『高天原ラグナロク』 最終章「神々の黄昏」


登場人物・あらすじ


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 ジュンはレクサスから降り、高天原城外苑まで徒歩約十分の距離にある日比谷図書文化館へむかう。四階建てで三角形の施設だ。詰襟の制服の下にM1911を携行するが、鬼切は佩いてない。一日一回かぎりの神術をすでにつかった。一緒に降車した与一は図書館に入らず、歩哨の役をつとめる。

 二階のカウンターで、ジュンはベテランの男の司書にたずねる。

「あのう、ちょっと調べものをしてるんですが」

「はい。なにをお調べでしょう」

「宇宙の成り立ちです」

「学校のレポートとかですか」

「世界そのものを敵に回して戦って、勝つ方法を知りたいんです」

「……少々お待ちください」

 司書は四百五十ページもあるピーター・アトキンス『ガリレオの指』を差し出す。ジュンは、玉依が読んでいたジョアオ・マゲイジョ『光速より速い光』も三階の棚に見つけ、長机で読みはじめる。普段読書などしないが集中してページをめくり、役立ちそうな記述をさがす。

 『ガリレオの指』は進化・DNA・エネルギー・エントロピー・原子・対称性・量子・宇宙論・時空・算術の十章からなり、現代科学の全貌を描き出そうとする名著だ。特に量子・宇宙論・時空の章にジュンは興味をひかれる。時空とは、因果関係をもつ事象の連続体でなく、泡の様なものだとか、高次元の幾何学の研究者は、三次元にない四次元の関係を知覚できるとか。こんな話を玉依としたら楽しかったろうと悔やむ。

 マゲイジョは「光速変動理論」を提唱し、科学の世界で決定的な相対性理論を覆そうとした若い理論物理学者。頭の固い関係者をメッタ斬りにするユーモアがおもしろい。ジュンは「科学=つまらない」と思いこんでいたが、科学者は一種の革命家でもあるとわかった。

 人間は時間や空間といった枠組みさえ、改めることができる。たかが光や闇をつかさどるだけの神々など、恐れる意味があるだろうか。

 障子越しに西日が差しこみ、長机を赤く染める。ほかの利用客はみな帰ったらしく、物音ひとつしない。そう、静かすぎる。

 ジュンが顔を上げると、向かいの席でツクヨミが退屈そうに頬杖をついていた。黒のドレープワンピースを着ている。

「あなたは」ツクヨミが言う。「試験の前日に一夜漬けするタイプでしょ」

「勘だけはいいんでね」

「人生の卒業證書をあげるわ。まづUSBメモリを渡しなさい。頑固なクソババアから受け取った」

 ジュンは上着の裾を撥ね退け、ホルスターからM1911を抜く。

 空の両拳だけ眼前にある。

 ツクヨミがいつとも知れず右脇に立ち、M1911の銃口をジュンのこめかみへ乱暴に押しつける。

「さすが」ツクヨミが言う。「紅梅学院設立以来、最悪の劣等生。まるで学習しない」

「メモリを何につかう。世界を破滅させる気か」

「『夫婦関係』は悩みが多いものなの。小娘にはわからないわ」

 ジュンがポケットから取り出したチェーンつきのUSBメモリを、ツクヨミは首にかける。

 それは起爆装置だった。宇宙の樹の根元にある天の岩戸の奥に、巨樹を倒壊させられるほどの爆薬が仕掛けられており、服部家代々の当主が管理をまかされている。

 ツクヨミはM1911で下り階段を指し示し、ジュンに言う。

「道案内しなさい。天の岩戸に行ったことないのよ。土とか虫とか嫌いなの」




 ジュンとツクヨミは日比谷公園の並木道を歩く。夕方のやわらかい木漏れ日のなか、恋人たちとすれ違う。世界が破滅しかけてるのでなければ、いい気分に浸れたろう。

 ツクヨミは黒漆塗の刀を提げている。ヤマタノオロチを斬ったと神話で語られる「十握剣《とつかのつるぎ》」だ。

 喉の渇きと疲労を感じたジュンは、自動販売機に百五十円を投入し、ペットボトル入りのC1000レモンウォーターを購入する。

 ボタンを押しても反応がない。返却レバーを下げるとポキリと折れる。しゃがんで硬貨返却口を確かめると、あるべき位置に穴が空いていない。ジュンは癇癪をおこし自販機を蹴る。

「うふっ」ツクヨミが笑う。「おかしい」

「幻術か。くだらねえ」

「百五十円って端金よね。なのに人間は、おカネがからむとすぐ感情的になる」

 ジュンはツクヨミを睨みつけるが、神の観察は正しいとも思う。なけなしの小遣いを奪われ、無性に腹が立ってしかたない。きょう世界が滅びるかもしれないのに。

「おカネと神は似てるわ」ツクヨミが続ける。「大富豪もいれば、貧乏人もいる。おカネが好きな人もいれば、そうでもない人もいる。でも通貨の概念が存在しない世界は想像できない。どう、ちがう?」

「まあね」

「なぜかわかる?」

「知るか」

「有用だからよ。神もおなじ」

 微笑するツクヨミはヒールの音を立て、早足で吹上御苑へいそぐ。




 吹上の叢林をジュンが先導して通り抜け、天の岩戸の入口へたどり着く。もう三度めで慣れたもの。

 ジュンがタッチパネルを操作し、岩の扉を開けようとすると、ツクヨミは木陰に隠れて叫ぶ。

「姉上から聞いたわ! いっぱい虫が出るそうね。私が入る前に退治してちょうだい!」

 ジュンは懇願を無視して画面をフリックする。トラックが出入りできるくらいの大扉がひらく。アイフォンのライトで照らしながら、洞窟を進む。

 照明と人の声が奥からとどく。バスケットコートくらいの広さの部屋にコンピュータが数十台ならび、スーツを着た男女が慌ただしく働いている。ジュンの侵入に気づいた者もいるが、騒ぎ立てない。

 両側の壁は全面がディスプレイになっており、分割された画面に映像を流している。アマテラスを濠へ放りこむジュン。ジュンと土蜘蛛のキス。F-35Aの爆撃。養育院での銃撃戦。玉依の最期。凌雲閣からの飛び降り。ベッドでツクヨミに組み敷かれるアマテラスまで映っている。

 コンピュータの陰にいたアマテラスが立ち上がり、満面の笑みでジュンを迎える。

「ジュンよ。勝負はわらわの勝ちじゃな!」

「意味わからん」

「処女を捨てる競争をしたではないか」

 ツクヨミが口を開けたまま、出入口で立ち尽くしている。

「姉上さま」ツクヨミがつぶやく。「これは一体なんなの」

「神話を編集するための設備、通称『ライブラリー』じゃ」

「聞いたことないわ」

「二千七百年隠してたからのう」

「なぜ私たちが愛し合うところまで映像になってるの」

「愛し合う? 片思いの間違いであろう」

「答えて! なぜこんな映像が!?」

「わらわが録画した。当然ではないか」

「私は本気で姉上さまを……」

「そう思う様に、わらわが仕向けた。監督兼脚本家なのでな。一度セックスをしてみたかったのじゃ。そこのジュンにアテられてな」

「私を弄んだのね。私の気持ちはどうなるの」

「辛抱せよ。神話をつくるのが神の務めじゃ。しかしセックスとゆうのも、案外つまらんものじゃな。ヨミちゃんがヘタなのかもしれんが」

 ツクヨミは俯きながら震える。黒く塗った爪を両腕に突き立てる。

「私を怒らせたらどうなるかわかってないわね」

「USBメモリのことか。はやくよこせ」

「まさか、これも姉上のたくらみ!?」

「知力が違いすぎて、姉妹ゲンカにもならぬな」

 コンピュータで作業していた黒縁メガネの女が、ツクヨミの背後に忍び寄り、拳銃のベレッタPx4を後頭部へむける。女はツクヨミの肩越しに、ジュンにウィンクする。半蔵の部下だったくの一だ。服部軍団が「ライブラリー」を運営していることは、ジュンは千代から聞かされていた。ジュンがアマテラスを奪還してから、再稼働をはじめたらしい。

 ツクヨミは腰を沈め、十握剣の柄をにぎる。かすれ声でアマテラスに言う。

「実の妹に対し、なんて非情なふるまい」

「なるほど、妹か」

「それも嘘だと言うの」

「嘘ではない。でもヨミちゃんはおかしいと思わなかったか? 記紀で自分の記述があまりに少ないことに。太陽神と月神で、本来わらわと対になるべき存在なのに」

「なによ……いまさらなによ」

「ヨミちゃんのエピソードは、わらわがスサノヲの話に書き換えた。ここライブラリーで、太安万侶たちと。事実上の抹殺じゃな」

 ツクヨミは床に両手をつき、すすり泣く。

「私たちは最高の姉妹でしょ!」

「新作が完成しないとわからぬ。出来が悪ければ、またスサノヲに交代じゃ」

「いや……私を消さないで……おねがい」

「ふふ、熱演じゃのう」

 くの一がPx4を二発撃ち、ツクヨミを殺す。血溜まりからUSBメモリをとり、アマテラスにわたす。アマテラスは満足げに首にかける。

 ジュンはツクヨミの遺体から十握剣をうばい、上段に構える。

「なんじゃ」アマテラスが言う。「わらわを斬るのか。かまわんぞ。そんな結末も悪くない」

「アマテラス。お前は一体なんなんだ」

「言ったはずじゃ。そちには理解できぬと」

 ジュンは袈裟斬りに、十握剣を振り下ろす。アマテラスは目をつむり、平然と受け止める。

 USBメモリだけ切断され、破片がワックスのかかった床で跳ねる。ジュンはそれを拾い、切断面をアマテラスに見せる。中身は空洞だった。

 アマテラスが言う。「偽物とは小癪な」

「ちがう。もともと起爆装置なんてない」

「なに」

「二代目服部半蔵は四百年前、あんたの命令で爆薬を設置したが、起爆装置はダミーにした。神の気まぐれで世界を破滅させない様に。服部家の本当の秘密は、あんたを騙してたことだ」

「嘘じゃ」

「神様も大したことねえな。まあ神話がどうちゃらはスケールがデカすぎて、あたしにはわからない。ただひとつだけ聞きたい。あたしの仲間の死に、あんたはどれだけ関わってる」

 部屋が大きく揺れるのをジュンは感じる。

 アマテラスは振動を気にとめず、ジュンの発言を鼻で笑う。

「愚問じゃな」

「いいから答えろ」

「そちの仲間の死は、そちの責任にきまっておる。適切に行動すれば回避できた。単なるミスじゃ」

「お前は悪くないのか」

「わらわはプレイヤーではない」

「人生をゲームにたとえるな!」

 地下室は振動にくわえ、轟音にもつつまれる。逃げ出すオペレーターもいる。

「中臣ジュン。そちは神に説教するか」

「だれも言わないなら、あたしが言う」

「ほう、おもしろい。最高傑作になりそうじゃ。リセットの後も、そちを起用してやろう」

「リセットって、本気で信じてるのか。動揺してるだろ。ツクヨミが言ってたぞ。神は有用だから存在するって。つまり無用になれば、お前だけが消滅するんだ」

 地震は立ってられないほど激しくなる。ジュンは机につかまる。セーラーワンピースを着た、金髪のアマテラスひとり仁王立ちする。無数のカラスが侵入し、鳴きながら飛び交う。

「わらわは神じゃ。ほかに生き方がない」

「人間を見習って生きればいい」

「神が人間を見習うのか」

「お母さんもたまちゃんも、みんな一回だけの人生を必死に生きていた。五歳のスミレでさえそうだった。あんたなんてあぶく、屁みたいなもんだ」

「ふん、生意気な」

「あんたも知ってるはずだ。人間のうつくしさを。心の底では羨ましがってるんだ」

 アマテラスは無言で背を向け、部屋の奥へつながるドアまで歩く。ノブに手をかけたとき、振り向いてジュンに大声で言う。

「濠に落とされて以来、そちの凶暴さには煩わされてきた」

「あれはケッサクだったね」

「でもいまの会話は興味深いものじゃった。礼を言っておく」

「どういたしまして」

「この世界も捨てたものではないかもしれん」

「そりゃそうでしょ」

「あと、アニメを一緒に見たかったな」

 ドアが閉じる。

 天の岩戸はいまにも天井が崩落しそうだ。ジュンは出口の洞窟へ走る。




 ジュンは洞窟を駆け抜け、岩の扉から飛び出す。

 吹上御苑は焼け野原と化していた。木々は倒れ、くすぶる炭になっている。まだあちこちで火の手が上がるが、消火活動をする者はない。

 夜空を見上げると、宇宙の樹まで炎上している。縦に亀裂がはいり、甲高い音を立てつつ真二つに裂け、左右に割れて倒れる。さっきの地震より荒々しく大地が揺れた。

 あたりに充満する煙を越え、聞き慣れた与一の低い叫びがひびく。

「おかしら、どこ!?」

 ジュンが答える前に、与一は捜索対象を見つけて飛びつく。ジュンの胸に顔をこすりつけ、泣き声を殺す。チーム・ミョルニルのほかの五名もあらわれる。

「なにやってんの」与一が言う。「勝手に図書館からいなくなるとかバカなの?」

「ごめん。いろいろあって。なんか神々が滅びちゃったみたい」

「どうでもいい。おかしらバカすぎ」

 チームは半蔵門から市街へ出る。遠くから消防車のサイレンが聞こえるが、高天原城ほど深刻な被害は生じてない様だ。ジュンは振り返り、かつて城だった場所をながめる。そこにはもうなにもない。廃墟ですらない。

 ジュンは深呼吸する。ようやくあたしの戦いが終わったのか。

 ずっとしがみついている与一が、真剣な表情でつぶやく。

「おかしら、言わなきゃいけないことが」

「なに」

「あした那須の山に帰る」

「よいっちゃん、がんばったもんね。たっぷり休んできなよ」

「ううん、そうじゃなくて。ずっと田舎にいたい」

「え?」

 煤まみれのジュンの顔が歪む。

「おかしらには悪いけど、もう疲れた」

「ちょっと待って。よいっちゃんはあたしの相棒でしょ」

「神術もつかえない一般人の私が、おかしらについてくのは正直きつかった」

「でもやっと戦争が終わったのに」

「わかってないなあ。おかしらが平穏な人生を送れると思ってるの?」

 ジュンは立ち止まり、両手で顔を覆う。

 また大切な人が、あたしの前からいなくなる。

 よいっちゃんのせいじゃない。射撃の天才だからって、酷使し続けたあたしが悪い。

 なぜあたしはこんなにバカなんだろう。

「おかしら、泣かないで」

「ごめんね。自己中な先輩で本当にごめんね」

「自己中は私だよ。後輩なのに、いつもタメ口でごめんなさい」

「なら一緒にいてよ! 言葉遣いとかいいから、あたしの相棒でいてよ!」

「おかしらのことは田舎からずっと見てるよ。もしなにかあったら助けに来る。相棒だから」

 大通りの反対側でガラスが割れる音がした。

 暴漢が混乱に乗じて宝石店を襲っている。ジュンは自分の体をまさぐる。武器がない。

 与一は軽く溜息をつきながら、拳銃のグロック22を差し出す。

 それを受け取ったジュンは、ガードレールをひらりと飛び越え、騒動の渦中へ一直線に疾走する。




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