こうなるのは想定していた。般若党はいまだ謎につつまれている。組織としての実体があるかどうかさえ解らない。逮捕者を調査しても、犯行以前のつながりを證明できない。たとえばクーデターで標的にされた、陸自の林剣介一佐が所属していたグループ1905も、結局テロと無関係と認定された。

 ジュンはUSBメモリを差し出し、教授にささやく。

「これを提出しきて。ウチが独自にあつめたデータだって」




 警察官たちは驚愕した。メモリのなかの文書と写真と動画に。約四十名の不審者が、品川埠頭にある無人倉庫にあつまる様子が記録されていた。ECサイトのアマゾンジャパンが所有する倉庫だ。

 内容以上に、情報の入手経路が問題だった。警視庁が設置した監視カメラの映像がつかわれている。警察以外にアクセスできるのは、せいぜいアメリカやロシアや中国などの諜報機関くらいだ。

 警備部長をつとめる警視長が、憤然として立ち上がる。グレーのちょび髭を生やしている。

 ちょび髭が、教授を指差して叫ぶ。

「お前らはいったい何者だ!? なぜこんなデータをもっている!?」

 全身縮み上がって沈黙する教授に代わり、ジュンが答える。

「どこから入手したかなんて、どうでもいいじゃないですか。大事なのは中身でしょ」

「質問に答えろ!」

「あたしは知りません。父に聞いてください」

「暁大五郎の娘か。おい、こいつらをここに入れたのは誰だ!?」

 返答するものはいない。なぜ警察はこうまで、たかが一警備会社に依存するのか。よくかんがえると、般若党以上に不気味な存在ではないか。

 ジュンが答える。「あたしたちは依頼されたから協力してるだけです。市民の義務ですよ」

「お前たち民間人は信用できない。情報漏洩の原因である疑いがある」

 ジュンは自分が民間人であることに、なんの引け目もおぼえない。だが立場によっては、「ミンカンジン」とゆう言葉に最大限の蔑みを込められるのだと痛感する。日本語はおもしろい。あとでミカに教えてあげないと。

「じゃあ聞きますけど、ここにいるなかで実際に般若党と戦った人います? ちなみにあたしはガリルをぶっ放されました。五メートル先から」

「われわれを侮辱するか」

「侮辱してるのはそっちです。あたしの部下は撃たれて重傷を負いました。彼の苦労を無にする様な言い草は許さない」

「……この部屋から出て行け。しばらく別室で待機していろ。用があればまた呼ぶ」




 茫然自失する教授の手を引き、ジュンは会議室から出る。

 ちょび髭の言動は気にしていない。提出したデータが、彼らの面子を傷つけたのは事実だから。とりあえずアカツキの言い分をぶつければ、それで十分だ。どうせどこかのタイミングで、むこうから泣きついてくる。

 廊下の奥の階段で騒ぎが起きている。若い女の金切り声がひびく。聞き慣れた外国訛りがある。

 黒のレザージャケットを着たミカが、両腕を制服警官に拘束されて現れる。右側の男が木製のスティックを手にもっている。警官は二人ともしこたま打たれたらしく、顔面は血まみれだ。

 現場を見ずとも、ジュンは想像がつく。おそらくミカは、人種差別的な暴言でも吐かれたのだろう。

 ミカが警官の首に噛みつき、床にねじ伏せられる。教授が口ごもりながら、ミカはアカツキの社員だと説明する。警官は納得しない。東南アジア人を犯罪者予備軍とみなす習慣が染みついている。

 ジュンは人だかりを素通りする。何から何まで面倒はみきれない。自動販売機でペットボトルのお茶を買い、ベンチに腰を下ろす。

 一番隊のメンバー八名が姿をみせる。ダンは缶コーヒーを買って、ジュンの隣に座る。

 ため息まじりでジュンが言う。

「ダンの妹だから悪口言いたくないけど」

 ダンが答える。「ミカのこと?」

「あいつ短気すぎじゃね? あたしが言うのもなんだけどさ。フィリピンだって、警察署で警官ぶん殴ったらアウトだろ」

「そうだね。即銃殺刑かも」

「お前がどうにかしろよ。兄貴だろ」

「フィリピンは女がすごく強い。男はみんな尻に敷かれてる」

「へえ」

「だからオジョウに会ったとき、懐かしい気分になった。オジョウはフィリピンの女みたい」

「それって褒められてる?」

「全然褒めてないよ」

 ジュンとダンはため息のコーラスを漏らす。

 高らかに足音を鳴らし、長身で痩せっぽちの男が階段から現れる。陸上自衛隊の林剣介一佐だ。戦闘服でなく、私服のギンガムチェックのシャツを着ている。ジュンに気づいて軽く敬礼した。




 ジュンは林一佐に連れられ、会議室にもどる。

 林はデスクに拳を何度も叩きつけ、警視庁幹部にまくし立てる。こめかみに血管がくっきり浮かぶ。ジュンを締め出したのを怒っている。

 ちょび髭の警視長が咳払いし、反論する。

「機密保持のため、民間人の同室を遠慮してもらっただけです。自衛隊だってそうするでしょう」

「私も民間人としてここにいる」

「それはあくまで体裁で……。自衛隊の治安出動は首相の命令と、国会の承認が必要ですから」

「釈迦に説法はやめていただこう。この暁ジュン氏はまだ若く、女性でもあるが、サムライの心をもつ人物だと私はみている」

「はあ」

「彼女を軽侮するなら、この林剣介がただではおかないと言っておく」

 林はどかんと音を立て着席する。

 ジュンは人差し指で頬を掻く。

 買いかぶりだ。

 サムライとか言われても、ちっともうれしくない。ファザコンだからなのか、オジサンにモテてしまうのは困りもの。むしろ自分としては、年下の彼氏がほしいくらいなのに。

 品川埠頭への接近手段や戦術について、打ち合わせが進行する。専門的すぎてジュンはついてゆけない。銃なんて触ったこともない。

 脚を組んで背もたれに寄りかかるジュンに、林が無表情に尋ねる。

「すこしプライベートなことを聞いてかまわないか」

「はい」

「暁さんにいま恋人はいるか」

 うわ、来たよ。

 ジュンは内心で舌をだす。

 作戦会議中にナンパかよ。あと、ちょっとは年の差をかんがえてくれ。

「いえ、いませんが」

「私には息子がいる。二十四歳で、三菱重工に勤めている。親バカと笑われるだろうが、それなりに将来有望とおもう」

「そうですか」

「見合いをする気はないか」

「えーっ」

 ジュンは椅子からずり落ちる。

 勘弁してくれ。あたしはまだ十代だ。ほしいのはエリートの婚約者じゃなくて、イケメンの彼氏だ。もっと青春をたのしみたいんだ。

 てゆうか、それより先にテロリストをやっつけなきゃいけないけど。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03