『群狼のプリンセス』 第6章「日野源三」


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 そよ風の吹く、おだやかな朝だ。

 ジュンは、千駄ヶ谷駅から歩いて十分ほどの本部へ出社する。二階建ての大仰な門をくぐる。一番隊のチャンコとダニエルが、陰で待ちかまえていた。

 チャンコが尋ねる。

「道場へ行くッスか」

「うん。オクの復帰がきびしいし、チャラ男を追い出したから欠員二名。補充しないと。選考手伝って」

「いま顔出すのはマズいッス。教授がいる」

 昨晩ジュンは新宿のホテルで、四番隊隊長・山咲亮子を扼殺した。事後、部屋に死体があると一一〇番で通報してから帰宅した。

 まだ直接にも間接にも、警察からのコンタクトはない。報道も皆無だ。

 隊内で噂が流れている。警視庁に指図された教授が、自分の息のかかかった五番隊に死体を処理させたと。事実なら、随分と手際がいい。

 ひとつの推論が成り立つ。

 アカツキセキュリティが社員を粛清するのは、これがはじめてじゃない。

 ジュンは、玄関でニューバランスを脱ぐ。道場へむかう足取りに迷いはない。

 あたしは教授の愛人を殺した。むこうにとっては憎むべき敵にになる。

 だからどうした。

 止める機会はいくらでもあった。あとから文句を言われる筋合いはない。

 ジュンはレザージャケットのポケットから、銀のネックレスをだす。ハート型の飾りがついている。山咲にたのんで譲りうけた。命をうばう前に。不謹慎とおもい遠慮していたが、首にかける。

 道場では、四番隊と五番隊がトレーニングにはげむ。道着をきた教授が、青帯のくせに指導している。隊員たちは、ジュンをみて凍りつく。特に四番隊の動揺がはげしい。

 ジュンはネックレスをいじる。

 山咲の部下だった四番隊には、経緯を説明すべきかもしれない。本人が強く死を願ったと。でも、あのときのふたりの感情を、どう言葉にすればよいだろうか。たとえ言葉でつたえたところで、遺恨が晴れるだろうか。

 立ち尽くす教授に、ジュンが言う。

「気にしないで稽古つづけて」

 教授の顎が震えている。一言も発することなく、道場を去る。

 十八歳のジュンが、アカツキセキュリティの全権を掌握した瞬間だった。




 ジュンはチャンコとダニエルをしたがえ、道場の脇に腰を下ろす。トレーニングを観察する。五番隊は新人が主体で、作戦でも後詰めを任されることが多い。訓練部隊にちかい位置づけだ。できれば二人スカウトしたい。

 五番隊の稽古は、ジュンの目にはユルく映る。技をかけられるたび大袈裟に痛がり、だれかがミスをすると皆でからかったりする。笑いの絶えない、大学のサークルみたいなノリだ。ジュンは怒鳴り散らしたいのを我慢する。

 ジュンは右隣のダニエルに尋ねる。

「ダンはどうおもう? 使えそうなやついる?」

 ダニエル・トーレスは二十歳。フィリピンではボクシング選手をしていた。戦績は二勝(一KO)三敗。プロボクサーとしては平凡だった様だ。バス運転手である父が事故をおこし、まとまった金が必要となり、ツテをたよって出稼ぎにきた。

「ダメダメだね。練習がレベル低すぎ」

「だよなあ」

「フィリピン人はもっと強い。紹介するよ」

 温厚でマジメな性格のダンは、隊内での信頼も厚いが、やたら家族や知人をアカツキに入れたがるのが玉に瑕。

「うーん」

「妹のミカの話をしたよね。ボクの専門はボクシングだけど、ミカはずっとエスクリマをやってる。すぐアームズに慣れるよ。日本語も上手」

「あのコか。でも写真見ちゃったからな」

「写真? ミカの顔が気に入らないの? マニラでもめったにいない美人だよ!」

「それが問題なんだって。あたしより若くて可愛いコを入れたらマズいだろ」

「オジョウ……」

「ま、かんがえとく」

 頭を掻きつつジュンは、左に座るチャンコにも尋ねる。

「どうする? 帰る?」

「ウッス」

「日野さんて御隠居さん状態だよなあ。ピリッとしない」

「よく若い連中に投げ飛ばされてるッスね」

「正直、あの人はお荷物だわ。パパの警察時代の上官だから、だれも文句言わないけど」

「お嬢」

「アカツキに要介護老人はいらないっての。しょうがねえから、しばらく八人編成でがんばるか」

「お嬢、うしろ」

 ジュンが振り返ると、顎鬚を生やした白髪の男が立っていた。

 五番隊隊長・日野源三。頭頂が禿げ上がっており、五十四歳とゆう年齢より老けて見える。身長はジュンより低い。道着を黒帯で締めている。

 落ち着いた口調で、日野がジュンに尋ねる。

「お眼鏡にかなう隊員はいなかったかな」

「別に悪口を言ったつもりはないです」

「気にせんでいい。実際、もう御隠居みたいなものだからね。荒事は一・二・三番隊にお任せだ」

 日野は皺だらけの顔で笑う。会社が危機にあるのに、のんびりしすぎだとジュンはおもう。

「あの、この際言いますけど、もっと稽古を厳しくできませんかね。あたしは即戦力がほしい」

「即戦力を育ててるつもりだが」

「佐々木とかクズでした。何の役にも立たない」

「あいつはもう半年、五番隊に置くべきだった。そう言ったのに、強引に移籍させたのはお嬢だよ」

「半年も待てない」

「バカとハサミは使いよう。役に立たないのは使う人間がクズだから、とは考えられないかな」

「へえ、言ってくれますね」

 ジュンはゆっくり立ち上がる。首を回してボキボキ鳴らす。激怒しているときの癖だ。

 ダンが立ちふさがり、首を横に振る。いま隊長同士が私闘におよんだら、目も当てられない。

 ジュンは深呼吸する。部下に言われずとも、自重すべきなのはわかっている。そこまであたしは短気じゃない。

 ジュンの首元に目を留め、日野が言う。

「いいネックレスをしているな」

「どうも」

「殺して奪ったのか。似合いもしないのに」

「いくらパパの元上司でも、言って良いことと悪いことがある」

「意に添わない人間は、力でねじ伏せる。そんな生き方は長続きしないぞ。親の教育がよくない」

 ジュンの理性のタガがはづれる。衝動的に日野の道着の襟をつかんで言う。

「てめえ、ボケてんのか」

「まあ年相応にな」

「あたしと勝負しろ。足腰立たねえ老人が隊長なのが気に入らなかった。結果次第でクビにする」

「一隊長の分際で?」

「いまはあたしがリーダーだ」

「やれやれ。じゃじゃ馬娘にお仕置きするのも、年寄りの務めか」




 ジュンと日野のふたりが、青いマットの中央に立つ。ウォーミングアップはしていない。

 ジュンは白のVネックTシャツに、黒のミニスカートとレギンス。ピンクのオープンフィンガーグローブをはめている。日野は道着で、グローブをつけない。両者とも警棒をもたない。

 ジュンは日野と立ち会うのは初めて。小柄で眠たげな隠居老人にしか見えない。こちらのすべての攻撃がヒットしそうだ。

 間合いは三メートル。日野は心持ちひらいた右手を突き出す。構えの様でもあり、道端で知人に挨拶する様でもある。

 ジュンは瞬きする。

 あの構え、あなどれない。上半身の急所をカバーすると同時に、敵の接近を牽制している。

 気づくと、日野が肉薄していた。

 あわてて出したジュンの右ストレートを、日野が手刀で払う。ジュンの手首をつかんで返す。ジュンは空中で回転し、背中からマットへ墜落する。

 ダメージは軽い。ジュンは跳ね起きる。

 くそッ、合気道か。

 もう油断しない。

 合気なんてインチキだ。弟子が師匠の動きにあわせて転がる、ただのお遊戯だ。アームズは、火器で武装する敵との戦闘まで想定した体系だ。絶対強い。

 ジュンは軽快なフットワークで駆け回る。ジャブとローキックで空間を支配する。いざとなればテイクダウンとゆう奥の手もある。伝統武藝のレパートリーに、対抗策はない。

 日野が大きなあくびをする。

 ジュンは右のミドルキックをくりだす。途中で軌道を上方修正する。膝から下をコンパクトに振り、側頭部を斬り下げようとする。

 またも日野が手刀で叩き落とす。ジュンは前のめりに突っ伏す。

 ジュンの戦意は衰えない。

 認めよう。日野は達人なのだと。いつも平隊員にすら後れをとってるので予想外だが。でも彼はまだ、ディフェンス技しか見せてない。グラウンドポジションの攻防へもちこめば、主導権をうばえる。

 ジュンはかがんだ姿勢で、相手の足許へ踏みこむ。膝の裏をおさえて後方へ押す。

 びくともしない。

 電信柱にタックルしたみたいだ。

 日野が腰をひねる。それにつられてジュンはコロコロ横転する。

 脇で観戦するチャンコとダンが目に入る。驚愕している。泣く子も黙る一番隊隊長が、禿頭の老人に太刀打ちできない体たらくに。

 寝たままジュンが叫ぶ。

「チャンコッ!」

 阿吽の呼吸で、チャンコが樹脂製の練習用警棒を投げる。ジュンはそれをとって立ち上がる。

 卑怯と言われようが、負けるのは御免だ。

 日野が自分を翻弄している理由はわかる。相手の心理をあやつり、勢いを利用するトリックだ。だったら、体にさわらせなけりゃいい。

 ジュンはスナップをきかせ、斜めに警棒を打ちこむ。樹脂製とは言え直撃すれば痛いが、日野は躊躇せず間合いを詰める。警棒をつかむ。

 綱引き状態となり、ジュンはおもわず武器を引き寄せる。心理操作とわかっていても、肉体が反応する。日野は逆に警棒を押し出し、ジュンを転倒させる。左の手首を極め、上から動きを封じる。

 ジュンが叫ぶ。「ぎゃっ!」

 過去にジュンが感じた最大の苦痛は、歯医者で麻酔がきいてない状態でドリルをつかわれたとき。意識が一瞬飛んだのを覚えている。

 いま日野がかける技は、大して力をこめてないのに、ずっと痛い。体内の全細胞を死滅させるほどの電撃がほとばしる。

 ジュンはマットをタップする。

 人生初の降伏だ。




 試合後数分経った。

 ジュンはまだ伏せている。泣いてる姿をチャンコやダンに見られたくない。

 右腕で顔を隠した恰好で、仰向けになる。震え声でつぶやく。

「ちょっと油断しただけだ。アームズが合気道なんかに負けるわけない」

 そばであぐらをかく日野が笑う。

「おかしな意見だな。アームズは合気を取り入れてるのに」

「聞いたことない」

「そもそもアームズを開発したのは俺だ」

「嘘。パパが警察時代に編み出したって教わった」

「あいつはなにかと手柄を横取りする。警察では随分と嫌われてたよ」

 泣きやんだジュンは、日野と目を合わせる。表情が険しい。

「パパが嫌いなの?」

「あいつを好きなやつがいるか?」

「ならなんで長年一緒に働いてるわけ」

「腐れ縁さ。それに優秀な男なのは確かだからな。警官とゆうよりセールスマンみたいだった」

「パパの悪口はやめて」

「褒め言葉だよ。自分のかんがえた格闘技に名前をつけて売り出したら、一財産築けるなんて思いもよらなかった。使用料を取ればよかった」

「結構お給料もらってるでしょ」

「まあな。感謝すべきか」

 日野は遠くをみる目つきをする。十五歳年下の元部下に仕える心境は、複雑かもしれない。ジュンにはよくわからない。

 ジュンは身を起こす。あぐらをかいて尋ねる。

「日野さんはパパより強い?」

「さあ」

「だって、あんなに」

「最近は暁と手合わせしてない」

「あたしはパパに勝てる様になってきた。パパは忙しくて稽古できてないし」

「勝ち負けとか、強弱とか、虚しいだろう」

「そう?」

「格闘技は結局のところ、暴力だ。人を傷つけるだけの代物だ。まあ、俺が年だから思うのもしれん」

「あの」

 居住まいを正してジュンが言う。

「日野さんのこと師匠と呼んでもいいですか」




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