『ナデシコ女学院諜報部!』 第8章「ドローン」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)







 極彩色に階段が塗られてゆく。小田急百貨店の正面にある歩道橋だ。ミキと千鳥が上から、ジェーンとチームメイトが下から、ペイント弾をばら撒く。階段のあちこちで塗料がしたたり落ち、うかつに踏みこめば滑り落ちそう。

 膠着状態を打破しようと、ジェーンはお団子ヘアのチームメイトへ指示をとばす。お団子ヘアが走り出す。反対側のエスカレーターを昇り、挟み撃ちするつもりだ。

 MP7を階段下のジェーンに対し連射しながら、ミキが叫ぶ。

「千鳥! クレイモア!」

 交戦中だから呼び捨てはしかたないが、先輩としてはあまりおもしろくない。千鳥は背後にある公衆トイレの壁に身を寄せ、エスカレーターの降り口を凝視する。お団子ヘアが駆け上がってくる。

 千鳥は、あらかじめ仕掛けておいた指向性地雷の起爆スイッチをいれた。

 ボンッ!

 お団子ヘアはアサルトライフルのFN・SCARを構えたまま、頭頂から爪先まで青く染まる。

 セレブリテ学園にヒット。生き残りは三対二で、ナデシコ女学院がリード。ミキたちは状況をまだ正確に把握できてないが。

 ジェーンは四文字言葉を罵り、姿をくらます。

 満面の笑みをたたえたミキが、千鳥とハイタッチして言う。

「よっしゃあ! 一気にトドメ刺そう!」

 千鳥はおだやかな微笑を返す。

 ふだんは感情表現がとぼしいミキだが、ゲームに勝つと無邪気な幼女に変貌する。こういった勝負事が好きでたまらないのだろう。

 実際ミキは、天賦の才にめぐまれている。背中に目がついてるかの様に周囲の動きを察知する。数手先を読んで有利な位置を占め、味方を手足の様にあやつり、ためらいなく敵を殲滅する。

 すっかり後輩にリーダーシップをうばわれた千鳥だが、ミキの命令にしたがって行動するのがすこしづつ快感になってきた。

 トランプ柄の黒いスカートをなびかせ、ミキはジェーンを追ってびゅんと突っ走る。

 千鳥はつぶやく。

 あのコは本当に、神の使いかもしれない。




 ミキと千鳥の先輩後輩コンビは、エスカレーターで歩道橋から地上へ降りる。ドローンが約二十メートル上空を飛んでるのに気づく。工具箱の様なものを運搬している。ドローンは小田急百貨店と京王百貨店の隙間にある細い道、モザイク通りへ入ってゆく。ジェーンに弾薬などを補給するのだろう。

 ミキは腰だめにしていたMP7を右肩に引きつけ、ビルの谷間へむかい歩を速める。

 千鳥が、ミキのジャケットの襟をつかんで言う。

「おいおいおいおい、さすがにあそこは危険だろ。あきらかに誘ってる」

「そりゃ、まあ」

「策があるなら教えてくれ」

「ボクが敵だったらスナイパーをおきます」

「どこに」

「小田急の屋上かな。でも居場所がわからないのがスナイパーの存在意義だから、なんとも言えない」

「だめじゃん。あたしが走って裏へ回ろうか」

「セレブリテはドローンで監視してます。上空を取られてる以上、回りくどい戦術は効果が薄い。もっと直接的に揺さぶりたい」

「で、どうすんの」

 ミキは右目を伏せ、ツインテールをいじる。

 人生はむつかしい。ゲームの中なら相手を容赦なく叩きのめしても許される。所詮ゲームだから。一方、現実世界で人を傷つければ遺恨となる。

 でも、言わなければ。闘争の霧のなかで即座に判断をくだし、チームを牽引しなければ。

「先輩は囮になってもらいます」

「スナイパーをおびき出す餌になれってか」

「はい」

「勝算はあんの」

「百メートルくらいはMP7で狙えます」

「わかった」

「生意気言ってすみません」

「チームのためなら喜んで犠牲になるさ。あたしはそうゆう運命なんだ。どの分野でもトップにはなれない」

 ミキは、奇麗にととのった眉をひそめる。意外な発言だった。千鳥は有名なサッカー選手であり、諜報部のエースとしても人気がある。父親が開業医で、自身も医学部進学が確実と聞いている。陽のあたるところを歩いてきた人生とおもっていた。

「でも」ミキが言う。「先輩はサッカーの世界大会に出たりしてますよね」

「上に行けば行くほど、バケモノみたいな天才がいるんだよ。逆立ちしてもかなわないってゆう」

「そんなものですか」

「天才にはわからないさ。あたしは勉強でもスポーツでも、ちょっと努力すればすぐ上達する。でも二流で止まっちゃう。器用貧乏なんだ」

「ボクは先輩を信頼してますよ。体力もガッツもあるし」

「ありがとな。さ、暗い話はやめて仕事しようぜ」




 モザイク通りの手前で、ミキと千鳥は庇の下に入る。ミキはタータンチェックのジャケットを脱ぎ、千鳥に手渡す。

 ミキがささやく。「上着を交換しましょう。敵はボクを狙ってくるはずだから」

「緊張するなあ」

 ふたりは、長さ約五十メートルのゆるやかな登り坂坂にさしかかる。上方に蓋の開いた弾薬箱がある。左右の巨大なデパートがふたりを圧迫する。

 ビシッ!

 先をゆく千鳥の左肩が緑に変色する。

 ヒット。二対二。

 ミキはMP7を構えたまま振り向く。十四階建ての小田急の屋上に銃口をむけ、ドットサイトを覗く。髪がベリーショートのセーラー服の女が伏せている。スナイパーライフルであるFNバリスタの減音器を、鉄柵の隙間から突き出している。ボルトハンドルを引いてまた戻し、薬室へ次弾を送りこむ最中だ。

 ミキはトリガーを引く。

 ターゲットより一メートル下の白壁に、赤い染みができた。

 ビシッ!

 ミキの足許で音がした。

 ふたたびベリーショートが発砲した。予想よりこちらの反撃が早く、あせって外したらしい。

 ミキは呼吸をとめる。死人の様に静止する。照準を微調整し、トリガーをそっと引きよせる。

 ペイント弾は鉄柵に命中する。塗料が飛び散る。ビル風で弾道が5センチ流れた。

 ベリーショートは、バリスタをつかんで視界から消える。

 スナイパーの宗教は、正々堂々としたふるまいを禁忌とする。互角の条件で撃ち合うなど、彼らにとって恥でしかない。ミキは日夜ゲームのネット対戦で、この種族に悩まされてるので知っている。

 ミキが叫ぶ。「くそがッ!」

 MP7を石畳調のタイルへ叩きつけようとする。

 大風呂敷をひろげ、先輩を犠牲にしておいて、このザマか。無能にもほどがある。

 ミキは振り上げた腕をとめる。

 物にあたるな。感情をコントロールしろ。MP7はボクの大事な相棒じゃないか。

 退場となった千鳥が、肩をすくめて言う。

「ジャケットが汚れたけど大丈夫か? お気にいりだったんじゃないの」

「試合終わるまで革ジャン貸してください」

「いいけど、それ男物だぞ。いつも着てる可愛い服と全然ちがうだろ」

「パンク系のロリータもあるんですよ」

 ミキは左手を腰にそえ、かるくポーズをとる。おなじ服を着てるのに、ファッション雑誌から抜け出した様に見えるのが、千鳥には不思議だ。

「言われてみれば、案外似合うな」

「でしょう。ロリータファッションはヴィヴィアン・ウエストウッドの影響をうけてるから、もともとパンキッシュな服と相性いいんですよ」

「ヴィヴィアンなんとかって誰?」

「話すと長くなるんで、またあとで」




 ミキはいま、新宿ミロードの外にあるアナスイのブティックにいる。派手なバッグが陳列された棚の後ろにしゃがみ、息を殺している。厚化粧の店員たちはおびえ、店の奥へ逃げた。

 一分前に坂を登り切ったところで、オープンカフェのテーブルを倒して盾とするジェーンと撃ち合いになった。狙撃を警戒するミキは、迷惑と思いながらも店に飛びこむしかなかった。

 高校生では手が出ないブランドなので、店内を一度じっくり見たかったのもある。

 四枚のプロペラで風切音を立て、ドローンが通過するのがガラス越しに見える。ミキの居場所をたしかめている。

 射界にスナイパーはいない。なにか別の攻撃をしかける気だ。

 ミキは立ち上がり、試着室へ入る。すばやくカーテンを閉める。

 ガシャン、ズドーンッ!

 ミキは試着室の外へ出る。フロア全体に服や雑貨が散らばり、オレンジ一色に塗りつぶされている。対戦車ミサイルを撃ちこまれた。

 スパイゲームにおける被害は、文部科学省が補償する。請求額をみて役人は腰を抜かすだろう。

 ミキはガラスの砕けた自動ドアを抜ける。ジェーンが木製のテーブルごしにSCARを発砲してくる。

 セミオートでミキは応射する。ヒットを狙わずテーブルに当て、ジェーンを牽制するにとどめる。予備弾倉が切れたので弾を節約したいし、ミサイルを担いでどこかに潜むベリーショートも怖い。

 ドローンは他のメンバーが遠隔操作してるから、戦況は実質的に一対三。氷雨が無事なのは確認したが、合流までしばらくかかる。

 ミキはアナスイの隣の眼鏡屋へ逃げこむ。その場しのぎでしかない。残り時間は七分。さっさとこのクソツボから抜け出さないと。

 キーンとゆう風切音が聞こえる。またドローンがくる。

 ミキはMP7の弾倉を外し、ウエストポーチに忍ばせていた実弾をひとつ装填する。別にルール違反ではない。そもそも銃刀法に抵触するから、「実弾の使用は禁止」などと明文化されてない。

 銃撃戦の混乱で、プロパンガスのボンベがカフェの前に放置されている。

 ドーンッ!

 バルブを狙った四・六ミリ弾が、ボンベを爆発させる。ガラスが吹き飛び、瞬く間に各店舗に炎がひろがる。ビルの谷間ですさまじい乱気流が生じ、ドローンは墜落する。




 ミキは新南口のペンギン広場へうつった。三段重ねのベンチや植え込みがある憩いの場だ。ペンギンの銅像が改札口にむけて手を挙げ、この街への訪問者を出迎える。

 ミロードデッキを走り抜け、甲州街道の上を横切ったミキは、肩で息をしている。終了まであと五分。膝が笑って直立できず、銅像に背をもたせる。

 後を追ってきたジェーンが、SCARの銃口をむけつつ、余裕の足取りで歩み寄る。自慢の金髪とセーラー服がすこし焼け焦げている。

「カミカゼガール」ジェーンが言う。「ついにお前を追い詰めた」

「変な呼び方はよせ。ボクは死の天使だ」

「お前はよくやった。でも今日が、私たちのミッドウェーになる」

 ベリーショートがピラミッド型のベンチへ登る。スコープを覗かずにバリスタを構え、左右に目を光らせる。ナデシコは氷雨がまだ生き残っている。戦力としてはたかが知れてるが、味方を救うため行動をおこすと予測される。

 ジェーンはミキをボディチェックし、残弾のなくなった拳銃のHK45と、アイフォンを没収する。MP7は弾切れのときミロードに捨てた。

 ジェーンは拳銃のファイブセブンに持ち替え、ミキの額にむけて言う。

「いい死に場所ね」

「そうかな」

「ここいらは『君の名は。』に出た聖地よ」

「そのアニメ見てない」

「嘘でしょう。大ヒットしたのに」

「あんた結構日本好きだろ。ツンデレか」

「ちょっと、いまなんて?」

 ジェーンが顔をしかめる。

 時間を稼いでるのに、怒らせたら元も子もない。どもりながらミキが言う。

「い、いや、ツンデレとゆうのはアニメキャラとかの分類で、決して悪い意味……」

「本当に!? 日本人から見て、私はツンデレなの? 釘宮理恵みたいな?」

「そのたとえはちょっと古……」

「すごいわ! ねえ聞いた!? 私ってツンデレなんですって!」

 ジェーンは上ずった声で、ベリーショートに対して叫ぶ。

 ベリーショートは苦笑しながら答える。

「ジェーン、あと三分」

 もうすこし執行猶予を引き延ばそうと、ミキがジェーンに尋ねる。

「それで、お前たちの要求はなんだ」

 ジェーンが答える。「はぁ?」

「ボクらが勝てば七星剣を返してもらうはずだった。そっちの要求については部長同士で交渉したらしいけど、くわしく聞いてない」

 ジェーンは右側のベリーショートの方をむき、空を指差す。ドローンが浮かんでいる。

「監視は問題ない」ベリーショートが言う。「だれも私たちを見てないし、聞いてない」

「寒椿氷雨はハッキング能力がある」

「ウチの技術班が、ドローンの無線通信のトラフィックをすべて捕捉してる。これを掻い潜るシステムがナデシコにあるわけない」

「それもそうね」

 火災で傷んだ前髪を振り払い、ジェーンが言う。

「CIAは二年前から、ナデシコ女学院を調査している。国防上重要なある案件に関して」

「らしいね」

 寝耳に水だったが、ミキは冷静を装う。

 スパイの世界では、情報が通貨の役割をはたす。事情通のふりをして、価値ある人間に思わせないといけない。

 でないと死ぬ。

「人的に通信的にあらゆる情報を収集しても、なにも出てこない。足跡をたどると必ず、あるところでぷっつり途絶える」

「諜報部」

「そう。なのでCIAは、高校生の私を派遣した。アメリカに害をなす虫を燻り出すため」

「それって、きらら先輩だろ。あの人は隠しごとが多い。セレブリテに潜入するのに異様に反対したし、警察とつながってるし」

「じきにはっきりする。カミカゼガール、お前のせいで手こずったが」

 ジェーンは会話を打ち切り、ファイブセブンの角度をレザージャケットの胸のあたりへ下げる。見物人が広場にやってきた。おしゃべりしてる場合ではない。話題が国家機密ならなおさら。

 ジェーンは不審げにギャラリーを見回す。もう百人を超えた。後から後から増えてゆく。

 薄紫のパーカーを着た氷雨が、群衆を掻き分けてあらわれる。左手にマックブックを乗せ、画面をこちらにむけている。

 ペンギン広場が画面に映る。上空から俯瞰している。中心に金髪とツインテールの少女がいる。会話はライブストリーミングされていた。

 碧い瞳を吊り上げ、ジェーンがベリーショートを睨む。話がちがう。絶対ハッキングされてないと断言したじゃないか。

 ジェーンに銃をむけられたまま、ミキが言う。

「彼女は正しい。これはハッキングじゃない」

「でも、映像がリアルタイムで」

「ドローンが落ちたとき、ジャケットにあった先輩のスマホをヘアゴムでくくりつけた」

「なんですって」

「ヘアゴムはツインテール女子の必需品だもん。ドローンが重くなったけど、バレないでよかった」

 ジェーンは両手で口を覆う。ファイブセブンがタイルで跳ねる。

 諜報機関の歴史にのこる大失態だ。

 キム・フィルビーやエドワード・スノーデンに匹敵する災禍として、自分の名が記録される。

 いや、下手すれば抹殺される。

 存在すら。

 ミキは拾ったファイブセブンをジェーンに、氷雨はグロックをベリーショートに対し発砲する。

 二対〇で試合終了。

 ナデシコ女学院諜報部の、今年度の全国優勝が決定した。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイヴ
11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03