『ナデシコ女学院諜報部!』 最終章「七星剣」


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 ジェーンはミキに憤慨し、ケーブルが張り巡らされた床をドシンドシンと踏みつける。

 銃と刀だ。絶対的な優位はうごかない。でもあの女は、いちいち予想外の手を打ってくる。自分の立ってる土台が崩れてゆく様な、漠然たる不安。

 ジェーンはファイブセブンの照準を、汗で前髪が貼りついたミキの額にさだめて言う。

「そんな近接武器でどうするつもり? 日本は石器時代から進歩がない」

「石器時代に金属器はないだろ」

「いまだに人が外でタバコを吸っている。文化は差別主義的で、女性を蔑視している」

「お前にだけは言われたくない」

「日本は先進国じゃない。土人の国よ」

「かもね。だからと言って、ボクがお前に劣ってるわけじゃない」

 ミキはかすかに腰を落とし、七星剣を天に突き上げる。

「信じられない」ジェーンが言う。「この期におよんでカミカゼアタック」

「さっさとケリをつけよう」

「刀は日本の魂ってわけ? アルカイダと変わらない野蛮な原理主義」

「ゴチャゴチャうるせえな。お前は嫉妬してる。日本の文化に」

「なんですって」

「アメリカには歴史がないからな。シンデレラ城みたいな単なるハリボテだ」

 ジェーンが手にするファイブセブンが揺れる。深呼吸するが、耳鳴りがやまない。壁一面を覆う巨大な星条旗がぼやけて見える。星条旗こそが正義で、地上の唯一の真実なのに。もともと激しい気性だが、これほどの怒りは経験がない。

「この銃は二十発装弾できる。予備弾倉が四つ。全弾ぶちこんでやる」

「超音速の刃で、そのキレイなお顔を真っ二つにするのが先だ」

「お前たちは弱すぎる。原爆二発であっさり降伏するなんて。私が大統領なら千発落とした」

「それは典型的なプロパガンダだ。日本が降伏した直接的原因はソ連参戦だ」

「ファッキンジャップ!」

 ジェーンはファイブセブンを発砲する。彼女はさほど優秀な射手ではない。激情に駆られての射撃では、命中率は五割を切っていたろう。

 ミキは五メートルを全力疾走し、右足を最大限に踏み出し、袈裟懸けに斬る。巨匠による彫刻の様な顔は傷つけるに忍びなく、相手の左肩から右腰にかけて振り下ろす。心臓を両断し、蘇生不可能なダメージを負わせた。

 ジェーン・カラミティは死んだ。

 ミキは七星剣にまとわりついた血を振り払う。怯えながら決闘を見守っていた三人の技術者はミキに睨まれ、なだれをうって逃げ散る。

 ミキは嘔吐をもよおしていた。氷雨が部室棟の屋上から飛び降りて以来、ずっと煮え滾っていた復讐の念願を果たしたが、気分は晴れない。

 後悔はしていない。しかしこの罪悪感は、死ぬまで自分を苦しめるだろう。




 ゴトンとゆう重い物が落ちた音が、出入口から聞こえる。ミキが視線をむけると、両手で口を覆うおかっぱ頭のアルテミシアがそこにいた。足許に木工用ドリルが転がっている。

 アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」

 嗚咽を漏らしながらジェーンの上半身を抱き上げる。頬を血糊で染め、目を極限までひらいてミキを凝視する。アルテミシアはこれまでジェーンの陰に隠れがちだったが、壮絶なうつくしさだ。

「ひどい」アルテミシアが言う。「これほど崇高な美を破壊するなんて」

「…………」

 ミキは返す言葉もない。

 アルテミシアは口づけできるほど顔を寄せ、ジェーンに語りかける。

「ごめんなさい。いつかこうなると解っていた。身を挺して止めるべきだった。でも勇気がなかった」

 アルテミシアは、ミキに視線をもどして言う。

「あなたは私の最愛の人を殺した。決して許すことはできない」

「…………」

「でもジェーンは誇り高い。彼女の名誉を守らなきゃいけない。この場は私が収めるから、あなたは今すぐどこかへ消えて」

 ミキは整った右眉をもちあげる。

「あんた中国政府のスパイだろ」

「……侮辱する気?」

「警報がガンガン鳴ってるのに、いまごろになって部屋に戻ってきた。そのくせ事後処理を任せろって? 漁夫の利を得ようとする魂胆ミエミエだ」

 アルテミシアは腕のなかの遺骸を取り落とす。ジェーンの十字架が血の海に沈む。

 立ち上がったアルテミシアが三歩近づく。武装してるかは不明だが、彼女はマーシャルアーツの心得があり、数十分前にミキをねじ伏せたばかり。七星剣をもった今でも、格闘ではミキの不利だろう。

「憶測の真偽はともかく、この愁嘆場で動揺しないのは大したものね」

「コミュ障だから感情に流されない」

「ふふ。あなたには驚かされ続けた。諜報の世界は狭い。きっとまたどこかで会うでしょう」

「一緒にすんな。ボクはゲーム漬けの毎日にもどる」

「わかってないわね。諜報の世界の方が、あなたを放っておかないの」

 アルテミシアはすれ違いざま、ミキのなめらかな頬にキスする。まったく信用できない女だが、同性愛者だとゆう情報だけは本当だったかもしれない。




 狂騒の日々から一か月経った。

 ミキは手にした色紙をながめつつ、高等部校舎の階段を下りている。きょうで学院を退学するので、クラスメートから寄せ書きをもらった。辞めるよう圧力を受けてはいないが、ケジメをつけるべきと自ら判断した。

 転校するつもりはない。どうやら自分にはゲームの才能があるらしいと解った。家業の蕎麦屋を手伝いながら、本気でプロゲーマーをめざそうと考えている。

 下駄箱で厚底のレザーブーツに履き替える。ほかのクラスの生徒たちとすれ違い、昇降口から出る。女子校の賑やかさの中にいるのも最後と思うと、柄にもなく感傷的になる。

 秘密の抜け穴をつくった校舎裏のフェンスへたどりつく。もう一度色紙を見る。「かわいい」とか「おしゃれ」とか「かっこいい」とか、褒め言葉が書き連ねられている。クラスメートとあまり交流は持てなかったが、それでもうれしい。なにかと言うと女子が寄せ書きを書きたがるわけだ。ただし、まだ入院中の氷雨からのメッセージはない。

 革のリュックサックに色紙をしまう。中に隠してあるMP7を撫でる。この相棒との別れだけは耐えられず、早朝に部室へ忍びこみ、実弾三百発と一緒にいただいてきた。公安が交換した錠前を、テンションレンチとレークピックでこじ開けた。学院でまなんだもっとも有益な技能だ。将来食うに困っても、空き巣で稼げるだろう。

 背後から声がした。

「あいかわらず手癖が悪いな」

 振り向くと、ボマージャケットを着た千鳥が苦笑いを浮かべている。思えば彼女とはじめて話したのも校舎裏だった。

 ミキが答える。「えっと、これはその」

「まあ銃のことはともかく、きょうが最後なら先輩に一言挨拶しなきゃダメだろう」

「別に縁を切るわけじゃないですし」

「どうだか。学院辞めてなにして過ごすんだ? 朝から晩までゲーム三昧か?」

「ボクなりに夢ができたんです」

「ふうん。ならこうゆうのはどうだ?」

 千鳥がスマートフォンの画面を見せる。どこかのホームページらしい。モデル風に端正な顔立ちの女子高生が、銃を構える写真が載っている。

「なんですか、これ」

「スパイゲームが復活するんだ。文科省が絡まない形で。あたしの親父は顔が広いから、スポンサーを集めてくれてる。ただひとつ条件をつけられて……」

「ボクが参加するってことですか」

「話が早いのもあいかわらずだな」

 ミキは唇を噛み、首を回す。

 心は揺れる。

 斜めに刀傷を負ったジェーンの姿が、いまだに毎晩夢に出て悩まされている。許されざる罪だ。スパイゲームは封印したい過去なのだ。

 一方で、こっそりMP7を盗み出したくらい、自分にとってもっとも充実した日々でもある。

 キーキーとゆう金属音とともに、校舎の陰から車椅子があらわれた。座るのは氷雨で、きららが背後から押している。

「氷雨ちゃん!」ミキが叫ぶ。「退院したの」

「きょうからね。驚かせたくて内緒にしてた」

「車椅子だと学校生活大変でしょ。手伝ってあげたいけど、ボクはもう……」

「リハビリも順調だから大丈夫。スパイゲームの実行委員としても、みんなでがんばるつもり」

「そうなんだ」

 氷雨の優しい笑顔に、ミキは胸をしめつけられる。飛び降り自殺をこころみるほど追い詰められてたのに、また前向きな姿勢を見せている。

 やっぱり一緒にいたい。またチームを組みたい。

「あの」ミキが言う。「退学届って、いまからでも撤回できるかな……」

 千鳥が飛び跳ねながら叫ぶ。

「よっしゃ来たあ! きららの作戦どおりだ。頑固なミキも、氷雨の説得なら耳を貸すって」

「ボクは頑固じゃないですよ」

「なに言ってんだか。あたしがどんだけ苦労したか」

 諜報部の四人は、声をあわせて笑う。いますぐ試合に出れそうなくらい、息はぴったりだ。

 いたづらっぽく右目を細め、ミキが言う。

「ところで新しいスパイゲームですけど、実弾射撃ありにするのってどうです?」




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苑田 健

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