『高天原ラグナロク』 第11章「浅草凌雲閣」


登場人物・あらすじ


全篇を縦書きで読む







 眠れぬ夜をすごしたジュンは、拠点にしている養育院の四階にある部屋のベッドから下り、詰襟とショートパンツの制服を身につける。武具一式を装着し、リュックサックを背負ってから階段を下りる。与一と武術科六年の牛島が、玄関で待ち構えていた。親友を失ったジュンが意気沮喪してないか懸念してるらしい。

 ジュンが言う。「おはよう」

「うす」与一が答える。「おかしらにしては早起き」

「ずっと考えごとしてた。そうそう。急で申し訳ないけど、チーム・ミョルニルはきょうで解散」

「は?」

「これ以上みんなを巻き込みたくない。神様と戦うのが正しいかどうかもわかんないし」

「なに言ってんの」

「よいっちゃん、今までありがとう」

 与一は口を固く結び、ナイフ式銃剣を抜く。

「自己中バカ女」

「ひどいな」

「私がいなかったらオムツの交換もできないくせに」

「さすがにそれはない」

「おかしらの面倒は最後まで見る。嫌と言うなら刺す」

「歪んだ愛情だなあ。でもうれしいよ」

 長身で精悍な顔立ちの牛島は、ふたりを見て肩をすくめる。学院卒業後は陸軍での出世が約束されていたが、なにかの間違いで反政府集団の副リーダーとなった。しかし女の後輩が体を張ってるのに逃げたら、男がすたる。

 牛島はレクサスがとまる駐車場へ走る。




 ジュンと与一は、牛島が運転するレクサスの後部座席から降り、押上駅前にある浅草凌雲閣の入口へむかう。地上百六十階、高さ六百三十四メートル。世界一高い電波塔だ。普段は物見遊山の客でにぎわうが、89式小銃をもって警備する陸軍兵のせいで閑古鳥が鳴いている。

 スロープを上ってくるのがジュンとその相棒だと気づいた兵士の間に、動揺が走る。落ち着きなく味方同士で視線を交わすが、射撃姿勢はとらない。中臣ジュンが難敵と知っている。服部半蔵の妻を救出するためジュンが凌雲閣を襲うのは想定内だが、赤坂御用地での騒動の翌日にひょっこり姿を現すとは予想できなかった。

 自動ドアの脇に立つ中尉の階級章をつけた男に、ジュンは尋ねる。

「ここのチケットって、たしか高いんだよね。二千円以上すんだっけ」

「叛逆者め。調子にのるなよ」

「よくわかんないけど、タダでいいのかな」

 ジュンと与一はエレベーターを乗り継ぎ、最上部にあるコンクリートが打ちっぱなしの部屋へたどりつく。部屋にはベッド・椅子・テーブルなど最低限の調度しかない。奥は嵌め殺しの大きな窓で、昨日までと打って変わり雲一つない青天の下、ビル街を縫って運河の流れる出雲市のパノラマがひろがる。

 来客を予期していたかの様に、半蔵の妻である千代が立って出迎える。萌黄色の和服を着ている。

 ジュンは深く頭を下げて言う。

「奥さんは知ってるかわかりませんが……」

「主人のことね」

「はい。責任を感じてます。あたしのせいで半蔵先生は……」

「顔を上げなさい。あの日の夜、主人が枕元に立ったの。『ジュンをよろしく頼む』と言ってたわ」

「え……」

「五十年も連れ添えば、それくらい普通よ」

 未亡人は目を細め、ジュンに椅子をすすめる。

「あいにく」千代が続ける。「お茶菓子のひとつも出せないけれど」

「いえ、おかまいなく」

「ふふ……しゃべり方が大人っぽくなった」

「ありがとうございます」

「で、きょうは何の用? 私を助けに来たんじゃないわよね。七十歳のお婆ちゃんを連れて逃げ回るわけにいかない」

「なんでもお見通しですね」

「これでも服部半蔵の妻ですから」

「奥さんに保険をかけてあると、半蔵先生は言ってました。それが何なのか知りたいんです」

 千代の顔から笑みが消える。テーブルの反対側の椅子で居住まいを正す。

「それは服部家の秘中の秘です」

「わかってます」

 千代は衿から短刀の柄をみせる。

「痩せても枯れても、私は武家の女。もし秘密を漏らすことになれば、この場で自害いたします」

「そんな」

「命を惜しんで言うのではありませんよ。まだ若いあなたを、後で動揺させたくないだけ」

 ジュンは千代の瞳に射抜かれる。両親・半蔵・玉依……価値ある何かのため我が身を捧げる人々をジュンは見てきた。千代もためらいなく正義に殉じるだろう。あたしは甘ったれだ。頼めばどうにかなると、都合よく考えていた。

 ジュンは背筋をのばして言う。

「半蔵先生は、家庭を放ったらかしの人だったと思います」

「……いきなりなんですか」

「奥さんもさぞかし苦労されたのではないですか」

「否定できないわね」

「だからのんびりと幸せな余生を送ってほしいと、あたしは思ってます」

「そうね。もう家族はいないから、友達と旅行とかしたいわ」

「あたしと行きましょう」

「ええ、ぜひ。年寄りと一緒でよければ」

「いまは家に殉じる時代じゃないと思うんです」

 千代は左胸に忍ばせた短刀に触れる。迷っている。服部夫妻には陸軍士官だった二人の息子がいたが、三十年ほど前に東北でどちらも戦死した。自分以外の家族全員を失ったのはジュンも同じ。十六歳の娘にとって、どれほどの痛手か。その傷口をさらに抉るのは罪ではないか。

「ジュンさん、私はあなたの力になりたい。でもダメ。古い人間なの。主人がそうだった様に」

「苦しませてごめんなさい。あと昨晩寝ながら考えたことがあるんです。唐突に聞こえるでしょうが」

「なに」

「あたしを養女にもらってくれませんか」

「本当に唐突ね」

「あたし自分ちにいるのが苦手で、いつも家出みたいに半蔵先生のお家にお邪魔してて、いまは家族もいなくなっちゃったし……」

「冷静になりなさい。私とあなたでは年が離れすぎてるし、家柄も違う」

「そうですよね。ははっ、あたしバカみたい」

 千代は立ち上がり、ジュンに駆け寄って抱きしめる。これ以上ジュンが悲しむ顔を見るのが耐えられなかった。

「ジュンさん。養子だとかは関係なく、あなたを我が子の様に思っています」

「うれしいです。あたしも奥さんが大好き」

「あなたが死ぬなと言うなら、私は生きましょう。自分の信じる道をお行きなさい」




 鉄の扉をひらき、与一が顔を出して言う。

「牛島パイセンから連絡。下に追手が来た。特戦群十名。指揮官は夜刀神」

 ジュンは左腕の白いベビーGを見る。午前十時半。予想より十五分早い。

 与一はエレベーターへむかうが、ジュンは部屋にとどまり頭を掻きむしる。

 自分が指揮官なら、まづ凌雲閣の守備兵約三十名を突入させる。そこで中臣ジュンにミカヅチを使わせてから、精鋭の特戦群を投じる。いまのあたしはカゴの中の鳥だ。

 ならカゴを食い破れ。

 リュックサックからP90を取り出し、嵌め殺しの大きな窓へ歩み寄りながら、五十発全弾発砲する。装弾数を十発に増やしたM1911の四十五口径弾も撃ちこむ。千代は椅子にすわり、涼しい顔をしている。

 窓に亀裂が縦に走る。ジュンは鬼切を抜き、ヒビにそって振り下ろす。強化ガラスが粉々に砕け、風に乗り出雲市街へ散らばる。

 銃声を聞き、あわてて部屋へもどった与一に手を差し伸ばし、ジュンは叫ぶ。

「よいっちゃん、飛び降りるよ!」

「キ、キチガイ」

「ミカヅチを使えば死なない」

「冗談は顔だけにして」

「いいから先輩を信じろ」

「うっさい。こんなときだけ先輩ヅラすんな」

「イジメられてたのを助けたのは誰? あたしに恩があんでしょ」

「もうやだ。紅梅学院なんて入らなきゃよかった。那須の山に帰りたい」

「愚痴はあの世で聞く」

 自分でも信じてないじゃんと言いかけた与一の腰を、力任せに左腕で抱き、ジュンは地上六百三十四メートルの空中へ飛び出す。

 ふたりはパラシュート降下の訓練を積んでおり、自由落下中もある程度は姿勢を制御できるが、抱き合ったままでは錐揉み回転しかねない。降下速度は時速二百キロ。つまり着地まで十一・四秒。だが与一をかかえてるので左腕のベビーGを見れない。

「よいっちゃん!」ジュンが叫ぶ。「時計!」

「なに!? 風圧で聞こえない!」

「時間! 時間計らなきゃ!」

「だから聞こえないって!」

 時計に頼る必要はなかった。十一・四秒は一瞬を意味した。

 ジュンはパスワードをつぶやく。

「さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて」

 神術【ミカヅチ】。

 石の彫刻が設置された広場に、ジュンは片膝をついている。右手に鬼切をもち、左脇に与一をかかえている。目をつむる与一の頬を叩く。

「起きろ」ジュンが言う。「まだ死んでないぞ」

「……うそ」

「あっはっは。ミカヅチまじ最強」

「もう無理。おかしらについてくのは、もう無理」

「悪いけど、あと一仕事してもらうよ」

 路上に96式装輪装甲車がとまっている。夜刀神との決着をつけねばならない。

 ジュンと与一はレクサスで待機していた牛島と合流し、狙撃銃のレミントンMSRを入れたケースをトランクから出す。敵が凌雲閣から出てくるのを待ち伏せするため、三階建ての商業施設「出雲クモマチ」の屋上へ急ぐ。




 ジュンは弾倉を交換したP90を構え、クモマチの階段から屋上へ踏みこむ。芝生や木立が植えられた庭園だが、利用客はいない。鉄柵を乗り越え、地面を見下ろす。ピンク髪の夜刀神が、周囲を警戒する特戦群に護られながら、装甲車の後部ハッチをくぐる。ジュンはP90のドットサイトを合わせ発砲するが、間に合わない。装甲車は発進した。

 与一は右膝をつき、五十センチくらいの高さの縁にMSRのバイポッドを乗せる。338ラプア弾を二発放ち、左右のタイヤに命中させる。

 ジュンは双眼鏡で観察する。96式はコンバットタイヤを八輪そなえており、びくともしない。

 与一は交通信号を壊す。後続する一般車両を足止めし、射界を確保した。装甲車は三ブロックほど進んだが、角を曲がろうとしない。上部ハッチがひらき、赤いゴスロリ衣装を着たカブロが天井に立つ。『くるみ割り人形』かなにかを、優雅に踊りはじめる。

 メレルの靴底で縁を蹴り、ジュンがつぶやく。

「おちょくってやがる」

「撃つ?」

「無視して。うちらは快楽殺人者じゃない」

 距離は千メートルちかく離れる。ジュンは焦る。ツクヨミと対峙する前に、できるだけ戦力を削ぎたい。いまが夜刀神を斃す最後のチャンスだ。

「よいっちゃん」ジュンが続ける。「どうにか弱点を探そう」

「わかってる」

「FPSだったら赤いドラム缶を撃てばいいけど」

「ゲーム脳は黙ってて」

 与一の中で笑いがこみ上げ、照準がぶれる。

 まったく、この先輩は。

 気まぐれで、こちらは振り回されてばかりだけど、絶体絶命の窮地に陥ってもトボケていて、一緒にいる私まで楽観的になってしまう。

 出会えてよかった。

 与一は、対向車線から来るガソリンを積んだタンクローリーのタイヤを撃ち、横転させる。装輪装甲車は急ハンドルを切るが、タンクローリーと衝突し、仲良く転倒する。バレエを踊っていたカブロが投げ出される。おそらく即死だろう。

 ガソリンが交叉点に流れ出す。タンクローリーのドライバーは運転席から這い出し、事故現場から逃げ去る。分厚い装甲に護られている夜刀神と特戦群は、まだ閉じ籠もっている。姿を見せた瞬間に狙撃されるから。

 与一はMSRの弾倉を外して焼夷弾を二発込め、ボルトを前後し給弾する。そっけなくつぶやく。

「タンクローリーを吹っ飛ばそう」

「ダメだ。市街地のど真ん中で爆発させるなんて危険すぎる」

「私の責任でやる」

「リーダーはあたしだ」

「仇を取りたくないの?」

 ジュンは双眼鏡をコンクリートに叩きつける。

 五歳のスミレの泣き顔が目に浮かぶ。夜刀神は無邪気な妹の首を切り、映像を全世界に公開して晒し者にした。悲痛な叫びを思い出さない夜はない。

 ジュンはつぶやく。「よいっちゃん、お願い」

「らじゃざっと」

 一キロ先の交叉点で、ビルの谷間に紅蓮の火柱が立ちのぼる。爆音と悲鳴が轟く。

 MSRのスコープを覗きながら、与一が言う。

「装甲車から夜刀神が出てきた」

「どんな様子?」

「つらそう。キレイな衣装と髪が燃えてる」

 憐れな女。二度も全身を焼かれるなんて。

「おかしら」与一が尋ねる。「譲ろうか」

「撃てッ」

「いーけーあいえー」

 ジュンはよろめき、縁にしがみつく。朦朧とした意識のなかで口走る。

「お母さん……スミレ……やっと仇を取れたよ……よいっちゃんのおかげで……」




関連記事

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 健

苑田 健

掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』
も運営しています。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03