『群狼のプリンセス』 第7章「習志野駐屯地」


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 グレーのメルセデスが、警視庁本部庁舎へむかい外堀通りを走る。アカツキセキュリティの社用車だ。後部座席にジュンが、教授と一緒に座る。頬杖をつき、赤坂御用地の白壁をながめる。車内の空気は張りつめている。教授との確執のせいとゆうより、運転手の存在が問題だった。

 ハンドルをにぎるのはミカ・トーレス。フィリピン出身の十六歳。ダンの妹だ。短い髪を金色に染めている。幹部のだれも入社をみとめてないはずだが、勝手にアカツキの制服を着ている。十六歳でもフィリピンは普通自動車免許を取れるのか、そしてそれが日本で通用するのか、ジュンは知らない。鼻歌まじりで運転しているから、とりあえず任せている。

 教授が気まづい沈黙をやぶる。

「あの娘をいれたのはお嬢か」

「ちがう」

「採用に関しては俺の裁可が必要だ。いくら非常時でも、最低限のルールは守ってくれ」

「だからちがうと言ってるでしょ。チャンコに運転たのんだら、なぜかあのコが来た。あたしだってきょう初めて会った」

「何者なんだ」

「知らんちゅうの。ダンの妹ってことしか。あとフィリピンの棒術がつかえるらしい」

「女は雇わないぞ。お嬢は特例だ」

「本人に言ってよ」

 メルセデスが赤信号で停まる。ミカが後部座席を振り返る。二重まぶたで、目鼻立ちがくっきりしている。

 鼻にかかった声で、ミカが教授に言う。

「そこの暁ジュンが入社を許可した。問題ない」

 ジュンが言う。「許可してねえよ」

「ダンがスカイプで教えてくれた。暁ジュンが日本に来いと言ったと。ダンは正直者。だからミカは信じて来た。いまさら帰れない」

「考えておくと言っただけだ」

「暁ジュンは嘘つき。ミカが一番隊のリーダーになる。ミカの方が強い」

「図に乗るなよ。お前就労ビザとかもってんの?」

 走り出していたメルセデスが路肩に停まる。ミカはサイドブレーキを引き、車から降りる。

 ジュンと教授は顔を見合わせる。ジュンは運転できない。ペーパードライバーの教授は、高級車をうごかすのは気がひける。このままでは立ち往生だ。ジュンは毒づきながら降車する。

 スキニーデニムを穿いたミカが、車道を逆向きに歩く。身長は百六十センチほどで、ジュンよりひとまわり小さい。右手に木の棒を隠し持ってるのに、ジュンは気づく。不意打ちするつもりだろう。ジュンも特殊警棒を手にする。

 案の定、振り向きざまにミカがスティックを突き出す。そして連打する。ジュンは特殊警棒で受ける。乾いた音が車道に響きわたる。通りすぎる車列のなかには、クラクションを鳴らすものもある。

 ジュンは舌を巻く。

 ミカの打撃は異様に速い。受けたとおもったら次が、そしてその次がくる。自分がスピードで押されるなんて、記憶にない。

 カーボンスチール製の特殊警棒は四百グラムあり、軽い木の棒に手数で劣るのはしかたない。しかし防戦一方になるとは予想外だ。ミカは複雑なステップを踏みつつ、ジュンの膝を打ったり、みぞおちを突いたりする。洗練された技術だ。

 ミカが左足を一歩引く。バックハンドに構え、するどくジュンの顔を突く。受けは間に合わない。ジュンは左手を右目の前にかざす。手のひらにスティックの先端が軽く当たる。寸止めだ。たぶん。

 ジュンは口笛を鳴らし、つぶやく。

「やるじゃん」

「ミカの方が強いと思い知ったか」

「さあね。でもエスクリマもあなどれないな」

「フィリピンはマニー・パッキャオを生んだ国。格闘技がすごく盛ん」

「ああ、六階級制覇したボクサーね」

「フィリピン人は侵略者であるスペイン人を撃退した。戦士の血が流れてる。日本人よりずっと強い」

「へえ」

 たがいの汗の匂いを嗅げるほど密着した状態から、ミカは身を離す。スティックをスキニーデニムの背中の側に挿す。凛々しい少女剣士の風情だ。

 こいつは即戦力になりそうだと、ジュンは指揮官として興味をもつ。

「なあ」ジュンが尋ねる。「ミカはなんでアカツキに入ろうとおもったの」

「ダンがいるからだ」

「ウチの仕事は危険だよ。お給料はいいけど」

「関係ない。ミカはダンを見張りにきた」

「は?」

「ダンはスカイプでいつもお前のことを話す。お前はダンをたぶらかしている」

「いやいや、それはない」

「ダンはハンサム。すごくモテる。でもフィリピン人と結婚しなきゃダメ。お前なんかに渡さない」

 両の拳を突き上げ、ミカが熱辯をふるう。

 ジュンはひとりごつ。

 感情が先走って空回りする、この感じ。なんだか親近感がある。

 あたしの同類だ。

 年下で整った顔立ちのミカは、男ウケのよさそうなスタイルでもあり、仲間にするのをためらっていた。でもこの調子なら対抗馬にならない。

 採用決定。




 中型輸送機のC‐1がジェットエンジンを轟かせ、薄墨色の空を切り裂く。数百メートル上空で後部の貨物ドアから、つぎつぎ空挺団員が飛び降り、パラシュートをひらく。陸上自衛隊の第1空挺団が、千葉県の習志野駐屯地で降下訓練をおこなっている。

 ジュンは地上の煉瓦塀の前に立ち、苛立たしげに髪を掻きむしる。正式採用されたミカや、クビをまぬがれたチャラ男をふくむ一番隊十名が、駐屯地の正門前に勢揃いしている。ヲタはスマートフォンでゲームをする。

 ほかに、警視庁と千葉県警から派遣された八名の警官が、バリケードを築いている。89式小銃を装備した自衛官が、内側からそれを白眼視する。一触即発の緊張した雰囲気だ。

 アカツキセキュリティの実行部隊は、警視庁が音頭をとる対テロ作戦に駆り出された。公安の捜査によって炙り出された、官庁や与党やマスコミに巣食う般若党の同調者を、強制的に排除するのが目的。警察権力による一種のクーデターだ。

 ジュンは首をボキボキ鳴らす。

 損な役回りだ。一番隊がここに配置されたのは、あきらかに教授による嫌がらせだ。

 駐屯地の自衛隊員は怒っている。武装した警察官と警備員に、縄張りを荒らされてるのだから当然だ。なのに、こちらの味方が十八名しかいないのは心許ない。しかもアカツキの十名は火器を装備してない。自衛隊が暴発したら虐殺される。

 ジェットエンジンの残響を聞きながら、ジュンは空を見上げる。父ならこの状況に、どう対処するのか考えている。多分、身の危険を感じたら即逃げるだろう。自分もそうするつもりだ。

 黒の三菱アウトランダーが、バリケードの前に停まる。警視庁の警部補が近寄って事情を説明する。会話は次第に白熱し、口論となる。迷彩服を着た五十歳前後の男が、運転していた車から降りる。警衛をつとめる陸士がしゃちほこばって敬礼する。

 今回の作戦のターゲットである、林剣介一等陸佐だ。身長は百八十センチメートル台後半で、尋常でなく痩せている。顔など、皮膚が骨に貼りついてる感じだ。ただ身のこなしは力強く、きびしく鍛錬した肉体とわかる。

 重低音で林一佐が言う。

「バリケードをどかせてくれ。私は仕事がある」

「ですから」警部補が答える。「今日のところはお引き取りねがいます。本作戦は、警視総監がじきじきに指揮を取っており……」

「くどい。非があると言うならこの場で逮捕しろ」

「ことを荒立てるつもりはありません」

「いま私は寸鉄も帯びてない。撃ちたければ撃てばよい。腰に提げてるそのS&Wは飾りか?」

「一佐。言葉を慎んでいただきたい」

「信義のため死ぬなら、国士にとり本望である」

 林は右拳を警部補の腹へ叩きこむ。ボクシングをやっていたのか、目にとまらぬ一撃だ。警部補は無言で崩れ落ちる。同僚を倒された警官七名が、S&Wを抜く。口々に警告を叫ぶ。

 林は自衛官としての活動とは別に、政官財の有志からなる「グループ1905」とゆう組織に属している。大日本帝国憲法を復活させ、日本を明治時代の体制へもどそうと主張する政治団体だ。人権を軽視する思想が般若党と似通っており、公安によってマークされていた。

 ツイッターやフェイスブックなどのSNSで、林はひろい支持をあつめている。昨年、埼玉に住む中学二年生の男子三名が、林間で女子小学生を強姦して殺すとゆう痛ましい事件がおきた。林は彼らを死刑にせよと説いた。それだけでなく、もし死刑判決がくだされなければ、隷下の特殊部隊「ブレイド」をうごかして制裁をおこなうと宣言した。沸騰する輿論におされ、裁判所はまったく異例の、法をねじまげた判決をくだした。

 ズダーン!

 銃声が響いた。

 ジュンは駐屯地の内側をふりむく。自衛官が89式小銃を真上にむけて掲げている。ほかに十数名がならび、雑多な種類のアサルトライフルを肩付けして構える。ブレイド隊員だろう。

 警官の四名がS&Wを構えて内側をむく。のこりの三名は照準を林にあわせたまま。

 内戦が勃発しようとしている。

 ジュンは一番隊の顔色をうかがう。ミカが昂奮しており、鼻息が荒い。はやくも木製のスティックを握りしめている。ジュンは横からスティックを奪う。

 ダンに棒を渡し、ジュンが言う。

「妹から目を離すなよ」

「オーケイ」

 三挺の拳銃の的になっている林に、ジュンは大股でちかづく。微笑をうかべ会釈し、話しかける。

「あ、どもども。アカツキセキュリティの者です」

 林が答える。「知らんな」

「警視庁と提携してる警備会社です」

「失せろ。警備屋ごときに用はない」

「言われずとも逃げるつもりでした。でもタイミングがむつかしくて」

「愚弄するか。女でも俺は容赦しないぞ」

 林はジュンのレザージャケットをつかみ、引き寄せる。ジュンは間近で林の顔を見上げる。爬虫類の様につめたい表情だ。しかしジュンは、若い女だからと舐められるのに慣れている。むしろこうやって容易に懐へ飛びこめるのを利用すればよい。

 なにしろあたしは、オジサンにはモテる方だ。若い男はさっぱりなのが悲しいが。

 ジュンが言う。「あたしツイッターで林さんをフォローしてるんですよ」

「世間話をしに貴様は銃の前に立ったのか」

「あれですか? どうせ当たんないでしょ。しょせん下っ端の警官だし」

「ふん」

「ブレイドみたいな精鋭とは、練度も装備もまるでちがう。これじゃ弱い者いじめですよ。あとでネットで叩かれますよ」

 きょうはじめて林が顔色を変える。いまの時代、ツイッターのフォロワー数こそが正義だから。

 ジャケットから手を離し、林が言う。

「度胸だけは認めてやる」

「じゃあ銃を下ろすよう命令してください」

「なんだと」

「自衛隊も警察も、この国の平和と安全をまもる仲間じゃないですか」

「小娘が俺に説教するか」

「テロリストの一味あつかいされて腹が立つのはわかります。でも憂国の志士であればこそ、軽挙妄動すべきじゃない。敵の思う壺です」

 林は尖った顎に手をそえ、眉を寄せる。

 ジュンは、ユーコクノシシやらケーキョモードーやらの意味を知らない。父親の口癖なので見様見真似でつかった。用法は間違ってなかったらしい。

 とりあえず四字熟語で攻めると、オジサンにはそれこそコーカテキメンなのだった。




 アサルトライフルの発砲とゆう支障はあったにせよ、それは訓練の一環だと言いつくろうとして、林一佐を駐屯地から穏便に締め出し、どうにか作戦目標は達成された。

 一番隊の十名は、ダークブルーのハイエースへ乗りこむ。運転席にチャンコが、助手席にジュンが座る。ジュンは後ろにいる部下をみる。たいして動いてないのに、みな憔悴している。ミカはダンの腿に頭をのせて寝ている。西南戦争以来となる内戦に巻きこまれかけたのだから無理ない。

 ジュンはつとめて明るい声音で言う。

「いまから飲みにでも行くか」

 反応はない。

 ジュンは続ける。

「じゃあカラオケとか」

 ヲタが答える。「変な気をつかうなよ。お嬢の柄じゃないだろ」

「みんな元気ないからさ」

「あの場で平然としてるお嬢がおかしいんだ」

「…………」

「すまん。言いすぎた」

「いや、ヲタの意見はもっともだ。あたしはみんなとちがう。背負ってるものが」

 コンコン。

 サイドウィンドウがノックされた。

 ジュンが左をむくと、短く髪を刈りこんだ林一佐の顔が窓ごしに見える。車内は緊迫する。

 報復か。

 部下の動揺を目で制し、ジュンはドアをひらいてハイエースから降りる。

 ジュンは成田街道の歩道に立つ。はるかに長身の林と向き合う。かすかに右足を引き、潜在的リスクに対応できる体勢をとる。

 警戒を見抜いた林が、笑って言う。

「世間話をしに来ただけだ。身構えないでいい」

「そうですか」

「君らの会社に支倉新八とゆう男がいるだろう」

「ええ。二番隊の隊長です」

「あれは俺の元部下だ。迷惑かけてないか?」

「いえ、強いですよ。指揮能力も高い。信頼できる同僚です」

「酒癖が悪くて自衛隊を追い出されたのだが」

「あれくらいウチでは普通です」

「ははっ、そうか! あの問題児でもうまくやれてるのか。噂には聞くが、いい会社の様だな」

「さっきアカツキを知らないと言ってましたよね」

「気が立って、つまらぬことを言った。忘れてくれ」

「はあ」

 林は好奇の眼差しでジュンの全身を観察する。

「君はあの暁大五郎の娘か。どことなく似ている」

「母親似と言われますが」

「警備業界のスティーヴ・ジョブズ。なるほど、血とは濃いものだ。若いのに優秀なわけだ」

「ありがとうございます」

 ジュンはしらじらしい愛想笑いをうかべて答える。父がその異名をひどく嫌っているから。

 父はよく娘にこう語った。

 ジョブズなぞ、パソコンと電話を売っただけの男だ。所詮は商人にすぎない。

 俺は王になる。

 そしてお前はプリンセスになるんだ。




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