『ナデシコ女学院諜報部!』 第4章「セレブリテ学園」


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 練習試合の翌日。

 部室棟三階のサルーンで、諜報部の四人が沈鬱な表情で話し合っている。正しくは、ミキはまだ仮入部扱いではあるが。

 国宝である七星剣が強盗団に奪われたニュースは、日本全国を揺るがせた。もちろん報道でミキをふくむ女学生たちは、不運な被害者として名を伏せられていた。糾弾されてるのは犯行を防げなかった警備員と、監督官庁である文部科学省だ。

 しかし泣き寝入りするつもりのないミキは、テーブルを叩いて叫ぶ。

「あれが偶然とかありえない! ジェーン・カラミティが仕組んだに決まってる!」

「落ち着いて考えて」きららが答える。「なんでハリウッドスターがわざわざ日本の国宝を盗むの」

「さあ。刀剣マニアか何かじゃないですか。もしくは審神者かも」

「サニワ?」

「刀剣乱舞ってゲームのプレイヤーのこと」

「……それはともかく、私たちがプロフェッショナルな組織犯罪に対応するなんて無理。巻き込まれたのは気の毒だけど、はやく忘れるべきよ」

 顎に手をあてて考えこんでいた千鳥が、ぼそっとつぶやく。

「あたしは平手さんに賛成」

「千鳥ちゃん」きららが言う。「先輩のあなたが冷静にならないと」

「レンジローバーの運転席に、アルテミシアってコがいるのを見たんだよ。マスクしてたけど」

「私もそばにいた。判別できる距離じゃなかった」

「あたしは自分の直感を信じる。セレブリテ学園はなにか企んでるから、潜入して調べよう。あたしと平手さんの二人だけでもいい」

 きららが椅子を蹴って立ち上がる。スマートグラスが傾いている。唾を飛ばしながら叫ぶ。

「いい加減にして!」

「なにをそんなに怒ってるのさ」

「部長として、危険な行動は認めない」

「ルールに則ってやるから」

「そもそも平手さんは正式な部員じゃない。勝手な真似をしたら、千鳥ちゃん、あなたも強制退部よ」

 普段は温和なきららの気迫に飲まれ、千鳥は肩をすくめて沈黙する。

 すすり泣きの声がサルーンに響く。

 パーカーのフードを目深にかぶった氷雨が、嗚咽をもらしている。きららは何事かささやきながら、右手を氷雨の手に重ね、左手で肩を抱き寄せる。

「きょうはこれで解散」きららが言う。「くれぐれも言っておくけど、暴走は許さないわ」




 ミキはツインテールをいじりつつ、肩を落として靖国通りをすすむ。

 諜報部への入部は許可されなさそうだ。したがって退学も避けられない。今週はいろいろありすぎて、どうすればいいものやら。

 氷雨はなぜ泣き出したのだろう。部員同士のいさかいを見て悲しくなったのか。それともミキを諜報部に誘ったら事件に巻き込んでしまい、責任を感じたのか。氷雨がやさしくて繊細なのは知ってるが、やや過剰反応におもえる。

 モヤモヤする。

 こうゆうときはゲーセンに行って、音ゲーでフィーバーするにかぎる。

 うしろから肩を叩かれた。

 振り返ると千鳥が、黒のレザージャケットのポケットに両手を突っこんで立っている。

「悪かったね」千鳥が言う。「きららを説得できなくてさ。あの人が怒るのをはじめて見た」

「千歳川先輩が擁護してくれて嬉しかったです。嫌われてると思ってたから」

「まさか。平手さんはオシャレでお人形さんみたいだから、相性悪そうな気はしたけど」

「そうですか? ボクは先輩の服好きですよ。その革ジャンかわいい」

 鼻をこすりつつ千鳥が言う。

「これは双子の弟にもらった。千歳川万太って知らない? 十六歳でFC東京の正ゴールキーパーだから、結構有名なんだ」

「サッカーには疎くて」

「逆にあたしはちっちゃい頃からサッカー漬けで、ひどいファッション音痴になった」

「はぁ。なら今からルミネでも行きます?」

「え、お金ない」

「試着だけでも楽しいですよ」

「マジで! つきあってくれんの!?」

 千鳥は小躍りする。無邪気に喜ぶ先輩をみて、ミキはくすりと笑い声をもらす。

「情けないけど」千鳥が続ける。「あたし自分で服を選べなくてさ。でも周りにファッションに詳しいコあんまいないし」

「そんなに喜んでもらえるとは」

「いやいや、ありがたい。なぁ、平手さんのこと下の名前で呼んでいい?」

「ええ。ボクは千鳥先輩って呼んでいいですか?」

「おっけー!」

 千鳥はミキを抱きしめる。まるでミキがサッカーの試合でゴールを決めたみたいに。

 気づくのが遅かったかもしれないけど、友達をつくるのは案外簡単なのだとミキは思った。

 ふたりは歌舞伎町一番街の手前の横断歩道をわたる。ユニカビジョンに公開中の戦争映画『アメリカン・サバイバー』のCMが流れる。

 イラク戦争で、アメリカ空軍の女性パイロットが乗機を撃墜されて捕虜となるが、収容所から自力で脱出するとゆう、実話にもとづいた映画だ。主演はジェーン・カラミティ。物語の終盤だろうか、重傷を負った主人公が味方部隊に合流する場面が映る。男性兵士の手首に髑髏のタトゥーがある。髑髏は王冠をかぶり、額には十字架があしらわれている。

 ミキは横断歩道の途中で立ち尽くす。

 千鳥が尋ねる。「どうした?」

「おなじタトゥーです。目出し帽の男と」

「へ?」

「ボクを押し倒した強盗犯が、ジェーンの主演映画に出てたんです。絶対つながりがある」

「タトゥーが似てるだけじゃ」

「昨日の今日で、見間違えるわけない。ボクはそこまでバカじゃない!」

「と、とりあえず横断歩道わたろうぜ」

 靖国通りの南側の歩道にわたったミキは、ブツブツつぶやきながら吉野家の前をうろつく。右の瞳が復讐心で燃え上がってるのは、カラーコンタクトのせいだけではない。

 千鳥は、ジャケットからエクスペリアを取り出して言う。

「きららに電話するよ。タトゥーのことを話せば、気が変わるかもしれない」

 エクスペリアを操作する千鳥の手を押さえ、ミキが言う。

「いいです。わからない人は何を言ってもわからない。ボクひとりでセレブリテに忍びこみます」

「さすがに単独行は危険すぎる」

「千鳥先輩を巻き込みたくない。やられっぱなしじゃ気がすまない、ボク個人の問題です」

 ミキは厚底のブーツを鳴らして早足に立ち去る。自宅にもどり潜入の準備をするつもりだ。

 千鳥はミキの手首をつかみ、力強く引き寄せて言う。

「勝手に帰るなよ」

「だから」

「巻き込みたくないとか、冗談じゃない。あたしは仲間を見捨てない。なにがあっても」

「先輩」

「ミキはあたしの友達だ。だから信じる。部室から装備をもってくるから、三十分後にここで会おう」




 ふたりは東京駅で京葉線に乗り換え、新宿駅から五十分ほどで新浦安駅に到着した。ミキは制服のスカートを紫のミニに、千鳥は七分丈のデニムに着替えている。高層マンション群を通り抜け、徒歩でセレブリテ学園へむかう。

 ミキが着ているタータンチェックのジャケットをまじまじとながめ、千鳥が言う。

「なんかミキって、いつもちがう服着てるよな。何着もってんの」

「さぁ。多すぎだと親によく怒られます」

「お金は? バイト?」

「バイトはしたことないです。お小遣いは月三千円。服とゲーム代に消えます」

「三千円じゃそんなに洋服買えないでしょ」

「メルカリで売ったり買ったりしてるうちに、どんどん増えてくんですよ」

「いまどきの若いコはすごいなあ」

 千鳥はマンションの敷地内にあるベンチに腰をおろし、さりげなく単眼鏡を覗く。境川の向こう岸に、セレブリテ学園の石造りの巨大な校門が見える。

 鉄製の二枚の扉はかたく閉じられ、手足のない寸胴の警備ロボットが複数台、周囲を巡回している。上空をドローンが飛んでいる。

「あちゃあ」千鳥がつぶやく。「水も漏らさぬ警戒ぶりだ。氷雨がいればハッキングできたかもしれないけど……」

 隣に座るミキが単眼鏡を借りる。

 鉄扉がゆっくり内側に開くのが目に映る。すべての警備ロボットが停止する。ドローンが飛び去る。

 誘っている。

 ジェーンがボクを。

 ベンチから立ち上がったミキは、単眼鏡を千鳥に返して言う。

「校門が開きました。行きましょう」

「おいおい、正面突破かよ。罠だろ。アウェーでは慎重に戦うもんだ」

「敵の策は読めてます。怪我するのが怖いなら東京に帰っていいですよ」

「言ってくれるじゃんか」




 ミキと千鳥は、高さ十メートルの石造りの門を通過する。静寂が校内を支配している。平日の五時なのに生徒はどこへ消えたのか。

 ミキは背中のメッセンジャーバッグを正面にまわし、サブマシンガンのMP7をとりだす。千鳥は愛用するハンドガンのグロック19を抜く。

 木立にはさまれた小道は、無数の石柱がならぶ広間に通じている。古代オリエントの宮殿を模した「百柱殿」だ。

 銃を構えたミキと千鳥が広間に入ると、鼻にかかった甲高い声が柱のあいだで反響する。

「ふふ……いまだ懲りずにパールハーバー。日本人は奇襲しか能がない」

 ミキが答える。「真珠湾攻撃は、空母を逃したのが失敗だった。今回は再起不能になるまで叩く」

 奥の柱の陰からジェーンがあらわれる。アサルトライフルのF2000を両手でもつ。おかっぱ頭のアルテミシアが影のごとく付き従う。

 MP7を腰だめに構え、ミキが言う。

「七星剣を返せ。お前が盗んだのはわかっている」

 ジェーンが答える。「そう主張する根拠は?」

「強盗団はお前の仲間だ。映画で共演してる」

「意外だわ。猿に知性があるなんて」

 ジェーンのF2000が火を吹く。ペイント弾とは桁外れの、鼓膜を圧迫する銃声が響きわたる。石柱が粉微塵に砕け、床に散らばる。

 ミキと千鳥は柱に隠れる。千鳥は口をぽかんとして放心状態だが、ミキはだまってMP7の弾倉を交換し、ハンドルをひいて給弾する。

 千鳥にむけてグロック用の弾倉を床にすべらせ、ミキが叫ぶ。

「そのマガジンは実弾です! すみません、内緒で自宅に持って帰ってました!」

「お前なに言ってんの!?」

「火力で負けたら二人とも殺られます。ひとっ走りするんで掩護してください。いきますよ!」

「ちょ……」




 二分後。

 黒のセーラー服を着たジェーンとアルテミシアが膝をつき、両手をあげている。足許にF2000が二挺ころがる。

 ミキが背後からふたりにMP7を突きつけている。千鳥に支援されながら迂回し、敵の背面にまわって降伏を勧告した。

 ジェーンは金髪を掻きむしり、背後のミキにむかって言う。

「平手ミキ、お前はどこの組織に属してる」

「組織?」

「正規の訓練をうけたエージェントだろう」

「ボクが属すのは神だけだ。死の天使として、お前たちに裁きをくだす」

 ミキの斜め後方に立つ千鳥が、不審そうに眉をひそめる。ただのサッカー少女である千鳥にとり、ペイント弾でなく実弾を撃ち合うなど、悪夢以外の何物でもない。しかしミキを置いて逃げるわけにもゆかず、ここまで引きずられてきた。

 千鳥が観察するところ、ミキはトランス状態にある。自己陶酔だ。ゲーム実況で「死の天使」とゆうキャラを演じるときと同じ。

「ふざけるな」ジェーンが言う。「自分のおこないを認識しているのか。私たちはかならず報復する。お前と、この国の全員を血祭りにする」

 ミキは御影石の床にむけ、四・六ミリ弾をセミオートで五発撃ちこむ。

 ジェーンは短い悲鳴をあげ、頭をかかえる。アルテミシアは涙を流し、ジェーンにしがみつく。彼女たちも実弾による銃撃戦は初めての経験だ。

 バキバキバキッ!

 ツゲの植え込みを踏み散らし、レンジローバーが急接近する。ナデシコ女学院で強盗をはたらくとき用いられた、フロント部分がへこんでいる車輌だ。百柱殿のそばで停まり、武装した四人の男が車を降りる。きのうと同様にFN・SCARを装備するが、目出し帽はかぶってない。

 ミキと千鳥はアイコンタクトをとる。

 そろそろ潮時だ。




 タクティカルサングラスをつけた男が、うずくまるジェーンに手を差しのべる。手首に髑髏のタトゥーが彫ってある。アメリカ陸軍のアレックス・ハミルトン准尉だ。ジェーンはその手を払いのけて立ち上がる。セーラー服のスカートの汚れをはたく。

 日本刀用のキャリングバッグを背負ったハミルトンが、ジェーンに言う。

「救出が遅れて申しわけない」

「ふん」ジェーンが笑う。「あなたに助けを求めた覚えはないわ」

「と言うと?」

「私は命令しただけ。遂行できないあなたが無能」

「……あまり調子にのるなよ。俺たちは好きでベビーシッターを務めてるわけじゃない」

「あらそう」

 ジェーンは、ハンドガンのファイブセブンの照準をハミルトンの眉間にあわせ、発砲する。

 アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」

 セーラー服の二人と、屈強な男三人が銃口を向け合う。男たちの方がより狼狽している。みな口々に四文字単語をわめく。ジェーンとアルテミシアは、無言で同胞を射殺した。

 おかっぱ頭のアルテミシアはへたりこみ、めそめそ泣きはじめる。消え入りそうな声でつぶやく。

「なんてことを……」

 ジェーンはファイブセブンをもったまま腕組みし、アルテミシアに言う。

「アル、あなたが見たのはどっち」

「いったい何を言ってるの」

「眼帯をつけた猿が、私のキャリアに汚点をのこしたところ? それともあの女が、我が軍の最精鋭を殺したところ?」




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