『ナデシコ女学院諜報部!』 第9章「テスラシステム」


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 黒のセーラー服姿のジェーンが、タコ足配線がほどこされた巨大なタワー型装置の前に立つ。

 ここは、千葉県浦安市の地下二百メートルに埋設された軍事基地。東京ディズニーリゾートの、荷物の搬入搬出につかわれる地下通路へ直結する。米軍は一種のアメリカ租界である浦安で、日本政府に断りなく基地を建設していた。

 ジェーンは手鏡を見つつ、焼け焦げた前髪をハサミで切り揃える。専従のヘアメイクをアメリカから呼び寄せたいが、その暇はない。

 おかっぱ頭のアルテミシアが、椅子にすわりノートPCのキーボードを連打している。「テスラシステム」と呼ばれるタワー型装置のランプが、満天の星の様に点灯するが、数十秒後にすべて消える。

「何度やってもダメ」アルテミシアが言う。「起動はできるけど、操作を一切うけつけない。強固なファイアーウォールだわ」

 ジェーンが答える。「明日までにこのカタナを返さないといけないの。知ってるわね」

「ええ。残念だけど」

「私は約束は守る。ただその前にやるべきことがある」

 ジェーンはテスラシステムの制御卓に置かれた、抜き身の七星剣をつかむ。それをもってタワー型のコアシステムへ歩み寄る。

 アルテミシアがあわてて立ち上がる。パイプ椅子が後ろに倒れる。全力疾走してコアシステムの前に立ちはだかる。

 ジェーンは設計者が想定しなかったやりかたで、ファイアーウォールを突破するつもりだ。鍵である七星剣をスロットに挿しこむと、コアシステムを強制的に初期化できる。ただし、デフォルト設定された機能が自動で発動するが。

 具体的に言うと、マグニチュード七の直下型地震が東京を襲う。

 テスラシステムは地震発生装置だ。アメリカ国防総省が中心となって開発した。そのコアシステムが送りこむ地球定常波が地殻を振動させ、人為的に大地震を誘発する。

 その実験場にうってつけなのが日本だった。アメリカの同盟国のなかで、もっとも地震が多いから。

 アルテミシアが両手をひろげて叫ぶ。

「あなたは正気じゃない!」

「根拠はなに」

「私怨を晴らすため、同盟国の市民を虐殺しようとしている」

「同盟国? ニホンザルの群れが?」

「おねがい、目を覚まして」

 不揃いの前髪を揺らし、ジェーンがちかよる。碧眼の放つ光がアルテミシアを射抜く。

「あなたも見たでしょう、眼帯女の不遜な態度を。ここは神を信じない悪魔が棲む国よ」

「あれはたかがゲーム……」

「そう、戦争とゆう名のゲーム。ポエニ戦争で勝利したローマが、カルタゴでなにをしたか知ってる?」

「建物を破壊し、地に塩を撒き、絶対に再興できないようにした」

「さすがチャイニーズ。歴史にくわしい」

 ジェーンは薄笑いをうかべ、腰のホルスターに右手を添える。妨害するものは躊躇せず撃つ。味方の特殊部隊の精鋭四人にそうした様に。

 奥歯をカチカチ鳴らし、アルテミシアが言う。

「撃ちたければ撃てばいい。無辜の市民を巻き添えにするのは間違ってる。私の倫理が許さない」

「あら、意外ね。あなたが倫理を語るなんて」

 ジェーンは背をむけ、アルテミシアのノートPCの前へ移動する。「etc」とゆうフォルダを開き、パスワードを入力し、隠しファイルの動画を再生する。水飛沫の音が地下基地にひびく。

 ジェーンは知っていた。アルテミシアが自分をひそかに恋慕し、入浴中の姿などを盗撮してるのを。知った上で泳がし、脅迫の材料にとっておいた。

「ひどい」アルテミシアがつぶやく。

「被害者みたいな口ぶりだわ」

「そう、私はレズビアンよ。女しか愛せない。だからと言って、恥じる気もない」

「立派な心がけね。でも世間はどう思うかしら。特に国家の中枢は」

 アメリカは自由の国だ。同性愛者にも権利が認められる。藝術家や大学教授をめざすなら、さほどの障碍にならないだろう。でも政治やビジネスの世界でキャリアを積むのが目標だとしたら。

 アルテミシアの脳裏に、優しくも厳しい両親の顔が思い浮かぶ。サンフランシスコのチャイナタウンで食料品店を経営しつつ、貧しいながらも娘に特別な教育をほどこした、この世でもっとも大切な存在だ。史上初の中国系のアメリカ大統領になり、民族の誇りになれと言うのが口癖のふたり。

 アルテミシアは肩を震わせ、泣き濡れる。ジェーンが背後から抱きすくめる。アルテミシアの小ぶりな耳を噛む。反応がとぼしいので、千切れるほど噛みしめる。バイオリンの様なうつくしい音色で、アルテミシアが鳴く。

 ジェーンはひとりごつ。

 女同士ってのも悪くない。癖になりそう。

 平手ミキ、見てなさい。

 いまからオペラの終幕がはじまる。どんな悲劇になるか、たのしみでしかたないわ。




 明けて朝八時。

 ミキは自宅の一階にある蕎麦屋で着替えている。まだ開店前だ。店内の狭さをごまかそうと鏡を張った壁があり、全身を映せて便利。

 ロココ調の花柄があしらわれたワンピースの上に、学校指定のブレザーを羽織る。はじめて合わせたが、わるくない。彼女にしてはシックな装いなのは、天狗になりそうな自分を戒める意図もある。

 ミキはツインテールをなびかせてスピンし、前後左右のバランスをたしかめる。氷雨が言う様に、アニメのヒロインが作品から飛び出したみたいだ。われながらナルシストだとおもうが。

 ちいさな革のハンドバッグをもって店を出ようとしたミキを、厨房で仕込みの作業をしていた母親が呼び止める。

「忘れ物してるよ」

 ふりむくと、作務衣を着た母がカウンターを指差している。ミキが外でつねに着用する、みづからのシンボルである眼帯が置きっぱなし。

 ミキは頬を赤く染めながら、視力一・五の左目を隠す。恥づかしいのではなく、嬉しかった。これまで中二病趣味をまったく理解しなかった母に、認めてもらえた気がして。

 ミキが言う。「お母ちゃん、ありがとう」

「もう時間だろ。いそぎな」

「お母ちゃんもお仕事がんばって」

 不良娘のねぎらいの言葉にぽかんとする母を後にのこし、ミキは出入口のドアをスライドさせる。

 スパイゲーム優勝により、無償で好きな大学に通える資格をえた事実は、ケチな母親をいたくよろこばせた。活躍がテレビで報道され、ゴスロリ衣装の「カミカゼガール」として有名になったのも、ミーハーだから満足したにちがいない。

 十五歳にしてはじめて、親孝行できた。

 バシャバシャバシャッ!

 暖簾をくぐったミキを、フラッシュの洪水が襲う。

 カメラやマイクをもった百人を超す報道陣が、店の前で待ち伏せしていた。膨大な光量から視力を守るため、ミキは右目の前に手をかざす。

 記者たちはボイスレコーダーをミキに突きつけ、口々に叫ぶ。

「カミカゼガール! いまの気持ちは!?」

「こっち視線ちょうだい!」

「ジェーンに対しなにか一言!」

 もともとスパイゲームは、さほど注目される大会ではない。試合の映像は編集されたものがネット配信されるだけだし、むしろ税金の無駄遣いと批判されがちだった。ただ今回はハリウッド女優のジェーン・カラミティが電撃的に参戦、しかもそれを独特の風体の美少女がねじ伏せたのだから大騒ぎだ。

 無論、ジェーンがCIA工作員だと自白し、機密の一部を漏らした件は、主要メディアは黙殺している。しかし噂が陰謀論者によって拡散され、SNSの話題を独占中だ。

 濡れた手をタオルで拭きつつ、母が店から出てくる。余所行きの笑顔をしている。

 ミキは直感する。

 お母ちゃんがマスコミを呼んだんだ。店の宣伝のために。眼帯をつけさせたのも、これが理由か。

 母が深く頭を下げる。棒立ちしたままのミキの髪を下に引く。

「みなさま」母が言う。「きょうは遠いところからお集まりいただき、ありがとうございます。そば処ひらての店主でございます」

 ミキが囁く。「お母ちゃん、やめてよ」

 耳を貸さずに母はつづける。

「ふつつか者ではございますが、娘のミキは当店で毎日勤務しております。たくさんのお客さまの御来店をお待ちしております」

 報道陣のあいだに「おお」と歓声があがり、ふたたび大量のフラッシュが焚かれる。

 真っ赤な嘘だ。

 ゴシック的な世界観を愛するミキは、家業である蕎麦屋がダサくて大嫌いだった。無愛想で接客に向いておらず、店に出ろと求められたこともない。

 女記者が叫ぶ。

「カミカゼガールさん、お店の魅力を全国にアピールしてください!」

 ミキは咄嗟に三本指を顔の前にかまえる。十五年の人生でつくりあげた中二病キャラに、いまほど感謝したことはない。

 ミキがつぶやく。「称号をまちがえるな。ボクは『死の天使』だ」

「はぁ」女記者が答える。「シノテンシ?」

「愚かな人間どもに運命を告げるため、神がボクを地に遣わした」

「なるほど。天使なのにお蕎麦屋さんで働いてるんですね」

「君は無知だな」

「と言うと」

「この神殿に捧げられる供物の名は、ただしくは『エンジェルズ・ダーク・ヌードル』」

「黒い麺……十割蕎麦ってことですか」

「そうゆう解釈もありうる」




 ミキは氷雨や千鳥と、ナデシコ女学院の部室棟の階段をのぼっている。すれちがう生徒が敬意のこもった視線をおくる。苦労が報われる思いがする。

 白い歯を見せ、千鳥が大声で言う。

「朝からお腹抱えて笑ったよ」

 ミキが答える。「スルーしてください。頭が真っ白になって変なこと口走りました」

「いや、堂々としてた。ああゆうのって台本とかあんの」

「あるわけないでしょう」

 千鳥はサッカー部に顔を出すと言って二階で別れ、ミキと氷雨は三階の部室へむかう。

 左半分が黒で右が白のパーカーを着た氷雨が、ややかすれた低い声で言う。

「テレビのニュースに出るなんて大変だったね」

 ミキが答える。「まったくだよ」

「でもやっぱりミキちゃんはすごい。たくさんの大人に囲まれて一歩も引かないんだもん」

「キャラをつくってれば、ボクは結構しゃべれる」

 ミキはふと思う。

 氷雨とは素のままで自然に会話ができる。つまり氷雨は一番の理解者だ。

 鼻を掻きながらミキが言う。

「あの……氷雨ちゃん」

「なに」

「もしよかったら、今度どこか遊びにいかない? ディズニーとか」

「えっ」

「ごめん、虫がいいよね。映画館に誘ってもらったとき大失敗したくせに」

「なに言ってるの!?」

 階段の途中で立ち止まり、鼻息荒く氷雨が続ける。

「あれは私のせいだよ。ずっと申しわけなく思ってた。こんなダメな私を許してくれるの?」

「許すもなにも、氷雨ちゃんはボクの親友だよ。だれより大切におもってる」

「うれしい! 私もミキちゃんが一番大好き!」

 小柄とは言え、勢いよく氷雨に飛びつかれ、ミキは階段から転落しかける。




 しがみつく体重四十キロ弱の氷雨を引きずり、ミキは諜報部の部室の前に立つ。鍵をノブにさしこむ。

 はいらない。

 背筋に悪寒が走る。ミキはセキュリティに敏感になっていた。CIAもしくはジェーンが単独で、報復に出る恐れがあった。

 廊下にコツコツと足音が響く。

 黒縁メガネをかけた女教師の並木が、ダークスーツを着た見慣れぬ男二人をしたがえている。

 全員武装していると雰囲気でわかる。

 ミキはかすかに腰を落とし、拳銃のHK45を構えやすい姿勢をとる。実弾を装填してある。

 険悪な空気を察知してない氷雨が言う。

「先生、鍵が壊れたみたいです」

「いえ、壊れてません」並木が答える。「その鍵は付け替えました。きょうから諜報部は活動停止です」

「そんな」

「いままで御苦労様。あなたたちは役割をしっかり果たしたわ」

 真紅のカラーコンタクトをつけたミキが、憤怒で瞳を燃やしながら言う。

「アンタ、公安のスパイだな」

「正解」並木が答える。「勉強はダメなのに、こうゆうことだけは知恵が回るわね」

「アンタときらら先輩は怪しかった。そっち側の人間とおもってた」

「ええ、私はこちら側の人間。国家の安全のため日々精勤してる」

「陰謀の存在を知りながらボクたちを泳がせ、CIAの情報をあつめた」

「いますぐ分析官になれそうね。素行の悪いあなたを入部させるなと上に反対されたけど、結果は予想以上だった。礼を言うわ」

「クソッタレ」

 並木はミキの細い喉をつかみ、鍵のかかった扉へ押しつける。厚底の靴の分だけ、ミキの方が背が高い。怯えた氷雨が隣で悲鳴をあげる。ミキは押しつけられたまま、片目で相手を睨む。

「たしかに」並木が言う。「私はスパイだけど、正規の手続きをふんで配属された教員でもあるの。敬意を払いなさい。態度が悪い子はおしおきよ」

「やれるもんならやってみろ。高校生同士の戦いを指くわえて眺めてた卑怯者が」

「優秀なスパイはそうする。自分の手を汚すなんて三流よ。成果を見なさい。わが政府はすくなくとも今後十年、アメリカを脅せる。この意味がわかる?」

「知るか」

「日本の諜報機関の歴史が、きょうから始まるの!」

 並木はミキから離れ、わざとらしく両手をひろげる。昇進の期待で昂奮している様だ。

 ミキは白ける。ジェーンや並木みたいな、出世欲の虜が理解できない。人生なんて、かわいい服とおもしろいゲームがあれば十分だろうに。

 千鳥が二階から走ってきた。動揺しているのか並木や二人の男には目もくれず、ハンカチにつつまれた物をミキに手渡す。

「サッカー部の後輩が」千鳥が言う。「これを諜報部へ届けるよう頼まれたって」

 折りたたんだハンカチをひらくと、フレームが曲がり、レンズの割れた眼鏡がある。小型のパネルが装着されたスマートグラスだ。

 ミキが答える。「きらら先輩のかな。いったいどうしたんですか」

「わからないのかよ、これはCIAのメッセージだろ! きららを拉致して拷問してるってゆう」




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