『ナデシコ女学院諜報部!』 第5章「陰謀」


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 セレブリテ学園の壮大な校舎の前を、ミキと千鳥が走って横切る。外壁の階段が最上層の祠へまっすぐつながる、ウルのジッグラトに似せた悪趣味な設計だ。ドローンがふたりを追尾しているのが、上空に見える。サッカー部と諜報部を掛け持ちする千鳥は、息も絶え絶えのミキを振り返りつつ、涼しい顔で疾駆する。

 来たときと反対側の壁に通用門を見つけたミキは、爆薬を蝶番のまわりに接着させ、起爆する。

 ふたりが敷地の外へ出ると、八人乗りの黒いヴォクシーが車道に急停止した。ドアがひらく。二列めにきららと氷雨が座り、ミキの担任である並木が運転席でハンドルをにぎる。

「はやく乗って!」きららが叫ぶ。「離脱するわよ」

 氷雨がマックブックを操作するのが、ミキの目に入る。

 渡りに船ではあるが、タイミングよすぎる。

 おそらくミキのアイフォンにアクセスし、位置情報などを傍受していたのだろう。

 気にいらない。

 ミキは呼びかけを無視し、早足で新浦安駅へむかう。さしものジェーンも、天下の往来で実力行使に出るとは思えない。

 背後から氷雨の低めの声がとどく。

「怪我してるよ。手当てしてあげる」

 ミキは左手を見る。手のひらに深い傷を負っており、指先まで血で濡れている。柱の破片かなにかで切ったのかもしれない。




 氷雨はヴォクシーの中で、ミキと向かい合わせに座っている。傷口を洗浄し、包帯を巻く。

「ありがとう」ミキが言う。「手際がいいね」

「道場のちびっ子がしょっちゅう怪我するから」

「自宅が剣道場なんだっけ」

「うん。入門希望なら大歓迎だよ」

「ボクの専門は剣じゃなくてこっち」

 セフティをかけて膝の上においたMP7を、ミキはこんこんと叩く。

 ミキの隣に座る千鳥が、向かいのきららに体を寄せて言う。

「七星剣がセレブリテにあった。やっぱりジェーンが黒幕だ」

 きららが答える。「現物を見たの?」

 千鳥はうーんと唸り、首をまわす。髑髏のタトゥーをいれた男、日本刀のキャリングバッグ、壊れたレンジローバー……。状況証拠はそろっているが、決定的ではない。

「警察に事情を話せば、強制捜査すると思う」

「すでに情報は提供したわ。氷雨ちゃん、例の動画を見せてあげて」

 氷雨はマックブックを反転させ、セレブリテ学園での銃撃戦を写した動画を見せる。警備用のドローンをハッキングしたらしい。

「ちぇっ」千鳥が言う。「あたしらは命懸けで戦ってたのに、高みの見物かよ」

「止めたはずよ。何度も」

「とにかく警察と話したい。犯人は相当やばい連中だ」

「その必要はないと彼らは言ってる。ちなみに今日から公安警察官が、私たち諜報部の四人を二十四時間体制で警護してくれるそうよ」

「はぁ!? それって監視じゃんか。まさかあたしらを疑ってんのか。きららは納得してんのかよ。国宝が盗まれたんだぞ。外国人に」

 きららはスマートグラスを外し、眼鏡拭きでレンズを拭く。ふたたび掛けなおし、落ち着いた声で言う。

「この際はっきり言うけど、あなたたちがよその学校で実弾射撃したのを不問にするのは、簡単な交渉じゃなかった」

「はいはい、悪うございましたね!」

 ふてくされた千鳥は座席に身をあづけ、窓の外に目をやる。首都高速湾岸線を走るヴォクシーの車内を、沈黙が支配する。

 ミキが遠慮がちに尋ねる。

「あのう、きらら先輩」

「なに」

「さっき『私たち諜報部の四人』と言いましたよね。てことはつまり……」

「これだけ深く関わってるあなたが、仮入部のままじゃおかしいわよね」

「ありがとうございます!」

 氷雨は微笑し、包帯を巻いたミキの左手をやさしく撫でた。




 おかっぱ頭のアルテミシアが、地下室でノートPCを操作している。コンクリートに囲まれた広間だ。

 スピーカーから水飛沫の音が響く。ジェーンがシャワーを浴びる様子が画面に映る。

 長いため息のあと、アルテミシアがつぶやく。

「うつくしい……まさに動くギリシア彫刻」

 ジェーンが浴室を出たので、アルテミシアは脱衣所が映るウィンドウを開く。それを画面半分に広げてちらちら窺いつつ、録画した映像を編集する。ジェーンの手足は解剖学的にありえない長さで、乳房は逆説的にゆたかだ。濡れた金髪が小さな頭にまとわりつき、濃厚な色気がただよう。

 アルテミシアが続ける。「目が眩みそうなほどまばゆいブロンド……」

 ぶあつい鉄製の自動ドアがひらき、Tシャツとショートパンツを着たジェーンが入ってきた。バスタオルで髪を拭いている。

 ESCキーに設定した機能で、アルテミシアは画面をエクセルのワークシートに切り替える。

 ジェーンが尋ねる。「ブロンドがどうかした?」

 何食わぬ顔でアルテミシアが答える。

「金色の髪に憧れるの」

「ブロンドでいいことなんて何もない。まして女の場合は。外見だけでバカだと思われるんだから」

「そんな」

「本当よ。私は黒髪の方が好き」

 ジェーンは、アルテミシアのボブヘアを撫でる。

 呼吸の乱れを隠し、アルテミシアが言う。

「でもアジア系の女性は、髪の色を明るくしたがる」

「理解できない。民族的アイデンティティを捨て、白人のふりをするなんて」

「特に日本では多いわね」

「猿と娼婦しかいない。この国は」

 せせら笑うジェーンが、セレブリテ学園の黒いセーラー服に着替える。服を着たあと、刀掛台にある唐風の拵の七星剣をつかむ。

「あなたは」アルテミシアが言う。「この任務に志願したと聞くわ。でも日本とゆう国が嫌いみたい」

「そうね、反吐が出る」

「なぜ志願したの」

「決まってるじゃない、これよ」

 ジェーンは左手で短いスカートの裾をもちあげる。

「え、なに」

「セーラー服よ! アメリカじゃ着れない」

「まさかそれが理由なの」

「おかしい? 数年前に『エンジェルウォーズ』って映画を見たとき、いつか絶対着ると決意した」

「あなた本当は日本が好きなんじゃ……」

 ジェーンはその言葉を聞き流し、地下室の奥にそびえるタワー型の装置へ近寄る。タッチスクリーンをそなえた平らな制御卓の上に、鞘から抜いた七星剣を横たえる。

 ブザーが鳴り響き、警告文が画面に流れる。首都圏の地図が表示され、浦安市を中心とする半径約五十キロメートルの範囲が赤く点滅する。

 ジェーンが振り返り、アルテミシアに言う。

「テスラシステムを起動するわ」

「冗談はよして」

「アメリカ政府職員が多数死傷するなどの非常時にかぎり、システムの使用が認められる。CIAが採用した作戦の一環よ」

「私にはできない。どれほどの被害が出るか」

「あら、いい子ぶるわね」

 長身のジェーンは尖った顎を突き上げ、アルテミシアを見下ろす。青い瞳に冷たい光がやどる。

 アルテミシアの背筋が凍りつく。

 ひょっとしてジェーンは知ってるのか。自分が彼女を盗撮していることを。

 ハリウッド仕込みの笑顔でジェーンが言う。

「なにも今すぐ大量虐殺をおこなうわけじゃない。システムを使えるか確かめるだけ」

「上層部の直接の命令がないと……」

 壁一面を覆う星条旗を右の人差指でしめし、ジェーンが尋ねる。

「あなたはアメリカを愛してる? 神に誓える?」

「もちろん」

「私がアメリカを愛するよりも?」

「それは……わからない」

「私は神に誓える。地上の誰よりアメリカを愛していると。だから私の意志は、アメリカの意志」

「危険な思想だわ」

「仮に危険だとしても、それが真実なの。アル、あなたは私のことが好き?

「変なこと聞かないで」

「私を愛してる? 忠誠を誓える?」

「突然どうしたの」

「答えなさい」

「あ、愛してるわ!」

 アルテミシアは席を立ち、糸で操られた人形の様にふらふらと操作卓へ近づく。スクリーンキーボードでコードを入力すると、卓上にある七星剣のスキャンがはじまる。

 しかし、センサーの光の動きが途中で止まった。

 ドナルドダックが画面に大写しとなり、こちらを指差してしゃがれ声で笑う。

 ジェーンが尋ねる。「異常の原因は?」

「コンピュータを強制終了させるコマンドが、七星剣の表面に仕込まれてたのかも……」

「ガッデメッ!」

 ジェーンは拳銃のファイブセブンをヒップホルスターから抜き、全弾二十発を操作卓へ撃ちこむ。ガラスや液晶が砕け散る。国宝の七星剣が大きなダメージをうけなかったのは、僥倖でしかない。

 そばかすが残る頬を紅潮させ、ジェーンが叫ぶ。

「あの眼帯女! あと一歩のところで!」

「落ち着いて。これが平手ミキの仕業かわからない」

 ジェーンはアルテミシアの喉元をつかみ、椅子の背もたれに押しつけて言う。

「どこまで無能なの? 『わからない』と『できない』しか言えないの? ノロノロしてたら、NSAのコンピュータオタクに手柄を奪われるのに」

「ごめんなさい……私が甘かったわ」

 ジェーンは首から手を離す。アルテミシアは赤く腫れた喉をさすり、呼吸を快復する。

「ふふっ」ジェーンが笑う。「あいつらいい度胸だわ。それだけは認めましょ。こうなったらもう、手段を選んでられない」




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