『ナデシコ女学院諜報部!』 第2章「家庭訪問」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)







 「そば処 ひらて」は、新宿区富久町にある創業三十年の蕎麦屋だ。ナデシコ女学院から歩いて一分の距離にある。特に地元で愛される老舗などではなく、閑古鳥が鳴いている。

 二階は居住空間となっており、平手ミキが母とふたりで暮らす。六年前まで岩手県大船渡市に住んでいたが、震災を機に母は実家にもどり家業を継いだ。創業者である祖父が昨年亡くなってからは、ますます流行らなくなっている。

 無断で早退したミキは黒のジャージに着替え、ゲームのコントローラをにぎる。アクションゲームの『フリーダム・シスター』で、八対八のオンライン対戦に没頭している。日本刀を背負うセーラー服の少女が、雪の降る街で銃を乱射する。ミキがお気にいりの武器はH&K社のMP7。アサルトライフルとくらべるとパワー不足だが、神出鬼没の機動でキル数を稼ぐ。「死の天使」とゆうアカウントは、ゲーマーのあいだで知られた顔だ。

 エリア中央の倉庫の屋上にいるスナイパーが、味方をつぎつぎとヘッドショットで斃している。

 ヘッドホンから味方の声が届く。

「天使ちゃん、屋上のアイツどうにかして」

 ミキが答える。「おっけー」

 ミキがあやつるキャラクターは敵陣へ突入し、グレネードを投げてからビルへ踏みこむ。屋上まで階段を駆け上り、さらに隣のビルの屋上へ飛び移る。電線を伝ってスナイパーの背後に回り、刀を一閃して屠る。

「よし」ミキがつぶやく。「スナイパー殺った」

 七名が歓声で答える。「うおーっ!」

 ミキの副腎がアドレナリンを分泌する。充足感に満たされる。ここには自分を必要とする人々がいる。ゲームに感情移入していれば嫌なことを忘れられる。人生になにも不満はない。

 ヘッドホンが剥ぎ取られた。

 紺の作務衣を着た母が、眼尻を上げて仁王立ちしている。

 母が言う。「さっきから呼んでるでしょ!」

「聞こえなかった」

「並木先生がいらしてるから、早く来なさい」

「ボクが話すことはないよ」

「いい加減にしな!」

 母はミキの耳をつかむ。壁だけでなく天井までアニメやゲームのポスターが貼られた部屋から、力づくでミキを廊下へ引っぱり出す。




 手狭なミキの家に応接間はなく、担任の並木はリビングルームの食卓へ通された。並木はスカート丈の長いグレーのスーツを着て、髪型はアシンメトリーのボブ。生徒からあまり親しまれない教師で、家庭訪問でも愛想笑いひとつ浮かべない。

 母が山菜そばの丼を置いて言う。

「店のもので申しわけないですけど」

「どうかお構いなく」並木が答える。「お忙しいところお邪魔してすみません」

「ちょうど仕込みの時間ですから」

「いえいえ」

 そっけない口調で並木は受け答えする。ミキが無断早退したせいで外回りを強いられ、不機嫌なのだろう。

 並木は合皮のバッグから成績表をとりだす。向かい側にならぶ母娘の前に広げて言う。

「期末テストの結果です。成績は五百点中三十七点。全科目赤点です。数学にいたってはテストを受けてすらいません」

 ミキにも言い分はある。彼女は数学の記号に対するアレルギー体質をもつらしく、fやΣを見つめてるだけで試験中に意識を失ったくらいだ。でもそれを申告せずに逃げたのだから問題だ。

「単刀直入に申し上げます」並木が続ける。「平手さんは三学期の成績がどれだけよくても、進級できる見込みはありません」

 母がつぶやく。「そんな」

「手紙などで何度もお知らせしましたが」

「すみません……店が忙しくて」

「留年とゆう選択肢もあります。でも学院としては、よりふさわしい環境に移って、充実した高校生活を送られるのをお勧めします」

「転校しろってことですか」

「そう受け取っていただいて構いません」

「困ります。特待生でタダだから高校へ通わせられるのに。言いたかないけどウチは貧乏なんです」

「お母様。残念ですが生徒さんが留年した場合、特待生制度は適用されなくなります」

 勉強ぎらいのミキが特待生試験に合格したのは、彼女が「神のサイコロ」と呼ぶ鉛筆の出目が、高確率で的中したおかげ。小論文や面接で演じた優等生キャラも評価されただろう。入学後すぐにメッキが剥がれたが。

 母が早口でまくし立てる。

「先生、この子の兄は勉強ができたんです。震災で亡くなってしまったけど。この子もやればきっとできます。もうしばらく見てやってくれませんか」

「教育者としては非常に心苦しいですが……」

「でしょう。テストの点数が悪いから追い出すなんておかしいもの」

 並木は母の意見を考慮する素振りすら見せず、単調な声で言う。

「われわれが心配するのは学業成績ではありません」

「はあ」

「平手さんは他の生徒とのコミュニケーションがうまくいってない様です。職員の一致した見解です」

「それは……」

「思春期の子供にとって友人関係は重要です。学習環境を変えるのがベストだと、われわれは判断しました。平手さんのためを思っての提案です」

 並木は、黒のジャージを着たミキを見遣る。着替える暇がなかったので眼帯だけつけている。母と担任教師の真剣な会話のあいだ、ずっとアイフォンでツイッターをやっていた。コミュニケーション不全のうごかぬ證拠だ。

「ミキ!」母が叫ぶ。「いつまで携帯いじってるの。先生に謝って、勉強がんばりますと言いな!」

 ミキは画面から目を離さない。激昂した母がミキのおさげ髪を引っぱる。ミキはその手を振り払う。母は爪を立てて娘の後頭部をつかみ、食卓へ押しつける。箸をつけてない山菜そばの汁がこぼれる。

 並木は席を立ち、醜悪な母娘ゲンカの仲裁に入った。




 並木が学校へ戻ったあと、ミキは自室でゲームを再開する。おもわぬ邪魔がはいってランクが下がったし、クランの仲間に迷惑をかけた。がんばらないといけない。

 母がドアを開け、鼻息荒く言う。

「あんた明日から学校行くのやめな」

「別にいいけど」

「転校もしないでいい。これからは店を手伝いな」

「やだよ」

「借金あるのに学費なんて払えない。転校しても、どうせあんたは勉強しないし」

「ウチで働くのはやだ。コンビニかどこかでバイトする」

「嫌なら家を出てけ」

 ミキは母と視線をあわせる。ヒステリックな母だが、脅しで言ってる様子ではない。すこし卑屈な態度をとる必要がある。

「ごめんなさい」ミキが言う。「学校でうまくいってないのを相談すべきだった」

「あんたは大人しいくせに意外と口が達者だから、お母ちゃんは騙されてきた。やるやると言って何もしたことがないじゃないか」

「でも高校は卒業しときたいよ」

「どうせゲームして、変な服買って、そればっかりだろ。すこしは苦労しな」

 風向きが悪い。嘘泣きでなく、不安でミキの目に涙がにじむ。

「お母ちゃん、お願い。お金はかならず返すから」

「返せるもんか。お金を稼ぐのがどれほど大変か。大体あんたは将来何になりたいんだい」

 ミキがなりたい職業はプロゲーマー。それが無理ならユーチューバー。でも本心を言い出せる雰囲気ではない。

 しどろもどろにミキが言う。

「学校の先生とか」

「あっはっは、バカじゃないの! それはお兄ちゃんの夢だろ。なんにも考えてないんだね。本当にあのとき……」

 本当にあのとき、津波にさらわれたのがお兄ちゃんでなく、あんただったら。

 母は口をつぐむ。親として言ってはならないことを口走りかけた。

 ミキは母を部屋から押し出して、ドアに鍵をかける。ジャージを脱ぎ、震える手でブラウスのボタンをとめる。精一杯おしゃれして、街を練り歩きたい。トレーから真紅のカラーコンタクトをえらぶ。

 怒りの炎で、世界を焼け野原にしてやるんだ。




 学校ではさすがに遠慮しているミニハットや、スパンコールがきらめくスカートを身につけ、ミキは夕刻の靖国通りを闊歩する。数年前まで新宿はロリータファッションの聖地だったが、いまでもすれ違う人々は物珍しそうな一瞥をくれる。外国人観光客などは遠慮なくカメラのシャッターを切る。

 きっといま、ボクはかわいい。

 言語化せずとも、肯定的評価がつたわる。ツイッターでいいねボタンを押してもらうより嬉しい。

 カラオケパセラから、一年ゆり組のクラスメート五名が眼前にあらわれた。歯を見せて笑い声を立てていたが、ミキに気づいて一瞬硬直する。ミキが実質的に退学になったのを知ってるのだろう。女子校ではオンラインとオフラインの両面で、光より速く噂が伝播する。

 ミキはナイフで抉られる様な胸の痛みをこらえ、視線をそらせたクラスメートに微笑をうかべて会釈する。歩道を大股で前進し、ドン・キホーテの前の信号で立ち止まる。タイトーステーションで音ゲーを遊ぶのが日課だ。

 ヤマダ電機の外壁にあるユニカビジョンで、ハリウッドの戦争映画の予告篇がながれている。主演のジェーン・カラミティが、史上最年少の十八歳でオスカーを獲得した作品だ。いま彼女は日本の高校に短期留学してるので、世間が騒いでいる。

 横断歩道の中ほどで、ミキは背後から手首をつかまれる。クラスメートの寒椿氷雨が追ってきたと、振り向いてわかった。小柄で、水色のパーカーのフードをかぶっている。未完成のルービックキューブを左手にもつ。

「平手さん」氷雨が言う。「転校するって本当?」

 ミキが答える。「まあね」

「よかったらちょっと話せないかな」

「うーん、ここだと危ないかも」

 ミキは周囲を見渡す。歩行者用信号が赤になり、ふたりは交叉点の中心に取り残されていた。




 ミキは中央分離帯のコンクリートに腰を下ろし、金網に背をもたせる。氷雨は安心できる居場所を見つけられずキョロキョロする。

「こっち来なよ」ミキが言う。「そんなとこに突っ立ってたら轢かれるよ」

「平手さんは自由な人だね」

「べつに」

 ミキのすぐ隣に座り、氷雨が言う。

「残念。転校しちゃうなんて。平手さんとアニメの話とかするの楽しかった」

「そうだね。ありがとう」

「どこの高校へ行くの?」

「わかんない」

「えっ」

「ボクは成績が悪すぎて退学なんだ」

 氷雨の細い眉が寄り、動揺と憐憫で表情が曇る。パーカーのフードをおろし、頭を振る。学年トップの氷雨には理解できない悩みだろう。なにせ数学オリンピックに出場し、日本を初優勝にみちびいた頭脳の持ち主だ。

 ミキは黒いバッグからアイフォンをとりだす。メルカリの通知が届いていた。狙っていた木底の靴を落札できたとわかり、ニンマリする。

 氷雨が別れを惜しんでくれたのは感謝している。やさしい性格の彼女は、風変わりなミキに話しかける唯一のクラスメートだった。でももう、ちがう世界の住人だ。

 氷雨が、ミキの顎に食らいつく様に顔をちかづけ、じっと目を見つめながら言う。

「ねえ、平手さん」

「顔ちかいな」

「諜報部に入らない?」

「ぷっ」ミキが吹き出す。「なに言ってんの」

「諜報部員は特待生扱いになるから、進級は問題なくなる。しかもスパイ甲子園で優勝したら、どこでも好きな大学へ進学できるんだよ」

「スパイ甲子園って、すごいネーミング」

「正式名称じゃないけどね。興味ないかな」

「好きな大学って、たとえば東大でも?」

「もちろん。学院はいま二位」

 ずっと真顔の氷雨は、ふざけてる様に見えない。

「マジで。ボクみたいなバカが東大に行けるの」

「マジだよ。文部科学省のお墨つきだから。入部には部員と顧問の同意が必要だけど」

「じゃあダメじゃん」

「ダメじゃない。私が推薦する」

 なめらかな頬を紅潮させ、氷雨がほほえむ。

 言わんとすることを察し、ミキが言う。

「寒椿さんも諜報部員なんだ。意外」

「私は機械が好きだから、そっちで貢献してる。家が剣道の道場で、運動も苦手じゃないし」

 氷雨の手許に目をやると、会話しながらいじっていたルービックキューブが六面とも完成している。すべてのキューブの位置を記憶し、ほぼ無意識で解いたらしい。

 都道4号線の七車線を、自動車がはげしく往来する。大型トラックが通るたび、ミキのおさげ髪が煽られて揺れる。

 ミキの鼓動が高鳴る。

 FPSでたとえるなら、味方が航空支援を要請した様なもの。このチャンスを逃しちゃいけない。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイヴ
11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03