『アイドル戦争』 第2章「声優ユニットと会談」


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 ソファに横たわるコテツは、断続的な物音に目を覚ます。父と妹が住む中野ブロードウェイ十階の2LDKのマンションに、昨晩は泊まった。日帰りで山梨へ帰る予定だったため、予備の布団がない。遅くまでアズサと話しこんで寝不足の目に、朝の太陽がまぶしい。

 ケモノの臭いがリビングに充満する。キッチンへ行くと、アズサが寸胴鍋をかき混ぜている。

 アズサが言う。「あ、おはよう」

「おはよう。なにつくってるんだ」

「お兄ちゃんの大好物のとんこつラーメンだよ。本当はきのう食べさせたかったけど」

「朝からラーメン……」

「この匂いで食欲湧いてきたでしょ」

「ひょっとしてお前、寝てないんじゃないか」

「好きな人のためなら、アズはいくらでも頑張れるの」

 十分ほどして、湯気の立つ丼がふたつ食卓にならぶ。ネギとチャーシューとメンマがトッピングされ、辛子高菜の小皿が添えられる。本格的だ。

 箸とレンゲを手にとり、コテツが言う。

「お前、料理なんて出来たっけ」

「独学。お母さんはあまり料理してなかったし。細麺はすぐ伸びちゃうから、めしあがれ」

「いただきます……うわ、なんだこれ」

「口に合わない?」

「うまくてビックリした。マジでお前が作ったのか」

「よかったあ。替玉がほしかったら言ってね」

 薄味のスープは早朝でも胃もたれせず、コテツは夢中になって替玉を三つおかわりする。

「小さいときからお前は器用だよな」

「愛だよ、愛。歌とダンスも、見てる人に愛をつたえるために頑張るの」

「学校の成績は?」

「それは内緒」

 コテツとアズサは笑い合う。両親の離婚で離れ離れになったが、兄妹仲は揺るがない。

「きのうの夜の約束を覚えてるか」

「うん。もう危ないことはしない。雷帝さんをやっつけたから大丈夫って、お父さんも言ってた」

「俺からも釘を刺しておく。娘を銃で戦わせるなんて冗談じゃねえよ」

「あまりお父さんを悪く言わないでね」

「わかってる。ケンカをしないのが俺の約束だ」

「離婚は悲しいことだけど、私たちが家族である事実は変わらない。それより大切なものなんて、この世に存在しないの」

 アズサが十一歳のとき両親は離婚した。無邪気な笑顔の陰に、トラウマが隠れてるのだろう。父との軋轢を妹に見せるのは、傷口をえぐるにひとしい。

「オーディションはどうなった」

「再来週の日曜に延期」

「俺は行けないけど、がんばれよ。東京予選は突破できそうか?」

「楽勝。ほら、断トツでアズが可愛いでしょ」

 アズサはアイフォンで、オーディション東京予選のエントリーリストを見せる。応募資格は十三歳から二十歳までの未婚女性で、プロ・アマ問わない。予備審査でえらばれた十人のうち七人が、すでにプロとして活躍している。みな名の知れたアイドルや女優やモデルたちだ。贔屓目に見ても、アズサがほかの九人にぬきんでてるとは思えない。

「お前のポジティブさはすごいよ」

「ありがと」

「別に褒めてねえよ」

「アズの人生はイージーモードだから。願ったことはすべて予定通りにかなってきたし」

「まあな。いまのところは」

「これからもそう。十四歳でジ・アイドルに選ばれて、十五歳で紅白に出る。ミリオンヒットを飛ばしまくって、二十歳からは女優活動にも力をいれる。人気が落ち着いた二十五歳ごろにお兄ちゃんと結婚。三十歳になったらちょっとエッチな映画に出て、それがブームになって人気が復活するの」

「さらっと変なこと言わなかったか」

「アズは最近おっぱいが大きくなったの。お兄ちゃんにはまだ見せてないけど。絶対需要あるよ」

「いや、そっちじゃなく」

「どっち?」

 アズサは首をかしげ、コテツをじっと見つめる。触れない方がいい話題の様だ。

「俺は今日こっちでの用事をすませて、明日帰る。もう一泊させてくれ」

「いいけど、用事ってなに」

「作詞関係で人に会うんだ」

「プリンスレコードさんに行くんでしょ」

 コテツの表情がこわばる。

「知ってたのか」

「アズも一応ギョーカイ人だからね。噂は聞いたよ。メダイヨンさんのシングル曲のコンペ通ったって」

 コテツは昨年から作家事務所に登録し、細々と作詞家として活動している。「メダイヨン」は女性声優ふたりのユニットで、その新曲の歌詞にコテツの作品がつかわれると内定した。コテツにとって初めての大きな仕事だ。

「お前には関係ない」

「なにその言い方」

「オーディションに集中しろ」

「関係あるに決まってんでしょ。よりによってライバルのレコード会社からリリースするとか、お父さんへの裏切りじゃない」

「俺は俺だ。親には頼らない」

「お兄ちゃんは逃げてるだけだよ。日本一の作詞家であるお父さんから」

 アズサは額に飾られたサイン入りのポスターを指差す。国民的演歌歌手だった美好スバルの『月の光のように』は、父ヨシトミの作詞家としての代表作として広く愛されている。

「あれが日本一の作詞家とか、笑わせるな。俗っぽい、ウケ狙いの詞ばかりだ。ただの商売人だ」

「歌詞をお父さんに見てもらいなよ」

「何度も見せてる。粗探ししてボロクソに言われるだけで、まったく無意味だ」

「プロの貴重なアドバイスじゃん」

「文字数を合わせろとか、情報量を増やせとか、くだらない指摘しかされない。俺はもっと本質的なものを表現して、人を感動させたい」

「アズはお父さんの歌詞好きだよ。歌ってて楽しい。お兄ちゃんのは硬い言葉が多くて歌いづらいよね」

「お前みたいなバカになにがわかる!」

 プライドを逆撫でされてコテツは激昂するが、アズサはやさしい微笑を絶やさない。

「そうだよ、アズはバカだよ。でも歌って、アズみたいな普通の子に届けるものでしょ。国語の先生に向けて歌ってもしょうがないじゃない」

 コテツは不覚にも涙ぐむ。アズサの意見はただしい。それなのに感情的になって暴言を吐いた自分が情けない。ちっぽけすぎる。

 アズサは席をうつってコテツに寄り添い、背中をさすりながら言う。

「アズはお兄ちゃんの曲を歌うCDを、ウチの会社から出すのが夢なの。協力してくれるよね」

「俺だって、いつかお前に歌ってほしい」

「なら今日の面会はキャンセルだね。いますぐ電話して」

「それは……」

「キャンセルしないなら絶縁する。家族を大切にしないお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんじゃない」

 またアズサの瞳孔が黒々とひらいている。こうなると梃子でも動かない。

 コテツは空の丼に視線を落とす。

 人気声優ユニットのシングル曲のコンペに通ったのは、思いがけない幸運だった。もし二度めがあるとしても、何年後になることやら。

「アズ、わかってくれ。これはチャンスなんだ」

「ふーん、あっそ」

 アズサは椅子を弾き飛ばして立ち上がり、コテツを見下ろす。自称超絶美少女は、悪鬼の形相を呈している。アイフォンと財布だけもって玄関へ向かい、振り返ってつづけて言う。

「アズはしばらく帰らないから、戸締まりとかちゃんとしといてね」

「たのむ、話を聞いてくれ」

「お兄ちゃんが考えを改めるまで、一切口きかない。電話にも出ない。さよなら」

 扉が大音響を轟かせる。

 コテツは頭を抱え、木張りの床にへたりこんだ。




 五秒ごとに嘆息しながら、コテツは中野通りをあるく。総動員された建設業者が、龍鬼や重火器による破壊の痕跡を修復している。コンクリートの壁に覆われた、幸運にも無傷だった十二階建てのビルが目にはいる。業界第二位の大手レコード会社である、プリンスレコードの本社ビルだ。

 紺の制服の腹が突き出た中年の警官が歩道で、自転車のそばに立つ長髪の女を叱責している。違法駐輪を咎めてるらしい。女は平謝りしながら財布をとりだす。相場は一万円。コテツは脇を素通りする。めづらしい光景ではない。アイドル戦争勃発後、公務員の横暴はつよまるばかりだ。

 自動ドアを抜けたコテツを、紫のスカーフを首に巻いた受付嬢が笑顔で迎える。

 コテツが言う。「作詞家の尼子コテツです。制作部の榊原さんと、一時から打ち合わせの約束をしてるんですが」

「はい、お待ちしておりました。ただいま榊原をお呼びいたしますね」

 十六歳の自分が作詞家と堂々名乗ったことが、めったに目にしないほどの美人に自然に受け止められ、虚栄心がくすぐられる。

 コテツは両手で頬をたたく。

 気合を入れろ。別に妹が人生のすべてじゃない。仕事を手にいれなければ、なにもはじまらない。実績をのこせば、さまざまな可能性がひろがる。この世は競争だ。競争を勝ち抜いて、時代を変えるんだ。

 俺ならできる。

 受付嬢がソファへ手を差し伸ばして言う。

「よろしければ、あちらへお掛けになってお待ちください」

「大丈夫です」

「失礼ですが、尼子さんはおいくつですか?」

「十六です。高二の」

「高校生なんですか! 落ち着いて見えるから、てっきり二十歳くらいかと」

「はあ」

「いろんなお客様がお見えになるけど、高校生の作家さんは初めてです。私、尊敬します」

「いえ、ド新人なんで。ところで来るの遅いですね」

「申し訳ございません。もう一度呼んでみます」

 内線通話する受付嬢の表情が曇る。警戒する様にコテツをながめ、手で口許を隠して小声で会話する。

 受話器を置いて、受付嬢が言う。

「大変申し訳ございません! 榊原は急用で外出しておりまして、打ち合わせを後日に延期させてもらえないかと言うことなんですが」

「困ります。山梨からそう何度も来れません」

「くわしくはこちらから御連絡いたしますので、今日のところは……」

「簡単な打ち合わせって聞いてるし、部署のほかの方でもいいですよ」

「あいにく手の空いてる者がおりませんので……」

「平日の昼間に? それはおかしいでしょ」

 受付嬢が眉をひそめる。「空気を読め、このガキ」と顔に書いてある。

 コテツは事情を悟る。

 圧力をかけやがった。あのクソ親父が。

 歌詞を見せたら全否定して突っ返すくせに、よそで仕事しようとすると政治力を駆使して妨碍。支配欲の塊みたいな男だ。

 コテツは握り拳を固める。受付嬢に罪はないが、怒りがおさまらない。

 背後から右肩をつかまれる。振り返ると、太鼓腹の警官が冷笑をうかべている。呼ばれてもないのに、一般企業のエントランスに入りこんだ理由はわからない。

 警官はカウンターに近寄り、受付嬢にたずねる。

「なにかトラブルですか」

「いえ」受付嬢が答える。「こちらのお客様がちょっと……」

「キミ、お姉さんが困ってるじゃないか。用がないなら家に帰りなさい」

 コテツがつぶやく。「ほっとけ」

「警官にその様な口をきくものではない」

「ほっとけつってんだよ。クソッタレが」

「見ためはおとなしそうだが、とんだ不良少年だ。なにか要望があるなら言いなさい」

「俺は門前払いに抗議してるだけだ」

「大人には大人の事情がある。キミみたいな子供が騒いでたら仕事の邪魔だ」

「ポリの出る幕じゃない。うせろ」

 警官はコテツに一歩詰め寄る。手が届くか届かないかの距離だ。

「その言葉遣い、いい加減にするんだ」

「なんの法律にもとづいてお前は口を出してる?」

「警察には街の秩序を守る義務が……」

「法律名を言え」

「あ、あきらかな侮辱罪だ!」

「寝言ぬかしてんじゃねえよ、汚職警官が」

 腰のホルスターから、警官がラバーグリップのM37を抜く。手の甲一面に毛が生えている。受付嬢がキャッと短く叫ぶ。警官は後ずさりながら、照準をコテツの胸に合わせる。

 警官が射撃姿勢をとるとコテツは予想しなかった。いちいち挑発にキレてたら、この稼業はつとまらない。おそらく太鼓腹の警官はイレギュラーな状況にある。昔飼っていた犬をよその家へ連れてったら、妙に昂奮して部屋で小便したのを思い出す。

 つまり、こいつはクソ親父に買収されてる。

 コテツがどの会社から作品をリリースしようが、するまいが、父の仕事への影響などない。息子に対し行使可能な権力を、意味もなく弄んでるだけだ。警官のむくんだ顔に、サングラスをかけたヨシトミの陰険な表情がダブって見える。

 手ぶらで山梨には帰れない。でも無力な自分にはなにもできない。

 ただナメられっぱなしは、我慢できない。

 唾を飛ばしながらコテツは叫ぶ。

「撃てよ!」

「そこへ這いつくばれ!」

「どうしたポリ公、そいつはオモチャか!?」

 警官はM37を黒塗りの天井へむけ、トリガーをひく。

 バーン!

 コテツの背後からガタンと物音が響く。受付嬢が気絶したのだろう。撃った警官が一番動揺し、膝を震わせてよろめく。コテツは発砲されたことより、トリガーに指をかけっぱなしの銃が暴発しないかが気になる。

 自分でも不思議なほどコテツは冷めている。物静かで温厚な性格で、殴り合いのケンカなど一度も経験ないが、昨日の雷帝との戦いといい今日といい、実力行使の場面で慌てないタチらしい。

 自動ドアが開いた。

 黒のレザージャケットに両手を突っこんだ痩身の女が、ビルの中へ入ってくる。ヒールの高いブーツを履いており、百七十四センチのコテツと背丈がかわらない。髪は金色のショートカット。

 女が言う。「盛大なパーティだね」

 初対面だが、コテツは女の顔を知っていた。声優の里見マヤだ。年齢はたしか十七歳。コテツが歌詞を提供する予定だったユニット「メダイヨン」の一員でもある。

 マヤの後ろから怯えた様子で、外で違法駐輪を咎められていた長髪の女がつきしたがう。二人組が並んだおかげでコテツは思い出す。長髪の女はユニットの片割れである島フブキだ。

 火薬臭が鼻をつくエントランスを見回したあと、マヤが言う。

「あたしらも一緒に遊びたいけど、アポがあんのよ。そこ、どいてくれる?」

「ちょうどよかった」コテツが答える。「そのアポの相手が俺ですよ」




 メダイヨンのふたりとコテツは、駅前へむかって中野通りを歩く。マヤは滑空する様な早足で、男のコテツでさえついてくのに苦労する。

 マヤの後ろから、コテツが声をかける。

「ふたりが理解のある人でよかった」

「フブキが話を聞いてやれって言うから」

「たとえ五分だけでも嬉しいですよ」

「変な期待はやめて。あんたの味方はしない。九鬼さんみたいな大物に睨まれたくないし」

 三人は弾痕が生々しい高架下を抜け、南口のビルの二階にあるガストへ入る。マヤは店員の案内を待たずに奥のテーブルをえらび、壁を背にして座る。客の数人がマヤに注目する。まだ新人声優で一般的な知名度はひくいが、金髪や服装が目立つのだろう。

 コテツが言う。「マヤさんはせっかちですね」

「別に。サウッサイは物騒だから、用心できる席にしてるだけ」

「サウッサイ?」

「南側って意味」

「じゃあ南側って言えばいいじゃないですか」

「うっさいなあ。あと勝手に下の名前で呼ばないで」

「マズかったですか」

「別にいいけど、断るべきでしょ」

「すみません」

「飲み物とってくる。コーヒーでいい?」

「はい」

 テーブルにのこされたコテツとフブキが向かいあう。二十歳のフブキは色白で目が大きく、端正な顔立ち。白のブラウスに、銀のネックレスをかけている。ぱっと見は地味だが、間近でながめるとマヤ以上の美形だ。

「ごめんなさい」フブキが言う。「マヤちゃんはちょっと個性的なの。でもとっても良い子よ」

「なんとなくわかります」

「会話にしょっちゅう横文字が出るけど、からかわないであげてね。すぐ怒るから」

「了解です」

 コテツとフブキが笑うところに、トレーにマグカップを三つ乗せたマヤが戻って言う。

「あたしをディスってたんだろ」

 コテツが答える。「フブキさんが褒めてましたよ。良い子だって」

「どうでもいい。で、話ってなに」

「さっき言ったとおりです。おふたりのシングル曲に歌詞を提供したいんです。てゆうか、提供するはずだった」

 コテツはクリアファイルに入れていた紙をふたりに見せる。

 興味なさげに目をとおしてマヤが言う。

「仮歌は聞いてるし、いい歌詞だとおもう。でもこの詞じゃなきゃダメってほどじゃない」

「僕にとってはチャンスなんです」

「そりゃそうでしょ。ところであんた、ウチらの曲知ってんの?」

「知ってますよ。『タイニー・パピー・タイニー』って曲がありますよね」

「えーと」

「キャラソンCDに入ってるやつ」

「ははっ、覚えてるわけない。ほんの片手間にやった、くっだらない仕事」

「あれ僕が詞を書いたんですけど」

「えっ」

 マヤは赤面し、ふてくされてそっぽを向く。

 フブキがコテツの方に身を乗り出し、手入れのゆきとどいた手をコテツの手に重ねて言う。

「本当にごめんなさいね。マヤちゃんに悪気は全然ないの」

「わかってますよ」

「良い子なのに、口が悪いから誤解されるのよねえ」

「わがままな妹がいるから慣れてます」

「九鬼アズサちゃん。とっても可愛い子」

「御存じでしたか」

「知り合いとゆうか、ライバルね。オーディションの。私は予備審査で落ちちゃったけど」

 攻撃材料をみつけ、息を吹き返したマヤが向き直って言う。

「九鬼アズサは親の七光りだろ」

「もう、マヤちゃん! コテツくんは実のお兄ちゃんなんだよ!」

「八百長だってみんな言ってるよ。オーディションの主催者の娘が勝つに決まってんじゃん」

「アズサちゃんはすごいって、こないだ言ってたくせに」

「まあね。よくレッスンが一緒になるからね。たしかにあれはジーニアスだわ。七光りだけど」

 マヤは音楽ユニットの一員としてプリンスレコードと契約しているが、クキ・エンターテインメント所属の声優でもある。アズサと接する機会は多い。

「しょせん」マヤが続ける。「出来レースなんだから、さっさと負けてよかったよ」

「でも東京予選の十人には残りたかったな」

「なんでアイドルなんかになりたいかねえ。声優の方がクールじゃん。いまんとこキャリアも順調だし」

「順調じゃないよ。来年は消えてるかも」

「オーバーだな」

「マヤちゃんはまだ若いから」

「三つしか違わないだろ!」

「二十歳になればわかるよ。若くて可愛くて、お芝居も歌も上手な子が、下からどんどん出てくるの。あっと言う間に追い越されるの」

「そんなもんかね。まあいいや。昼間っからこんなとこで人生語るのもあれだし」

 仕事の話に夢中になっていた若手声優ふたりは、影の薄い同席者の存在を思い出す。

 居住まいを正してフブキが言う。

「コテツくん。東京予選の出場者枠に空きが一つできたの知ってる?」

「いえ」

「きのうの事件のせいで棄権したんだと思う。笑っちゃうけど、巨大生物が出たってネットで噂だよね」

「そうですね」

「あのね、交換条件じゃないけど、お父さんに聞いてもらえないかな。私がエントリーできないか」

「僕は父とは……」

「なんでもしてあげる。新曲のコンペもそうだし、私にできることはなんでも。なんでも言って」

 フブキはコテツと粘っこく視線をからめる。声が上擦り、唇は濡れている。左手を半袖のブラウスの胸のふくらみにあてる。コテツは唾液を飲みこむ。権限をもつ者の家族とゆうだけで、目の覚める様な美女がこれほど媚態をしめすとは。

 冴えない男子高校生への、思わせぶりな相棒の態度にいらだち、マヤが急に立ち上がって言う。

「フブキ、打ち合わせの時間」

「マヤちゃん」

「いいから支度して」

 コテツは鼻を鳴らす。コンペに通らなかったのは残念だが、アーティスト本人に直訴するなど、やれるだけのことはやった。今回はあきらめよう。書類をはさんだクリアファイルを、モスグリーン色のコールマンのリュックサックへいれる。

 グレーのカラーコンタクトをつけた目で、マヤがリュックの中身を抜け目なく観察して言う。

「ちょっと待って」

「え?」

「それ出して見せて。その黒い機械」

 ベクターガンに搭載する液晶ディスプレイつきのコンピュータが、リュックサックに入っている。ベクターガンをつねに持ち歩くようアズサに言われたが、さすがにアサルトライフルは穏やかでないので、コテツは上部のコンピュータだけ分解した。

 腕組みしたマヤがせっつく。

「はやく出して」

「悪いけど見せられない」

「ベクターガンのシーケンサーでしょ」

「なぜ知ってる」

「聞きたいのはこっち……まさか、あんたが龍鬼を?」

 コテツは肯定も否定もしない。

 マヤは立ったままボールペンでLINEのIDをナプキンに走り書きし、コテツに手渡す。いつも無表情なコテツが目を細める。里見マヤから連絡先を教わったと山梨の同級生に言っても、信じてもらえないだろう。今期だけで主演三本の人気声優なのだ。

「ねえ」マヤが言う。「キモいんだけど。なにニヤニヤしてんのよ。そんなに嬉しかった?」

「フブキさんの方がよかったな。清楚な美人だし」

「おい、その紙返せ!」




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