『ナデシコ女学院諜報部!』 第10章「屋上」


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 並木とダークスーツの二人が、異変を知って慌ただしく部室棟の階段を駆け下りてゆく。きららの居場所を把握してなかったらしい。

 ミキは眉間に皺を寄せる。とがった顎に右手を添えて思考する。

 読みが外れた。

 部長のきららは諜報部顧問の並木とつながり、公安のために動いていると思っていた。知るはずのないことを知ってたから。ひょっとして二重スパイだったのか。

 ドサッ。

 物音がしたので振り返ると、白黒半分のパーカーを着た氷雨が尻餅をついている。胸に手をあて、呼吸が荒い。パニック障碍ではないかとミキは疑う。似た症状を呈した経験からわかる。

 ミキは氷雨をサルーンへ連れてゆき、椅子に座らせる。紙コップに入れた水を飲ませる。

「大丈夫?」ミキが尋ねる。

「急に目眩がして。ちょっとだけ休ませて」

「氷雨ちゃん、なにか知ってるんだね」

「…………」

「秘密を隠してるのは、きらら先輩だと思ってた。でもちがう。むしろ先輩は氷雨ちゃんをかばってたんだ」

 氷雨がテーブル越しにおくる視線は、雪まじりの雨の様につめたい。

「言えない」

「国家機密や陰謀なんてどうでもいい。ボクはそんなの興味ない。でもここまで関わった以上、知っておく必要がある」

「絶対言えない。お願いだから何も聞かないで」

 かぼそい氷雨の声色に、不快な成分を感じる。ミキの心の奥底の記憶が反応している。

 思い出したくない記憶は、ひとつだけ。

 六年前。大船渡。津波。

 大好きだった父と兄の死。

 ミキが言う。「東日本大震災と関係あるの?」

「やめて! 知らない方がミキちゃんのためなの」

「なにを恐れてるんだろう。ボクは子供だったし、田舎の平凡な家庭だった。氷雨ちゃんだって当時九歳でしょ。日米政府がなにをしようが、ボクたちとまったく縁のない話だ」

「あなたを諜報部に誘ったのを後悔してる。いつか必ず教えるから、今はそっとしておいて」

 ミキはため息をつく。

 氷雨の態度は頑なで、攻撃的ですらある。説得が通じる様子ではない。

 ズダダッ、ズダダダッ!

 背後の窓から、アサルトライフルの重い連射音がとどいた。

 ミキと氷雨は目を丸くする。三階から中庭を見下ろすと、信じがたい光景が展開されていた。




 その一分前。

 並木はダークスーツの二人をしたがえ、部室棟から大きな池のある中庭へ出る。並木は霞が関に電話しながら走っている。

 池のほとりで、二重反転ローターの黒塗りのヘリコプターが待機しているのに、公安警察官たちは驚く。だれも接近に気づかなかった。CIAが所有する騒音軽減ヘリなので仕方ないが。

 ジェーンと六人の男が、銃口を下へ向けてアサルトライフルのFN・SCARを構えている。全員フル装備だが迷彩服は着ていない。ジェーンは黒のセーラー服、男たちはジーンズなどで不統一な服装だ。彼らは準軍事要員である「特別行動部隊(SAD)」のオペレーター。ジェーンは陸軍軍人と衝突したが、SADとなら阿吽の呼吸で協働できる。

 並木はスマートフォンをグレーのジャケットにしまう。丸腰なので恐ろしいが、冷静をよそおいジェーンに話しかける。

「あなたがリーダーね?」

 ジェーンが答える。「そうだけど」

「いますぐ撤収しなさい。他国の諜報機関が白昼堂々、われわれ公安に対し敵対的な行動をするなんて前代未聞よ。外務省を通じて正式に抗議する」

「お好きに」

「自分が何をしてるかわかってるの? これは宣戦布告にひとしい」

「とっくに戦争は始まってるけど」

 ジェーンはなめらかな動作でSCARを発砲する。五発の七・六二ミリ弾が、並木の皮膚と血管と臓器を破壊する。同僚の二人も斃れた。

 ライフル弾に薙ぎ倒された並木は、青空をながめながら、日本版CIAの長官になるとゆう夢が潰えたのを知った。




 ミキは、部室棟屋上にある貯水タンクの陰に潜んでいる。SADが放つライフル弾がタンクに当たり、鈍く不吉な音をたてる。

 敵の連射の合間をみて、ハンドガンのHK45で応戦する。すぐ十発を撃ち尽くし、弾倉交換を余儀なくされる。たよれる相棒のMP7を所持してないのは痛恨の極みだった。

 不条理な事態だ。

 いま対峙するSADは、民間人に対する先制攻撃を許されている。階段でいきなり発砲され、屋上まで追い詰められた。ありえない交戦規則だ。

 銃器が奏でるシンフォニーを聞いていると、ミキはおかしくなってクスクス忍び笑いする。

 自分がこんな死に方をすると思わなかった。諜報部に入る前は人生終わりかけてたから、ふりだしに戻っただけとも言えるが。

 包囲されてみじめに蜂の巣になるより、敵を一人か二人片づけて、華々しく散りたい。ミキは遮蔽物の陰から飛び出す。

 千鳥が背後からミキの肩をつかみ、制止する。

「バカか」千鳥が言う。「あいつらどう見てもプロだろ。シロウトが撃ち合ってどうすんだ」

「ボクの腕なら道連れにできる」

「死ぬ気かよ。いい加減に目を覚ませ」

「死の天使は、死を恐れない」

「ふざけんな!」

 千鳥はミキの頬を、拳で思い切り殴る。ミキは怯まない。口がへの字に曲がり、眼帯をつけた顔に冷笑が浮かんでいる。

 ミキは、千鳥の足許でうずくまる氷雨に一瞥をくれる。膝をかかえて震え、視線に反応しない。

 短い間で、おかしな関係だったけど、友達になれたことに感謝している。できれば気持ちを言葉にしてつたえたかった。

 ミキは衝動的に駆け出す。歯を食いしばって集中し、HK45の照準を合わせようとする。

 前方にはきららがいた。いつもの眼鏡をしておらず、髪や制服が乱れている。両手を背中で拘束されている。




「先輩」ミキが言う。「無事でしたか」

「どうにかね」

 きららの微笑に力がない。

 強いストレスを受けたばかりの様に見える。やはり拷問されたのか。

 ミキはHK45を、きららの隣に立つジェーンへ向ける。胴体はアーマーで守られている。額を一撃で射抜くつもりだ。

 ジェーンは脅威に関心をしめさない。かわりにSAD五名がミキに狙いをつける。

「ボクは」ミキが言う。「裏の事情を知らない。でも無抵抗の女の子を痛めつけるお前らに、正義があるわけない」

 ジェーンが答える。「そうかしら。拷問はされるより、する方が大変なのに」

「だまれ」

「この女は水責めに三時間耐えた。アルカイダの平均より上よ。あっぱれと褒めてもいい」

「だまれ、クソビッチ!」

 ジェーンは無表情で顎をしゃくる。SADがSCARの引き金に指をかける。

 ミキは迷う。

 ジェーンは殺せる。死に値するやつだ。絶対外さない。

 だが撃てば、仲間も報復されるだろう。

「もうやめて!」

 氷雨の叫びが響いた。

 振り返ると、氷雨が頬を濡らして立っている。

 ジェーンがわざとらしく口笛を吹く。

「寒椿氷雨。アメリカの諜報機関による捜索を、六年間も躱しつづけた強敵」

 ミキが尋ねる。「一体なんの話だ?」




 六年前の二〇一一年三月一一日。

 日本周辺における観測史上最大の地震が発生し、津波の影響もあり、約二万五千人の死者・行方不明者・負傷者が出るなどの被害がひろがった。

 この地震は、浦安市の地下にある米軍基地で試験運用されていた、地震発生装置「テスラシステム」が誤作動したことにより起きた。

 アメリカ政府は事実をひた隠しにした。テスラシステムの存在自体が秘中の秘だし、被害が大きすぎて、国として責任の取りようがなかった。ほかに選択肢はなかった。

 国防総省内部から情報漏洩者があらわれる。義憤に駆られての行動だったかもしれないし、権力闘争かもしれない。真相はわからない。その若手官僚がCIAによって迅速に「処分」されたからだ。

 三月二十八日に情報をつかんだ日本政府は、大混乱におちいる。福島第一原発の事故への対応だけで手一杯だった。政府内の意見はふたつに割れる。単純化すると、アメリカの公式の謝罪をもとめようとする外務省と、浦安基地に直接乗りこんでテスラシステムを接収しようとする防衛省の対立だ。菅直人首相は、前者に理解をしめした。

 三十一日、陸上自衛隊が許可なく軍事行動をおこす。弱腰の官邸に対する叛逆だった。自国民が二万人も殺されたのに黙っていられるほど、彼らはお人好しではなかった。中央即応集団の特殊作戦群が、浦安基地を占領する。

 しかし米軍はこの動きを予測していた。四月一日に補給活動を名目として宮城県気仙沼市へ、海兵隊一個大隊を揚陸艇でおくりこむ。そのほとんどは浦安へむかい、特戦隊と交戦した。

 地獄の一週間がつづいた。だれも事態をコントロールできない。自衛隊と米軍が、官邸と防衛省が、ホワイトハウスと若手官僚が争った。大量の血が流れた。死傷者数について、日米ともに記録はない。今後記録されるのかどうかもわからない。




 当事者たちは不毛な争いに辟易しはじめた。

 テスラシステムなど、存在しない方がよかった。いっそ粉々に破壊すべきではないか。データをふくめ、この世から抹消する。だがだれも決断をくだせない。その威力が実證されたばかりだから。

 ならば物理的にではなく、電子的にシステムを沈黙させればよい。戦場はサイバー空間へうつった。日本国内のコンピュータの専門家のうち、もっとも優秀な約百名が召集された。

 そのなかに東京大学数学科教授・寒椿寛平がいた。専門は群論で、暗号理論の世界的権威だった。ちょっとした偶然のおかげで、寒椿教授はテスラシステムのアクセス権を奪うのに成功した。

 教授には氷雨とゆう九歳の孫娘がいた。のちに思春期を迎えるころにはおとなしい性格になるが、当時は剣道に夢中なイタズラっ子だった。PCをいじるのも大好きで、祖父のマシンへ侵入し、勝手にアニメの壁紙に変えたりして遊んでいた。

 氷雨は、最近祖父が大学へ行かずに取り組んでいる仕事に興味をもった。多少は英語ができるので、祖父の論文を何本か読んでいた。だが調べたところ、今回の仕事は論文執筆でなくハッキングだった。

 背景事情をまるで知らないまま、氷雨はテスラシステムのファイアーウォールを解析しはじめた。手法は稚拙だったが、直感でプログラムのなかに異常を発見した。それはゲームのプログラムだった。作業中の気晴らしのためか、単なるイタズラ心か、プログラマはソリティアをファイアーウォールに仕込んでいた。

 氷雨は記録的なスピードでソリティアをクリアして抜け穴に利用し、ルート権限を獲得した。ファイアーウォールを自己書き換えコードに組み直し、祖父が手を出せないようにした。さらに何重にも防壁を仕掛け、刀剣鑑定士である父が持っていた、国宝・七星剣の画像ファイルを秘密キーに設定するなどした。そして一切痕跡をのこさず、祖父のPCから抜け出した。

 幼い氷雨にしてみれば、ルービックキューブで遊ぶ様な感覚だった。

 テスラシステムはその日から、ただの置物と化した。ロスアラモス国立研究所にあるスーパーコンピュータを稼働させてるのに、たかが英数字八文字のパスワードを解明できない。

 三年後、国防総省は白旗をあげた。これ以上スパコンを無益に運用するのは、安全保障政策上マイナスにしかならない。テスラシステム「奪還」の任務は、CIAが引き継ぐことになった。

 システムをいじくったクソ野郎を一秒でも早く見つけ出し、どんな手段をつかってでもパスワードを吐かせろ。




 ジェーンが、そしてきららが補足しつつ明らかにしたストーリーは、ミキを動揺させた。立っていられず、屋上の手すりにつかまる。部室棟全体が激しく揺れる。地割れに飲みこまれそうな感覚。

 信じられない。信じたくない。

 あの地震の原因が、こんなバカげた話だなんて。父と兄が知ったらどう思うか。

 ミキがつぶやく。「ありえない」

「当然の反応ね」ジェーンが答える。「アメリカを散々悩ませた天才ハッカーが、九歳の子供だったなんて。六年間なにも見つからないはずよ」

 ミキは氷雨と視線を合わせる。もう泣きやんだ氷雨は、虚ろな目をしている。

 ミキが言う。「氷雨ちゃん、嘘だと言って」

「…………」

 氷雨は目を伏せる。

 ジェーンはミキの横を通り過ぎ、大股で氷雨に近寄る。SCARをスリングで背中に提げている。

「寒椿氷雨」ジェーンが言う。「アメリカ政府は君を丁重にあつかう。VIP待遇と思ってくれていい」

 氷雨が答える。「私にもプライドはあります」

「拷問のことか? あれは付随被害だ。いづれきちんと埋め合わせする」

「あなたの心は汚れてる。なにも聞きたくない」

「君の頭脳を必要とする人間はたくさんいるんだ。特にNSAが興味をもっている。フリードリヒ・ガウスばりの神童にね」

「もうやめて」

「断れる立場じゃないのは承知してるだろう?」

 SADの五人が、諜報部員たちにSCARを向ける。なにをしでかすかわからないミキには、二人が狙いをつける。

 氷雨は天を仰ぐ。深呼吸したあと、剣道で鍛えたフットワークで鉄柵を飛び越える。屋上の縁で振り返る。

 ほほ笑みをうかべ、氷雨がミキに言う。

「いままで本当にありがとう」

「ダメだ」ミキが言う。「そんなことしちゃダメだ。こいつらはボクが斃す。絶対氷雨ちゃんを守る」

「もう疲れたの。みんなに甘えて、守ってもらうのに」

「やめろ!」

 氷雨は三階建ての屋上から、仰向けに飛び降りた。




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