『群狼のプリンセス』 第8章「枯山水」


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 千駄ヶ谷のアカツキセキュリティ本部は、禅寺を改修した建物だ。敷地の左側にある道場の前に、石庭がつくられている。石や砂で自然の風景をあらわす、いわゆる枯山水様式だ。

 ジュンは庭の奥で、木製の熊手をひく。砂紋をととのえると同時に、足跡を消す。蛇行しながら縁側へむかう。若手隊員が持ち回りで石庭を手入れしており、隊長のジュンも例外でない。きょうはミカにやり方を教える予定だったが逃げられた。

 一番高い石は「主石」と呼ばれ、その山から水が流れ出しているとみなす。砂紋には流れ紋・さざ波紋・渦巻紋など、さまざまな種類があり、それらを使い分けて繊細な表現をおこなう。

 正直アホらしい、とジュンはおもう。

 こんなの公園の砂場とおなじだ。若手隊員はみな当番を嫌がっている。別に高尚なものではない。

 ジュンは周囲を見回す。まだ午前八時半。隊務の前に父の見舞いをするため、早めに出社している。道場に人影はない。ズルをするチャンスだ。

 ジュンは途中で石に乗り、手をつかって足跡を消す。熊手を逆さまに持ち、柄を庭に突き立て、棒高跳びの要領でほかの石へ跳びうつる。さらに跳んで縁側へたどりつく。作業終了。

 いくつか穴が開いてるが、バレやしない。

「猿みたいに身軽だな」

 右側から声がした。

 おどろいたジュンがふりむくと、道着をきた日野源三が縁側であぐらをかいている。

 ジュンが叫ぶ。「し、師匠!」

「庭の手入れは面倒か」

「そりゃまあ」

「なら久しぶりに俺がやろう」

「すんません、やり直します」




 日野の指導をうけつつ、ジュンは枯山水の手入れをおわらせる。熊手を片づけてから縁側へもどる。

 目を細めて皺をつくり、日野が言う。

「御苦労。みちがえるほどの絶景になったな」

「うーん」

「わからんか」

「子供の砂遊びとおなじでは」

「水のないところに水を見る、幽玄美の世界。高度な文化だろう」

「枯山水って誰が考えたんですか。水が見たいなら、池をつくればいいのに」

「室町後期、応仁の乱で京都は荒れ果てた。庭に水を引くなんて贅沢はできない。そこで知恵をしぼったのがこれさ」

「なるほど。それなら納得」

 ジュンは日野の隣に腰をおろす。ビニール袋から、駅前のコンビニで買ったツナサンドをだす。

 サンドイッチを差し出し、ジュンが言う。

「師匠もどうぞ」

「いただこう」

「室町時代の後期って、戦国時代ですよね。パパが戦国オタクだから、あたしも興味ある」

「あいつは昔からそうだ」

「戦国時代って、お城がいまのコンビニと同じくらいあったって本当ですか」

「四、五万はあったと言われてるな」

「想像するとワクワクする」

「民衆はたまったものではないが」

「パパは現代は乱世だと言ってます。下剋上の時代だと」

「どこまで本気なのやら」

「おかしいですか」

「暁は口が達者だからな。お嬢は信じるのか」

「どうだろ。似てるところもあるし、似てないところもあると思う」

「それが真実だ」




 サンドイッチとおにぎり三個をたいらげ満腹になったジュンは、縁側で仰向けに寝そべる。遠い雲を見上げながら、日野に尋ねる。

「警察にいたころのパパはどんな感じでしたか」

「直属の部下だった時期はみじかい。一年に満たないか。生活安全課にいた」

「生活安全課?」

「ひらたく言えば売春の取り締まりだ」

「へえ、おもしろそう!」

 ジュンはがばと身をおこす。

「とんでもない。ただひたすら不愉快な仕事だ。それでも暁は熱心だったが」

「わかる。パパはいつも全力だもん」

「当時は公衆便所で売春をするのが流行っていた。ラブホテルをつかうとヤクザがうるさいから」

「ふむふむ」

「暁は、駅のトイレの個室を片っ端からこじ開けて、摘発していった。そしたら中で署長が用を足していた。あとで俺が大目玉をくらった」

「まさに尻拭いですね」

「笑いごとではない。とにかく言うことを聞かないし、あつかいづらい部下だった」

「社長としてのパパは?」

「いい上司なのだろうよ。俺はやりたいことをやって、高給をもらえてるのだから」

「昔と今と、どっちが楽しいですか」

「警官ほど嫌な稼業はないとおもっていた」

「はあ」

「人間の醜さを毎日見せつけられたら、誰でもうんざりする。でも今は、あのころが懐かしい」

「やりがいがあった?」

「誰かがやらねばならない仕事だからな」

 苦虫を噛みつぶす様な顔で、日野がつぶやく。昔も今も、楽しい日々を送れてないらしい。

「ママの若いころは知ってます?」

「仲人だから当然知っている」

「やっぱモテましたか」

「洋子さんと個人的な付き合いはない。暁に聞け」

「照れくさいのか、あんま話してくれないんですよ」

「そうか」

 日野は、うつくしく整った石庭を見やる。

 道場に五番隊の隊員があつまりだす。稽古のはじまる時間だ。

 ジュンは散らばったゴミをかたづけ、隊務へもどる。




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苑田 謙

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