『群狼のプリンセス』 第1章「BMX」


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 駒沢オリンピック公園のスケートパークは、水曜の午後三時だがスケーターがあつまっている。立地のよさと、設備が充実するわりに無料であるおかげだろう。初心者はミニランプで、プロをふくむ上級者は大きなセクションで技をみがく。

 近所に住む十八歳の暁ジュンが、練習の合間に一休みしている。彼女の専門はスケートボードでなくBMX。後ろ向きに小さな自転車に乗り、足は前輪のペグにおき、サドルをつかんで一輪車の様にバランスをとる。休憩中なのにトリックを決めてるわけだが、さらにサドルをつかむ右手でアイフォンを操作している。BMX歴十年のなせる業だ。

 髪をツーブロックにしたスケーターが、ジュンに話しかける。VネックのTシャツから見える、ジュンの胸の谷間を気にしている。

「器用だね」

 ジュンは振り向きもしない。こう見え彼女は会社員であり、いまは勤務中で、社用でこれから人と会う予定だった。その相手は父親だが。

 車道にメルセデスが駐まり、運転手をのこしてグレースーツの男が降りる。

 暁大五郎。三十九歳。ジュンの父親で、警備会社「アカツキセキュリティ」のCEOをつとめる。顎鬚を薄くたくわえた精悍な顔立ちで、いかにも男盛りとゆう印象をあたえる。五年前に妻と死別し、世田谷のマンションで娘と二人暮らしをしている。

「パパ!」

 ジュンは愛車を乗り捨て、パークへはいってきた大五郎に飛びつく。

「あの男の子はいいのか」大五郎が言う。「友達なんだろう」

「ただのナンパ野郎だって。そんなことより来るの遅い! 一週間ぶりだから早く会いたかった」

「すまん。でも四日ぶりだぞ」

「そうだっけ。とにかく寂しかった」

「現場はどうなってる」

 ジュンは大五郎から体を離し、腕を組む。ビジネスの顔だ。アカツキセキュリティ最年少の社員だが、一番隊の隊長を任されている。

「立体駐車場はヲタが監視してる。まだ敵に動きはない。あとチャンコが隊員を乗せて本部を出たって。二十分くらいで着くとおもう」

「わかった。俺は情報提供者に会いに行く。しばらくお前の判断で行動しろ」

「え、嘘でしょ。一緒にいてよ」

「お前を信頼している。どんな結果になろうと俺が全責任を負うから心配するな」

「やだ」

 ジュンは目を吊り上げて大五郎をにらむ。

 実行部隊の指揮を一任され、不安に苛まれてるのではない。むしろいますぐ突入したくてウズウズしてるくらいだ。実際は、自身の活躍を父にじかに見てもらいたいので駄々をこねている。

 ジュンは続ける。「人に会うのは後回しにして」

「わがままを言うな」

「誰とどこで会うの。いつもの竹橋?」

「親子のあいだでも機密保持の原則は守らなきゃいけない。わかってるだろう」

「相手は女?」

「しつこい」

「はいはい。いい年してファザコンの娘より、仕事の方が大事だよね。じゃ、『彼女』によろしく」

 ジュンは身を翻し、スタンドがないので転がしてあるBMXを取りにもどる。さすがに指揮官のメンタリティが幼稚園児なみでは心許ない。大五郎は、背後から肩をつかんで引き留めようとする。

 ジュンが右肩を前にずらしたため、大五郎はよろける。立って歩ける様になったころから、ジュンは父に格闘術を仕込まれている。動きを予測していたのか、それとも背中に目がついてるのか。

 膝を折り曲げた大五郎を見下ろし、ジュンが言う。

「悪い奴らを片っ端から叩きのめして、ウチらの価値を国に認めさせる。そうして正式に警察機関の一部になる。これがパパの夢だよね」

「そうだ」

「パパの夢は、あたしの夢でもある。パパがどこにいようが全力を尽くす」

「ありがとう。キツいことを言って悪かった」

「ううん、パパはいつでも優しいよ。あたしがわがままなだけ。でも作戦がうまくいったら、いっぱい褒めてね」




 父はメルセデスに乗り、公園から去った。ジュンは現場で仲間と合流するため、傷だらけのBMXを拾う。

 ツーブロックのスケーターがまた声をかける。

「彼氏、行っちゃったね」

 ジュンは目を輝かせ、軽く飛び跳ねる。

「パパがあたしの彼氏に見えた?」

 ツーブロックがニヤリと笑う。適当に口走った話題だが、食いついてきた。

「へえ、若いお父さんだ」

「年の差は二十一歳だから若い方かな。友達のお父さん見るとオッサンだなあって思う」

「ウチの親父なんてすっかりハゲてるよ」

「あはは」

 ジュンはあらためてツーブロックを観察する。痩せていて顔が小さい。ロックバンドかなにかのTシャツもセンスがいい。たしかにナンパ野郎は女性への敬意が足りず、全然好きじゃない。

 ただし、イケメンはのぞく。

 ジュンは自動販売機にちらりと視線を投げ、つぶやく。

「喉かわいたなあ」

「俺も」

「あたしいま財布持ってないから、お茶でも買ってくれたら嬉しいな。ベンチで十分くらい話そ」

「オッケー」

 ツーブロックはジュンの脚を盗み見ていた。黒のミニスカートの下にレギンスを穿いている。顔もスタイルも悪くない。百五十円で連絡先を聞き出せるなら儲けものだ。いそいそと自販機へむかう。

 ジュンはコインロッカーを開き、レザージャケットを取り出して袖を通す。肩にエンブレムがあしらわれている。Sを横にした様なルーン文字で、「ヴェアヴォルフ」つまり「人狼」を意味する。特殊警棒が挿してあるベルトを腰に巻く。

 両手にペットボトルをもったツーブロックが、青褪めた表情で言う。

「そのジャケット……」

「実はアカツキセキュリティの社員なんだ」

「ひょっとして『狼士』?」

「うん」

「女なのに?」

「泣く子も黙る一番隊隊長、暁ジュンとはあたしのことさ」

 会社の評判は良くない。最悪かもしれない。

 民間の警備会社でありながら、犯罪捜査・逮捕・尋問などの警察活動をおこない、その超法規的な暴力性が恐れられている。しかも豊富な資金力と人脈で政財界をうごかし、三年前に「特殊警備業法」を成立させ、警視庁と連携して活動するまでに成長。いまや自らが先頭に立ち、テロリズムとの戦いを展開している。

 だれがつけたか、アカツキの実行部隊のニックネームは「狼士」。オオカミみたく凶暴な連中で、何をされるかわからないから、見かけたら逃げろとゆう意味だ。

 上ずった声でツーブロックが言う。

「そうだ。帰らないと。テロ予告もあったし」

「ちょ、お茶」

 二本のペットボトルとスケートボードを抱え、ツーブロックは尻尾を巻いて逃げ出した。




 しかめ面のジュンはピルケースを開け、「マーナガルム」と呼ばれる灰色の錠剤を三つ頬張る。古ノルド語で「月の狼」を意味するらしい。一種のデザイナードラッグで、気分を昂揚させ、疲れや痛みをおさえる効果がある。しかたなく唾液で飲みこむ。

 ジュンはボディバッグを背負い、黒いBMXを駆る。サドルが極端に低いので立ち漕ぎだ。しかし大通りに出たところで、制服警官に呼び止められる。クラウンパトカーが路肩に駐まっている。

 警官が尋ねる。「キミ、どこへ行くんだ」

「仕事です」

「アルバイトか? テロ警戒の通告があったのを知ってるだろう。今日は家にいなさい」

 自分は立派な社会人のつもりでいるジュンだが、童顔のせいか子供あつかいされがち。身分をあかして交渉する時間が惜しいし、違法ドラッグを服用したばかりなのも都合が悪い。あたりを見回し、逃走経路をかんがえる。

 警官が続ける。「この自転車、反射板がないな」

 一グラムでも軽くしたいので、リフレクタもベルもつけてない。さすがは優秀な日本の警察、こうゆうことだけは鋭い。防犯登録もしてないし、いろいろ面倒なことになる。

 ジュンはBMXを肩に担ぎ、ひらりとガードパイプを飛び越える。ペダルを懸命に漕ぎ、首都高の下の玉川通りに入る。変速機のないBMXはスピードが出ない。右折して用賀へむかう。

 背後でパトカーのサイレンが鳴る。振り返ると二台の警光灯が光っている。一台がジュンを追い越し、通せんぼする様に停止する。

 ジュンはハンドルを切り、歩道へ乗り上げる。ベルがないので「すいません!」と叫び、震動を抑えて歩道橋の階段を走る。ジグザグに人をかわしながら階段を登りきると、反対車線にあらたなパトカーが来たのに気づく。

 なんなんだ。あたしは正義の味方だっつの。

 ハンドルに体重を乗せてから、一気に引き上げる。重心を後ろにかたむけウィリー走行し、さらに加速して鉄柵を乗り越える。運よく貨物トラックのコンテナに着地する。目的地の用賀に着くまで待機したあと、道路へ降りる。

 ふたたびサイレンが響く。公園で誰何してきた警官が、執念で追いかけてきた様だ。漕ぎ疲れたジュンはBMXをガードパイプに立てかけ、路肩の段差に腰を下ろす。

 ジュンは腹を抱えて笑う。

「あっははは」

 パトカーを降りた警官が叫ぶ。

「なんてやつだ! 署まで来てもらうぞ」

「いや、それどころじゃないんで。あたしはこうゆうモンです」

 ジュンは定期入れの中の社員證を見せる。警官は帽子を脱ぎ、頭を掻く。

「狼士か。クソッ」

「クソとはなんだよ」

「今日のところは見逃してやる。さっさと仕事とやらに行け」

「いまからウチら、般若党の潜伏先へ突入するんだけどさ。人手が足りないんで、あんたも来ない?」

 高圧的だった警官が、急にアイコンタクトを避ける。かぶり直した帽子の鍔をいじりだす。

「俺は交通執行係だから……」

「おたがい治安を守る仲間でしょ」

 警官は咳払いし、わざとらしく無線機を耳にあてる。

「緊急連絡が入った。失礼する」

「はあ、御苦労さまです」

 走り去るクラウンパトカーを、ジュンは冷笑をうかべながら眺めた。




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苑田 謙

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